「体操服を返しにきたぞ。明日授業で使うと言っていただろう。ちゃんと洗ってーー」  
窓から軽く跳んでベットの上に降り立ち、部屋を見回す斗貴子。  
ここは夜の寄宿舎であり、カズキの部屋である。  
斗貴子はカズキに用があった。しかしーー  
「ーーいないな」  
部屋の明かりをつけて改めて確認する。  
どうやらカズキは外出しているらしく、不在だ。  
斗貴子はどうしようかと視線を泳がせ、ため息をつく。  
「ン」  
不意に張り紙が目に入った。カズキの手書きであろう張り紙には、  
武装錬金を使いこなすための特訓メニューが書かれている。  
斗貴子は素直に驚いた。  
ーーすると今も特訓に出かけていて、それで不在なのかもしれない。  
カズキの人柄が垣間見える。斗貴子は真剣に物事に取り組む人間が嫌いではない。  
「可愛いコトをする…」  
そう言った瞬間、斗貴子は息をのんだ。  
胸にじんわりと広がる何かがある。  
なぜだか、とっさに打ち消したくなる、照れくさい感情。  
そんな感情を斗貴子はどう扱っていいかわからない。だからこそ、打ち消したくもなる。  
「ずいぶん散らかった部屋だな。せ、せっかくだから掃除くらいしてやるか」  
強引に自分の意識をねじ曲げる斗貴子。  
 
カズキの部屋は男子高校生相応に散らかっていた。衣類、雑誌、ゲーム、通信空手の教材……。  
斗貴子はテキパキとそれらの物を片付ける。その行為はまるで  
自分の心を整理しているかのように斗貴子には思えた。我ながらばからしい。  
苦笑いが込み上げる。  
「バカな、私は常に一人だ」  
その時ーー  
「パミイイィィィ」  
斗貴子の脇腹に埋まっているホムンクルスが暴れ出す。痛みが走り斗貴子は顔をしかめる。  
そのまま腹を押さえて、よろよろとベットに腰を下ろした。  
「くっ……」  
ーーーいまいましい。そうだ、私にはやるべき事がある。倒さねばならない奴等がいる。  
色恋にうつつを抜かしている場合ではない。あんな、あんな思いはもう2度とーーゴメンだ。  
うぞうぞと腹の蟲がうごめく。頭まで登ってくる気だ。予想以上に時間はないのかもしれない。  
化け物になどなるくらいならいっそーーポケットの核鉄を握りしめる斗貴子。しかし、  
 
……私が死んだらカズキは?……  
 
カズキの顔が脳裏をよぎる。  
斗貴子はゆっくり目を閉じ、息を整える。  
 
「どうかしている。痛みのせいだな。カズキーー」  
カズキのおかげで少し気分が和らいだ……。すっと腹の痛みが引いていく。痛みが引くと  
鼓動がやけに耳に響く。ずいぶん脈拍が早くなっている。なぜだ。  
「痛みのせいだ」  
そう言い捨てると同時に斗貴子はベットに横になった。少し休んだほうがよさそうだ。  
そのうちカズキが帰ってくるかもしれない、という期待もあった。  
さっきから自分はずいぶん不安定だと斗貴子は思う。カズキの事を考える自分と  
それを打ち消す自分との板挟みにひどく消耗している、と。  
「疲れた……」  
本当に眠ってやろうか、カズキのベットの上で斗貴子は意識を拡散した。  
予想通りというか、やはり思い浮かぶのはカズキの事ばかり。  
斗貴子にはもうそんな意識を打ち消す気力も無く、そのまま流れに身を任せた。  
 
カズキーー私を助けようとして死んだ男の子。  
止めるのも聞かずこちらの世界に足を踏み入れ、  
他人を助けようと今も努力している。そんなコ。  
私、私はーーそんなカズキが……。  
「……!」  
斗貴子は突然不思議な感覚に襲われた。何かが小気味良く弾ける様なそんな感覚。  
頭ボーっとする。酸欠だろうか。それにやけに股間がしびれる。尿意でも催したか。  
いや、なんだか変だ。そっと腕を伸ばし、スカートと下着の中に手を滑り込ませる。  
 
