「何を隠そう、俺はチョコレート作りの達人だッ!」  
寄宿舎の調理室にて、仮面ライダーの変身ポーズで、華麗に宣言。  
…ホントは、別にそんなこともないんだけど。でも、とりあえずコレは言わなくちゃだよな。  
そんなくだらないことを考えながら、俺は目の前の調理器具群とチョコレートをにらみつけた。  
「道具がそろって、材料もそろって、これからが腕の見せ所! さぁ、やるぞ!」  
「何をやるんだ、カズキ?」  
振り向くと、キレイな濃紺の髪。  
「…? 何を驚いてる?」  
この人に出会ってから初めて、顔を合わせたくないという瞬間だったのに、  
どうしてあっちゃうの………。  
 
 
さかのぼること、約1日。  
「逆チョコ」  
「は?」  
登校直前、朝一番で俺の部屋に部屋にきたまひろが、たった一単語を俺にぶつけてきた。  
「なに、なんて?」  
「だから、逆チョコだよ。明後日、バレンタインデーでしょ。  
 お兄ちゃん、ちゃんとお義姉ちゃんにチョコレート用意してるの?」  
まひろは何故か怒り半分でそう言った。  
俺は驚いて、思ったままを言い返す。  
「ちょ、ちょっと待て。バレンタインだろ?  
 ……こんな言い方おこがましいけど、俺、もらう方――」  
「お兄ちゃんの時代遅れーッ!」  
頭に響くまひろのハイトーン。  
「あのね、お兄ちゃん。今年は、男の人の方が女の人にチョコを送る、ってのが流行りなんだよ。  
 だから『逆チョコ』。……あとは、分かるでしょ?」  
「……俺が、斗貴子さんに?」  
俺がそう呟いて、やっと、まひろの顔がぱあっと明るくなった、  
「そう! 手作りのね!」  
「……斗貴子さんにチョコ………え、ちょ、ちょっと待って!」  
斗貴子さんにチョコをあげる。そのことは全然いやなんかじゃなかった。  
でも、今のまひろの発言は見逃せない。  
「手作り? ハンドメイド?」  
「そう手作り。ハンドメイドだよ」  
「俺が?」  
「そう、お兄ちゃんが!」  
それはちょっと難しい、と言う前に、まひろが口を開いた。  
「……お義姉ちゃん、喜ぶだろなー。  
 当たり前みたいに渡して、さりげなく手作りアピールしたら、すごく喜んでくれると思うよ?」  
ふと、斗貴子さんの笑顔が脳裏に浮かんだ。  
優しくて、抱きしめられたような気分になる、柔らかなほほえみ。  
そんなふうに顔をほころばせて、『ありがとう』と言ってくれる斗貴子さん。  
そのまま、俺の首に腕を回して、俺をぎゅっと抱きしめて……。  
ああああっ、駄目だ駄目だ!  
あぶないところまで進んでしまった想像を振り払い、でも心を決めた。  
「まひろ……俺、頑張ってみるよ!」  
 
そして、今。  
調理器具はまひろに用意してもらったけど『作るのは全部お兄ちゃんの自力じゃなきゃ駄目』と  
つっぱねられてしまったので、お菓子作りの本を片手にさぁ始めようかと思った、まさにその時。  
「……ふむ、チョコレートか」  
俺の前に並んだ品々を見て、そういう斗貴子さん。  
「う……あ…うん、そうなんだ…」  
どうして、あってしまうんだろう。  
「あ、と、斗貴子さん?」  
「うん? 何だ?」  
「こ、こんな朝早くにどうしたの? 調理室に、何か用があったの?」  
とりあえず、悪いけどこの場だけは斗貴子さんに出て行って欲しい。  
さすがにサプライズを前提とした逆チョコ作りを見届けてもらうわけにはいかないし。  
「あー……いや、まぁな」  
何故かさっと顔を背けた斗貴子さんは、すぐに俺に向き直って同じ事を俺に聞いてきた。  
「そ、そういえば、キミこそどうなんだ? キミが調理室なんて珍しい」  
「それは……その…」  
まずい、墓穴った。  
今度は俺が視線をそらした途端、斗貴子さんが、あぁそうか、と呟いた。  
「バレンタインデーだろう? 名前は何と言ったか……流行りらしいからな」  
ば れ た 。  
なんてこった。  
最高に最悪だ……。  
「ええと……そうだ、『友チョコ』というやつだろう?」  
「うんそう友チョコ……え?」  
斗貴子さんのまさかの発言に、斗貴子さんの顔を見直してしまった。  
だが、斗貴子さんの表情はいつもと変わらない。  
「キミは友達をとても大切にしているからな……男同士でもあげるとは知らなかったが。  
 まぁ、悪くない事だと思うぞ? 日ごろの感謝を形にすると言うのは……」  
………驚くべき事に、本気だこの人。  
斗貴子さんってちょっと変な人だとは思ってたけど……。  
そんなことを考えていると、きっぱりと斗貴子さんがこう宣言した。  
「……よし、私も手伝おう」  
「…え?」  
俺があっけにとられている間に、斗貴子さんは手早く動き始める。、  
「あ、ちょ、ちょっと待って斗貴子さん! いいよ、一人でやるから…」  
「じゃあ湯せんのやり方、言ってみなさい」  
「え。……ちょっとまって、今調べるから」  
「ほら見ろ。私が手伝ってあげるから、心配しなくてもいい。…どうせ、ついでだ」  
いや、手伝ってくれるという事態が、心配事なんです斗貴子さん…。  
 
