「サンライトスラッシャー!」  
突撃槍の飾り布からまばゆい閃光をほとばしらせ、少年が跳んだ。  
「見つけたぞ!ホムンクルスっ!」  
4脚の処刑鎌がカタパルトのように跳ね上がり、少女が宙を舞った。  
夜明けにはまだ遠い歓楽街、ビルの谷間を二人の戦士が飛ぶ。  
 
「株木通りへ?」  
やや面食らった顔で少年は聞き返した。  
銀成学園寄宿舎、管理人室に呼び出された少年と少女を待っていたのは、  
およそホムンクルス―――人を喰らう異形の怪物とは縁が無いと思われる、  
ネオンに照らされた歓楽街の調査指令だった。  
「ああいうキナ臭い街だからこそ、ただの失踪事件は見逃されやすい。」  
男臭さをカタチにしたらきっとこんな姿になるだろう、つなぎに身を包んだ男が言った。  
「だが、その中に僅かでも異常の臭いがあるとしたら、ハッキリ言うと人食いの跡があったなら、俺達の出番だ」  
コクリ、と少女は頷いた。  
「そこでお前達に調査、ホムンクルス絡みであればホムンクルスの殲滅を依頼することにした」  
「で、なぜオレと斗貴子さんが…」  
「ここ数日、株木通りの失踪事件が飛躍的に増加している。  
自体は火急を要する、ってワケだ。しかしオレは寄宿舎管理人。責務ってもんがある。  
深夜であれ寄宿舎を銀成市から離れた株木通りまで行くワケにはいかない。」  
 
「…それと、これからの戦闘は苛烈を極めるだろう。武藤カズキ。」  
男の目が、変わった。寄宿舎管理人の目から、錬金の戦士の長、キャプテン・ブラボーへと。  
「L・X・Eとの戦いでオマエたちはこれまでも、そしてこれからも死線を潜り抜けていくコトになる。  
…金城の核鉄の元の持ち主だったあいつみたいに、潜り抜けられずに死ぬかもしれない。」  
ドン、と卓袱台を叩く。  
「この任務はオマエたち二人のこれからを計る試金石でもある。  
ホムンクルスと戦い、死ぬ覚悟はできているか、人々を守り、立ち向かう正義を持っているか…  
とにかく、錬金の戦士である以上、悔いは残すな!戦って戦って戦い抜け!」  
ブラボーの叱咤に少年と少女は顔を強張らせた。  
「あー、それと…」  
ブラボーは少年に封筒を渡した。  
「戦いの後にこの封筒が必要になるだろう。大事に持っておくように。」  
ビシッ!ブラボーは少年に向けて親指を立てる。  
「解った、ブラボー!」  
ビシィ!少年も親指を立てて返してみせた。  
 
株木通りは銀成市から6駅ほど離れた信宿市にある、いわゆる歓楽街だ。  
眠らない街とはいかないまでも、風俗店やきらびやかなネオンを発する建物が立ち並ぶこの通りに  
ホムンクルスがいるなんて信じられない。  
少なくともオレはそう思ってた。  
それより、ここに斗貴子さんといることのほうがよっぽど信じられなかったけど。  
目的はホムンクルスの殲滅、そんなことはわかってる。  
けどやっぱり意識してしまう。  
ここに来てからはお互い顔をあわせることもできず、  
日付も変わり消えつつある歓楽街の光の中、目を泳がせていた。  
斗貴子さんも同じ気まずさなんだろうか。  
そう思って曖昧な笑みを斗貴子さんに向けた。  
斗貴子さんは一点を凝視してる。薄暗い裏路地の、さらにその奥。  
「カズキ、いたぞ」  
にやけ顔のやり場に困りながらも、斗貴子さんの目線を追ってみると…  
いる。蠢く大きな何か。ヒトとはかけ離れたカタチの影。  
オレは一度斗貴子さんと頷きあって、左胸に手を当てた。  
斗貴子さんはポケットから六角形の金属を取り出すと、正面にかざした。  
「武装錬金!」  
 
