「ダメ・・・こんなんじゃダメ・・・」
千里は寄宿舎の調理場で頭を抱えていた。
そこへ沙織がやってきた。
「あ、いたいたちーちん!!何してるの?って何これ!?ものすごい甘い匂い!!」
調理場の机の上にはダンボールに入った大量のチョコレートがあった。
さらにコンロの近くには湯煎で溶かしたチョコレート、まな板の上には包丁で刻んだチョコレート、お皿の上には小さいハート型のチョコレートが大量にあった。
そのせいで調理場全体にチョコレートの甘い匂いが立ち込めていた。
「沙織、ちょうどよかった。これを食べてみて。」
千里は沙織に皿に乗せたチョコレートを差し出した。
「どう?」
「モグモグ・・・普通に美味しいけど?」
「それじゃダメなの。゛普通"に美味しいだけじゃ・・・」
ただ今の時刻は2月13日の22時。
沙織はそれで大体ピンときた。
「さては明日剛太先輩にチョコレートをあげるつもりなんでしょ?」
沙織にそう問われて千里の顔が少し赤くなった。
「・・・うん。明日チョコを渡して剛太先輩に告白するつもり。でもどうやっても普通以上に美味しくならなくて・・・。沙織もお菓子好きでしょ?何かアドバイスとかない?」
「う〜ん確かにお菓子は好きだけど基本的に食べるの専門だし・・・。第一チョコレートを一から作るのは家庭レベルでは無理なんだし、普通以上に美味しくは難しいと思うよ。」
沙織もアドバイスになるようなことは思い付かず困惑気味。
「フフフ。私の出番のようね。」
調理場の扉の向こうから声が聞こえて来る。
「パティシエまひろ参上!!私はお菓子作りの達人よ!!」
突然現れたまひろはコック帽にエプロン姿で、右手にフライパン、左手に包丁を持っていた。
「どうでもいいけどまひろ。女性だとパティシエじゃなくてパティシエールなんだけど。」
「そうなの?でもそれは置いといて、恋に悩める迷い子に冬瓜わさびチョコを伝授するわ!!」
「まっぴー・・・何ソレ・・・」
「冬瓜にわさびにチョコ・・・」
二人共呆気にとられてしまった。
「まずはすりおろしたわさびを溶かしたチョコと混ぜ合わせるの。冬瓜は小さく切って豚骨スープで煮込んで、
それから・・・」
「まひろ!!残念だけど却下で!!」
まだ話の途中だったが、あまりにも想像を絶する内容なので千里は話をさえぎった。
沙織は味を想像してしまい、気分を悪そうにしている。
「え〜!!美味しいのに!!」
パピヨンパークに持っていこうとした梅干し入りチョコレートおはぎといい、まひろの味覚は常人とはかなりズ
レている。
「私、まだもう少し頑張ってみる。」
「え!?ちーちんでももうこんな時間だよ!?」
時間は22時半過ぎで、すでに大半の生徒は就寝する時間だ。
「明日までに美味しいチョコレートを作らないといけないから・・・。二人共先に寝てて。」
「わかった。じゃあ私たちはもう寝るね。」
「頑張ってちーちん。私もさーちゃんも応援してるから。」
さらに数時間経過し、すでに2月14日、バレンタイン当日の午前3時になっていた。
「ダメ・・・どうしてもこれ以上美味しくならない・・・」
千里は今にも泣きそうな顔で調理場に立っていた。
「まだ起きていたのか。」
突然の背後からの声に驚いて振り返ると、そこには斗貴子が立っていた。
「斗貴子先輩・・・」
「こんな時間までチョコ作りか。熱心だな。」
「でも、どうしても美味しいチョコにならなくて・・・」
斗貴子が千里の後に目をやると、それまで失敗したチョコレートが山のようになっていた。
昨夜から幾度も作っては失敗し、作っては失敗しを繰り返したのだろう。
斗貴子はそのうちのひとつを手に取った。
「これ、ひとつ貰ってもいいか?」
「え?はいどうぞ。」
斗貴子はチョコを口に含んだ。
「モグモグ・・・私は美味しいと思うがなぁ。」
「沙織達にも言われました。でもこれじゃあ市販のチョコと似たような味にすぎないんです。」
