「…えへへ、帰省して以来、かな。こういう風に2人で出歩くのって」  
ある晴れた日曜日の朝、JR銀成駅前。俺の右腕に軽く自分の腕を絡めながら嬉しそうに笑うまひろを  
見ると、俺もなんかちょっと嬉しくなる。  
そう、なにせ今日は可愛い妹と1日デートだ。もちろん、斗貴子さんもこの件は了承済みだ。  
まひろは可愛いから、連れて歩いている俺もちょっと鼻が高い。  
今日の予定は…ま、普通のカップルのデートとあんまり変わらないのだけど、映画館やら水族館やら、  
暗い場所をきっちりとコースに織り込んであるのは…ま、そういうことをするためだったりする。  
俺もまひろも、動物は割りと好きだけど、映画ってあまり見ないからなぁ…映画館の人、不純な目的で  
利用してごめんなさい。  
まずは移動だ。あんまり近場で遊ぶと、知ってるヤツに見られて、あれこれと要らん邪推を…いや、  
この場合は邪推じゃないんだけど、のちのち面倒なことになるとイヤだからな。  
で、休日の満員電車。さっそく最初のお楽しみだ。  
まひろをドア側に押し付けて、その後ろにぴったりと俺がくっつく。そして当然手は、まひろの  
下半身へと伸びる。ま、いわゆる痴漢プレイってヤツだ。  
「すっごい込んでるね〜」  
「ま、日曜日だしなぁ…しばらくの間だから我慢してな」  
普通に言葉を交わしながら、まひろの下半身をまさぐる。喋ってないと、とんだ正義の味方が、  
見ず知らずの女の子相手に痴漢してると勘違いして、「こいつ痴漢です!」なんて喚きかねない  
からね。  
それに平静を装って、こういうことをするのって、ドキドキして気持ちいい。  
…まひろが足をモジモジしはじめた。心なしか、喋る声も上ずり気味な感じがする。それにしても  
まひろの太ももって、なんでこんなに気持ちいいんだろ。パンツの手触りも…  
結局最後の方は、俺も指を使うことに集中して、言葉少なになってしまった。最初からこんなに  
飛ばして、今日1日持つかな〜  
「勝負パンツなのに、もう汚しちゃったよ〜、お兄ちゃんのエッチ!」  
すまんまひろ。お兄ちゃん、我慢出来ませんでした。  
 
さて、武藤兄妹が、日曜の満員電車の中で痴態を繰り広げている頃、早坂桜花もなにやら手土産を片手に、  
どこかへと向かっているご様子。向かった先は…パピヨンのアジトだった。  
桜花とパピヨンは、月に1〜2回程度、お互い気が向いたとき、なにかつまみながら世間話をする  
仲になっていた。友人といえる程、親しい仲かどうかは微妙であるが、カズキ以外の人間に執着を持たない  
あのパピヨンが、特に拒むことなく付き合っているのだから、まあ、悪い関係でないとは言えるだろう。  
…とはいえ、パピヨンの方から、桜花を訪ねてくることは、ない。桜花の方が時折、陣中見舞い  
のように、パピヨンの元を訪ねるのが通例であった。  
今日の桜花は、手に下げている手土産のほかに、もう1つの手土産を持参していた。  
言うまでもなく、カズキとまひろの一件だ。  
「この話を聞かせたら、パピヨンはどんな反応を示すかしら…ふふふ」  
自分の「確信」を、あの頭脳明晰な男なら、どう判断するだろうか。  
 