 
発動の叫びと同時に影は跳ね、ビルの谷間を飛ぶように動く。  
「サンライトスラッシャー!」  
突撃槍の武装錬金、「サンライトハート」の特性、エネルギーを発する飾り布のチカラと、  
ブラボーの深夜特訓で鍛えた跳躍力で、武藤カズキは飛んだ。  
斗貴子も脚に装着する4脚の処刑鎌、「バルキリースカート」のアームを使い、ビルの間を跳びながら追う。  
飾り布に照らされ、ホムンクルスは逃げる姿を現した。  
細く長い左右4対の脚。丸く膨れた腹。二本の牙。頭部に光る八つの目。蜘蛛だ。  
その禍々しい姿を認識した途端、カズキと斗貴子は体をつたう見えないものの存在に気がついた。  
糸だ。  
「気がついたときにはもう遅いぃぃ!」  
蜘蛛が喋った。逃げるのをやめ、空中に静止している。  
「やられた!斗貴子さん!罠だ!!」  
「吊られた状態で言うセリフか!」  
ビルの谷間、上空10メートル。  
二人の戦士は蜘蛛型ホムンクルスの巣に、蛾のごとく捕縛された。  
「くっ!」  
カズキは体にまとわりついた糸を引きちぎろうとするも、糸の予想外の弾力に戸惑っている。  
「無駄だぁぁぁ!象が引いたって千切れやしないぃぃぃ!」  
蜘蛛形ホムンクルスの哄笑が響く。  
「落ち着けカズキ!千切れないなら」  
斗貴子の脚から4条の光が流れ、その身が宙へ投げ出された。  
「斬ってしまえばいい」  
バルキリースカートはあっさりと糸を切り落とし、斗貴子は瓦礫が積まれた地面へと舞い降りた。  
瓦礫?  
ガバァッ!着地と同時に瓦礫の山が飛び散り、もう1体の蜘蛛が斗貴子に跳びかかった!  
「今回のは上玉だろう?地待よぉぉ!」  
上空の蜘蛛、正確にはオニグモのホムンクルスが語りかける  
「ああ、若くていい肉だ、風待よ。」  
地待と呼ばれた蜘蛛、正確にはジグモのホムンクルスは斗貴子に覆いかぶさり、その牙を首筋に立てる。  
サクッ  
 
「わたしに…触れるな…」  
間一髪、斗貴子は体を捻りかわしたが、首に1条の赤い筋が浮き上がる。  
「斗貴子さんっ!」  
「掠めたか。十分だ。俺や風待の牙には毒が含まれていて…微量で体を麻痺させる。  
更に量が増えると意識がとろける。  
最後には内臓がとろけだす。次で、終わりだ。」  
そう言って再び牙を突き立てようとした地待の八つの目の一つに、信じられない光景が映った。  
落ちてくる。  
突撃槍を持ったカズキが、  
幾重にも張り巡らされた風待の粘糸を飾り布で灼き切り、  
体に閃光を纏い、  
落ちてくる。  
ドン!  
地待の腹に、灼熱の突撃槍が突き立てられた。  
「ぐあぁっ!」  
たまらずもんどりうった地待。  
「臓物をっ…ブチ撒けろ!」  
間髪いれずに斗貴子の処刑鎌がトドメをさした。  
「斗貴子さんっ!」  
「カズキ!オバケ工場のときのように、わたしを飛ばせるか?」  
突撃槍に斗貴子を絡ませ、天高く投げ上げる戦法。  
「うん!」  
カズキは斗貴子を抱きかかえた!  
「ちょ、ちょっとちが」  
赤面する斗貴子を抱えて、カズキは跳んだ。突撃槍の爆発力が、二人を風待の眼前へと届ける。  
「がら空きぃぃ!」  
風待の4対の魔手が二人を貫く、はずだった。  
 
「ぐっ…今だ!斗貴子さん!」  
しかし、実際に貫いたのは一人のみ。  
かつてカズキの心臓があった、今は空っぽの左胸のみ。  
斗貴子は?  
風待の攻撃の直前にカズキに投げ出されていた。  
風待の頭上で、バルキリースカートを展開し、額の印章を狙うその姿はまるで  
「ジョロウグモぉぉぉ!?」  
「脳漿をっ…ブチ撒けろ!!」  
風待の頭が爆ぜた。  
 
