―――――夢があった。  
 
平凡でなんてことの無い、ちっぽけな夢。  
そんなモノだったけど俺にとっては人生の中の価値全てだった。  
くだらない日々が続く当たり前の毎日。  
その繰り返しをもう少し続ければそれは手に入る――  
 
―――ハズ、だったのに。  
 
 
「はぁ、はぁ…………ッ!糞ッ!」  
 
――行き止まり。  
これで何度目だろうか。  
闇雲に走り回り、進んで来た道はすでに未開の地。  
複雑なそうな道を見つけ次第飛び込み、走り続ける。  
見渡す限り続く、長い路地裏の直線を俺は走る。  
もっとマシな逃げ方とかを考えるれる程、自分の頭は正常に機能してくれそうにない。  
走り続けているのは考えているのではなく――――本能のままに。  
ただ『走れ』『走れ』と体全身の神経がそう告げている。  
 
「はぁ、はぁ、はぁ……チクショウ!」  
息が上がり、胸の心拍が激しくなる。  
ドクッ、ドクッ―――とリズムを刻むその音は余命へのカウントダウンのように。  
足が何かに曳きつけられるかのように重く、炎のように熱い。  
脇腹には何かに押しつぶされるような圧迫感。  
酷く、息苦しい。  
 
何でこんなことになったんだろうか。  
どうしてこんなことになったんだろうか。  
こんな、こんなことに―――――  
 
 
「……諦めが悪いな、人間」  
―――こんなバケモノがいるなんて。  
 
 
ズシャリ、と砂を踏みしめ怪物は歩み寄って来る。  
逃げなきゃ、逃げないと―――殺される。  
 
そう分かっているはずなのに――体が動かない。  
足枷でも付けられたかのように足が重く―――微動すらしない。  
背中からは滝のように汗がひたすら流れ出てくる。  
それは、走り回った疲労からか―――それとも、目の前の恐怖からか。  
 
「恨むのなら……己の不運を恨め。弱き者は強き者の餌となるのは世の定め」  
怪物との距離は一歩一歩確実に縮まっていく。  
目測で5メートル、この距離なら。  
まだ、逃げられる。逃げられる―――ハズだ。  
 
恐怖で縛られた両足を奮い立たせ、大地を一気に蹴り上げる。  
死んで――死んで、たまるか!  
 
力を内部から一気に爆発させ、  
両足で力強く大地を蹴り、加速し疾風となる。  
逃げるんだ、生きるために。俺はシニタクナイ。  
気を抜いていたのか怪物は追ってこない、距離は十分離れた。  
これで逃げ切れる―――  
 
――――――――え?  
 
だが、そんな希望はあっさりと打ち砕かれた。  
 
「……無駄だ、人間。諦めろ」  
突き刺さるような冷淡な声と同時に――背中が熱く、灼け始めた。  
 
「あ、あ、あああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」  
その熱さが背中を切り裂かれたんだと気付くのに不思議と時間は掛からなかった。  
ガクリ、と膝の力が抜け仰向けに大地ヘと倒れる。  
衝撃、そして轟音。  
冷たくて硬いアスファルトに豪快に倒れたはずなのに不思議と痛みは無かった。  
全身から力が抜け始め、あれほど熱かった躰から芯から凍えるような冷たさを感じる。  
背中からどろりとした液体が流れ出る。  
その液体は言うまでも無く―――俺の、血。  
 
ああ、何て愚かだったんだろうか。  
ヒトがどう足掻いたところで怪物には勝てやしないのだ。  
何もしなければ苦しまずに済んだかもしれない。  
そんなコト――分かってた筈なのに。  
それでも、俺は逃げ出した。夢を諦めたくなかった―――  
 
「……ここまでだな。では、さらばだ」  
もう逃げる気力さえ沸かない。  
ここまで現実を見せられたらどうするコトも出来る訳――無いじゃんか。  
人生への別れを覚悟させるかのように、  
ゆっくりと怪物が俺の背中を引き裂いた、その鋼鉄の爪を振り上げ―――――  
 
 
 