「…到底信じられん話だな、桜花。ティータイムのネタとしてはまあ、面白くないこともないが」  
顎の下で手を組みながら桜花の話を聞いていたパピヨンは、そういって薄く笑った。  
「貴方がそう言うのも分からなくはないけどね。疑うに足るだけの状況証拠にはなると思うわよ」  
「武藤と妹が…どう想像力を働かせても想像出来ん。確かにあの年頃の兄妹にしては仲は良いみたいだが、  
桜花…自分と弟がそうだからといって、他人まで色目で見るのは、下種の勘繰りというものだろう」  
「パピヨン…なんで貴方が秋水君と私のことを…」  
「…これは面白い。お前まさか、周囲にバレていないとでも思っていたのか!」  
これは堪らん、とぱかりに大口を開けて笑い出すパピヨンの声に一瞬硬直した桜花は、ふうっと一つ溜息をつくと、  
「周囲には気を配っていたのに…それに誰からも秋水君とのことなんて、探られたことも…」  
「LXEは人倫を重んじる組織などではない。それに、信奉者の姉弟がいつどこで乳繰り合っていようが、どうでも良いことだ」  
カズキとまひろの話を振ったのに、思わぬところに話が飛び火してしまい、面食らった桜花であったが、そこはそれ、  
あっという間にいつもの仮面を取り戻すと、途切れた話題の方に水を向けなおした。  
「で、そのカズキ君とまひろちゃんの事なんだけど…」  
「早坂桜花! 貴様、この俺に何をさせたいのだ! 何をたくらんでいる!」  
パピヨンが桜花の言葉を遮った。  
「貴様は油断ならん女だ。白い核鉄の時にも、あわや一方的に利用されるところだった。前にも言ったが、  
俺は人を利用するのは大好きだが…」  
「人に利用されるのは大嫌いだ、でしょ」  
お返しとばかりに桜花もパピヨンの言葉に割り込む。そしてにっこり笑うと、形のいい唇を開いた。  
「共通の敵に復讐するために協力しない? と言っているのよ、パピヨン」  
 
「今日はいい天気でよかったな」  
そう言って笑うお兄ちゃん。さっきまで電車の中で、私のパンツの中に指を入れてかき回していた変態さんとは、  
思えないくらいのさわやかさだ。それにひきかえ私は…さっきのアレで、腰がちょっとわらっちゃってる。  
それにクロッチの部分がヌルヌルでちょっと気持ち悪い…かも。お兄ちゃん、朝から飛ばしすぎだよー  
「いやまひろ、俺はあの程度じゃ、まだ飛ばしてないぞ!」  
お兄ちゃんが興奮して、ズボンの中で精液を飛ばしたかどうかなんて、聞いてないんだけどな…ってまあ、  
こうやってどこか言うことのピントがずれているのも、いかにもお兄ちゃんらしくていいかも。  
「さてまひろ、どこに行こうか。まだ時間はたっぷりあるぞっ!」  
じゃあまず私の下着を買いに行こう! そういった私を、お兄ちゃんはちょっとぴっくりして見ている。  
パンツ穿き替えたいんだよね。それに、カップルで下着を選ぶのって、なんか恋人っぽくていいじゃない。  
それに、お兄ちゃんのいたたまれなそうな姿ってのも見てみたいしね。さっきのいたずらのお返しだ。  
「いやまひろ…流石にそれは勘弁して欲しいな…男がああいう場所には…」  
そういって当惑するお兄ちゃんの腕を引っ張って私は、眼前の百貨店めがけて歩き出した。  
 
