とある昼下がり。毒島は保健室の棚を物色していた。
「え〜と。消毒液は…と…」
「うるせぇな。さっきから何ガサガサやってんだよ」
不意にカーテンの向こうから投げかけられるその声に、毒島は飛び上がらんばかりに反応する。
「うわっ、火渡様っ!?何してるんですか?授業は…」
「質問に質問で返すんじゃねぇ。5時間目に授業入ってないから寝てた」
声の主──火渡が荒々しくカーテンを開ける。
寝起きの為か、少々不機嫌そうな様子だった。
「すみません…(って言っていいのかな…)茂みに入ったボールを取ろうとして、枝に引っかけちゃって…
一応、洗い流したんですけど、消毒液が切れてるみたいなんです」
そう言うと、うっすらと血のにじむ腕を差し出す。
「んなの、ツバつけときゃ治る。元戦士が甘ったれんな」
面倒くさそうに立ち上がると、そのか細い腕を掴み、引き寄せた。
「ひゃぅ…ッ」
「これぐらいの事でいちいち大袈裟なんだよ」
「や…火渡様、くすぐった…!」
生暖かい舌が傷口をなぞる。
痛い様な、痒い様な、ゾクゾクとした感覚が走る。
「ひ…火渡様っ…」
「あぁ?」
「も、もう大丈夫ですから…」
濡れた患部が空気にさらされる。
毒島は高鳴る胸の鼓動を悟られない様に、平静を装った。
「火渡様、こんな所で不謹慎です」
「先生が生徒の傷口を舐めてやるのが、どう不謹慎なんだ?ん?」
わざと意地悪そうに笑うと、枕元の教科書とプリントを束ね始めた。
毒島は気付かれない様に、その傷口にそっと唇を寄せた。微かに煙草のにおいが残る。
「い…ッて…!」
聞き慣れぬその言葉に、毒島は振り返った。
見ると、ベッドに腰掛けた火渡が人差し指の根元を押さえ、唸っていた。
「どうしたんですか?」
「くっそ〜、プリントで指切った。地味に痛ぇ〜ッ」
武装錬金の特性で火炎同化できていた以前とは違い、核鉄のない今は、
たった紙切れ一枚でもダメージを与えるのに充分な武器となる。
「勤務時間にこんな事をしているからバチが当たってんですよ」
足元に散らばるプリントを拾い上げると、ずい、と鼻先に差し出した。
「あー、もう駄目だ。出血多量で死ぬ」
「元戦士長が何を甘ったれた事言ってるんですか。大袈裟な」
先程の仕返しとばかりに毒島は言い放った。
「血文字でお前の名前をダイイングメッセージにして残すぞ」
「どうぞご自由に」
「ん…っ」
遠慮がちに舌先を伸ばし、傷口にそっと触れる。
痛みなのか、火渡の腕が微かに震えた。
火渡はされるがままにしていた指先を、ゆっくりと唇に割り込ませた。
「んふ…!」
それに驚いた毒島が身を引こうとするよりも早く、空いたもう片方の手で頭を押さえられる。
「や…ひわた…んむッ」
「サボってないで、傷の手当てを続けろ」
やがて指は上顎や小さな舌をなぶり始める。
「や…んぷ…っふ…」
指を引き抜こうとすると、それに合わせて毒島の頭も前のめりになる。
「何だ?傷の手当てすんのに、随分と気分乗ってんじゃねぇの?」
「あぅ…火渡様が変な事させるからです…もういいですか?血は止まりましたよ」
毒島は口元に溢れた唾液を拭う。
「そうだな。血液は違う所に集中したからな」
「や…だ…火渡様…っ駄目ですっ、こんな所で…!」
言葉ではそう言うものの、体はどう対応したらいいのか、躊躇いを見せた。
「ん…!」
耳に熱い吐息がかかる。毒島は小動物の様に、ふるふると震えた。
「…バーカ」
「え…っ」
涙目をうっすらと開けると、火渡がいつもの意地悪そうな笑みを浮かべて頭をグシャグシャと撫で回す。
「うゅ…っ」
「いくら俺でもこんな所でヤらねぇよ。いちいち本気にするな。もっとも、お前がそうしたいな…」
言い切らない内に枕が飛んできた。