――俺の人生はそこで終わる――  
 
 
―――ハズ、だった。  
 
 
俺の命がまさに消えようとしている瞬間、ソレは飛んできた。  
「―――!!!チィッ!」  
空気を貫き、激流を纏い矢の如く俺と怪物の間を飛び舞った、一本の槍。  
それは轟音と共に大地に深く突き刺さる。  
身の丈ほど有りそうなその槍は目の前の怪物のような――機械の、槍。  
「そこまでだッ!ホムンクルス!」  
静寂が支配していた闇夜に怒りに満ちた声が響く。  
声の主は俺と大して年の変わらなそうな学生服の少年。  
そしてその横には同じくセーラー服の少女が。  
「カズキ、無駄口を叩く暇は無いようだ。キミは虎峰を、私は彼を保護する」  
「分かった、気を付けて―――斗貴子さん」  
「キミこそ無理はしないようにな」  
そう言い放ち、互いに顔を見合わせ二人は鳥のように跳躍する。  
 
「行くぞッ!虎峰ッ!」  
少年は投げ放った槍を拾い構え直して怪物の方へと疾走する。  
その勢いは弾丸の如く――疾く、逞しく。  
「――――おおおぉぉぉぉぉッ!!!」  
勢いは落ちずそのまま高速の突きがその両腕から繰り出される。  
その速さはまさに―――刹那。  
「フン、錬金の戦士――それも突撃槍と処刑鎌の、か。……面白い」  
虎峰と呼ばれた怪物もまた少年へ向かって疾走する。  
虎峰の周りの空気が旋風へと変わり、吹き荒れる暴風へと更に変化する。  
その勢いは―――本当に虎の如く力強く。  
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」  
尚も繰り出される高速の刺突。  
速いだけでなく正確でそれでいて力強い連撃が虎を襲う。  
「……悪くないが、まだ―――足りん」  
その高速の刺突を虎峰は鋼鉄の爪で無駄なく捌いていく。  
喉、額、肩、心臓、要所を隙無く突く一撃を受け、流し、躱す。  
虎は烈火の如く少年へと突進する、だが少年もそう簡単に進撃を許さない。  
 
鋼鉄と鋼鉄が交わり、金属音が路地裏に鳴り響く。  
火花が飛び散り、焼け焦げた臭いが空気を侵食する。  
空夜を舞う火花でさえ芸術の一部と思えるくらい眼前の闘いは見事だった。  
 
果たして、ヒトというモノはここまで動けるものなのか――――  
少年の繰り出す刺突は衰えるどころか増々加速していく。  
その速さは高速の領域を超え―――神速。  
少年は空気を――いや、空間でさえ鋭く貫き、破壊していく。  
その動きは戦闘動作なんて無粋なモノではなく、見る者の目を奪う芸術の域。  
 
その目の前の出来事に俺は間違いなく心を躍らせていた。  
あれだけ脳裏に充満していた恐怖という感情はもう既に何処か彼方へ消え去っていた。  
この戦いをもっと見たい、全身の血を興奮させるこの闘いを―――  
 
「―――キミ、大丈夫か?」  
「……え?」  
荒々しい空間に響いたその声は、自分でも酷く間抜けな声だったと思う。  
自分のすぐ近くに人が居るというのに全く気付かなかった、  
それほど俺は――――この戦いに心を奪われていたのか。  
「……致命傷ではないな、とりあえずは止血をする。少し痛むがそれくらいは耐えてくれ」  
男の子だろう?なんて言いながら目の前の少女は背中に回る。  
包帯か何かだろうか。布が背中に押し当てられ、巻かれる。  
少し痛むが、これくらいさっきの一撃に比べればなんてコトは、ない。  
「暫くはこれで我慢してくれ、悪いが私は加勢に行く。カズキ一人では分が悪い」  
「……ちょ、ちょっと待った!」  
今にも駆け出しそうなその背中に向かって声を掛ける。  
「どうした?」  
「そ、その……ありがとう。それと―――気を付けて」  
「ありがとう。だが、安心しなさい……私達は錬金の戦士だ」  
そう微笑み、少女は再び鳥のように飛んでいった。  
 