さて、カズキがまひろの羞恥プレイの洗礼を受けている頃、パピヨン邸では恐るべき共同作戦遂行に向けて、  
桜花が熱弁を振るっていた。  
「私も貴方も、津村さんには恨みこそあれ、恩義などないはずよ。もし武藤君とまひろちゃんの一件が私の予想通りなら、  
2人を後押しすることで、あの女に間接的に復讐が出来ると思うんだけど」  
「恩義などない…とはこれまたとんだ恩知らずだな、桜花。俺の記憶が確かなら、貴様、ブチ撒け女の核鉄で  
命を救われたのではなかったかな?」  
「貴方から人としての信義について、お説教されるとは思わなかったわ、ふふっ」  
「別に説教などしておらんよ。人間社会の信義だの恩義だの、俺にとってはどうでも良いことだ。ただ、お前は人間だろう?  
人間のお前ならば当然拠るべきと思われる立場から、当然の疑問を発したまでだ、俺個人の意見ではない」  
しれっとそう言い放つとパピヨンは、顎の下に手を添えてふうむ、と一言息をつくと、やおや話し始めた。  
「…まあこの俺も、あの女に恨みはないわけではない」  
ホムンクルスと化しても生きたい、そう願った人間の頃の自分に対し、「貴様など死んでしまえ!」と言い放ったあの女。  
今となっては強烈な復讐の念こそ持たないものの、事あれば嫌がらせくらいはしてやりたいと思うのも事実だ。  
「しかしそのきっかけが、貴様が持ってきたような不確定情報というのではな…まあ、それは構わぬか。どちらに転ぼうが、  
別に俺が損をするというわけではなさそうだ」  
…積極的にではないとはいえ、桜花の話に乗る素振りをみせたパピヨンに、桜花は一瞬してやったりという笑みを浮かべる。  
「貴様の真の目的はブチ撒け女への復讐だけか? あの兄妹が自分と同じ境遇にあるなら、後押ししてやりたいと思っているのか?」  
さあどうかしら、と曖昧な答えを返す桜花を片目で見やりながら、パピヨンはもう一つのファクターに思いを馳せる。  
「武藤妹の桜花に対するカモフラージュが、桜花の言うとおりの意図だとしたら、あの能天気娘はなかなかの策士ということになるな。  
桜花ならば自分たちの味方になってくれると踏んだのだろう…ふふ、にわかには信じ難いがな」  
まあこれは今、あれこれ類推しても仕方のないことだ。パピヨンは桜花に向き直ると、口端を上げながらこう言った。  
「お前の勘がどの程度のものなのか、ここは一つ乗ってみるとしよう。暇つぶしくらいにはなるだろう」  
 
下着売り場での公開羞恥プレイを存分に味わった後、映画館の一番後ろの端の席。人目につかないところで、俺はまひろと肩を並べて  
スクリーンに目を向けていた。  
けど、正直映画の内容なんかほとんど、頭に入ってこない。下半身の感触の方がどうしても気になってしまう。  
ズボンのチャックから飛び出たペニスを、まひろの右手が規則正しく上下に扱いている。カウパー液が潤滑油になって、  
亀頭から根本までねっとりと薄く覆っているのが分かる。  
…それにしてもまひろの力加減は、まさに生かさず殺さずって限りで絶妙だ。さっきから透明な液が駄々漏れだけど、  
精液本体を出すには至らないのだ。右手でこんなことをしながら、まひろは平然とスクリーンを見ているのだから、我が  
妹ながら大したものだ。  
たまにはきちんと映画を見たいと言うまひろ、映画なんかどうでもいいから、暗がりでエッチしたいという俺。  
そして出てきた折衷案が、映画の間まひろが、ずっと俺のペニスを手で扱いてくれるという案だった。  
それじゃ俺もまひろのアソコを指で…という俺の申し出は、「そんなことされたら集中できないでしょ」という言葉で  
拒否されてしまった。くそう…次の暗がりデートスポット、水族館では絶対に俺がまひろを…  
あれこれとエロいことを考えていたらいきなり、「お兄ちゃん、出そうになったら一言言ってね。床やシートに飛ばしたらまずいでしょ」  
耳元でまひろにこう囁かれた。今の俺にはそれもこそばゆくて、興奮の起爆剤になってしまう。  
何分くらい経っただろう。限界を迎えた俺が、「まひろ…」と呼びかけると、まひろは手早くスカートのポケットからハンカチを取り出して、  
右手に持って俺の亀頭を包むと、左の手で根本を上下に扱きながら、ハンカチ越しに右手で亀頭を撫で回した。  
薄い布地の中に、熱いものがじんわり広がっていくのを感じながら、俺は息を荒らげてシートに身を沈めたのだった。  
 
