夕暮れの山中─。滅多に人の訪問のない木立の奥に、この日は人影があった。
大木の幹に押しつけられる一人の少女。押しつける一人の男。
大柄と呼ぶにはあまりにも巨大な体躯は、もはや常人のそれではない。
その異様な姿と相俟って、組み敷かれる少女の小柄さがいっそう際立つ。
華奢な印象を与える少女。荒い息遣いに上下する小さな肩。男の手の内にある咽喉は、折れてしまいそ
うなほどに細い。
肩の高さに切り揃えた髪が、顔の前に覆い被さる。頬を伝い、顎の先端から落ちる雫。
顔ばかりではない。セーラー服の胸元から僅かに覗く鎖骨の辺りに浮かぶ、玉のような汗。
脇腹や二の腕からの出血が、抵抗と暴虐の激しさを物語る。
それ以上に、周囲で無残に薙ぎ倒された木々を見れば、只ならぬ事態であることが容易に窺い知れた。
破壊の痕跡の中で 自然とは不釣合いな輝きを放つのは、六角形の金属板───。
幼さを残しながらも端正な顔立ち。鼻筋を横切るように一文字に走る疵は、新しいものではない。
戦前、男は甲(カブト)と名乗った、少女は……化物に名乗る名などない、と言った。
化物。人ならざる者。
「槍のボウヤといい嬢ちゃんといい、歯応えがなさ過ぎてガッカリだな」
首にかかる手を掴んでいた両手を離し、暴漢の身体を拳で打つ少女。外見から想像し難いほど力のこも
った攻撃であるが
「ムダムダ。言ったろうが。『俺の鎧は固え』・・・ってな」
ダークブラウンのなめらかな装甲に身を包んだ男にダメージを与えるには至らない。
「この分じゃ、”本隊”の仲間とやらも大したことねえな。今ごろ相棒が平らげてるに違ぇねえ。
ま、助けを期待するのはヤメときな」
ギリギリと歯噛みする少女。宙に浮いた爪先が、大地を求めさまよう。
「バトルで期待はずれだった分、コッチで楽しませてもらおうか」
1本の腕で首を締め上げ、残る腕のうち2本で、少女の未だ発達途上の胸をもそもそと揉みしだく。そし
て残る1本が
「俺のココは──固えぞ。」
そそり立つ男性自身をつるりと撫で上げた。その部分も黒光りする、硬質化した皮膚に覆われていた。
プリーツスカートを少しづつ捲り上げる。
徐々に覗く純白の布が目に眩しい。すらりと伸びる二本の脚も負けず劣らず、抜けるように白い。
血の赤とのコントラストが男の視覚を強烈に刺激した。クッ、たまんねえ────。
ゲヘヘといやらしい笑みを浮かべるその顔は、本来あるはずの位置ではなく、腹部に鎮座している。
首の上に乗る頭部に人間の面影は欠片もなく、硬質なヘルメットが全体を覆う。
切子細工の瞳には、様々な角度から捉えた、無数の少女の表情が映し出されていた。
額にあたる部分から天を衝くようにのびる角は先端で枝分かれしながら熊手のように鋭く尖り、
兇悪な印象を見る者に与えることに成功している。
しかし、男の股間で屹立する、てらてらと鈍く輝くそれは、ある意味頭の角以上に禍々しいシルエット
となり、少女の網膜に灼きついた。
ホムンクルス──。目の前の異形の”化物”を、彼女達はそう呼ぶ。
乱暴に股を割り、太股の間に腰を割り込ませた。狙いをつけるべく、自慢の凶器に手を当てがう。
パンティの股布をずらし、その部分に先端を押し当てた。
「悪いが前戯はナシだ。いきなり穴ぁ開けさせてもらおうか」
秘所の入口を2〜3度まさぐり角度を調整すると、一気に貫こうと腰に力を込める。
強引に分け入ろうとするものの、まだ未通のそこは強硬に抵抗し、容易に侵入を許さない。
チェッと舌打ちする男。脇腹の傷から滴る血液を乱暴に掬い、股間の槍に塗りつける。
「これでちったぁ滑りもよくなるだろう。
……痛えのが嫌なら、自分で弄って準備してもいいぜ?」
グフッと下卑た笑いが臍の辺りから聞こえ、少女は男の顔をきっと睨んだ。
