「キャアアアアアアアッ!!」  
バネのように凄い勢いで体を起こし、目を覚ました。  
心臓の鼓動は、まるで全力で走っているかのようだった。  
「また…、あの夢……」  
私が全てを失った、あの日。  
あの日のことを夢に見た後は決まって、今のように頭痛、吐き気、そして情緒不安定に陥る。  
体中汗だらけで、張付いた寝間着が気持ち悪い。  
無理に体を起き上がらせると、水道まで向かった。  
真夜中の寄宿舎は、いつもの活気はどこにも見当たらず、かえってそれが私に大きな寂しさをもたらした。  
気付くと私は、涙を流していた…。  
 
水道に着き、顔を洗う。  
顔を上げると私の顔が鏡に映し出された。  
その、顔に深く刻まれた醜い傷を見てしまう。  
その傷が、とても憎らしくて、私は何度も何度もそれに爪を立てていた…。  
気付けば、指が私の血で真っ赤になっていた。そして、鏡に映った顔も、また、赤く染まっていた。  
そんな自分が惨めで、どうしようもなくて、私は、その場にうずくまり、また、泣いた。  
 
 
気が済むまで泣くと、顔を洗い、部屋に帰る。  
一時間ほど、経っていた。  
 
自分が、凄く惨めだった。  
部屋に帰ると棚からタオルを取り出し、顔を拭いた。  
そして、汗で気持ち悪い寝間着を脱ぎ捨て、体を拭くと、風通しのよくなった体が気持ち良くて、そのまま布団に潜り込んだ。  
 
 
「………さん…」  
「……きこさん!」  
枕元で声が聞こえる…。  
 
「斗貴子さん!!!」  
 
自分の名前が呼ばれ、ハッとして、声のした方に目をやると、カズキの妹で、世話焼きで、こんな私にも優しくしてくれる、彼女がいた。  
 
「斗貴子さん、おはよ。もぅ、朝ご飯の時間、過ぎちゃったのに、全然起きてこないから、起こしに来たんだけど、部屋の扉が開けっ放しだったから、入ってきちゃった。  
 
……どうしたの?元気、ないよ?」  
 
心配そうな顔で彼女が私の顔を覗きこむ。  
私は咄嗟に、昨日の傷を見せてはいけないと、布団を目の辺りまで被った。  
「…。迷惑かけて、ごめん…。私は――」  
大丈夫だと言いかけたとき、彼女の優しさに涙が出た。  
「と、斗貴子さん!?」  
彼女が狼狽するのが分かる。涙を見せたくなかった私は、彼女を、ぞんざいに部屋から追い出した。  
落ち着くと、、、私の不器用さに、また、涙が出た。  
どうにか起き上がると、よろよろと歩きながら、部屋の鍵を閉めた。  
「今日は…だれにも会いたくない…。」  
そう呟くと、また、意識が朦朧としてきて、なんとか布団まで辿り着くと、眠りに落ちた。  
 
 
目を覚まし、携帯に目をやると、正午の少し前だった。  
そして同時に、メールの着信を知った私は、新しいおもちゃをもらった子供のように携帯を開いた。  
 
…。いわゆる、迷惑メールというやつだった。  
何を期待していたのだろうか。私は、悲しくなって、また、涙した。  
 
 
自分でも、分かっていた。  
私は、誰かに認めて欲しかった。私の、存在を。  
そして、受け止めて欲しかった。私の、すべてを。  
そう望んでいる自分に気付くと、私はあまりに貪欲な自分に嫌気がさしていた。  
 
「こんな女を、誰が――。」  
 
そう呟いた時だった。携帯が、軽快な着信音を奏で始めた。  
瞬時に携帯を取り、開くと、そのメールは果たして、彼からだった。  
 
 
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From:武藤カズキ  
Sub:  
本文:  
斗貴子さん、大丈夫?〓〓まひろが心配してたよ〓〓無理しないでね、お大事に〓〓〓〓  
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…とても、嬉しかった。私のからっぽの心に春の風が吹いた。  
なんの気もないメールだった。しかし、今の私の心には、これが、この、何度言ってもDoCoMoの絵文字は表示されないってことを理解してなくて、文面も簡単で――、ああ!ともかく幸せだった。  
切なく胸が鳴いた。私の体が、心が震えた。また、私は涙を流していた。しかし、これは喜びの涙だった。  
少なくとも私には、カズキが、私を、私自身を案じてくれる、考えてくれる、それだけで、心は満たされた。  
 