どうしよう、斗貴子さんにあげるべきチョコを、斗貴子さん自身に手伝ってもらうなんて。  
こんな情けない話があるだろうか。  
俺がどうしようかとおろおろしてる間にも、斗貴子さんはてきぱきとチョコ作りの準備を始めている。  
というか、ほぼ湯せん終わっている。  
まずいなぁ……。  
「ほら、カズキ。準備は終わった。で、どんなチョコを作りたいんだ?」  
「え、あ、うん…ありがとう」  
本格的に、まずい。  
これ以上手伝ってもらうと、斗貴子さんにも申し訳ないことに……。  
「と、斗貴子さん、これ以上はいいよ、ほんとうにありがとう。ここからは自分で――」  
「今からこのチョコはどう加工するんだ?」  
「……まだ、調べてないです……」  
斗貴子さんは、全く、とため息を吐いて、腰に手を当てた。  
……斗貴子さんは男らしいなぁ……。  
そう思っていると、斗貴子さんは、さっきと比較にならないぐらい弱々しい声で、何かを呟いた。  
「………か」  
「え? ごめん、斗貴子さん、今なんて?」  
「……迷惑、だったか」  
斗貴子さんが真摯な目で俺を見つめた。  
「その……キミにも秘密にしたいことはあると分かっていたつもりだったが……  
 軽率だったな、すまない。私は席を外すから、あとは――」  
「ま、待って! 待って!」  
いつぞやのように、がしっと斗貴子さんの両肩を捕まえて、斗貴子さんの目を見る。  
「その…そういう意味じゃないよ」  
「…じゃあ、なんで今日に限って私を遠巻きにしようとするんだ?」  
「それは……」  
それは。  
言えないことだ。  
 
……でも。  
こんな事で斗貴子さんの心に傷をつけてしまうなんて、あまりにもばかばかしい事だから。  
「……逆チョコ」  
…言ってしまおう。  
「え?」  
「斗貴子さんは知らないみたいだったけど…。  
 逆チョコって、つまり、バレンタインに男から女の人に贈るチョコの事だよ。  
 それを作ってたんだ」  
斗貴子さんは目を見開いて、きょとんとしていた。  
「……もちろん、斗貴子さんに」  
恥ずかしいけど、そう言い切ってしまった。  
斗貴子さんは……。  
「……………」  
固まってしまった。  
たっぷりの時間をかけて、首の下からかーっと赤くなっていってるのが何だかかわいい。  
額まで真っ赤になった頃に、ため息を吐きながらくずおれてしまった。  
「あ、と、斗貴子さん!?」  
「なにかと思えば…そういうことだったのか」  
斗貴子さんはもう一度大きくため息を吐くと、立ち上がって、またチョコに向かった。  
そして、何事もなかったかのようにチョコ作りを再開する。  
「あ、斗貴子さん?」  
「…カズキ。私は逆チョコなんて、別にいらないぞ」  
「え? どうして?」  
「それは……」  
振り返った斗貴子さんは、耳まで真っ赤に染め込んでいた。  
「私が、キミにチョコをあげるからだ」  
ぶっきらぼうにそう言うと、すぐに正面を向いてしまった。  
「別にもらうのが嫌なんじゃ無いぞ。ただ、チョコを交換するより、  
 キミには何も考えず、私のチョコを味わって欲しいんだ」  
湯せんされたチョコをヘラでかき混ぜながら、斗貴子さんが続ける。  
「それに…こんなこと言うのもなんだが、キミはちゃんとホワイトデーにお返しをくれるじゃないか。  
 私にはそれで十分だから」  
「斗貴子さん…」  
思わず嬉しくなって、気づいたら後ろから斗貴子さんを抱きしめていた。  
「あ、コラッ…」  
驚いた斗貴子さんの手が滑って、ヘラから溶けたチョコのしずくが斗貴子さんの顔にかかった。  
ちょうど、傷の辺り。俺は考えるよりもはやく――。  
「あぁ、ンッ………」  
「……えへへ、何にも考えず、味わわせてもらったよ」  
「もう、バカ……」  
斗貴子さんは一瞬、顔を背けた…と思ったら、瞬間にこっちを向いて俺の唇を……。  
「んむ!? ……ぷはっ、と、斗貴子さん!?」  
「……お返しだ」  
頬を薄い紅色にした斗貴子さんが、悪戯っぽく笑った。  
 
 
その後、俺が見てる前で、斗貴子さんが俺にくれるチョコを完成させた。  
チョコには、大きな字で『本命』と刻んであった。  
 
 
―――了  
 

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