「まひろ、ハンカチ大丈夫だったか」  
化粧室から出てきた私に、お兄ちゃんが声をかけてくる。  
「とりあえず洗ったけど、お兄ちゃん…凄い量。斗貴子さんとはちゃんとエッチしてるの?」  
嫌がられるかな、と思いながら、どうしてもそこが気になってしまう。いや、べべ別に嫉妬しているわけじゃなくてね、  
彼女とのエッチの回数が激減したら、ほら、浮気を疑われて、私たちの関係が斗貴子さんにバレちゃったり…ね。  
「いや、まあ、そっち方面は全然変わらないけど…」  
照れながらぼそっと話すお兄ちゃん。私とのエッチのときは結構大胆なのに、斗貴子さんの話を振ると照れるのも  
なんか可愛い。  
「そろそろお昼だね。お兄ちゃん、あんまり混まないうちに食べに行こう」  
何を食べようかな。出した分のたんぱく質、ちゃんと補充しないといけないよね。だとすると…お昼は焼肉?  
焼肉食べる2人は深い仲…とか…  
 
なぜか妙に顔を赤くしているまひろの肩を抱きながら、カズキたちは、映画館を後にしたのだった。  
 
 
カズキとまひろがたんぱく質補給…もとい、昼食へと向かっているとき、パピヨンのアジトでも、桜花が  
昼食用にと持参したミートパイが温められ、香り高い紅茶とともに、2人の昼食として供されていた。  
「ただ…な。いくら興味深い話とはいえ、前提が単なる推測というのではどうしようもない」  
切り分けられたパイを口に運びながら、パピヨンは桜花を見やる。  
「まず、貴様の推測が事実であるかどうかの確認が必要だ。具体的な話はそれからのことだ」  
「…どうやって事の真相を探れば良いのかしらね。2人とも、事が露見しないように最大の注意をしているでしょうし」  
いかにも「困った」といいたげに笑いながらパイをつまむ桜花に、パピヨンは冷ややかな目線を向けた。  
「それを探るのは貴様の仕事だろう、油断ならん女だ。さっそくこの俺を利用しようと企んでいる」  
「2人を終始監視するなんて不可能よ。私も大学の授業があるし…それに尾行なんて自信ないわ」  
「桜花、お前は俺に、武藤たちをストーキングして、現場を押さえろとでも言うつもりか?」  
ふふん、と鼻を鳴らし、パピヨンはティーカップを持ち上げる。  
「無粋な…この蝶サイコーな俺様に、ストーカーをしろだと?」  
「貴方はもともと、武藤君のストーカーみたいなものじゃなくて? 私よりは適任だと思うんだけど。  
…まあ、確かに貴方じゃ目立ちすぎて逆効果ね。事実は私が確認するから、何かいい知恵はないかしら?」  
事実確認にパピヨンを巻き込むのは諦めた方が良さそうだ、と一歩引いた桜花に、パピヨンはニヤリと笑いながらこう言った。  
「貴様の推測が事実ならば、一番確実な確認方法は、本人に直接聞くことだ。  
武藤の妹がお前を味方に引き入れるため、敢えて兄との関係を匂わすようなカモフラージュをお前の前でしたというなら、  
正面切ってぶつかるのがもっとも妥当な方法だ」  
思わず考え込んでしまった桜花に、パピヨンは言葉を続ける。  
「もし貴様の勘違いだったら、薮蛇になりかねんな、桜花…だが、この程度のリスクを平然と負えない様では、到底あの  
ブチ撒け女への復讐など出来んし、俺も協力する気はないぞ」  
桜花の決意を試すかのように、パピヨンは口角を釣り上げて、じっと桜花を眺めている。それを見た桜花は決意したように口を開いた。  
「貴方の言うとおりね、パピヨン。まひろちゃんに直接当たって、事の真意を確かめてみるわ。  
で、そこで貴方にも…」  
桜花の話を聞き終えたパピヨンは、いかにも楽しげに、桜花に言葉を返した。  
「…良かろう、その程度の労は取ってやる。では、早坂桜花のお手並み拝見と行こうか」  
 
