桜花はそれからしばし、腰を高く浮つかせたまま夢中で首を動かした。
技巧も配慮もかなぐり捨てて、秋水自身へ粘膜を擦り付ける。
その熱烈さとは裏腹に、細めた目は寒々としているのが桜花には分かり
鼻腔ですり切れる息へ口中の苦味をふぅふぅと乗せながら、ますます脈動を増す質感を愛撫する。
ともすれば起こりかねない嗚咽を押し込めるように。
秋水が動いた。
しっとりと湿った茂みを指で掻き分けられと、突起から柔らかくも強烈な刺激が走り、白顎がのけぞる。
「ふぁ…っ!」
半ばかすれた声を漏らしながら口を少し離す。
右手を伸ばすと、刺激を予期して震えた尖端を三指でつまむ。
親指と人差し指、中指で以ってぐりぐりとねじられるのに秋水は弱いと知っている。
熱い吐息が太ももの辺りに漂ったのを感じながら、桜花はぬるぬるとした指先を動かし
更に核鉄を放した左手で、ころころと屹立直下の袋を撫で回す。
その都度、吐息を漏らしたり軽く震えたりする秋水の反応が、嬉しくもあり寂しくもある。
秋水の息が途切れ途切れになった。達する時の彼のクセだ。
また屹立を飲み込んで、舌でねっとりと二度三度と舐め上げると
一瞬、屹立が張り裂けそうに膨張し、そのまま放出を迎えた。
猛然な勢いで口中を駆け巡る白濁を受けていると、頬を涙が伝っているような錯覚を覚え、思わず手を当てた。
幸い、何も無くホっとしていると、果ての無さそうな放出が終わった。
それら全てを受け止めた桜花に、世界は少し潤んで見えた。
体勢は最初のそれに戻り、臥せる桜花の前に秋水が座している。
核鉄を左手に戻し、口の片隅に残っていた白濁を嚥下すると
「ご馳走さま」
いつもの調子でふわりと笑いかけると、見下ろす視線が軽く逸れた。
「飲まれる」コトに照れがある。ケッコン式ごっこを恥ずかしがっていた時のように。
この先もきっと変わらないだろう。誰の前でもそうだろう。ただし。
(私以外、のね)
小さな笑みの変わりを務めるように、核鉄がはらと左手からこぼれ落ちた。慌ててまた拾い直すと
「ね、秋水クン… そろそろ…」
核鉄を落とさないよう慎重に掌へ収めながら、促した。
「うん」
短い返事の後に、再びベッドに横たえられた。
桜花の目に映る天井は、ますます強い朝の光のせいで汚れがすっかり晒されて、どうも雰囲気にそぐわない。
シミも目に付き、寂しい時はコレでも数えてみようかな…と思っていると
「力を抜いて…」
秋水が挿入する時の決まり文句が耳に届き、桜花は初めての時のような心持で頷いた。
頬にうっすら朱が昇っているのは、初々しくも儚げだ。
その顔を生真面目に見据えながら、秋水は腰を進め、最後の挿入を果たした。
「んんんっ! んああ…」
口をつく甘い声に誘われるまま、緩やかに抽送の速度が上がり
じゅぷじゅぷと粘った音を立て、薄く細い裂け目を、端整な張子のような屹立が出入りしていく。
あつらえたような滑らさの中で、しかし互いが互いを程よく圧されて、奇妙だが心地よい。
口元を意固地に結んだ秋水が身を屈め、傷を避けるように桜花の脇腹を持ち、動きを早める。
「あ、あぁッ ふわぁああ!」
上半身を軽くよじり、激しく揺れる双丘を隠すように左手を胸に乗せる。
だが剥ぎ取られ、淡い紋がぐにぐにと強引に揉まれる。
「や、やだ、痣になっちゃ… あぁんっ」
覆い被さられ、突起が音を立てるほどに吸われた。
目が見開き、首から上が軽く痙攣した。つられて揺れる横髪がくすぐったい。
更に秋水は顔を登らせ、目をつぶった桜花の唇と自分のそれを重ね合わせる。
子供のような軽い口付け。
相も変わらず心地よい無音の闇をじっと感じる。
唇が離れた。しかし秋水の気配はそう遠くない。動かない。
どうしたのだろう、と桜花が目を開くと
その先で、何もかもが全く同じ目が見下ろしていた。
湛えられる寂寥は、軽い驚きと申し訳なさに変わり、そして逸らされた。
「秋水クン…」
同じコトを考えているの? とは言えず、おずおずと別のコトを口に上らせた。
「抱っこしてくれても、いい?」
妙に幼い声音になってしまい、ちょっとはにかんだように笑った。
「いい」
やはり手短に答えると、秋水は桜花をぐっと抱き上げた。
つながったままそうすると、粘膜が微妙に擦られて、桜花は甘いため息を漏らした。
やがて二人は、ベッドの上で向かい合う。対面座位の形だ。
唇がまた触れ合った。
桜花は細い腕(かいな)を、秋水の首の後ろへ回す。
もたれかかって唇を重ねていると、まるで心身の全てを秋水に預けたような錯覚を覚える。
しかし思い返せば、常にそうだった。
秋水の後ろで、手を引かれ、守られて、自分の命運全てを託せるコトに安心しきっていた。
彼は、大事な時に守れなかったと悔いてはいたが、傍にいてくれるだけで満足だった。
何も信じられない世界の中で、秋水だけが確かだった。
がっしりとした肩に顔も預けて、桜花はそっと囁いた。
「激しくして… 大丈夫だから」
囁きながら、右手で秋水の手を握り締める。