最後の力を振り絞って斗貴子を空中で抱えなおして、  
なんとか突撃槍で着地できたカズキはその場にへたり込んだ。  
胸が熱くて、痛む。でも、よかった…  
無意識のうちに懐の中の温かい感触に顔を埋めていた。  
「…カズキ」  
「わっ!」  
今の今まで抱きすくめていた存在が斗貴子だったことを思い出し、カズキはあわてて顔を上げた。  
カズキは気まずさに負け、降ろそうとする。  
「いい。このままで、いさせてくれ。どうやらさっきの毒が回ってきたみたいだ。体が麻痺してきている。それより…」  
斗貴子は解除した核鉄を、カズキの左胸にあて  
「キミはいつも傷を負ってばかりだ。強くなれ。キミのためにも、キミを思うヒトの為にも」  
そう言って、体を、カズキに預けた。  
「斗貴子さん…」  
「言っておくが、キミの妹や友達のコトだぞ」  
「顔、赤いよ…」  
ひとときの沈黙が流れた。  
 
 
思考停止。ふたりはお互いの温かさをそれとなく、しかし確実にたしかめあった。  
「斗貴子さん」  
ふたたび話し出したのは、カズキ。  
「なんだ?」  
「蜘蛛の巣まみれだね」  
「ああ、うん」  
「…体、大丈夫?」  
蜘蛛の牙に襲われた首筋に手を当てようとして、斗貴子は持っていた核鉄を取り落とした。  
「毒が、僅かだが残っているみたいだ。意識が残っているから、大事には至らないだろう」  
幾分か痺れが残る手をヒラヒラと動かしてみせる。  
「…コラ」  
無意識の内に、カズキはその手を掴んでいた。  
「あ、ゴメン」  
「わたしの手を握るのは、わたしが死ぬ間際になってからにしなさい  
それよりこれからだが、どうする?」  
「とりあえず、コレ」  
ポケットからブラボーにもらった封筒を出した。  
開いてみると、ここ界隈の地図とチケットのような紙片。そして手紙が入っていた。  
 
この手紙を読んでいるということは、無事任務を果たしたのだろう。実にブラボーだ。  
地図に記された場所には『組織』の者がいる。この手紙とチケットを渡し、休息をとるといい。  
                                           キャプテン・ブラボー  
 
「だってさ」  
「では、行こうか、って…」  
「大丈夫。斗貴子さん軽いから」  
いつかのときのように、カズキは斗貴子をおんぶしていた。  
「こっちのほうが、早いし。毒の回りも抑えられるから」  
「…まあ、いい…言って聞くようなキミではなかったな」  
カズキの見た目より大きな肩。闘いで互いを任せられる背中。  
そして今、身を委ねている背中に、そっと頬をよせる。  
 
「着いた。けど…」  
「本当にココなのか!?」  
「何度も見直したけど、やっぱりここ」  
「〜〜〜〜っ」  
言葉を失ったのも無理は無い。  
歓楽街であるこの街でも、とりわけ夜遅くまで明かりがまばゆいこの建物は、「ホテル アルケミスト」  
当然ながら、普通のホテルではない。  
あんまりといえばあんまりな場所に、固まるふたり。  
「えと…帰ろうか、斗貴子さん」  
「また、電車も街中もおんぶで、か?」  
「そうなるかな」  
「う…あれは…もうゴメンだ。『組織』の者もいることだし、とりあえず手紙を渡そう。  
体の痺れが取れるまで、休息をとりたい」  
ホムンクルス幼体に寄生され、カズキにおわれて下山したときのことでよほど懲りたのだろう。  
ゴクリ。ふたりはまるで戦場に赴くかのように、  
未知への恐れと、未来の不安と、ほんのちょっとの期待を持って、一歩を踏み出した。  
 
