「斗貴子さんチョコつくろっ!」
土曜日の放課後。
何かソワソワした雰囲気の靴箱の前で斗貴子はまひろに呼び止められて、
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
いや、なかば強引に背中を押されて家庭科室に連れて行かれて、
「今日はバレンタインデーだったか…」
自分には無縁だった今日のことを思い出したのだった。
家庭科室には板チョコの山、ボール、お湯の張った鍋、ゴムべら、ハート型のモールド…
「さっ、まずはチョコを刻んで…」
「待ちなさい」
あわてて斗貴子はまひろのペースから逃れようとした。
「私は料理なんて出来ないし、そもそも私が誰かのためにその…
…チョコレートをあげる相手が…」
心に引っかかる。考えるでもなく、自然に浮かんだその人
「お兄ちゃんは?」
図星。あわてて頭の中のカズキをかき消して
「そういうキミはどうなんだ?」
必死に方向を変えようとする。
「わたしは秋水先輩とお兄ちゃんとお兄ちゃんのお友達に」
まひろはカズキにそっくりな、素直な笑顔を浮かべた。
「早坂兄か」
「あ、やっぱりわかる?」
さっと、まひろの頬が紅く染まる。
「よし、キミの為に私も手伝うことにする。あくまでサポートだぞ」
「まかせて!何を隠そう私はお菓子作りの達人よ!」
〜2時間後〜
「できた〜!」
テーブルの上には大きなハート型のチョコが二つ、中くらいのが四つ、小さなのが一つ。
「おっきなチョコが秋水先輩ので、中くらいのがお兄ちゃんとお友達の分。それで…」
まひろは一番小さなチョコレートを取って
「はい。わたしから斗貴子さんにバレンタインチョコレート!」
「え!?あ、ああ…ありがとう」
戸惑いながらも受け取って、斗貴子は残った一つの一番大きなチョコに目をやった。
「その、なんだ。残った一つは…」
「斗貴子さんがお兄ちゃんにあげるぶん」
「やはりか…」
まひろがテキパキとラッピングしている間に、
斗貴子はイチゴ味のチョコレートの上にデコペンで大きく「義理」と書きつけた。
これ以上ないくらいに達筆に、頭の中から離れないカズキの顔に書き殴った。