過去に渡った俺は、高校生だった父さん、母さん、そして育ての親のパピヨンと共闘して
ムーンフェイスを倒し、再び未来に戻ってきた。
俺が過去に渡る前は廃墟と化していた銀成市だったけど、見違えるほど美しい街に変わっていた。
どうやら未来を修正することに成功したようだ。
俺は家に急いだ。
平和を手にした喜びで足取りは軽い。
銀成駅南口にあるマンションの8階が俺の家。
恐る恐る家の扉を開けた。
「お帰り。」
家の扉を開けた俺に父さんが声をかけた。
「お帰りソウヤ。ん?どうした?そんな顔して?」
母さんは少し不思議そうに俺を見ている。
俺は途方もないほどの違和感に襲われていた。
今まで行動を共にしたのは高校生のころの両親だが、今目の前にいる二人は40手前。
当然ながら高校生の頃に比べると歳相応に老けているが、違和感の根源はそんなところではない。
「・・・二人ともその格好は何?」
父さんはマントのついた山吹色のパピヨンスーツを、母さんは学生時代のセーラー服を模したパピ
ヨンスーツを着こなしていた。
「何って?何か変かな斗貴子さん?」
「いや、このまま舞踏会に駆け付けられるくらい蝶素敵な服だ。」
パピヨンスーツの夫婦・・・
明らかに異様な光景だが、二人とも何の違和感もなく、いたって平然としている。
俺は疑問をぶつけずにはいられなかった。
「父さん!母さん!待ってくれ!何かおかしいだろ?」
「そうか?俺にマントは似合わないかな?」
「ああ、カズキは普段マントは付けてないからな。」
「いや、マントとかそういうレベルの話じゃなくて・・・」
見事に二人と会話が噛み合わない。
いったいこれはどうしたのだろうか?
未来は修正されて世界は平和になったが、過去に渡って無理矢理未来をねじ曲げたために歪みが生
じたのだろうか?
「二人とも何でパピヨンのスーツを着てるんだ!!おかしいだろ!!」
二人とも不思議そうな顔をして見つめ合った。
「何でって?たしか元々は蝶野のやつが全国レベルで大ブームになったのがきっかけだよね?」
「ああ。たしか2008年春にパピヨンブームに火がついて、パピヨンスーツもそれから流行りだし
たんだ。」
「それが一気に普及して、今では世界レベルでパピヨンスーツが正装として認められるようになっ
たんだよね。」
せ・・・正装・・・
パピヨンは育ての親として尊敬している。
だがあの格好だけは別。
さすがにあの胸元から股間近くまで大きく開けたスーツは俺でも変態だと言わざるをえない。
マスクだけはカッコイイのだが・・・
「まあ明治維新と文明開化で和服から洋服に変わったようなものだな。」
「今では昔のようなダサい服は着れないよね。」
俺は自分の耳を疑った。
体の奮えが止まらない。
俺が命懸けで闘って修正した未来がこれ?
「そんな馬鹿な!?嘘だ!!嘘だァァアア!!」
「あっ、ソウヤ!!」
俺は両親の話が信じられなくて家を飛び出した。
銀成駅前を歩く人はみなパピヨンスーツだった。
『その件につきましては本社の方と相談いたしまして―――』
取引先に電話をかけているサラリーマンはパピヨンスーツ。
『あとでお前ん家遊びに行っていい?』
『おう!パピヨンクエスト\しようぜ!!』
学校帰りの小学生もパピヨンスーツ。
『明日は公民館でゲートボール大会なんですよ。』
『そうかい。明日はワシも参加させてもらおうかの。』
白髪頭のおじいちゃんやおばあちゃんもパピヨンスーツ。
呆然と立ち尽くすことしか俺には出来なかった。
俺はトボトボと家へと戻った。
「ただいま・・・」
「どうした?急に飛び出して行ったからびっくりしたぞ。」
母さんは心配そうに俺を見ている。
「何でもない・・・」
この世界はどうしてしまったのだろうか。
俺は自分の部屋のベッドに寝転がりテレビを点けた。
画面に映ったのはニュース番組。
アナウンサーもパピヨンスーツ、衆議院で答弁する国会議員もパピヨンスーツ、殺人事件の容疑者
もパピヨンスーツ、プロ野球選手もパピヨンスーツ・・・
中にはスーツだけじゃなくパピヨンマスクまで装着した人間まで・・・
見ているだけで気が滅入ってきた。
俺は嫌気がさしてテレビを消した。
コンコン!
俺の部屋の扉をノックして両親が入ってきた。
「ソウヤ。服がかなり汚れているみたいだし、早く着替えなさい。」
俺は過去で戦っていた時の服のままだった。
「ほら、そんな旧時代的な服を脱いで、こっちの蝶オシャレなスーツを着なさい。」
母さんが出して来たのは青いパピヨンスーツ。
しかも両胸から背中を経由してお尻までが山吹色のメッシュになっているすごく悪趣味な仕様。
「カズキ。ソウヤの服を脱がしてやってくれ。」
「了解!斗貴子さん!」
父さんは強引に服を脱がそうとしてくる。
「嫌だ!そんな服を着るのは嫌だ!」
「なに言ってるんだ。普段着てる服だろ?」
母さんが指差したのは部屋に飾ってある写真。
俺を含めて家族全員パピヨンスーツの家族写真・・・
もちろん俺はそんな写真を撮影した覚えはない。
未来が修正されたために発生したものだろう。
「さあ!早く脱ぎなさい!」
「そして蝶オシャレなスーツを着るんだ!」
「やめろォォォオオオオ!!」
「・・・ウヤ!!ソウヤ!!しっかりしろソウヤ!!」
父さんの呼ぶ声で俺は目を覚ました。
「よかった。目が覚めたようだな。」
目が覚めて見渡すと、そこはパピヨンバーク。
目の前には高校生の父さん、母さん、そしてパピヨンがいた。
「君はホムンクルスの不意打ちを後頭部に受けて失神していたんだぞ。」
「うなされてたから心配だったんだけど、大丈夫そうだ。」
父さんと母さんに言われて思い出した。
俺はたしか水牛型のホムンクルスが大岩を投げてきて、それが頭にあたって昏倒して・・・
じゃあパピヨンスーツの未来は夢?
あれが夢だったことに俺は心底ホッとしていた。
「さ、そろそろ行こうか。ムーンフェイスの機械成体施設はもう間近だ。」
パピヨンが指差す先には大きな建物がある。
あそこにムーンフェイスがいるのか。
「さあ、行こう!ソウヤ!」
俺は父さんに手を引かれて立ち上がった。
俺の使命は未来の世界を修正するため、この時代でムーンフェイスを倒すこと!!
でもあの夢が正夢だったら・・・
修正した未来が本当にパピヨンスーツが正装と化した世界になっていたら・・・
想像するだけで寒気がしてきた。
俺はあの夢が実現しないよう神に祈った。