「う〜、食べ放題とは言え、少々食いすぎたかな?」  
「私もお腹いっぱいだよ〜」  
お昼ごはんは焼肉がいいー、となぜかハイテンションなまひろのリクエストで、焼肉を食べに行ったわけだが、  
俺たちは高校生。ちゃんとした焼肉屋じゃ出費が嵩むし、質より量…ってなことで、食べ放題の某焼肉チェーンで  
昼食をとった俺たちは、腹ごなしに腕なんぞしっかり組みつつ、通りをブラブラと歩いていた。  
「お兄ちゃん…次の行き先は水族館?」  
「ん? 俺はそのつもりだけど、まひろはどっか行きたい所あるのか?」  
「ううん、聞いてみただけ、えへへ」  
そう言って肩に頭をコツンと預けてくるまひろ。妹ながら本当に可愛い奴だ。  
斗貴子さんとのデートもいいけど、まひろとのデートってのもいいものだなぁ。第一、斗貴子さんはまひろみたいに  
デート中にエッチなことをしようとすると「人目がある!」って嫌がるし。  
朝の電車での痴漢プレイ、映画館での手コキを思い出すと、また股間がムズムズしてくる。我ながら因果な性欲の強さ。  
「お兄ちゃん…またエッチなこと考えてるでしょ。水族館はちっちゃい子どもを連れた親子とかいるし、人目もあるから  
映画館のときみたいに、青筋立てたオチンチン出さないでよ、逮捕されちゃうし…ね、今度は私をいっぱい触ってよ」  
こそっと呟くまひろの声に、また股間がズキンと疼いてしまう。斗貴子さんとのデートでは味わったことのない、感触。  
「まひろ、水族館行きのバス、あと5〜6分でくるぞっ」  
動悸を隠すようにまひろに声をかけると、俺たちは少し足早にバス停へと向かった。  
 
一人で過ごす日曜日が、これほど暇とは思わなかった。  
以前は一人でいてもこんな気持ち、微塵も感じたことはない。まあ、戦団に居た頃、休日は訓練に明け暮れていたからな。  
今日カズキは、まひろちゃんと隣町に遊びに行った。映画館や水族館にいったり、ショッピングを愉しむそうだ。  
「斗貴子さ〜ん、日曜日、お兄ちゃん貸してちょうだい! このとおりっ!」  
そう言って手を合わせて私にお願いするまひろちゃん。もとより私に異論などなかった。  
前にカズキとも2人で話したけれど、カズキとまひろちゃんはもう少し、2人だけの時間を持つべきだと思う。たった2人の兄妹なのだから…  
私は一人っ子で兄弟姉妹がいなかったから、仲の良い2人の関係はちょっと羨ましい。  
普通、カズキくらいの年齢だと、異性のきょうだい同士は疎遠になるか、仲が悪いのが普通のようだが、あれだけまひろちゃんに  
好かれているのだから、カズキは何だかんだ言って、すごくいいお兄ちゃんなのだろう。  
…ああ、そういえばもう一組、私の知人でやたら仲の良い異性のきょうだい(姉弟)がいるが、アレはまた別だ。  
あの2人はドロドロし過ぎていて、不健全極まりない。とても微笑ましいなどと形容できるような間柄ではない。  
あまり想像したくないがあの2人、身体の関係を持ったこともあるのではないだろうか?  
カラン、と氷の落ちる音がして、私は我に返った。昼時の喫茶店で、私はなんとまあ、非生産的な思索にふけっているのだろう。  
ズズズッ、と薄くなったアイスコーヒーを一気に啜ると、私は伝票を片手に立ち上がった。  
時間は12時45分。一日はまだ、長い。  
私ももう少し、休日、一人で過ごす時間の使い方を覚えなくてはな。  
 