「想像以上にやるな、錬金の戦士!」  
「まだ、まだだぁッ!!!」  
激突する鋼鉄の爪と突撃槍。  
その闘いは既にヒトの域を越え――戦神の領域。  
限界を知らぬかのように、両者の戦いは加速していく。  
既に目で追いきれない速さの槍の一撃一撃を虎は見切り躱していく。  
神速の槍の軌道をその爪で逸らし、その隙に確実に距離を詰める。  
「―――!!!」  
「どうしたッ!まさか打突だけで俺を倒そうとでも思ったかッ!」  
隙など微塵も感じさせなかった少年の槍に僅かな遅れが生じた―――のだろう。  
虎が獲物を逃がさんとばかりに一気に距離を詰め、それを助走とし爪が空間ごと少年を引き裂く。  
が、寸前槍を引き戻しその鋼鉄の柄で虎の顎を打ち砕く。  
だが、相手は怪物。虎もそれでは怯まない。  
顎を打ち砕かれながらも少年のいた空間を斬り刻んだ。  
 
漆黒の闇夜に赤い鮮血が舞う。  
突撃槍の少年から生きているかのように赤い液体が溢れ、流れ出す。  
「……良い判断だ」  
血が付着した自慢の鋼鉄の爪を嘗めながら虎はそう呟く。  
「―――――」  
少年は答えない、だが返事と言わんばかりに力強い視線を虎へと放つ。  
「良い眼だ、それでこそ殺り甲斐が有る」  
「悪いが、そうはさせない」  
虎の背後から、冷たい―――背筋が凍る程の声が響く。  
「ようやく来たか……処刑鎌の女。さぁ、二人同時に相手をしてやる、来な」  
「怪物風情が、錬金の戦士をなめるなッ!」  
「ジュースティングフラッシャー!!!」  
力強い咆哮と共に二人の戦士が虎へと突進する。  
少女から伸びた無数の刃の正確無比な攻撃と山吹色の輝きが包む突撃槍の突撃。  
―――ソレを防ぐ方法なんて、存在しない。  
 
 
だが、虎はソレをあっさりと防いだ。  
先程の様に受け、流し、躱す等という動作は一切行わずに受け止めたのだ。  
その――――完全に機械と化した肉体で。  
「――――!」  
これには二人とも驚いたのか驚愕の表情を一瞬浮かべる。  
「フン……この程度か。容易いッ!」  
完全に凶暴化した爪が空ごと二人を切り裂く。  
爪はそのまま少女の首に伸び、喉を引き裂く―――  
 
瞬間。  
漆黒の空間を眩しい位の山吹色が照らす。  
「おぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」  
突撃槍に先程以上のエネルギーが満ち、突風を生み――空気を真空へと変える。  
「―――何ッ!」  
交差する鋼鉄の槍と鋼鉄の体。  
静寂に響き渡る金属音と無数に飛び散る火花。  
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!!」  
「――――――――――!!!」  
獅子の咆哮の如く、互いの声が響き渡る。  
山吹色の突撃槍が空気の壁を貫き、加速し勢いを増す。  
全てを受け止める強靭な体は――徐々に打ち砕かれ始める。  
「馬鹿な!……この俺をッ!」  
「守るんだ、みんなを―――何よりも、斗貴子さんを!!!」  
 
そして、轟音。  
山吹色の突撃槍は、誇り高き虎を打ち貫いた。  
「……見事。俺の命、持って行くがいい」  
「……言われなくてもな」  
そう言い、唯一残った虎の頭を処刑鎌が斬り裂いた――――  
 
 
「また、キミに助けられてしまったな」  
「え?ああ、良いって……お互い様、お互い様」  
「そうか。では、彼の救護を急ごう、応急処置程度しかしていないからな」  
「分かった」  
 
怪物―――いや、誇り高き虎を倒した二人がこっちに走り寄って来る。  
――ああ、助かるんだ。  
そう思ったら、一気に気が抜けた。  
瞼が重い。  
「大丈夫か?」  
「ああ……でも、なんか気ぃ抜けた」  
「そのまま休みなさい、キミは怪我人なんだ」  
そう言って少女は微笑む。  
「そう……する、よ。ああ、でも名前教えてくれないかな?」  
間抜けな質問な気もしたけど仕方が無いじゃないか。  
命を助けてくれた人の名前ぐらい聞いておきたい。  
―――本当に、感謝を込めて礼を言いたいから。  
 
「ん、そうだな私は―――」  
ああ、でも駄目臭ぇ。眠くてしょうがない。  
 
 
「――――――津村斗貴子。錬金の戦士だ」  
 
「俺は、武藤カズキ――――――同じく、錬金の戦士」  
 
それでも、二人の戦士に心からの感謝を。  
 

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