新年度が始まったと思ったら、いつの間にか担任にされていた。
それも三年生、受験等を控えた難しい時期の連中だ。
そんな連中の担任を去年の暮れに入ったばかりの新任教師に押し付けるか、普通?
で、その三年生の担任になってまだ日の浅い今日は
『三者面談』
そう、生徒の進路について本人と保護者、そして教師の三人でヤるアレだ。
お陰で今日は着慣れないスーツ姿で登校する羽目になっている。
こういうモンは二年の時までにやっといて、その進路なんぞに応じて三年生のクラス分けを
するモンじゃねェのかとも思ったんだが。
この銀成学園では入学から卒業までクラス替えをしないってェのが、この学校の方針らしい。
なんでも初代校長の遺志だとかで、何処でも老頭児は碌なコトをしやがらねえ。
もっとも、そのお陰で毒島もやっと馴染んだクラスメイトとバラバラにならなくて済んだんで、
あながち悪いとも言えねェか。
残り2年の高校生活であの人見知りが直りゃ良いんだが。
ところで、だ。
俺の受け持ちクラスは三年B組。つまり昨年度の二年B組、すなわちあのクソガキ共の
居やがるクラスだ。
ったく、なんでまたよりによって!もう不条理は止めにしてェと思ってんのによ。
で、本日の面談、最初の生徒は、と……
「…なんでお前が来んだよ、防人?!」
「斗貴子の親代わりなら、俺しかいないだろう?それともあれか、母親代わりも必要か?
それなら千歳を呼ぶぞ。なに、すぐに来る」
「私用で武装錬金、使わせんじゃねェよ!!
だいたい、その格好はなんだ?親代わりってェんなら、ツナギじゃなくスーツ着て来い、
俺みたいにな。いやせめて、その無精ヒゲは剃って来い!」
普段の俺が上下ジャージで、素足に健康サンダルなのは秘密だ。何故なら(ry
「何を言う!これは俺の仕事着、いわば制服であり、これが俺の正装だ!
警察官も看護師もシスターもメイドさんも、みんな制服が正装、それで何を恥ずかしがる
ことがあろうか?!」
まあ、シルバースキンを模したあのコートでないだけマシか。多分、暑い所為だろうが。
「…そうか。最近はそういうコスチュームでプレイしてんのか?」
「うむ。さすがに学園の制服は拙いだろうということで――」
「戦士長!!」
津村斗貴子が顔を伏せ、肩を震わせていた。多分、怒っている所為だろう。
そういえばコイツは未だに、あの横浜のナントカてェ女子校の制服だ。
そうだ。銀成学園のじゃなく、コレなら良いんじゃねえのか、と防人に提案しようと思ったが
止めておいた。
「で、お前の進路希望は?お前の成績なら、そこそこのレベルの大学で奨学生に
なれるぞ?もちろん、そうでなくても戦団から学費は出るがな」
未成年の者は就学必須、というのが錬金戦団の方針である以上、学費は全額、戦団持ち
となっている。ちなみに四年制大学に進んでも最後まで学費は支給される。
ま、錬金術の研究のスピンオフによる技術の特許料やらで懐具合は良いんだろう。
「…いえ、私は、その、あの…」
「カズキと一緒です、か?」
言いよどむその言葉の残りを防人が足した。慈愛を込めた眼差しを向けながら。
フ、確かにコイツは親代わりだ。…そういえば最近、照星サンの声、聞いてねェな。
後で電話してみっか。
「…はい」
また顔を伏せてしまったが、今度は顔が赤くなった所為だろう。見なくても判る。
……ちと妬けるぜ。
次は、と…フン、そのクソガキ、武藤カズキか。
面白ェ、あのお人よしの親てェのがどんなモンか、たっぷりと拝見させて貰おうか。
「中々どうして、スーツ姿も様になってきたじゃないですか」
武藤の隣に座った保護者はそう言った。つばの広い帽子を被り、その神父のような服装に
不思議と似合っているサングラスを、指で軽く押し上げながら。
――電話代が浮いたな。
「ジジイたァ思ってたが、高校生のガキがいるくれェの年寄りだったのか?」
「………こっちへ」
「わぁ、待って、待って、大戦士長!!まだこの後も面談あるんだから!火渡がボコボコ
だったら拙いですよ?!」
襟首を掴まれ、教室の後ろに引き摺られかけた処を武藤の制止で免れた。
助かった。だが礼は言わねェぞ。
「なんで照星サンが来るんだよ?まさか隠し子か?」
「…武藤君の御両親が、仕事の都合でどうしても帰国できないから、と防人に相談して
いるのを人づてに聞きましてね。