にちゃ。  
 
「ンっ」  
ーーこれは。まさか。ぺたぺたとした感触が指先に伝わる。そんな。  
胸が高鳴り過ぎて息が苦しい。おのずと指が動く。…ちゅく。…ちゅく。  
指にしっとりとした水っぽい感触がまとわりつく。その度に股間がしびれ、  
熱い何かがしたたってゆく。まさか自分が、こんな、無縁だとばかり思っていたのに、  
私がこんな事をするなんて……。斗貴子は震えていた。  
 
「……。……。…ン。あっ」  
物音一つしないカズキの部屋の中で、妖しい吐息だけが響く。  
好きな男の子のベットの上で劣情のままに自らを愛撫する少女、斗貴子。  
斗貴子は初めての快楽に飲み込まれ、夢中になってしまっている。  
わずかばかりの理性がいかにリスクや道徳を声高に叫んでも、斗貴子の指が止まることはない。  
「アッ。……く、……!……っ。ふぁっ」  
むしろその動きは次第に滑らかで、大胆なものになっていった。  
ちゃく。ちゃく。ちゃく。ちゃく。  
その淫靡な音に斗貴子は羞恥し、同時に興奮した。  
斗貴子は目をつむったままカズキのことを、カズキが自分を求めてくる状況を  
思い浮かべ、まぶたの裏のスクリーンに投影する。  
『斗貴子さん。俺……。初めて会ったときから斗貴子さんのことが……』  
「あっ、カズキ……。カズキ。私、ンっ。私も……」  
斗貴子は何かが高まってくる感覚を覚えた。ーー何かがくる。なんだ?これは。  
あっ……あっあっあっあっ。そうか、これがーーー  
 
「……ンっンっンっ。イっイクッ。……!……………………」  
 
白いーー。  
何もない真っ白な空間に漂っているような気がした。  
斗貴子は脱力し、頭が真っ白なまま余韻に浸る。  
ーーその時である。  
ガラッと大きな音をたてて、勢いよく戸が開かれた。  
「おーい、カズキいるかぁ。お前の好きなおねーさん系のーー  
「ーーって、斗貴子しゃん!?」  
 
あられもない姿で放心する斗貴子と男性誌を片手に持った岡倉(リーゼント)は  
カズキの部屋で固まることしか出来なかった。  
バサリ。岡倉の手を離れた男性誌が床に落ちた。  
「トっトっト、斗貴子さんッ……!」  
「アッ」  
斗貴子は反応できない。体に力が入らないし、  
なにより頭がとっ散らかって、わけが分からない。足をたたんで秘部を  
隠すのが精いっぱいだった。羞恥心が津波のように押し寄せる。  
「み、見るなっ……!」  
ごくり。  
岡倉が生唾を飲み込むのが見えた。ト、ト、となにかうわ言のように呟いて、そしてーー  
「ト、ト〜キ子さ〜ん!」  
奇声を発して、岡倉が服を脱ぎながら飛び上がる。  
ベットに衝撃が走ったと思った瞬間、斗貴子の目の前に岡倉の顔があった。  
荒い鼻息が斗貴子の頬をくすぐる。  
目は血走っていて、眼光がビカァァなどと擬音付きで光った。  
岡倉は明かに発情している。斗貴子は血の気が引く様な戦慄を覚えた。  
 
