◆HELP ME DARLING!!◆
「戦士長、毒島参りました」
「ああ、いらっしゃい。どうですか?火渡との生活は」
「……はい、楽しいです」
週末だけ、彼女は彼の元へ。
戦士長坂口照星が二人に提示した条件は学業を疎かにしないということ。
しかし、学生生活を楽しむ彼女に対して核鉄を持たない彼はどこか気が抜けてしまいがちになった。
「腑抜けですか?」
「いえ!!毎回激しいですっ!!」
「いえ、ソッチではなくて核鉄がないからぼんやりしてるんじゃないんですか?と」
真っ赤になった少女を戦士長はにこり、と。
「回収をお願いします、毒島君。相手に不足はないでしょう。あのハピヨンです」
「しかし、私にはもう核鉄は……」
掌に載せられる懐かしい光。
胸に押し当てて呼吸を整える。
エアリアル=オペレーターは再び彼女の元へと戻った。
再殺部隊に何故この少女が在籍をしたのか。
戦士長坂口照星は火渡よりも理解している。
数ある錬金の中でも最悪の部類に入るのがエアリアル=オペレーターなのだから。
「学校には私から連絡を入れておきます。頼みましたよ」
「はい。大戦士長」
放課後の鐘の音を聞きながら、寄宿舎で男は煙草に火を点けた。
「一々ライター使うのが面倒なんだよ」
「普通はそうするもんだ。火渡」
表向きは寄宿舎の管理人とエイゴ教師。
実際は錬金戦団に席を置く戦士たち。
「毒島は休みなんだな」
コーヒーに口を付けて防人は笑う。
七年前より戦友は笑うようになった。
「照星さんから電話あったんだよ。一仕事させんだとよ。んなのは俺かお前でいーじゃねぇか」
女生徒に追い掛けられるのもようやくなれてきた。
「華花のヤロウ、携帯にも出やがらねえ」
「しかし、お前が毒島を選ぶなんてな。照星さんよりも立派な変態じゃないか」
約一回りの年齢差。それでも彼女はどうにかと手を伸ばす。
「再殺部隊(ウチ)は他に女居ねぇぞ。オカマはいるけど」
「認めろよ。惚れたんだろ?火渡」
「言ってろ。クソッタレが」
極悪な教論が贔屓にするのは物静かな少女。
「カズキの妹のクラスだ。賑やかでいいだろう。毒島は人見知りするからな」
「余計なことをしゃべんねえから、バレることはねぇけど……あのウルセエ連中がな……」
二本目に火を点けて煙を吸い込む。
肺に消えていく紫煙に慣れてしまったのはいつからだろう?
「ブラボー、毒島さんこっちにきてない?まひろたちが捜してて」
「華花なら欠席だぜ」
「いたのか、あんた」
「んだと?やんのかテメェ」
それでも、以前よりは大分言葉尻が優しい。
「風邪かなあ?」
「たまには実家に帰りたいんだろうよ」
「そうだね。まひろに言っとく」
実際、彼女に帰るべき場所はない。
再殺部隊にいるものは戦団こそがただ一つの家だったのだから。
「……悪ぃな。気を使わせた」
「お前から礼がでるとは思わなかったな」
毒島華花の両親もまた、ホムンクルスによって殺害された。
幼い少女はその場に落ちた核鉄を拾い叫んだのだ。
違形の物への復讐を。
そしてそれこそが最年少にして最悪の武装錬金の使い手の誕生だった。
本能の最奥に封じ込めたどろどろとした闘志。
相殺できるのは戦士長火渡ただ一人。
「いいんだよ。あいつは俺が居るんだからよ。んなもの……」
過去は常に彼女を苛む。
「変わったな、火渡」
「あン?」
「昔みたいだ」
「…………」
小さな光は何かを生み出す。
制服の胸に閉じ込めた思いのように。
「毒島に聞いてみないとな。お前の事」
廃墟に入り込むことに躊躇が無いものはそれ相応の覚悟と経験がある。
「これはこれは、か弱い少女が一人とは」
「お久しぶりですね。パピヨン」
ぱたん。本を閉じて向かい合う。
「どうせなら素顔で来てもらいたいものだ」
「火渡様の核鉄、返していただきたく参りました」
パピヨンが持つNo.20は焔を閉じ込めたもの。
本来の所持者は戦士長火渡赤馬その人だ。
「交換です。これを」
もうひとつの核鉄を差し出す。
「ふん……面白みがないな。このエレガンスな炎の羽根!!美しい以外に言葉がない!!」
「ええ。火渡様の核鉄ですから美しいのは当然です」
譲らない意志は仮面越しの光にすら感じられる。
「嫌だと言ったら?」
「力ずくで行きます」
静かに動き出す空気の流れ。身体の動きが抑制されていく。
「この程度で俺が止められると思うか?」
「……………………」
「ニアデス・ハピネス!!」
黒死の蝶は容赦なく少女に襲い掛かる。
近距離攻撃すべてを封じる配置に隙は存在しない。
「きゃん!!」
「エアリアル=オペレーターは攻撃補助が大きい。君があの火渡という男の側に置かれたのも炎を増幅させることが可能だからだ。違うか?」
「………………」
「優しさは他に求めるんだな」
降り懸かる蝶を必死に払う。
それでも夥しいそれは餌に群がるように彼女の肉を喰らいつくそうとする。
「とどめをさしてやろうか?」
「私が、あなたにですか?」
