鷲尾を倒し、蝶野との決戦に臨むカズキと斗貴子。  
蝶野は未完成なホムを使い、不完全ながらも人型ホムンクルスへの進化をとげる。  
苦戦するが、なんとか蝶野を倒す二人。  
カズキは蝶野から解毒剤のありかを聞き出し、急いで取りに向かう。  
斗貴子はその間蝶野の見張りをすることに。  
しかし、カズキが戻って来るまでに斗貴子の侵食は終わってしまっていた……。  

 
 
 「斗貴子さん―――」  
 
 ゆっくりと斗貴子さんへ歩いていく。  
 気づいて振り返ると、斗貴子さんは笑顔で俺を迎えた。  
   
 
 
 アカイ、エガオ。  
   
 斗貴子さんの足元には、超人になり損ねた男の身体。  
 もう、原形を留めていない。   
 
 アカイ、リョウテ。  
 アカイ、カラダ。  
 
 斗貴子さんは、真っ赤だ。  
 か細い肩も、すらりとした白い足も。  
 
 アカイ、カミ。  
 アカイ、クチモト。  
 
 さらさらの、きちんと肩口で揃った髪も。  
 凛とした目が特徴的な、その顔も。  
   
 アカイ―――――― ナミダ 。  
 
 その目から流れ落ちる、涙の色も。  
 
 ただ、哀しかった。  
 人を殺して、食べるバケモノ。  
 そんなものに、なってしまっても。  
 
 斗貴子さんは、斗貴子さんだったから。  
 
 
 
―――殺して、くれ。  
 
 闘いの前に聞いた、その言葉が思い出される。  
 
―――もし、間に合わなければ。  
 
 なんて残酷な願いだろう。  
 「助けて欲しい」とさえ、言わなかった。  
 そう一言言ってさえくれれば、俺は何を敵にしたって、例えヒトではなくなってしまったとしても、斗貴子さんのことを守りつづけるのに。  
   
―――キミに、殺してほしい。  
 
 斗貴子さんは言った。  
 自分が誰かも解らず、ただ本能に従って人を殺してしまうモノになってしまうのなら、それは死よりも恐ろしい事なんだって。  
 
 
 「―――――――」  
 突撃槍を握る。  
 不思議と、何も感じない。  
 心がガランドウになってしまったみたいに、何も、感じたくはなかった。  
 「せめて―――俺が」  
 突撃槍を強く握る。  
 斗貴子さんは、笑っている。  
 赤い涙を流しながら、微かに微笑んで―――。  
 自らを殺そうとする俺を、待っている。  
 
 
 「――――――っ」  
 決心が鈍る。  
 けど、もう歩き出してしまった。  
 
―――死が、救いになることもある。  
 
 歩く。  
 斗貴子さんは逃げようともせずに、微笑んで、俺を待っている。  
 
―――殺して、くれ。  
 
 それが、あなたの最後の望みだったから。  
 
 
 ざ。と、斗貴子さんの前で立ち止まる。  
 突撃槍の先端を斗貴子さんの額に向ける。  
 あとはこの腕を突き出すだけで、よかった。  
 
―――俺は、どんなに辛くても  
 
 「あなたを、殺さないといけない」  
 
 告げて。  
 不意に、涙があふれた。  
 
 
 
―――そうして。  
 正面から、斗貴子さんの身体を抱きしめた。  
 
 「……生きていてほしいんだ」  
 斗貴子さんの身体がビクン、とふるえる。  
 「どんな姿になっても―――俺はあなたに生きていてほしいんだ、斗貴子さん」  
 涙は止まってくれない。  
 
 斗貴子さんは嬉しそうに抱き返して―――俺の首筋にがり、と歯をつきつけた。  
 
 
 「っ――――――」  
 痛い。  
 「と―――斗貴子、さん」  
 斗貴子さんはただ、一心不乱に噛み付いてくる。  
 がり、と肉が裂かれて骨が削られる。  
 斗貴子さんに理性はない。  
 抱きしめている相手が誰であるかも、抱きしめるという行為の意味さえもわからない。  
 
 斗貴子さんは、ヒトのカタチをしたケモノと変わらない。  
 けど、それでも――――  
 
 「―――それでも……生きていて、ほしいんだ」  
 
 ……そう願うことはいけないのか。  
 たとえ斗貴子さんが人を殺してまわるようなモノになってしまっても、それでも生きていて欲しいと思うのは罪なのか。  
 斗貴子さんが、そんな自分には耐えられないといっても、俺は、それに耐えて欲しい。  
 
 
 けど。  
 そんなものは―――俺の、勝手な、願い。  
 
 
 「―――でも、約束だもんな」  
 斗貴子さんは離れない。  
 抱きしめたまま、身体を少しひねって、突撃槍を斗貴子さんの額にある「紋章」に当てる。  
 
―――いずれ、あなたが誰かに殺されるなら。  
 
 「誰にも、傷つけさせない」  
 
―――突撃槍は、静かに。  
   おそらくは痛みすらなく。  
 
 「ごめん」  
 
―――優しく、斗貴子さんの命を止めた。  
 
 
 斗貴子さんの身体が散っていく。  
 はらはらと、まるで桜か、紅葉のように。  
 最後に見た彼女の顔は穏やかで、まるで眠っているみたいだった。  
 そして、斗貴子さんは、この世から―――消えた。  
 
 「―――――――――――」  
 その場に、座り込む。  
   
 ……眠い。  
 もしこのまま眠りについてしまえば、全ては元通りになっているかもしれないなんていう、夢を見た。  
 けどそれはゆめで、結局はいつか醒めてしまう。  
 こうしてまどろんでいる自分さえ、一つのユメのように思える。。  
 
 それともすべては、はじめから夢だったのか。  
 それなら、どうか。  
 この夢のまま醒めることなく、眠り続けられればいいのに。  
 
 
 「―――――は、はは」  
 
 ただ哀しくて、笑いがこぼれた。  
 
 ポタリ、ポタリと足元に落ちる涙。  
 アカイ――――、アカイ、ナミダ。  
 彼女と同じ、アカイ、ナミダ。  
 
 「はは、は、は――――」  
 
 このままだと、夢から醒めてしまう。  
 なぜだか、そんな気がして。  
 
 「は、はははは―――、はは、は―――――」  
 
 いつまでも、いつまでも―――――ナキながら、ワラいつづけた。  
 
 
 
アカイ、ナミダ  END 
 
 

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