「キャプテン・ブラボーから、話はうかがっております。どうぞこちらへ。」  
「ホントだったんだ…」  
あまりにあっさりとコトが運び、あっさりと鍵を渡された部屋の前に来てしまい、  
ふたりは鍵を一つしかもらわなかったことに気が付かなかった。  
まあ、ふたりで一部屋というのは、ここでは当然といえば当然なのだが。  
「斗貴子さん、開けるよ」  
ドアの向こうにホムンクルスが潜んでいるような緊張感。  
カズキの背中に、斗貴子の鼓動が伝わり、斗貴子の胸に、カズキの背中の強張りが伝わる。  
 
意を決して乗り込んだ部屋には、当然ホムンクルスはいなかった。  
「なんというか…思ったよりフツー」  
「キミは何を想像していたんだ」  
ミラーボールがあるわけでもない明かりを点け、回ったりもしないベッドに斗貴子を降ろすと、その傍らにカズキは座った。  
「斗貴子さん」  
「なんだ?」  
「こういうトコ、来たことあるの?」  
「ある訳ないだろう!第一私は…」  
顔に手を当てる。  
「女であることをやめた」  
斗貴子の顔に陰が落ちた。  
「ホムンクルスを狩ると決めたときから、わたしは錬金の戦士で、それ以外の何者でもない。  
ほかのことは、全て捨てた。日常も、安息も、幸せも、何もかもあのときホムンクルスにくれてやった。  
代価として全てのホムンクルスに死をくれてやる。わたしは何もいらない。…つもりだったんだ。」  
さらにうつむき、続ける。  
「少なくともわたしが銀成市に来るまでは、そうだった。わたしはいつも一人だった。  
だけどキミの妹や友達が、わたしに日常と安息を思い出させた。何よりキミと出会えたコトが…」  
うつむいた顔が紅く染まる。  
こんな顔初めてみたかもしれない、カズキは思ったが、次の瞬間には斗貴子は寂しさを浮かべた顔に戻っていた。  
「でも、ダメなんだ。わたしはなにも求めてはいけない。  
わたしはこれからも闘い、傷つき、いつか、明日かもしれないいつか、死ぬ。  
だから恋愛なんて、してはいけない。  
傷を負った女なんて、死んでココロの枷になる女なんて…」  
小さな肩が震えた。目に涙が浮かんだ。目の前で斗貴子さんが泣いている。  
それだけで、十分だった。カズキが目の前の少女を抱きしめる理由は、それだけで十分だった。  
 
「ちょ、ちょっと」  
「ケガするのは慣れてるから!斗貴子さんを死なせはしないから!だから…!」  
「カズキ…」  
「斗貴子さんの傷を半分だけでも、代わりにおわせてよ!」  
カズキの腕の中で強張っていた体が、次第に柔らかくなる。  
カズキの背中に左手が回り、右手は頭を撫でるように、首へ。  
「キミはもう傷ついてる。今日も、わたしの囮になって胸を貫かれた。  
それでもキミが生きてるのは、初めて会ったときにわたしの代わりに一度死んだから。  
カズキ、キミをわたしの」  
「斗貴子さん、オレを斗貴子さんの」  
「「ココロの中に」」  
声が、ココロが一つになった。  
「居させても構わないか?」  
「…居ても、いい?」  
お互い、答えは言わなかった。  
触れ合った唇から伝わってくる温もりが、  
頬をつたう涙が、  
いつまでも続く胸のたかなりが、  
そのときの全てだった。  
 
 
唇を触れ合うだけのキス。ついばむようなキス。  
カズキは、初めて触れ合った斗貴子の柔らかさに、儚さと愛しさを覚え、  
斗貴子は、抱きしめられたカズキの胸の大きさに、安堵と愛しさを覚えた。  
 
「…ぷぁっ」  
たまらず唇を離したのは、カズキ。  
「息するの忘れてた」  
「キミってやつは…」  
「斗貴子さんで胸がいっぱいになって、息が出来なかったみたいだ」  
「…バカ。口説くときはもっとまともな格好でいいなさい。  
あのとき唇を切ってたんだろう?おかげでキスは血の味だったぞ。」  
「ゴメン」  
「…蜘蛛の巣まみれで血の味のファーストキスなんて、キミとじゃないと願い下げだった」  
「ホントだ。酷い格好。」  
たしかに二人は先刻の闘いで蜘蛛に絡めとられ、傷つき汚れていた。  
場違いなほど殺伐としたふたりの居住まいに、気恥ずかしさと、苦笑がこぼれた。  
一呼吸置いて、何かを決めたようにカズキは言った。  
「…お風呂、はいろっか?」  
 