「むちゅ〜」  
岡倉が唇を突き出す。とっさに顔をそらす斗貴子。ほっぺたに岡倉の唇が吸い付く。  
べたべたとした不快感が残る。調子に乗る岡倉。  
「ハァ。ハァ。斗貴子さんのほっぺ……。た ま ら ん。それ、むちゅ〜。なんで避けるの。  
斗貴子さんもたまらないんだろ?だから一人であ、あんなエッチな格好を……。  
大丈夫!俺が手伝ってあげるから。ハァハァ、エッチだ……斗貴子さん。すごくエッチだよ!」  
斗貴子はようやくパニックが治まり、状況を把握しだした。すみやかに対抗措置をとる。  
「わ、私に触れるな……!  
「……ンッ!?」  
岡倉は斗貴子が言葉を発した瞬間を逃さない。唇と唇が触れ合い、  
弾力のある感触が互いの脳髄を駆け巡る。  
「ふむっ。ふむっ。」  
斗貴子の唇に夢中でむしゃぶりつく岡倉。駆け引きも何もなく、ただ斗貴子の唇をむさぼった。  
現実を信じたくない斗貴子は岡倉を引きはがすタイミングを逃した。ーー初めてのキスだった。  
次の瞬間、斗貴子の口の中に生暖かくぬるぬるとした異物が侵入ってきた。岡倉の舌である。  
反射的に、斗貴子の舌が岡倉の舌へと伸びる。舌と舌が絡まる感触はーー衝撃的だった。  
全身に強烈な陶酔の電撃が走る。  
ぬろぬろと岡倉の舌がうごめき、ぺちゃぺちゃと音をたてながら岡倉の唾が流れ込んできた。  
れろれろれろれろ……。むふっ。は。ちゅ、ちゅ、ちゅ。  
ブレーキの壊れた岡倉のいやらしい舌使い。  
斗貴子は激しく反発した。そしてまた、愕然とした。  
性的な昂りを感じ始めていた自分に。  
……一瞬、カズキの顔が浮かんだ。  
 
小柄なセーラー服の少女に、裸の男が覆い被さって、唇を吸っている。  
息づかいの激しさが男の興奮を物語っている。  
「……っ。はぁ。と、斗貴子さん。すごいよ。あっ。も、もう俺……」  
ようやく唇を離した岡倉は息も絶え絶えに何かに耐えている様子である。  
「マズイよ。こんな、俺こんなカタくなったの生まれて初めてだよ。ああ」  
斗貴子は岡倉の言葉がいまいちよくわからない。しかし、その答えはすぐに知れた。  
岡倉はにわかに腰を動かし始めた。斗貴子のふとももに、  
これまで経験したことのない形状のものが押し当てられる。  
それは、とてつもなく熱かった。なんだか驚くほど熱かった。  
すりすり…すりすり…。  
「ハァハァ。斗貴子さんのふともも、すべすべで、やわ、やわらか……おっおっおっ、だ、ダメだ  
もう、あ〜っ!あ〜っ!ーーっ」  
岡倉はガクガクと痙攣しながら、一心不乱に腰を振り、斗貴子のふとももに自らのペニスをこすりつける。  
そして、  
「おお、お、イク……!あっ!……!……っ!」  
斗貴子の柔らかなふとももの感触に包まれながら、大量のスペルマをぶちまけた。  
 
 
六舛(めがね)と大浜(でかい人)が寄宿舎二階の廊下を歩いている。  
「カズキ君最近どうしたんだろうね。夕食の後、寄宿舎抜け出してどこかへ行ってるみたいだし」  
「……あぁ、どうせあれだろう。あの斗貴子って女のーー」  
「え!?……やっぱりそうなのかな」  
「ーーだと思うけどな、たぶん……」  
「ふーん。いいなあ。かわいい彼女で」  
「だけど、あの顔の傷は何なんだろうな。それにどうも  
お化け工場に出入りしているみたいだし。謎の多い女だよな」  
「顔の傷のことは言っちゃだめだよ。女の子なんだから。それにお化け工場に行くのだって  
なにか理由があるんだよ。ホラ、落とし物をしたとか。  
そうだ。それでカズキ君が探すの手伝ってあげてるんだよ、きっと」  
「お……お前……、イヤ、そうだな……きっと」  
「うん!」  
「…………」  
「…………」  
「ーーイヤ、やっぱり撤回するよ」  
「え?」  
急に立ち止まった六舛が、大浜の目を見て親指をくいっと右に向けた。  
その先にあったものを大浜は見た。動きが止まる。  
廊下の右側には生徒の部屋がある。いまその部屋の扉は少し開いていて、  
中の様子が覗けてしまう。中ではーー  
「な、な……!」  
「どうやら、カズキの彼女ってわけでもなさそうだ」  
ーーベットの上で裸の岡倉が斗貴子を組みしいていた。  
 