幸せに浸っていた。目を閉じ心を安め、心に吹く春風を聴いていた。  
カズキに、彼に、私を受け止めてもらいたい。  
私は、この時、純粋に、私はカズキが好きなのだと理解した。  
 
カズキのことを考えたせいだろうか、私は、今、私が裸であることに一人、赤面した。  
胸の、体のほてりを聞いた。カズキのことを思うと心が、全身が熱く、彼を求めるのが分かった。  
自分の気持ちに気付いて、今、私は純粋にカズキを求める気持ちで一杯だった。  
気付くと私は、自分のほてりに触れていた…。  
 
年齢に不相応な発育していない胸が、そして――私の、女としての場所が、特にほてりを発していた。  
私は自分の本能のままに、彼を求めるこの体に従って、自分自身を慰めた。  
小さな乳房を揉むと名状しがたい快感の波が私を襲った。  
もう一度、もう一度、繰り返す度、波は大きくなり、穏やかだった海は荒れ始め、いつしか私を飲み込み、津波となって、尚、私を襲った。  
私はその波に抗う事なく、それを受け入れた。  
私の右手は気付けば、海となった秘所をまさぐっていた。  
快感の海に溺れ、口から体の声が漏れるのを聞き、私は、時が経つのを忘れ、ひたすらに自分を慰め続け、そして、暑くなり布団を剥ぎ、尚、自慰を続けた。  
そして、どれだけ経ったろうか。自分の汗とそして、秘所からの洪水によって湿ってしまった布団の上で、絶頂を感じ、そのまま、意識が失われて行くのを感じた。  
 
 
目が覚めた。時計は5時を指していた。  
私は身の回りに違和感を感じた。感じずにはいられなかった。  
なぜ、私は布団を被っている。  
―自分でかけた?  
そう信じたかった。しかし、布団はずっと足の後方に追いやったはずだ。自分でかけるのは難しいと思われた。  
 
―まさか……。  
 
その、「まさか」を私は受け入れたくはなかった。信じたくは、なかった。  
 
しかし、それを裏付けるように、布団の脇には今日、学校で配られたと思しきプリントがあった。  
 
―一体、だれが…。  
脳裏を彼の顔がかすめた。  
私はそれを必死で打ち消した。  
 
―そんなこと、もし……  
もしあったら…。考えたくもなかった。  
 
もう一度、プリントの束に目をやると、その上に、藁半紙とは異なる、上質の紙切れ…、ノートの切れ端があった。  
おそるおそるそれを手に取ると、それは、それは、、、  
 
私は愕然とした。  
その切れ端は果たして、彼、カズキからのものだった。  
授業中に書いたものだろうか、私の身を案ずる言葉が連ねてあった。  
しかし、今の私には、彼の言葉ひとつひとつが胸に突き刺さり、私を痛め付けた。  
 
―では、では、、、やはり…  
もう、終わりだ…。  
なぜ、やっと、彼への恋慕の情に気付くことができたのに…。  
 
彼は私のことをなんと思うのだろうか。  
変態?淫乱?  
私は、嫌われるのが避けられないことと悟ると、枕を抱え、、、泣いた。  
 
 
それから数時間。泣き疲れた私は、トイレへ立った。  
服を着て、部屋を出ようと扉をあけようとすると、なぜか、掛けたはずの鍵は開いていた。  
―閉めたと思ったのに…。  
私は、扉の隣りのクローゼットの鍵がしっかりしまっていることに気付き、落胆した。(掛け間違え…なんて……)  
 
部屋を出ると誰にも見つからないように走った。  
自分が惨めでならなかった。言い表せない悲しみがあふれていた。  
 
 
トイレに着くと、真っ赤に腫れた目を洗い、水を飲んだ。  
引掻き傷の腫れはまだ引かず、真っ赤になっていた。  
本当に、自分が嫌になった。  
 
あと、数刻もしないうちに夕食の時間だ。しかし、この惨めな姿を誰に晒せようか。  
一日くらい、何も食べなくたってどうにかなる。  
私は、部屋で独り、以前カズキとやりとりした、何気ないメールを、愛しく、旅立つ人の後ろ姿を見送るように見つめていた。  
 