吹き上がるガスに男の眉間に皺が寄る。
「出せないでしょう?自慢の蝶が」
ゆらり。立ち上がる身体。
「苦しいでしょう?」
「……キサマっ!!何をしたっ!?」
辺り一体に擬似空間を張り巡らせる。
それこそがエアリアル=オペレーターの本来の特性だった。
空間内の気体を自在に変化させる。
使い方一つであらゆる生命を死滅させる能力。
術者の意志が全ての決定権。
「ホムンクルスも酸素が無ければ死にますからね」
躊躇うことなくパピヨンの腹部に蹴りが入る。
「あなたには持久力がない。私はその期限を待てばいいだけだった」
「……良い性格だな、キサマ」
「再殺部隊ですから。火渡様の核鉄、返していただきますよ」
「…………」
「代わりにこれを差し上げます」
真っ直ぐに胸部を狙うナイフ。
ぐちゃぐちゃと筋組織が悲鳴をあげる
生温かい血流と脈動する臓器。
「うおアアアアアアアっっっ!!」
「あった」
刔った心臓から核鉄を引き出し苦悶に歪む青年に代替のそれを捩込む。
「これは……火渡様のものです……他の誰かが使うべきものでは……」
「なんの執着だ……キサマ……」
「あなたには関係のないこと」
ぎゅっと抱きしめて安堵の溜息。
「ふん……恋する乙女か」
「どうとでも」
「人間とはくだらんな」
「ええ」
血まみれの指先が仮面を外す。
月を背にした壮絶な笑み。
ある一種、残酷なまでに凄惨なそれは十六才には似つかわしくないものだった。
「ごきげんよう、蝶人パピヨン」
「いずれ、キサマとも決着をつけたいな」
「火渡様の許可がおりれば」
殺戮に躊躇いのない自動人形。
ひゅるひゅると穴の開いた身体を押さえ、青年は唇の血を拭った。
「キサマ、名前は何だ?」
「戦士長火渡率いる再殺部隊二号、毒島華花と申します」
「覚えておこう。いずれまた」
「ごきげんよう」
明確な殺意を至近距離まで隠し通す。
火渡と全く対極の位置に存在する少女。
偶然ではなく必然で二人は巡り逢わされた。
ホムンクルス抹殺対象はのは錬金戦団の総意志であることは明白。
殲滅の数は津村斗貴子よりも毒島華花の方が上なのだ。
「キサマが再殺部隊にいるのがよくわかったぞ」
「化け物に何を言われても」
核鉄に触れた唇が恋人にでもするかのように微笑む。
「いずれお会いしましょう」
ぼろぼろの身体とくたくたの精神を引きずって戦団へと帰還する。
「大戦士長、毒島戻りました……」
言い終わると同時に崩れ落ちる身体。
満身創痍の戦士は無事に任務を完遂した。
「私よりも先に行くべき場所があったでしょうに……火渡に私が叱られてしまいますね」
抱き上げて静かに武装錬金を作動させる。
先に回収したヘルメスドライブを使い目指す場所はただ一つ。
「良い部下を……いや、恋人を持ちましたね。火渡は」
頬の煤を払う指先。
「先にいただいちゃえばよかったでしょうかね。ふふ」
意味深な笑みは誰も知らない。
あの月に舞う蝶さえも。
汚れた手でもあの人は触れてくれた。
せめて、せめて。
あの人の一番大事なものを少しだけ守れるように強くなりたいと願う。
「それこそ、火渡に殺されますね」
恐ろしい勢いで連打されるドアに飛び起きる。
「照星さんっ!?」
ぼろぼろの少女を抱えた男に思わず立ち上がる。
ぐったりと疲れ果てて眠る姿。
「寝てやがる……ごら、起きろ華花。犯されっぞ」
「火渡、本当に犯しますよ。そういう事を言うと」
奪うように受け取って背後に隠す。
「良い部下を持ちましたね」
「なんでコイツに任務なんざ……」
「彼女以外にはきっとできません。あなたもそれを望まないでしょうし」
手にしっかりと握られた核鉄に目を見張る。
「……俺の……核鉄……」
「彼女に戻してもらいなさい、火渡」
小さな身体をぎゅっと抱きしめる。
「部下はみんな大のお気に入りですよ。もちろん、毒島君も」
閉じる扉と優しさ。
酸欠寸前の恋は柄にもなく甘い気持ちにしてくれた。
「……火渡さま……」
「バカヤロ」
「これ……」
震える指先。
「これ……赤馬様のじゃなきゃ嫌です……」
「おう……」
額に張り付いた前髪を払う男の指。
少女の手が彼の胸に核鉄を埋め込む。
「ずっと……戦士長で居てくださいね……」
胸にこつん、と触れる額。
病める時も健やかなる時も、炎に燃やし尽くされて灰になるまで。
溶け合って一握の砂になり混ざり合うまで。
「おい」
「………………」
「寝やがって……」
寝息に感じる柔らかさ。
「ありがとうな……華花……」
お伽話の王子様は、甘い甘いキスをくれる。
眼光鋭く焔を従え、激情的な抱擁で。
皮肉たっぷりに笑う唇。
いつだってどこだって幸せになれる。
(負けましたよ……はいはい……オメェにも照星さんにも……)
真夜中過ぎのシンデレラはガスマスクを装備してやってきた。
スカートの裾翻して、少し周囲を気にしながら。
おやすみなさいを言うことと、おはようと言い合うこと。
玄関のドアは二人で開けたってかまわないでしょう。