 
背中合わせ。ただ、布が擦れる音だけが聞こえる。  
後ろには、今までみたことのない姿の斗貴子さんがいるんだ。  
誰のものでもない、だけどオレのためだけの斗貴子さん。  
 
後ろには、カズキがいる。  
わたしというココロの枷をおってくれた、わたしを解き放てるただ一人のカズキ。  
 
生まれたままの姿になっても、ふたりは振り返れずにいた。  
初々しさと気恥ずかしさ。次にすべきことを頭に浮かべるだけで、足がすくむ。  
無言のまま、斗貴子が歩き出した。カズキの視界の端に、斗貴子の姿が映った。  
「…先に、入っているから」  
「…うん…」  
シャワーの音。深呼吸。そして閃き。  
 
『錬金の戦士である以上、悔いは残すな!』  
 
「こういうことだったのか!」  
ありがとうキャプテン・ブラボー。カズキは天井を仰ぎ、親指を立てた。  
ここからは見えない夜空で、ブラボーが笑っている気がした  
 
 
浴室の前。ドアノブに手をかける。  
「…斗貴子さん、入るよ」  
カズキが思ったよりもドアは軽く、カズキが思ったよりも浴室は広かった。  
…いた。シャワーをその身に浴び、小さく震えた後姿。  
ホムンクルスを闇に狩る、錬金の戦士とは思えないほど小さな肩。  
はかなげな背中。柔らかな体つき。背後から抱きしめたい衝動に駆られ、カズキはあらがう術を持たず、  
「うひゃあ?」  
肩を抱きすくめた。  
「斗貴子さん、すべすべだ」  
シャワーの中、猫がじゃれるように、首にほおずりをする。  
「キミといいキミの妹といい…」  
「?」  
「こっちの話だ…どうした?」  
ほおずりをしていたカズキの動きが止まった。  
「首に傷が残ってる」  
蜘蛛型ホムンクルスの毒牙の跡。毒に侵された傷は、治りも遅い。  
「あっ…コラ…」  
カズキは首筋を口に含み、舌で優しく愛撫し、ゆっくり、ゆっくり、吸う。  
「やめ…なさい」  
くすぐったさにも似た、体中を襲うせつなさに、力が抜け、膝からへたり込む。  
ちゅっ…ちゅ………ちぅっ……  
カズキの口づけは、優しく、斗貴子の琴線を揺らし続ける。  
「…は…なにを…して…いるんだ?」  
「斗貴子さんの傷、早く治るように…」  
「キミは犬か…ぁ…」  
降りしきるシャワーの中、カズキの口づけは続く  
 
「…ん………」  
降りそそぐシャワーの暖かさ、腕の中の斗貴子の温かさ、首筋を吸うカズキの熱さ。  
何十秒経っただろうか。何分経っただろうか。  
いつまでも続くかと思われた、カズキは続いてほしいと願っていたこの触れ合い。  
斗貴子はカズキの右手にそっと、掌を添えて、右手を左肩から外す。  
拒絶?  
一瞬カズキは戸惑い、次に右手に感じた優しい手触りに驚いた。  
 
「…感じるか?カズキ」  
斗貴子さんの左胸に、触ってる。  
掌におさまってしまうほどのふくらみ。指先に触れる可愛らしいつぼみ。そして…  
「うん。感じる」  
 トクン。 トクン。 正確に、激しく脈打つハート。  
「斗貴子さん、すごくドキドキしてる」  
「けど、苦しくないんだ。  
キミが触れるたび、胸が高鳴って、キミが優しくするたび、ココロが満ちてゆく…  
こんな気持ちは、錬金の戦士になって初めてだ。  
だから、聞いてほしい。  
キミはただ一人、わたしという枷をココロに負ってくれた。  
キミはただ一人、わたしのココロを解き放ってくれた。  
だから、キミは世界でただ一人、わたしを自由にしていい。  
キミが望むままに。キミが求めるままに」  
嬉しくて、愛しくて、強く、強く、抱きしめて、抱きしめられた。  
そしてふたりは肩越しに唇を重ねた。ココロが望み、求めるままに。  
 