 
コン、コン。  
 
ノックの音で目が覚めた。どうやら、また寝てしまったらしい。  
 
「斗貴子さん?起きてる?」  
 
カズキの声だった。  
私は扉へと向かったが、そのさきの行動はためらわれた。  
―どんな顔をしてカズキに会えと言うのだ…。  
 
「斗貴子さん、寝てるの?  
……ここに、夕食、斗貴子さんの分、置いて置くから、食べてね。」  
 
行ってしまった。  
カズキは、私が起きていることに気付いてたのだろうか。  
でなきゃ、寝てる人に『夕食を置いて行く』なんて言うのは不自然に感じられた。  
 
扉を開け、お盆を部屋に持ち込むと、私は、夕食を食べ始めた。  
味が、涙のせいでよくわからなかった…。  
 
 
夕食を食べ終え、枕に顔を押しつけ、泣いていると、突然後ろから声がした。  
 
「斗貴子……さん?」  
 
突然の出来事に驚き、思わず振り向いてしまった。  
そこには、心配そうな顔が、私の顔をみた途端、驚愕のそれに変わった、まひろちゃんがいた。  
 
「どうしたのって……聞いていい?」  
 
彼女の優しさに触れ、思わず涙の洪水が起こり、彼女にすがりつき、声を立てて泣いた。  
 
まひろちゃんは、なにを言うでもなく、私の頭を優しく撫でてくれた。  
その、心遣いが、とても、とても暖かかった。  
 
 
ひとおり泣き終えると、彼女から、そっと身を離し、下を向きながらではあるが、彼女の言葉に誘導され、ぽつり、ぽつりと私は、今日のことを話した。  
 
彼女なら、聞いてくれると思った。優しく抱き締めてくれた彼女の腕は、すべてを介抱する優しさに満ちているようだった。  
 
今日のことを、嘘偽りなく話し終え、ふと顔を上げると、彼女も、涙をこぼしていた。  
 
 
そのあと彼女は、いくつもの優しい言葉かけてくれた。  
少し、自分の胸にぽっかりあいた穴が埋まって行くのを感じた。  
最後に、「お兄ちゃんが、斗貴子さんのこと、嫌いになるなんて、そんなこと、ないよ。ご飯のときだって、ずっと、斗貴子さんのこと、心配してたもん。ね?大丈夫だよ。  
だから、顔を上げて?安心してね。」  
 
そういうと、彼女は立上がり、「ちょっとまってて」と言い遺し、部屋を立ち去った。  
 
数分後、部屋には、私と、そして、カズキがいた。  
居ずらそうに彼は下ばかり向いていた。  
だがそれは、私も同じことだったので、お互い、とても気まずい雰囲気だった。  
 
重い空気を破ったのは、カズキの言葉だった。  
彼は、私に対し、謝った。  
ひたすら、「ごめん」と謝罪した。  
 
私は精一杯虚を張って言った。  
「なぜ、君が――」  
 
その先の言葉がでなかった。  
目からあふれ出た涙は、その先の台詞を発することを私に許さなかった。  
 
ふと、私の体が温もりに包まれているのを感じた。カズキの暖かさだった。  
 
「斗貴子さん…。斗貴子さんになにがあったのかは、わからない。  
でも、でも、俺…。斗貴子さんを守るんだって、思っていた。そのために、斗貴子さんを守るために、がんばってきた。  
でも、でも、全然守れてなんかいなかったんだね…。  
ごめんね、斗貴子さん。  
斗貴子さんのこと、とても、とても、大事だよ。  
なにがあったって、斗貴子さんのこと、大好きなんだ。  
だから、だから――。」  
 
カズキの声はうわずっていた。泣いていたのだろうか、わからない。  
 
「カズキ…。私を守ってくれるなら、  
私のそばに…、いてくれないか……?  
カズキにいて欲しい。  
とても身勝手だと思う。でも、カズキ、君がいなかったら、  
きっと、私はダメになってしまう。  
君の魂に触れていることで、私は救われた。  
以前の私と、変われたんだ。  
君と言う存在を失いたくない。  
こんな、私では、嫌だろうが、そばに、いて、くれないか……?」  
 
