閑散としている。  
……なんてもんじゃない。  
平日の昼過ぎ。  
バーガーショップにお客がいないなんてことは異常な状況だ。  
 
そう、ここは異常なのだ。  
人呼んで変人バーガー。  
ほんの一週間ほど前まで平和かつ平穏かつ笑顔にあふれていた私の職場は、  
突如として現れた二人の変態によって踏みにじられ、蹂躙され、嘲笑の的になってしまった。  
小さな子供を抱えたお母さんたちは口コミでこの店を避けるようになり、  
来る客はといえば、2ちゃんねるで変人バーガーとしてさらされたために  
物見遊山に来るオタどもくらい。  
 
十人いたバイトは次々とやめていってしまった。  
残っているのは、店長と、私一人。  
でも、私はやめたくない。  
私は店長がどんな人生を歩んできたか知っている。  
平成不況の初っぱなにリストラに遭い、奥さんにも逃げられて、  
一バイトから再出発してようやく店長になったんだ。  
そんな真面目な店長が、いつになく落ち込んでいる。  
店を畳まないといけないかもしれないって。  
そりゃそうだ。平日の昼過ぎにまったくお客さんがいないんだから。  
 
まったくいない。  
本当に、この店内に、店長と私と、二人っきり。  
油と換気扇の音が、かえって静寂を感じさせる。  
「店長……しっかりして下さい」  
いたたまれなくなって、私は思わず声をかけていた。  
店長はあんなにもがんばっていたのに。  
あんなにもがんばれる人だったのに。  
「ああ……」  
疲れそのものを声にしたような返事とともに、店長は辛うじて顔を上げた。  
目の下にはっきりと隈ができて疲れ切った顔なのに、  
それでも無理矢理に笑顔にしようとして、  
「店長……」  
私は、いたたまれなくなって、思わず店長の顔を抱きしめていた。  
「き、君……!」  
店長は慌てた声を出したけど、私をふりほどいたりはしなかった。  
ストイックに働いてきたこの人だ。  
奥さんに逃げられてから、女の身体に触れたこともほとんど無かったんじゃないだろうか。  
店員は他に誰もいない。お客も誰もいない。  
誰も見ている人はいない。誰も見に来る人はいない。  
私も、そしてきっと店長も、そのことをはっきりと意識した。  
静かな店内に、私と店長の息づかいだけが、少しずつ、確かにボリュームをあげていった。  
 
 
何時間経っただろう。  
気が付けば夕方になっていた。  
そろそろ、いつものオタどもが変態を見物しにやってくる時間だ。  
私と店長は服を整えると、放置していた厨房に火を入れ直した。  
ふと外を見ると、  
「……あ…………」  
ものすごく長いのと、ものすごく太い変な人影が、ドアの前に立っていた。  
私の顔から、音を立てて血の気が引いた。  
来るな……!  
 
無情にも、ドアが開いた。  
どちらもサングラスをかけた、見るからに、変態。変人。  
というか、人間じゃない。  
人語を話すとは思えないその身体から、声が発せられた。  
「ハンバーガーセットAを」  
「100個」  
厨房にいた店長が、金網を取り落とす音が響いた。  
「こ、こちらでお召し上がりますか?  
 それともテイクアウトで?」  
ああ、私、もう、今にも壊れそうです。  
自分の声が完全に自分の声じゃない。  
そして、とどめの一撃が繰り出された。  
「こちらで」  
 
「テンチョー!!」  
私は、壊れた。  
さようなら、店長。  
 

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