彼自身は斗貴子君の保護者として出席することになっているので、二人分では大変
でしょうから、私が代わりに来たのです。
判りましたか?」
やれやれ……まあ良い。さっさと仕事を済ませちまうか。だがその前に。
「おい、武藤。学校では『先生』と呼べ。良いな?!」
「は〜い」
「ようし。で、お前の進路希望は?…おっと、津村と同じ、とか言うなよ?」
「えっ?」
鳩が豆鉄砲食らったような顔をしやがった。まったくコイツにはビックリ顔と笑い顔、
それから授業中の寝顔しか表情が無ェのか。
俺に歯向かいやがったときのツラなんぞ、銀成に赴任してからこっち、ついぞ見せたことが
無ェ。
――いや、これが本当のコイツ、武藤カズキなんだろうよ。
平和で愉快な日常。それに囲まれて生きている。俺とはエラい違いだ。
ちと……妬けるぜ。俺が守れなかった世界を救っちまいやがったんだからな。
そして救世主になれなかった俺は、ここで教師になってるって訳だ。
ま、いいさ。俺は教育の力で、今度こそ世界を守ってみせる!……なんてな。
「津村がお前と一緒、と言ったんだよ。で、やっぱり進学か?」
「あ〜うん、その〜」
ったく、コイツラは。
「おいおい、ストロベリんなァ、寄宿舎に戻ってからゆっくりやんな。あそこは防人の管轄
だからな、俺にゃあ責任が無ェし」
「ああ、そうじゃなくて…出来れば」
「出来れば?」
「錬金術の研究がしたいです。……ホムンクルスを人間に戻す研究を。そしてもう一度、
ヴィクターやヴィクトリア、それに他の人達にも人間として会いたい。
…斗貴子さんは気が進まないかもしれないけど」
そして照れたように笑いながら続けた。
「でもオレ、成績悪いから…だいたい、その為にどんな学科に進めば良いかも判らないし」
「大丈夫ですよ、武藤君。
確かに錬金術は現在の公式の学問・技術より高度なものですが、必ずしも延長上に
ある訳ではありません」
横から照星サンが助け舟を出した。
「既存の科学知識より、むしろ広い分野での教養のほうが必要でしょう。その為には――」
そう言いながら俺のほうを見た。
「ならとりあえず、てな言い方はナンだが、進学しとけ。
別に理系の学科を選ぶ必要は無ェんだ。成績のほうも二年の三学期での伸びを維持
出来りゃあ、なんとかなるだろう。――お前、達人なんだろ?」
「うん!…じゃなくて、はい!」
「我々も出来る限りの協力をしましょう」
そう言いながら照星サンは俺のほうを見て、にっこりと笑った。
――つまり俺にやれと。やれやれだぜ。
…ふぅ…疲れた。武藤の後に更に三人。それも濃いのが。
とはいえ六舛が何故、六舛なのか、その理由の一端は掴んだ気がする。
次で今日の分は最後か。で、その最後は、と…中村剛太。
…待てよ、コイツも確か両親は……今度は誰だ?
「隊長、かなり疲れたような顔をしているが?やはり教師とは激務のようだな」
「戦部、お前か。…ああ、今日は特にな。で、その扮装は…そうか、漁師の正装か」
白いフンドシにさらしを巻いて、素敵な柄のハッピを羽織ったその背後には、日本海の荒波
が幻視出来そうな位だ。
「随分と物分りが良くなったな、隊長。
ウム、若者と触れ合う生活は脳を活性化させるようだ」
「で、何故ここに……円山か」
おそらく千歳経由で、な。
「なんだ、隊長にも連絡があったのか。
久し振りなので、驚かせようと思っていたのに残念だ」
「喜べ、充分驚いてるよ……で、中村剛太。お前の進路希望は?」
「は、はい、自分は――」
「育てれば、いい漁師になる」
「ようし判った。中村は漁師希望と」
「い、いや、ちょっと待って下さい!火渡戦士長に戦部さんも!!」
「学校じゃあ先生と呼べっつってんだろうが!はい決まり決まり」
「いや、だから――」
「本日はこれで終了。どうも遅くまでご苦労様でした、と」
「ねえ、ちょっと」
「いやいや、こちらこそ。ところで隊長、久し振りに一献?」
「待ってよ、ねえ」
「お、いいねェ。だが、どうもこのスーツってヤツは肩が凝っていけねェ。着替えて来るから、
ちょいと待ってな。ロッカーん中にジャージが合った筈だ――そうだ、防人も誘うか」
「俺にも夢っつーモンが――」
「そういえばさっき大戦士長も見かけたが」
「聞いてってば!!」
「おーし、照星サンも誘うか。こないだ、ちょいと良さげな店を見つけてな」
「不条理だァァ〜!!」
〜オワリ〜