ぎこちないけど、少し怖いけど、精一杯笑って伝えよう。
明日を一緒に歩きたいから、一月前のあなたへ「ありがとう」。
きっと斗貴子さんは、あの場所にいるだろう。
バスケットを片手に下げて、武藤カズキは走り出す。
日曜日昼下がりの静かな学校の、春の光が差し込む階段をカズキは駆け上る。
鉄の重いドアを開けると、暖かな風が体を包み込んだ。
「斗貴子さん」
斗貴子は給水塔の上、春風を全身に受けて佇んでいた。
「な、なんだ。カズキか」
ピクンと体を震わせて、斗貴子は下を見る。
「考え事?」
「キミには関係ないことだ」
微かに頬を赤く染めて、応えた。
「上っていい?」
「…好きにすればいい」
少しだけ戸惑って、斗貴子は招き入れた。
そこはこの町で一番空に近い場所。斗貴子の一番好きな場所。
「斗貴子さん、コレ」
給水塔に座ったふたりの間にはバスケット。
「バレンタインのお返しに」
バスケットの中身は、ぎっしりとおむすびが詰まっていた。
「斗貴子さんはおむすびが好きだって聞いたから」
ちょっとだけ照れて、けれどまっすぐな瞳が重なった。
「どう?」
「強く握りすぎだ。もっと空気を含ませて、やさしく握るようにしないと」
「うん。次は、気をつける」
「次…か。わたしが来年もキミにチョコレートをあげるとは限らないぞ」
「じゃあ、明日でもいい?」
「明日!?」
「明日、天気が良かったら、またこの場所で。
斗貴子さん昼休みはいつもココに居るみたいだし」
たしかにバレンタインのあの日から、斗貴子は暇があると給水塔の上で考え事をしていた。
心の刃が鈍っているから、戦士として大切なことを忘れそうだから、ココにいる。
そうやって自分の中で折り合いをつけようとしてきたけれど、それが嘘だということもわかっている。
この空に一番近い場所でいつも心を占めているのは、太陽のように明るいカズキの笑顔と、
とっておきの特等席にいるのに寂しいと感じる自分の不可解さだけ。
「あ、ああ。明日…か」
明日、柔らかな日差しの中で、暖かな風に包まれて、この場所でキミとふたりで…
「斗貴子さん」
はっとして横を向くと、いつもの、だけどいつもよりまっすぐなカズキのまなざしがあった。
「バレンタインのとき言えなかったけど、チョコレート、ありがとう」
―――キミがまっすぐな瞳で見つめるから、わたしも自分の気持ちをまっすぐ見つめなくてはならない―――
「…キミは、ヒドいヤツだ」
「! ゴメン!」
「冗談だ」
クスリと斗貴子は笑って
「ありがとう」
と、だけ言って、体をカズキに寄せてみた。
明日を一緒に歩きたいから、これからのキミに「ありがとう」
「ところでカズキ、このおむすびの具はなんで海苔なんだ?」
「海苔じゃなくて、おむすびが具のおむすび」
「明日は普通の具にしてくれないか…」