「今日はなかなかに面白い話を聞かせてもらった。まあ…気が向いたらまた相手をしてやろう。  
あと、日時と場所が決まったら、直ぐに教えろ。貴様が首尾よく目的を達成できるかどうか、この目で見てやる」  
そんなパピヨンの言葉に送られて、早坂桜花はアジトを後にした。  
「流石に抜け目ないわね…あっさりかわされた挙句、まひろちゃんに直接コンタクトするという言質を取られてしまったわ…」  
やはり桜花は、カズキとまひろの関係を探るために、何とかしてパピヨンを利用しようと考えていたようです。  
「けれど、私の推測は絶対に間違っていないはず。ならば恐れる必要もないはず」  
まひろちゃんが私に白羽の矢を立てたのは、私が自分と同じ境遇に居るから、協力者になってくれると踏んでいるから。  
具体的にどういう「協力」を求められるのかは分からないけど、それはおそらく、結果的には武藤君と津村さんの仲を引き裂くことに  
繋がるはず。  
まひろちゃんが私と津村さんとの間の因縁を、詳しく知っているとは思えないけど、私が津村さんにかねがね含むところがあるのは、  
おそらく感づいているはず。  
…こう考えると、いったいまひろちゃんが何を意図し、何を考えているのか、ますます気になってしまう。  
私は携帯を取り出すと、まひろちゃんにメールを打った。  
「桜花です。まひろちゃん、今週、時間作れるかな。2人で遊びに行かない? 冬物のバーゲンが…」  
ささっと打ち終えて送信すると、私はふうっと大きく溜息をついた。あとはまひろちゃんの返事待ちだ。  
…さあ、せっかくのお休みだし、気晴らしにどこかに行こうかしら?  
 
バスが来るとお兄ちゃんは、私を後ろから抱えるようにして乗り込むと、最後尾の座席の左側の窓際の席に私を座らせると、  
その隣に腰を下ろした。もう…お兄ちゃん、映画館の時と同じじゃない。バスの中でくらい我慢してよー  
「まひろ…シートに少し寄りかかるみたいに腰を掛けて…そう」  
その言葉で私がシートに寄りかかるみたいに腰をかけると、お兄ちゃんは深く腰をかけて、上体を少し起こし気味の体制を  
取ると、そのまま右手を私の太ももにおいて、スカートの中に指をもぐりこませ、内ももを指のお腹で撫で始めた。  
座席はあらかた埋まっているけど、立ち乗りの人は前の方に固まっているし、横に座っている人からも、なにをしているのか  
見えにくいかもしれないけど…お兄ちゃん…くすぐったい…  
「水族館は久しぶりだなー、まひろもそうだろ?」  
何事もないような素振りをしながら、お兄ちゃんの指は、少しずつ上に上に這い上がってきている。  
うー、私が内もも触られるの、すっごく弱いこと知ってて愉しんでるな。それも朝の電車のときみたいに激しく指を使うんじゃなくて、  
さわさわと撫でるように感触を愉しんでる。斗貴子さんとのデートでも、お兄ちゃんってこういうことしてるのかな。  
「私も久しぶりかなー、前来たのは中学? ええと、小学生だったかな」  
思わずちょっと声が震えちゃう。あまり意識しすぎると、またその…パンツを汚しちゃいそうで。  
お兄ちゃんとのデート、替えの下着は必需品だ。次からは絶対に忘れないようにしよう!  
それはそうと、お兄ちゃんと遊びに行くのに、替えのパンツ持ってく妹なんて、日本に一体何人いるんだろうか?  
…エッチなお兄ちゃんを持つと、妹もいろいろ大変デス。  
ていうか、お兄ちゃんやっぱり欲求不満なのかな。斗貴子さんとのエッチじゃ物足りないのかもね。  
 