唇を吸う淫靡な音が木造建築のしっくいに吸い込まれてゆく。  
「すごいな……、もう二分近くはキスしてるぞ。なぁ」  
「……」  
「……大浜?」  
大浜は息を荒げて食い入るように部屋の中を覗いていた。かなり興奮しているようだ。  
大浜の返事を得られないまま、六舛は視線をベットに戻す。  
ベットではやっと斗貴子の唇を解放した岡倉が、今度はゆさゆさと体を揺すり始めていた。  
岡倉一人の喘ぎ声が響き、やがて沈黙した。射精したようだ。  
大浜はかなり早い段階から勃起していた。それは痛いくらいに天を目指し、  
興奮のあまりつつかれただけで射精してしまいそうである。  
そんな様子を涼しい顔で察している六舛。しかし彼も例外ではない。  
こんな興奮は生まれて初めてである。  
正直、今日まで興奮と呼んでいた状態が  
いかに悠長で、あくびまじりのものあったかを思い知らされた、と六舛は思う。  
たまらないのだ。抑えきれない。  
思い上がってはいけなかった。  
やはり人間は動物で、所詮、理性なんて紙の上の落書きでしかなかったのだ。  
この、間近で爆撃の応酬でもしているかのような鼓動と、  
甘くしびれて勝手に前に進もうとする股間が、人間の、男のすべてだったのだ!  
六舛は限界を超えた。ズボンのベルトに手をかける。もはや人目など無いに等しい。  
六舛はもう、猛然とペニスをシゴきたてることしか頭になかった。  
震える手でベルトを外し、チャックに手をかけたところで突然戸が開いた。  
次の瞬間六舛が見たものは、部屋の中へ突進していく大浜の大きな背中だった。  
 
ぱっ、ぱっ、とふとももに熱い衝撃が走る。斗貴子は湯でも浴びせられたかと思った。  
それは岡倉のスペルマなわけだが、斗貴子はいまいちそれがよくわからない。  
知識としては知っているし、分かったようなつもりにはなっていたが  
体験としては初めてである。  
ふとももを確認したい斗貴子だったが、それには自分の胸に顔を押し付けて  
至福そうに息を整える岡倉が邪魔だった。しかたなく斗貴子は手を曲げて  
ふとももの熱い液体をすくいとる。  
ーーこれが精液。  
不思議な液体だった。ミルクとヨーグルトの中間とでも言おうか。  
斗貴子は指でスペルマをつぶし、のばし、もてあそぶ。匂いも嗅いでみた。  
「……変な匂いだ」  
斗貴子がスペルマに対する興味を一通り満足させたその時、またしても突然戸が開かれた。  
 
斗貴子は今、3人の男子高校生に体中をまさぐられている。  
斗貴子を後ろから羽交い締めて髪のにおいを嗅ぐ大浜。  
斗貴子の足を持ち上げてヴァギナを観察、愛撫する六舛。  
セーラー服の上から斗貴子の胸に顔を押し付け、鼻から大きく息を吸う岡倉。  
もう、斗貴子は快楽と煩わしさと憤怒と呆れとあきらめで、思考が止まりつつあった。  
時折、カズキの顔が浮かぶのだけが辛かった。  
ーーしかし、今は耐えるしかない。なぜならーー  
「お、大浜!?六舛!」  
「お、岡倉君!なにしてるんだ、君は!こ、ここはカズキ君の部屋だよ!と、トキ……!」  
勢いよく部屋に乱入した大浜だったが、言葉が続かなかった。岡倉を問い詰めたいらしい。  
股間を押さえた情けない格好で、六舛がフォローに入る。  
「岡倉。斗貴子さんはカズキの彼女だろ!?それにここはカズキの部屋だ。  
お前と斗貴子さんがデキてるとは考えにくい。一体、どうゆうことなんだコレは?」  
汗をしたたらせた岡倉が、少しためらった後、口を開く。  
「ち、違う。俺は手伝っただけだぜ!斗貴子さんがエッチな格好で悶えてたからさァ!  
もう、たまらないの……、って顔で俺を見つめるからさァ!  
俺は斗貴子さんのオナニーを手伝っただけだ。いわばコレは奉仕なんだ!」  
部屋の空気が張りつめた。にらみ合う男たち。  
「なら、しょうがないね」  
「え ぇ 〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」  
大浜が簡単になびき、六舛の突っ込みが轟いた。  
 