どうすればいいんだろう。  
柔らかな唇の感触に浸りながら、カズキは考える。  
ただ、愛しくてたまらない。  
腕の中の強くて、儚いヒトを護りたい。  
触れ合いたい。解りあいたい。  
右手に伝わる鼓動をいつまでも感じていたい。  
「…んむ…」  
カズキの右手は、自然に動いていた。ふくらみを優しくさすって、指の腹に先端が触れる。  
恐る恐る指を動かして、そのやわらかさを感じ取る。  
人差し指と中指の間で先端を挟むようにつまむと  
「はぁっ…」  
頭の奥まで痺れてしまいそうな、可愛らしい吐息が漏れる。  
優しく揉むたび、先端に指が触れるたび、  
斗貴子の体は身をくゆらせ、斗貴子の押し殺していた声は僅かに漏れ出す。  
もっと、斗貴子さんが見たい。見つめあいたい。  
ふっ、と抱擁が解かれた。くるり、と斗貴子の体が回された。  
はじめて、何にも守られない剥き出しのままの姿で見つめあった。  
カズキに見つめられるのが怖くて、だけど頼れるものはカズキしかいなくて。  
斗貴子がとまどううちにカズキは再び斗貴子を抱きかかえていた。  
もう一度首筋にキス。唇を這わせ、胸の先端へ。  
木苺を摘むように、優しく唇に咥える。  
「カズ…キ…んっ……」  
赤ん坊に戻ったように、夢中に胸を吸い続ける。  
「む…くふぅ……は…ぁ……」  
舌が擦れると、呼応したように声が漏れて、羞恥と慈しみが混じりあって、  
陶酔のなかに斗貴子はカズキの頭を抱き、涙混じりの吐息を漏らしていた。  
 
やさしく、やさしく、舌で睦みあって、肌を重ねて、それでもせつなくて、  
たがいに体を引き寄せて、そこで…  
ふたりは、たがいの変化に気付く。  
 
(斗貴子さん、濡れてる…)  
カズキの脚に、シャワーの湯ではない、あたたかで滑らかな感触がつたう。  
(カズキのものが、熱い…)  
斗貴子の下腹部に、固くなったカズキのものが当たって、熱とやるせなさを伝える。  
 
「…………」  
気がつけば、ふたりはたがいの下腹部を見つめていた。  
恥ずかしいなんて、考える余裕もない。  
ただ、ただ、愛しい。  
もっと、もっと、近くへ。  
「カズキ…続きは、ベッドで…」  
「…うん」  
 
濡れた体を拭きあって斗貴子は、カズキの胸にうっすらと残る傷跡に気がついた。  
哀しいまなざし。それがなにを意味するのかわからず、カズキはただ、抱きしめた。  
違うんだ。ココロの中で斗貴子は叫ぶ。  
キミを巻き込んで、キミを傷つけて、キミに守られて…  
未熟なキミを守るのはわたしで、キミを…  
 
柔らかなベッドに身をゆだねて、ふたりは見つめあった。  
「―――わたしはやはり、不安なんだ」  
カズキの左胸に手をあて、斗貴子は呟いた。  
キミをわたしのために傷つけてしまうことが、不安なんだ。そう言いかけて  
「大丈夫、斗貴子さん」  
カズキが応える。根拠がない自信だ。でも―――  
「その…やさしく、する…から…」  
顔が紅潮している。  
「ふふっ」  
やはり、根拠がない自信だ。オマケに見当違いの。でも  
「エロスは程々にしときなさい」  
キミの言葉は優しくて、ココロを安らかにさせてくれる。  
「…了解」  
「程々に。わたし以外にエロスな気を起こさないように…誓いなさい」  
「了解!―――じゃあ、誓いの―――」  
「んむっ!」  
 