「そうそう、このカブト様が初めての相手になるんだ。忘れないようしっかり面ぁ拝んどきな」
こんな状況に合ってもなお、少女の瞳からは鋭い光が、生気が、失われていない。
「・・・・気に入らねえな」
男の表情がにわかに曇った。緩んだ口元を引き絞る。細く歪んだ濁った目が放つのは、漆黒の闇──。
「自分の置かれた立場がわかってないようだな。なぜそんな表情(カオ)ができる」
「余裕など見せず早く殺(ヤ)るがいい。私なら、好機をみすみす逃さず、とっとと片をつける」
「お楽しみの暇はねえってか。反撃のチャンスがあるとでも思ってるのか?」
「お前は、きっと、後悔する」
「・・・お望み通り、さっさと姦(ヤ)ってやるよ」
腰のくびれから下方へ、細かい棘の生えた腕をすっと滑らせる。少女の脇から尻へかけて、かすかな引
掻き傷を残して。
白い双丘を掴み、自分の腰に引きつける。
思いがけず少女の口からうっという呻きが漏れ、男の顔が喜悦に歪んだ。何かの抵抗を受け、男の腰が
止まる。
「もうすぐ・・・・破れるぜ・・・死ぬ前に・・・女にしてもらえて・・・感謝しな」
少女の反応を楽しむかのように、ゆっくりした口調で囁く。
カブトの顔が自らの腹部にめり込んでいき、代わりに肩口の辺りから現れた。
強気でクソ生意気な女の顔が
錬金の戦士の顔が
苦痛と
恥辱と
もしかしたら快楽に歪み、乱れる様を
間近で鑑賞してやる。
「へっ────いただくぜ」
その時、風を切る音と共に、目も眩む山吹色の光が男の背後で閃き、夕暮れの空を照らした。
ただならぬ殺気に、光や音を知覚するよりも速く、カブトは本能的に身を翻した。
すんでのところで切先をかわしたが、堅固な甲殻の表面からは、わずかに煙があがっている。
突撃槍(ランス)を手にした少年。学生服は破れ、肩口から鮮血を滴らせながらも、
果敢に黒い怪物に挑みかかる。
男の名は、武藤 カズキ。錬金の戦士、見習い。
「小僧っ! 生きて───」
「斗貴子さんッ! 核鉄(かくがね)をっ!」
カズキは地面を這うように跳躍した、
少女から十メートルほど離れた地面から拾い上げたのは、あの六角形の金属盤。少女の所有物。
それを、怪物の手から逃れた少女に放った。手にした少女が叫ぶ。
「武装錬金!」
両の太股に集まる光。脚の付け根から無数に伸びる細い腕と、その先端に冷たく輝く鋭い刃──。
女の名は、津村 斗貴子。錬金の戦士────。
カズキの頭上からもう一体、異形の者が襲い掛かった。
頭部に生える湾曲したギザギザの鋏が、ガチリと音を立てて少年の首を刈り取ろうとする。
まさに間一髪、身を沈めたカズキの髪が宙に舞った。
「鍬形(クワガタ)っ!」
「カブト…相棒、すまん!こいつら、意外にやりやがる!」
そこにさらに躍りかかる、同じく学生服の少年。
二体目のホムンクルス・クワガタに袈裟切りに斬りかかる。空気を切り裂く鋭い音。
地響きと共に着地した少年が手にする武器は、身の丈ほどもある戦闘斧(バトルアクス)。
カズキより若干小柄ではあるが、恰幅よく、身のこなしは力強さに溢れている。
両刃の斧が地面に形作る、巨大な六角形の影。
男の名は、橋本 マサヤ。錬金の戦士。
「調子にのるんじゃあ・・・ねえッ!」
事態が思い通りにならぬことに苛立つカブト。
地面を蹴ると大きく羽ばたき、カズキの背後から飛び掛かる。
その刹那、カズキの身体が無数に増殖した。
「!?分身したっ?」
手近なカズキを手当たり次第に一本角で薙ぎ払うが、
切先が届く寸前、ことごとくフッと消え失せていく。
クスクスという含み笑いを聞き、カブトは頭上を見上げた。
古木の枝の上に立つ女。
人形を思わせる整った顔立ちと、腰まで伸びる長い黒髪。頭には紅いバンダナ。
ブレザーの制服は右肩に掛けられ、
長袖のブラウスは、左側の袖が二の腕までたくし上げられている。
