どうしたらいい。
ポケットに一つ。両手で二つ。
土曜日昼下がりの校舎は物静かで、斗貴子の階段を登る足音だけが響いていた。
『斗貴子さんもがんばってね!』
特大の「義理」チョコレートを包み終わって、まひろについでに渡してもらおうとした矢先
『わたしは秋水先輩にできたてチョコをプレゼントしてくるから、斗貴子さんに』
ポン、と。まひろのチョコレートを一つ、手渡されたのだった。
『ついでにお兄ちゃんに渡して―――』
逃げ場が、ない。
こっそりカズキの部屋に置いてこようか。
でも、もしカズキが部屋にいたら…
どんな顔で渡せばいいのだろう。
ぼんやりとした不安を忘れようと、屋上へ続く階段を登っていった。
ドアを開けると、春を思わせる暖かさ。
給水搭の上がお気に入りの場所だ。
迷ったとき決意を鈍らせないために、空に近い場所に一人でたたずむ。
自分だけの特等席、だった。
「あ、斗貴子さん。帰ってなかったんだ」
「かかカズキっどうしてここに!?」
梯子を登った途端、そこにあったのは頭の中を占領していたあの顔。
カズキが寝転んでいた。
「死んだ日のコト思い出してた」
カズキは体を起こして、笑った。
初めて会ったあの日、カズキは心臓を貫かれ、ここで核鉄を埋められて生き返った。
そのときの記憶がぼんやりとあると、カズキは言った。
「よくここには来ているのか?」
「たまにだけど」
「そうか…丁度良かった。」
あくまで、あくまで平静を装って梯子を登りきって、カズキと面と向かって
「実はキミの妹にお菓子作りを否応無しに手伝わされて、
あくまで仕方なくキミの分を作って、
あげる相手がキミしかいないものだから
渡さなければならないということになったんだ。
コレがキミの妹の分、こっちが私の分だ」
「え゙え゙え゙!?」
勢いでまくしたてると、ズイっとカズキの胸に押し付けた。
そのままカズキに背を向けて座る。
「開けてみたらわかるだろうが、 義 理 だからな」
「あ、ありがとう斗貴子さん」
((………話が続かない………))
顔を真っ赤にしてうつむいて、ふたりはただ、黙り込んでいた。
夕日が落ちて、どちらともなく「帰ろう」と声がして
ぎこちなくて他愛も無い話をしながら、ふたりは寄宿舎へと歩き出した。
その晩、斗貴子の部屋にまひろが遊びに来た。
遊びにといっても、目的は報告会みたいなものだったが。
「斗貴子さん、どうだったの?」
「別に、普通に会って普通に渡しただけだ」
「お兄ちゃん泣いて喜んでたよ、あと岡倉さんも」
「キミはどうなんだ?」
「わたしは…」
まひろの笑顔が、少しかげりを帯びた。
「渡せたんだけど、秋水先輩はとっても人気があるから…」
「あらあら、すごい量ね」
早坂秋水の双子の姉桜花は、校門の前で待ち合わせた弟の両手に下げられた
紙袋いっぱいのチョコレートを微笑ましそうに見つめた。
「これはこれで、結構困るけどね」
「邪険に扱っちゃダメよ。人望も、私たちには大事な武器なんだから」
「わかってる」
「それに乙女心もわかってあげないと、ね。半分持つわ」
桜花は片方の紙袋を秋水から受け取ると、いつもどおりに手をつないで
「姉さん…」
「はい、バレンタインチョコ」
いたずらっぽく笑った。
ふたりは世界にただふたりぼっちの、人間型ホムンクルスの姉弟。
おたがいのコトをココロも身体もわかっているのは、おたがいだけ。
てのひらの口から、口移しに広がる甘い感触。
その心地よさに秋水は一時我を忘れて、甘い甘い余韻に浸っていた。
「帰ったら沢山あるから、続きは…ね?」
街の中、人ごみの中でのふたりぼっちのヒミツのキスは、今日は特別に甘かった。