性欲でにやついた目を斗貴子に向ける男たち。  
斗貴子の胸を腰をふとももを、なめるように視線が這っていった。  
全身を駆け巡る戦慄に鳥肌の立つ斗貴子。  
「な!ふざけるな!私はオナ……(小さすぎて聞き取れず)などしていない。  
ましてや、誘った覚えもない!というか、なんだ君らは!エロスの塊か!」  
「あぁ〜。エッチからエロスに格上げ?」  
おどける岡倉。  
「……!いい加減にしないと……」  
斗貴子は怒りのあまり、ポケットから核鉄を取り出し  
武装錬金を発動させようとする。しかしーー  
「パミィィ」  
またしてもホムンクルスに阻まれる。  
斗貴子は苦痛に顔を歪める。  
顔が熱くなり、息が苦しい。一時的に発汗もあるようだ。  
「くっ……。はぁはぁ、と、とにかく私はエッチな格好など…していな…いから…な」  
ベットに崩れ落ちる斗貴子。  
短いスカートからすらりと伸びた足が微かに震えていた。  
(さ、誘ってるーーーーー!!!!!!!!)  
 
男子高校生はケダモノと化す。  
思い思いに斗貴子に取り付き、柔らかな女体をまさぐり始める。  
「これはなに?斗貴子さん」  
大浜が斗貴子の手から核鉄を取り上げる。  
「そ、それに…触れるな!」  
斗貴子の反応を見た六舛の眼鏡が光る。  
「大浜!それ、渡せ。……。XLIV?ふーん、どうやら大事なものみたいだね。斗貴子さん?」  
「か、返せ」  
「あぁ、うん。返してあげるよ。少しの間、僕らに付き合ってくれたらね」  
「き、貴様……!」  
「酷いことは絶対しないよ。約束する。な、大浜」  
「う、ウン!もちろん」  
「ね、……だから、ちょっとだけ……さ」  
「……」  
「…………」  
「好きに……しろ」  
斗貴子は顔を背けてそう言うと、あきらめたように脱力した。  
 
 
「黙れ、人喰い!」  
花房の目玉に指を突き入れ、力任せに引きちぎる。  
斗貴子の苛立ちは頂点に達していたーー  
 
*  
 
「好きに……しろ」  
そう言って身を委ねた斗貴子に、己の欲望をぶつける男たち。  
蒸気の様な鼻息を出しながら、岡倉が斗貴子の胸を直に拝もうと、  
セーラー服に手を掛ける。しかしーー  
「おわ!!……なんだこりゃ」  
斗貴子の脇腹に埋まったホムンクルスに目を丸くする岡倉。  
大浜、六舛の動きも止まった。  
「……」  
「や、火傷……かな?」  
「イヤ、……」  
黙り込む3人。潮が引くように、部屋の空気が  
醒めてゆくのを斗貴子は感じた。  
 