「桜花…」  
カズキのいない休日。ただでさえちょっと憂鬱な上に、ばったりと見たくもない顔を見てしまい、私は思わず一瞬眉を  
顰めてしまった。この腹黒女め、ホントにどこまでも祟る奴だ。  
対する桜花は、相変わらず本心の見えない笑顔でにっこりと「津村さん、こんにちわ」などと悠然と挨拶なぞしている。  
「ああ、珍しいな」  
「せっかくの日曜日というのに、今日は武藤君とは一緒じゃなくて?」  
なにが「一緒じゃなくて?」だ、この似非お嬢様め。見てくれだけなら、言葉遣いが見事にはまっているのも何とも腹立たしい。  
「もしかして、武藤君にも愛想を尽かされたのかしら? ふふっ」  
この野郎、いちいち癇に障ることを…あのときカズキの情にほだされて、核鉄を貸してやるんじゃなかった。  
「カズキは今日は、まひろちゃんと遊びに出かけている」  
「ふうん…で、貴女は仲間はずれ…要は妹さんと、武藤君を取り合って負けた訳ね」  
「たまには兄妹水入らずで過ごすのもいいだろうと、私の方からも勧めたのだ。いちいち気に触る言い方をするな!」  
桜花が私を挑発して楽しんでいると半ば承知しつつも、相手をしてしまう私も私だ。この手合いは何か言えば直ぐに言葉尻を捉えてくるのだ。  
「ま、一人身の事情はさておきまして、せっかくこうして会った訳ですし、どうです、お茶でも…」  
「断わる!」  
「つれないですわね。彼氏以外の人ともたまにはちゃんとお付き合いしないと…ただでさえ、お友達があまり多くないのに」  
丁寧語での憎まれ口を背中に受けつつ、私は踵を返して歩き出した。ホントにもう…散々な日曜日だ。  
寮に帰ったら夜、カズキに慰めてもらおう。  
 
「ホント、つれない人…」  
去っていく斗貴子の背中を見ながら、桜花はボソリと呟いた。  
「でも、津村さんは、武藤君とまひろちゃんがただならぬ関係にある、などということはまったく、考えてないみたいね。  
そして武藤君は今日、まひろちゃんと2人っきり…ふふ、私の推測が俄然、現実味を帯びてきたみたいね」  
そう言いながらにっこりと笑みを浮かべる。  
「これでまひろちゃんに真意を確かめて、2人の仲が本当だとしたら…これは傑作ね。  
でも、津村さん、事実だとしても、貴女には教えてあげないから。当事者の中で、貴女一人は蚊帳の外よ。  
まひろちゃんと武藤君の関係を知らないままのピエロを演じるのか、まひろちゃんに武藤君を奪われるのか、これは見ものね。  
私と秋水君を殺そうとしたブチ撒け女は、生きながら地獄に落ちれば良いのよ!」  
優しい笑顔の下で、こんなことを考えているとは…早坂桜花の斗貴子への恨み、もって知るべしというところだろう。  
 
さて、ほぼ同時刻、カズキとまひろはと言うと…  
水族館ではしゃいでいた。  
映画館では、まひろの手コキ以外ではいまいち、テンションの上がらなかったカズキであるが、水族館では一変、さながら小学生の  
ごときハイテンションで、移動しながら展示されている水槽を覗き込んでいる。  
てっきりお触り攻撃で碌に水槽など見る暇もないのではないかと思いつつ、そんな痴態を期待していたであろうまひろはと言うと…  
兄のカズキと同じくらいはしゃいでいた。  
「クリオネ可愛いー♪」  
「不思議な生き物だよなぁ」  
手こそしっかりと恋人繋ぎで握られてはいるものの、それ以外は取り立てて、公然猥褻に該当するような接触もないまま、  
まったりと水族館デートを愉しんでいた。インターバルというところだろうか。  
 
2人の日曜日はまだ、終わらない。  
 

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