悩む千里を見て斗貴子は優しく微笑んだ。
「私は思うのだが、こういうものは味は二の次なんじゃないかな?」
「え?」
「確かに美味しいにこしたことはないが、バレンタインのチョコというのは好きな男性へ渡すものだから、一番
大切なのはそれを渡す人への君の想いだと思う。その人へのありったけの想いを込めて作ったチョコ。多分どん
なチョコよりもそれが一番喜ばれると私は思う。」
「私の想い・・・」
「味や見た目を取り繕うより、そっちの方がずっと大切だ。」
千里は少し考えた後、何かが吹っ切れたように笑顔になった。
「・・・わかりました斗貴子先輩!私、剛太先輩へのありったけの想いを詰め込んだチョコを作ります。」
「そうか。君は剛太にチョコを渡すのか。」
「はい。あ、ところで斗貴子先輩こそ、こんな時間にどうしたんですか?」
千里に問われた斗貴子は少し顔を赤くした。
「私は・・・その・・・私も君と同じだ。」
「え?じゃあカズキ先輩へのチョコを作るために?」
「ああ。だが人が起きている時間に作るとみんなに色々冷やかされそうだからこの時間に作るつもりだったのだが。」
「そうですね。まひろなんか大騒ぎでしょうし。」
「さて、私も朝までにチョコを仕上げないとな。ここからは二人で共同戦線だ!」
「はい。斗貴子先輩。」
さらに3時間後の午前6時。
「よし!完成だ!」
斗貴子の前にはサンライトハートの形のチョコがあった。
斗貴子がふと右に目をやると、千里はいすに座ってスヤスヤと眠っていた。
そして千里の前には綺麗に包装されたチョコがあった。
「やれやれ。こんなところで寝ると風邪を引くぞ。」
斗貴子は着ていた上着を脱いでそっと千里の肩にかけた。
「もう1時間ほどでみんな起きてくるから、それまでは寝かせておこうか。」
斗貴子は再び優しく微笑んだ。
その日の放課後、寄宿舎の和室でカズキと剛太はテレビを見ていた。
そこへ斗貴子がやってきた。
「カズキ。これを作ってみたんだが。」
斗貴子はカズキに今朝作ったチョコを手渡した。
「うわぁ!!ありがとう斗貴子さん!!」
そんな二人を剛太は羨望の眼差しで見つめていた。
(先輩のチョコか・・・いいよなぁ・・・武藤・・・)
そんな剛太に今度は千里が駆け寄って来た。
「あの・・・剛太先輩・・・これを・・・」
千里は剛太に今朝作ったチョコを手渡した。
「これを?俺に?」
千里は顔を真っ赤にしてうつむいている。
「私・・・剛太先輩が寄宿舎に来た日からずっと気になっていたんです。私と・・・私と付き合ってください!!」
剛太は一瞬呆気にとられて目を丸くした後、千里以上に顔を真っ赤にした。
「俺みたいなのでよければ・・・よろしくお願いします・・・」
突然の出来事に剛太もうつむきながら小さな声で応えた。
パーン!!!パーン!!!
それと同時に剛太と千里に向けて2発のクラッカーが盛大に鳴らされた。
「まひろ!?沙織!?」
クラッカーを鳴らした主はまひろと沙織で、どうやら影から一部始終を見ていたらしい。
『おめでとうちーちん!!』
恥ずかしかったのか、千里は赤い顔をさらに真っ赤にして、頭から湯気を噴きながら走り去ってしまった。
「あっ!ちーちん!?追いかけるよさーちゃん!!」
まひろと沙織は千里を追いかけていった。
部屋にはカズキ、斗貴子、そして剛太が取り残された。
「おめでとう剛太。」
カズキと斗貴子が剛太の肩を叩いた。
剛太は微笑むと千里からもらったチョコの包みを開けて、一口かじった。
「甘くて・・・すげぇ美味い・・・」
数日後、寄宿舎の庭を剛太と千里が仲良く歩いていた。
「なぁカズキ?あの二人いつのまに出来たんだ?」
「バレンタインの日にちーちんが告白したんだ。知らなかったのか岡倉?」
その瞬間岡倉の目から閃光が走った。
「ゴータァァ!!羨ましいぜ畜生ッ!!俺はチョコゼロなのにっ!!バレンタインなんて大嫌いだァァ!!」
血の涙を流しながら岡倉はその場から走り去っていった。