「…………」  
見開かれた斗貴子の、眼が…閉じる。  
フッ、と凍える様な笑みが斗貴子の顔に貼付いた。  
「くっ…はは。あははっ」  
笑いが込み上げる。可笑しくてたまらない。  
ーーどうかしていた。所詮私はーー  
何も出来ずに固まったままの3人をしり目に、  
斗貴子は痛快に笑いこけた。  
ひとしきり笑ったかと思うと、  
突然真顔に戻り、鬼神の如き迅さで3人に当て身を喰わせた。  
「かはっ!」  
「ぐっ…!」  
「はう!?」  
意識を失い、だらしなく崩れ落ちた彼等3人を、  
並べて寝かせてやる斗貴子。  
そして、六舛の手から核鉄を取り戻すと、  
斗貴子は振り向きもせず、夜の闇へと消えていった……。  
 
*  
 
ーーヴァルキリースカートを無造作につかみ取ると、  
花房の顔面に突き刺し、斬り上げる。  
「脳漿を ブチ撒けろ!」  
ーーザヴァ!  
ボシュウゥゥゥゥ。花房は消滅した。  
 
「…………」  
激しい戦闘の余韻を残すかのように、斗貴子は佇み、息を整える。  
「……!カズキ……!」  
ハッと振り返り、倒れたカズキのもとに駆け寄る斗貴子。  
しゃがみ込んで、ぐっと耳を近付ける。  
「……。よかった、息はしている」  
どうやら最悪の事態だけは避けられたようだ。  
斗貴子はほっと胸を撫で下ろす。  
眠るカズキの顔は血とホコリにまみれている。  
斗貴子はカズキの頬に手を伸ばし、そっと汚れを拭った。  
「無茶ばかりして…………」  
斗貴子は目を細め、カズキを眺める。  
次の瞬間、斗貴子はハッと何かに気づいたように眼を丸くし、  
キョロキョロと辺りを見回す。  
「…………」  
ごくり。あさっての方を向いたまま、斗貴子は生唾を飲み込む。  
やがてカズキに視線を戻し、ためらいがちに、顔を、近付けてゆく…。  
ゆっくりとカズキとの距離が縮まってゆく。  
徐々に近付き……唇と……唇が……今にも……。  
 
「ん。うん…。……ハッ!」  
カズキが意識を取り戻し、目を開く。  
「気が付いたか」  
「と…斗貴子さん!」  
瞬時にカズキと距離をとり、何事も無かったかのように  
ふるまう斗気子。  
……カズキは喜々として自分の事を話す。  
突撃槍の特性をつかんだコト。  
ホムンクルス一体を自分の力だけで倒したコト。  
屈託なく接してくるカズキに、斗貴子は自分の気持ちが和むのを感じる。  
「キミは今日、少し強くなった」  
 
明日からまた頑張るために  
今夜一晩ははゆっくりお休みーーー。  
 
 
完  
 
 
「ーーって、アレ?斗貴子さん?」  
「ン?」  
「な、なにしてるの?」  
斗貴子はおもむろにカズキの隣に寝転がった。  
「私も今日はいささか疲れた。少し休んでいく事にする」  
「え、え え え え え」  
それにしても妙に距離が近い、とカズキは思う。  
肩と肩がくっつく度に、思わずドキッとしてしまう。  
「ト、斗貴子さんまでココで寝る事無いよ。石だって痛いしさ」  
ついつい、照れ隠しに斗貴子を遠ざける様な事を言ってしまうカズキ。  
ムッとする斗貴子。  
「君を放ったらかして帰れるか!ーーまぁ、確かに石は痛いな」  
体は石にもすぐ慣れるが、頭が痛むのは気に入らない斗貴子であった。  
「ーーなら、こうすればいい」  
 
いきなり斗貴子は起き上がり、カズキの腕を掴んで、その上に頭をのせる。  
腕枕である。  
「え え え え」  
「五月蝿い!」  
ーーどうしたんだろう。斗貴子さん。なんだか今日は……。  
「…………」  
二人に沈黙が訪れる。  
空を見れば、大粒の星がきらきらと輝いている。  
夜でよかった、とカズキは思う。  
緊張で赤くなった顔を斗貴子に見られずにすむのだから。  
そしてーー言葉にならない時間が流れ、二人の夜は更けていく。  
斗貴子の頬もまた赤く染まっている事をーーカズキは知らない。†  
 
 
おわり  
 

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