誓いのキス。今までのキスよりも、もっと深く、もっと熱いキス。  
舌が、斗貴子の唇に触れた。唇は自然と開いて、カズキの存在を許して、  
舌と舌が、触れ合った。  
やわらかくて、湿っていて、頭の先までしびれてしまいそうなキス。  
舌がからみあう。カズキの舌が擦りあげられ、斗貴子の口腔をカズキが慈しみ、  
舌が、粘膜が混じりあって、蕩ける。脳が、とろとろに蕩けて、なにも考えられなくなる。  
「…はぁ………ぁ………」  
唇が離れて、舌と舌に一すじ、交わったあかしが糸をひいて、名残惜しそうに消えてゆく。  
ふたりは全身が蕩けてしまったように身を委ねあって、うるんだ瞳で見つめあって、  
とまどって、うなずいて、そして  
「やさしく…」  
ゆっくりと、からだをベッドに埋める。  
斗貴子さんって華奢だ。カズキはあらためて思う。  
火照って、力なくよこたわった斗貴子のからだは、  
抱きしめただけで消えてしまいそうに儚げで、可愛らしくて、愛しかった。  
コトバで伝えられない胸のたかなりを、解ってほしい。  
抱きしめても、キスしても、舌をからませても、伝えきれないこの気持ち。  
カズキの手が、か細い腰を包みこむ。斗貴子の腕が、そっとカズキの背中にまわる。  
斗貴子のくぼみに、カズキのものが触れた。  
ピクリと、小さな肩が揺れた。  
熱く、ぬかるみのようにやわらかいくぼみは、カズキの先端を受け入れようとより滑らかになって、  
呼応して吐息もより熱く、甘く、カズキの胸を焦がす。  
溝をなぞるように行き場をもとめていた先端が止まって、  
カズキのからだが、ゆっくり、動いた。  
 
「ん…くっ…」  
はじめての斗貴子の許容と拒絶が、カズキを搾りあげた。  
はじめてカズキを受け入れる、押し広げられるような、身を刻まれるような、感覚。  
搾りあげて、引き裂いて、熱く、包み込んで…  
「…斗貴子さん」  
奥に当たる感覚を覚えて、カズキが心配そうにのぞきこんだ。  
斗貴子は目を閉じて、必死にカズキにしがみついている。  
「ん…大丈夫だ…痛みには…慣れている…」  
 
嘘だ。大丈夫じゃない。ココロの中でカズキは叫んだ。  
斗貴子さんは、必死で耐えているんだ。  
闘って、傷ついて、ひとりで全てを背負ってきて、そしていまも…  
背中にしがみついて、爪を立てて必死で痛みをこらえてる。  
 
ひりつく背中と、斗貴子を傷つけた罪悪感と、真っ白になってしまいそうな快感がカズキの中でせめぎあう。  
「それよりも…うれしい。カズキが、わたしの中にいるのを感じる…」  
「オレも。斗貴子さんの痛みが、少しだけ肩代わりできたのがうれしい」  
屈託のない、太陽のような笑顔。  
ふたりは、寄る辺ないふたりだけのベッドの上。  
傷つけあって、たがいを認めあって、たがいに救われて、ひとつになった。  
 
ゆっくりと、腰を動かす。  
「ぅ……ん…」  
痛みとせつなさが漏れる。  
静かな、静かなふれあい。  
つながっているコトを何度もたしかめるように、カズキは奥へと斗貴子を求めた。  
カズキが自分を求めているコトが、斗貴子はうれしかった。  
徐々に薄らいでゆく痛みと、しだいに湧き上がってくるはじめての感覚  
…たぶん、女としての快感にとまどって、唇を固くむすんで、身をゆだねた。  
 
痛みが、カズキのカタチが、わたしの中に刻まれて、でもうれしいのは、  
それが誰よりも、わたし自身よりもわたしにやさしく、わたしをわかっている、  
ただ一人の、カズキだから。だから  
「もっと、動いて…いい?」  
ただ微笑んで、キミの望むままに。  
カズキが突き上げるたびに伝わってくる、ぎこちない、だけど誠実な、掛け値なしの「キミが好き」。  
わたしが伝えるにはコトバが足りない。だけど、わたしは唇を開こう。  
 