その肘から先を覆う、メタリックな質感の超手甲(ナックルガード)。
「クスッ、ミラージュフィスト・・・♪」
女の名は、天道 ナナセ。錬金の戦士。
カズキの突進をことごとく受け流すクワガタ。
創造主(あるじ)が与え給うた最強の甲冑。防御には絶対の自信がある。
「貴様らごときには破れぬ!」
「どけーっ、新入りッ!」怒声に飛び退るカズキ。背後には、戦闘斧を大上段に構えたマサヤ。
「唸れ、ヴァリアントアクス・・・ 烈ッ・風ゥ・斬ッ!!」
まき起こる一陣の突風(かぜ)。瞬く間に上空に舞い上げられた蟲のホムンクルスは
体勢を整えるべく、悪態をつきながら翅を大きく広げた。
刹那、足元から発する一筋の閃光。視界の隅に捉えた時はもう遅かった。
「ジュースティング・
スラッシャ──────ッ!!」
眩いエネルギーの奔流が黄金色の流星となって、甲羅と翅とに隠された、柔らかい部分を貫いた。
チカチカと煌く残像を描き、光の尾を引きながら。
グゲッという、ホムンクルスの醜い断末魔の悲鳴とともに。
コンチクショウ、コンチクショウ──。
無数に現れては消える斗貴子の残像(イメージ)が、カブトを翻弄する。
さっきまでは俺が絶対的優位にいたハズだ。それが、なんで、こんな──。
落ち着け。身のこなしだけで為せる業じゃない。これは幻覚だ。
木の上で、のうのうと高みの見物を決め込む忌々しい女。きっとアイツの仕業だ。
「キサマかあーーーーーーーーっ!」
樹上の女目掛け、無数の甲殻を投げつけた。接近戦しか能がないと思ったら、大間違いだ。
予想外の攻撃に、ナナセは面食らった。超手甲に覆われた左腕が、肘から持っていかれた。
地面に薙ぎ倒されたナナセに迫るカブト。さらに角で斬撃を加える。
びりびりに引き裂かれ、用をなさぬ布切れと化していく衣服。たちまち一糸纏わぬ姿にひん剥かれた。
まろび出た豊かな乳房に、透き通るような肌。桜色の先端を目の当たりにし、ヒョオと声を上げた。
「ククク・・・こいつぁ嬢ちゃんより食いでがありそうだ。」
「い・・・・やぁああああっ!」
好奇の目から胸と下腹部を守ろうと、女は必死に身をよじる。耐え難い羞恥から、肌に朱が差す。
「堪能させて───もらおうか。」
直接弄んでやろうと手を伸ばす…その途端、ほの白い裸身がグニャリと歪み、夕闇に溶けた。
「! 畜生、これも幻……」
背後に現れた気配。 「……堪能した?」
のんびりした口調とはうらはらの、刺すような殺気に、振り向くことができない。
剥ぎ取った取った筈の制服には、ほつれ一つない。
しかし…飛ばされた左の肘から先は、なおも失われたままである。
超手甲の下には、もともと中身はなかった。
核鉄によって補われた左腕──。
武装錬金を、今度は右腕に装着したナナセ。右拳に光が収束し、そして───
「っけぇええっっ! トルネード、フィストぉッ!!」
裂帛の気合と共に放たれた拳撃は、燃えさかる闘気の渦となりカブトを飲み込む。
チリチリと灼けるような匂い。しかし、怪物の堅牢な鎧の防御は揺るぎない。
「斗貴子ッ! お願い!」
闘気渦(トルネード)が視界を奪った一瞬の間に、カブトの眼前まで一気に迫った斗貴子。
「とっとと片をつけろ・・・と言ったはずだ」
周囲に無数に浮かぶ処刑鎌(デスサイズ)の刃は妖しく輝き、死刑執行の時を今や遅しと待ち構えていた。
「臓物を・・・ブチ撒けろッ!!」
「畜生、畜生、畜生ッ───!」
無数の刃が躍る。それらは皆、装甲のわずかな隙間を捉え、
怪物の四肢を手際よく解体していった。
「あ、創造主いいいい────────!!」
寸断された数多の破片(パーツ)は、暫くの間ひくひくと蠢いていたが、やがて灰となり消えていった。
「言っただろう、後悔する・・・・と。」