胸に詰まった思いを一通り吐き出すと、自分の言ったことの意味を自分でやっと、理解し、赤面した。  
 
「うん…。  
斗貴子さん、斗貴子さん!!!」  
私の名を叫ぶと、カズキは私を強く、強く抱き締めた。  
 
どちらからかは覚えていない、気付くと私たちはお互いの唇を重ね合わせていた。  
今までの涙とは違う、暖かい涙が頬を伝った。  
 
唇を一旦離すと、私は、カズキに告げた。  
 
「君と………一つになりたい…。」  
思い切って言った。引かれたら、しょうがないと思った。  
でも、私の心が魂が体がカズキを求めていたのだ。  
 
カズキは驚いた表情をし、顔を赤く染め、俯いてしまったが、彼の小さな、「うん」という肯定の返事は私の心にとても響いた。  
 
カズキを求めた私の体が、本能が、私と名の付く全てのものがカズキを欲した。  
私はカズキを抱き締め、カズキの上になるように彼を布団に倒した。  
 
カズキの隆々としたモノが、衣服越しにも自分の秘所に当たっているのが気持ちいい。  
早く、早く、私はカズキと一つになりたかった。  
すでに海と化した私の秘所はショーツを脱ぐと糸を引いていた。  
カズキはというと、何もできずに、布団の上に、ただ、目をつぶって寝ていた。  
しかしその姿は私には意を決した戦士のように見えた。  
カズキのズボンとパンツを一緒に脱がすと、そこには、カズキ自身がいた。  
カズキの生命が魂が脈打っていた。  
私はそれを掴むと、おもむろに、自分に突き刺した。  
なかなか入らなかった。処女膜が破れ、名状し辛い痛みが走った。  
しかし、私はカズキと一つになれた喜びで一杯だった。  
カズキの上で器用とはとてもいえないが、腰を振り、  
二人が一つになれた快感を享受していた。  
いつしかカズキも下から私を突き上げるようになり、  
お互い身を寄せあい、私は喜びの嬌声をあげ、カズキはひたすら私を突き上げた。  
魂が一つになるのを感じた。カズキと一つの生命体となれたことが、なにより、幸せだった。  
 
 
「カズキ…、ありがとう…。君が、大好きだ。」  
 
そうメールを打って、送信した。  
胸が高鳴る。  
――恋。  
満開の桜のような私の心はそこで楽しく踊り、恋という名の宴をずっと、ずっと開いていた。  
 
純粋に、嬉しかった。  
カズキと共に歩める、その事実は、私に幸福の鐘をもたらした。  
 
「ピロピロ、ピロピロ」  
 
ケータイの音だ。  
この音はエラー音のようだった。ケータイを開く。  
「メールを受信できませんでした」  
と表示されている。  
「――これだから、auは……。」  
文句を垂れながらも、このメールがカズキからのものだと思うと、自然とほころんでしまう。  
新着メールを問い合わせし、一通のメールを受信した。  
 
 
----------  
Sub:  
From:武藤カズキ  
本文:  
斗貴子さん、俺も、大好きだよ〓〓  
愛してる〓〓〓  
----------  
 
…。カズキは、ハートマークをいれてくれたのかな、なんてことを考えてるだけで、なんだか嬉しくなってくる。  
 
今日は、一人の女の子として、幸せに、カズキの優しさに浸っていたい。  
私は、カズキに甘えてたいという自分の気持ちに気付き、その旨を率直に告げてみた。  
 
今までで、こんなに心の温まることがあったろうか。  
私は、この、醜い顔の傷と生きてきた。  
それは、私の生きる世界と皆の生きる世界の溝のように深く、断絶していた。  
 
しかし、カズキは、そんな私の手を引き、皆のいる世界へ連れて来てくれた。  
カズキの優しさという掛け橋は、私を、確かに導いてくれた。  
 
 
カズキからのメールの着信を知らせるメロディが奏でられ、その曲とともに、今日の記憶、カズキへの想いが溢れてきた。  
---------  
Sub:  
From:武藤カズキ  
本文:  
〓〓〓〓〓  
 
---------  
…………。ダメだ。いくら私でも読解できない。  
どうしたものかと思っていると、扉がノックされる音がした。  
――カズキだ!  
咄嗟にそう直感し、扉を開けると、彼がそこに立っていた。  
 
「…迷惑、だったかな?」  
 
彼の頬は仄かに上気していた。  
 
「わ、私も、丁度、…君に会いたかったところだ」  
自分で言って、恥ずかしい。  
 
カズキをベッドまで招くと、先程の情事が思い出され、変に緊張してしまった。  
彼の隣りに座った私は、なんだか、小動物みたいだった。  
「カズキ――」  
 
お互い、見つめあって、優しいフレンチキスを交わした。  
妙に気恥ずかしくて、アハハと笑ってみた。  
 
私は、そうだ、と思い、カズキの膝の上にごろんと寝転がって、「にゃー」と鳴いてみた。  
カズキは、一瞬、驚きの声を上げたが、私の頭を優しく撫でてくれた。  
カズキに甘えているだけでこんなにも幸せになれる。  
私は、今日という日が永遠に続けばいいと思って、カズキに、顔を  
うずめて、また、「にゃー」と鳴いてみた。  
 
今まで、ずっと一人で生きてきた。でも、ずっと、誰かと共に生きることを望んでいた。  
今までずっと寂しかった。カズキが、彼が、私を包んでくれた。  
私は、赤子のように、カズキに甘え続けた。  
 
 

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