「はぁっ…む…」  
斗貴子からの「キミが好き」。甘い、甘いキス。唇をついばみあうキス。  
「………ぁ…はっ……んくっ…ぅ」  
重なった唇から、吐息が漏れて、しだいに喘ぎ声へとかわっていく。  
悩ましげな声は、カズキの芯をしびれさせて、気持ちのタガを外していく。  
もっと奥へ。もっと抱きしめたい。もっと、もっと…  
カズキの熱情に応えるように、斗貴子の中はより潤って、カズキを包み込んで、愛撫して、快感を巡らせた。  
奥の奥を突き上げて、柔らかな壁を掻き回して、伝えられるいとしさ。  
蕩けていく。ふたりの呼吸も、動きも、なにもかもが、一緒になっていく。  
たしかなのは「キミが好き」ということ。キミがココロの中にいるということ。  
そして、いまにも果ててしまいそうなこと。  
「ぁあっ…カズキ…ッ…来…る……」  
つながった部分に渦巻いていた感覚が、からだをかけめぐる。  
触れ合った肌が、やわらかな唇が気持ちいい。  
交わった部分は、その何倍も気持ちよくて、愛しい。  
からだの一番深いところから、湧き上がってくる狂おしいまでの快感。そして…  
「ぁ…ぁぁぁ…ああっ!」  
ふたりは、果てる。  
トクン、トクン、トクン、トクン、トクン…  
「…ぁ…満ちて…く」  
斗貴子のからだの一番深いところに、脈動とともにカズキのものが注ぎ込まれていく。  
「斗貴子さん…」  
達した後、冷めてゆく世界の中、確かなあたたかさは、つながった部分の温もりと、太陽のような笑顔。  
ふたりはからだを寄せ合って、何度もキスをして、まどろみについて…ふたり、同じ夢の世界へ…  
 
カズキは窓から差し込む光で目が覚めた。傍らには、やさしいまなざしで覗き込む斗貴子。  
「夢じゃ、なかったんだ」  
「そうみたいだな」  
へその下、子宮にあたるところをさすって、微笑む。  
「キミが、まだ、胎内にいるのを感じる」  
カズキは起き上がろうとして、背中の痛みに気付く。  
背中には、8条の爪跡。破瓜の痛みと、果てるときに分かち合った証。  
「この傷、いつまでも残るといいな」  
「コラ、はずかしいからやめなさい」  
ばつが悪い顔で、斗貴子がたしなめる。  
「どうせ核鉄で治癒してしまう。傷跡も残らないだろう」  
「そうかな?ホラ、強い想いがこもった傷跡は残るっていうし」  
「漫画の読みすぎだ!そんなことより帰る支度をしなさい」  
時間は―――10時。登校しても完全に遅刻だ。  
「斗貴子さん、どうしようか?」  
「学校は…おそらく戦士長がどうにかしてくれているだろう。  
いちど寄宿舎に戻って報告。詳細はその後…っと」  
ベッドから立とうとした斗貴子がよろめいた。交わった痛みが、残っている。  
「痛む?」  
「なんとか、歩ける…コラ、言っただろう」  
手を取るカズキ。  
「わたしの手を握るのは―――」  
「いまから、ずっと。斗貴子さんが、いや、オレが斗貴子さんを守って死ぬまで、握ってていいかな。」  
 
 
 
 
 
昼下がり。寄宿舎の玄関に立つ一人の男。  
門前の並木道に、寄り添って手をつないだふたりの姿を確認すると  
ビシィ!  
親指を立てた。いや、親指を人差し指と中指の間で握り締めたガッツポーズ。  
ビシッ!  
少年は男に、キャプテン・ブラボーに親指を立てて返した。  
バシッ!  
少女は顔を赤らめて、少年の後頭部を叩いた。  
握った左手を離さないように、右手で思いっきり。  
 
To be continued?  
 

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