クリスマスにアイツを家に呼んだのは本当に気まぐれだったんだ。
しかし、そのせいで最悪のクリスマスを迎えることになってしまうとは……
ガスッ!
自分の部屋に入ると同時に、顔に走る衝撃と痛み。
原因はベッドに座っていたヴィクトリアが何かを投げてきたからだ。
しかし、コイツは悪びれもせず、さらにオレを非難しだした。
「バカなヤツだとは思っていたけど、バカに加えて変態だったなんてね」
「何の事だ?」
オレの問いにヴィクトリアは俺の足下を視差する事で返してきた。
見れば一冊の雑誌。
分かり安く言うとエロ本。
さっき投げてきたのはコレだろう。
しかし、コレはベッドの下に置いておいた筈……
「俺は『大人しくしてろ』て言ったぞ!
なに他人の部屋勝手に漁ってるんだ」
「なによ!男の部屋に行ったらベッドの下や不自然なカバーの本を探すのが日本の常識なんでしょ?」
「そんなわけあるか!常識じゃないし、その時の男は彼氏の意味で男性の意味じゃない」
この女は理系や歴史の知識なら、
そこいらの高校生なんて敵わないものを持っているくせに、
こと一般常識に関してはからっきしなのだ。
さらに、その不足している知識を知り合いから得ているらしいのだが、
いつもは疑り深いくせに、その時は素直に信じて今回の様な事になるのだ。
「な、で、でも、その本は何よ。変態じゃなきゃ、そんな本読まないわ」
この本をくれた父さんの友達の名誉の為にも言っておくが、
この本は見た人が引きつった笑顔を浮かべる様なマニアックな本ではない。
「あのな、こんな本、男なら誰だって読んでるよ」
「そんな事ないわ。パパは絶対読んでないわよ」
俺をどうしても変態にしたいのか、俺の言葉を信じないヴィクトリア。
そのあまりにも勝手な態度に、こちらも冷静さを欠いてくる。
「読む読まない以前に、あの人は実際にこういう事してるだろ!」
「絶対にないわ!パパをあなたと一緒にしないで!」
「じゃあ、どうやってお前が出来たんだよ!」
「そんなのもっと綺麗な事をしてに決まってるでしょ!
こんな汚いのとは違うの」
「いい加減にしろ!普通の男と女はこういう事するんだよ!
電話でもなんでもして確かめてみろよ!」
「分かったわよ!どうせ否定する決まってるでしょうけどね!」
売り言葉に買い言葉で一気にまくし立てたが、
ヴィクトリアが携帯電話を掛け始めるてと、段々冷静になってくる。
そして、こいつがどういう風に父親に伝えるのか想像してしまった。
『あ、パパ。うん、そう、ところで聞きたいんだけど。
アイツがね、普通の男女だったら、
本に載ってる様な相手の身体やアレとかキスしたりするのは、普通の事だって、
そう言うんだけど。本当?』
マズイ。かなりマズイ。
事情を知らない父親が聞けば、
俺は何も知らない純粋な娘を騙して、コトに及ぼうとするゲス野郎だ。
そうなれば、俺はミンチ確定。
ならば、止めなければ、電話が繋がる前に。
「ん?アンタ何するつもりよ」
話し合っている時間は無い。実力行使で携帯を止める。
一気に間合いに入り、携帯に手を伸ばす。
が、ヴィクトリアは携帯との間に身体を割り込ませて、阻止をはかる。
「そうやって邪魔するって事は、さっきの事はやっぱりウソだったのね」
そんな言葉に構わず、俺は身体ごと突っ込んだ。
押さえつけた事で大きく逃げる事が出来ず、
手を伸ばして携帯との距離を稼ごうとするヴィクトリア。
それを奪おうと俺も手を伸ばすと、
身体をバタつかせて、妨害する。そんな事を何度か繰り返した。
結局、携帯を奪い取り切るまで、奇跡的に電話は繋がらなかった。
そして、それに安堵し状況把握を怠った事が、
この後のさらなる問題を呼びこんだのだ。
「二人とも、あまり騒がしく……」
あれだけ、騒いで暴れれば当然だが、注意しに母さんが入ってきた。
しかし、俺と目が合った瞬間、硬直してしまった。
疑問に思った俺は今の状況を確認してみる事にした。
まず、俺とヴィクトリアがベッドの上にいる。
詳しく言うと、
ヴィクトリアは、両手を頭の上で押さえつけられ、
髪が乱れて髪飾りのひとつがとれ、
いつもより、鋭い目付きで俺を睨み付け、
胸が見えそうになるくらい服は捲れ上がり、
形のいいヘソがはっきりと見え、
スカートも乱れ際どいラインを保っている。
そして、俺はハアハアと荒い息を吐き、その上に覆い被さる様な体勢で、
ヴィクトリアを押さえ付けているという状況。
間違いなく、俺がヴィクトリアを襲っているとしか見えないだろう。
「か、母さん違うんだ!」
俺は慌てて、誤解され無いよう説明しようとしたが、
硬直が解けたものの、耳まで真っ赤にした母さんには俺の声は届いてないらしく、
「わ、分かってる、分かってるから。だが、その、エロスはほどほどにな」
そう言って部屋を出ていってしまった。
最悪の誤解はされなかったが、明らかに別の誤解をされている。
信頼されているのか、いないのか分からない。
もしかして、俺は前からそんな奴だと思われていたのか?
そもそも何でこんな事に……
「ちょっと、いい加減どいてくれない?」
いや、原因を探したところで何にもならない。
「ちょっと、聞いてるの!」
でも、この先どうやって顔合わせればいい……
「ねえ、大丈夫?アンタ顔色悪いわよ」
クリスマスなのになんで……
「しっかりしなさいソウヤ!ソウヤ!」
耳元で名前を叫ばれたことで、今まで周りが見えてなかった事に気付く。
顔を上げれば、いつの間にか立ち上がっていたヴィクトリアが、
珍しく不安そうな顔をしていた。
「やっと気が付いたわね」
「ん、あぁ」
俺が生返事しか返せないでいると、
何処から取り出したのかケーキ様の包装ケースを俺に渡してきた。
「私には、何でアンタが落ち込んでるのか分からないけど、
それでも食べて元気出しなさい」
ケースを開けると何かのパイが出てきた。
「もしかして、励ましてくれてるのか?」
「ち、違うわよ。アンタがあまりにも情けない顔してるから……
それにそのミートパイだって、渡しそびれたのを、今出しただけだし……
ともかく!さっさといつものアンタに戻りなさいよ」
照れて顔を反らすヴィクトリアを見て、俺の心は和らいだ。
「ま、せっかくだし、ミートパイ貰うぞ」
パイの一部を千切り口に運び味わう。
作るのに慣れているのか、外はサックリ、中はトロトロと上手に出来ている。
「なかなか美味し……」
美味しい事を伝えようとした瞬間広がる妙な味。
いや、妙な味と言うより味わう事を身体が拒否していると言った方がいい。
「ナニイ…レタ?」
「何て、いつも通り……
ゴメン。私がいつも食べてたアレ入れたかもしれない」
その瞬間、俺は口の中の物はもちろん胃の内容物も一気に吐きだすと、
意識を失っていった。