秋水は無言のままに、一度、二度、と突き上げる。
「んんっ はぁ、はぁぁ」
背中の後ろでぎゅっと核鉄を握り締め、桜花は揺れる。揺らされる。
黒髪が宙を彷徨い、彼らの下のシーツは、とめどもなくかき出される雫が沁み、そして波打つ。
秋水は、桜花の手を離さないようにしながら、何度も何度も突き上げる。
密着した膨らみは潰されながら強烈に上下して、最奥が間断なく突かれているのが見て取れる。
それら全てがウソのように、軽く唇が触れ合った。
熱い潮の匂いが桜花の鼻腔を満たす。誰のモノかは分からない。
ただ姉は目をつぶり、突き上げ、暴れ狂う電流のような刺激をもたらす弟を感じていく。
声にならない息を吐き、片手でしがみつく。もうすぐ達する。終わりがくる。
秋水の息が途切れ途切れになり、やがて彼自身が激しく震え、静かになった。
「ああ……」
か細い声で、中を駆け巡る液体を感じていく。
膨らんでは萎む脈動が、真っ白な余韻を甘く痺れさせる。
終わった。
思うと同時に、意識が途絶えた。
揺れに揺れるエンジンの音が、階下から響く。
秋水が窓から見ると、すぐ真下に停まったトラックから
運転手が降り、そして事務員と会釈しあうのが見えた。
何を運んできたのだろう。帰る時も会釈をするのだろうか。
朝焼けの中で、秋水は取りとめもなく考える。
秋水は、意識を失った桜花の無事を確認すると
細々とした片づけをして、桜花に服を着せた。
そして窓とベッドの間に座り、桜花の手を握っている。
握ったまま、じっと外を見る。運転手は忙しく段ボールを降ろしている。
「朝ね」
後ろから声がした。桜花が起きたらしい。
秋水は、手早く段ボールを数え合う他人たちを見たまま、「朝だね」とだけ答えた。
彼が修行に行くまであとわずかだが、桜花は触れず、秋水も語らない。
やがてトラックが去った。
「ねぇ秋水クン」
呼びかけられて、秋水は桜花の顔を見た。
浮かべる笑みはだいぶ疲れて寂しげで、しかし透き通っている。含んだ意味が分かるほど。
「今まで、ありがとう」
「…俺の方こそ」
と秋水は返事をした。それで彼女の決めた別れを汲めたかどうか、わからない。
「けど、これからも宜しくね」
いつもの笑顔がそう言うと、秋水はまた「俺の方こそ」と返事をしてしまった。どうも、余裕がない。
桜花はいつものように笑った。
それからしばらく、桜花と秋水はとりとめもない話をした。
看護婦は怖いとか、メロンパン食べたいとか
秋水が戦士長に無理矢理、「闇の土鬼」「項羽と劉邦」「魔法使いサリー」と
言ったマンガを貸し付けられて困っているコトとか、そんな話ばかりだ。
秋水の話し振りから見て、「闇の土鬼」と「項羽と劉邦」は気に入っているらしい。
桜花は「秋水クンにピッタリね」と笑った。かたや武芸者の話、かたや古代中国の話だ。
そうかな? と考え込む秋水に、少なくても魔法使いの話よりは、と桜花は言い、雑談が締めくくられた。
秋水は「一度部屋に戻る」とだけ告げて、部屋を出た。
次にココへ来る時は、一旦の別れを告げる時なのだろう。
遠ざかる足音を聞きながら、桜花は、重荷をようやく降ろせたような安堵と
それでいて、何かがあればすぐ飛ばされそうな心細さを感じた。
彼はきっと帰ってきてくれる。
だから世界の中で頑張ろう。
言い聞かせても言い聞かせても、締め付けられる胸の奥は収まらず
少しだけ泣いた。
秋水は部屋に戻ると、「暫くの間、姉さんを頼む」と手紙を書いた。
「暫くの間、か…」
見る者が見たら、嫉妬を含んでいると言うかも知れない。
修行に行っている間は、という意味で書いたのだが。
「同じなんだろうか?」
生真面目な表情で秋水は考え込んだが、結局、そのまま折り畳んだ。
差し出す相手は邪推もせず、ただ笑って引き受けて、桜花の心細さを和らげてくれるだろう。
それだけ思った。
二時間後。手紙を戦士長に預けた秋水は
「わかってる。いってらっしゃい」
「ごめん。必ず帰ってくる」
理解を示す姉に申し訳なさを感じながら、聖サンジェルマン病院を後にした。
その十時間後、手紙に込めた思惑は少しだけ叶うコトになる。
カズキから「まひろたちみんなから」の花束を差し出された桜花は、ただひたすらに喜んだ。
「みんな本当に心配してたんだ。早くケガを治して、今度はみんなでお茶でもしよう」
傍らで、カズキが微笑んだ。
その言葉と表情に、人は人を見捨てない。そんな当たり前のコトを桜花はしみじみと実感した。
あと1日、秋水が修行に行くのが遅ければ、彼もそれができたのに。
謝るコトもなく、ただ自分の為に修行へ行けたのに。
「本当にいい香り… 秋水クンにも届けてあげたいくらい…」
今は離れた弟を思い、満面の笑顔に薄い涙を浮かべた。
この時、銀成駅構内に佇んでいた秋水を、風とは違う空気が撫でた。
ふわりと逃げ去ったそれが花の香りだと気づき、秋水はあたりを見回す。
しかし花を持っている人間はいない。駅のホームに花壇などがあるワケもない。
「…気のせいか」
病院にいる時はずっと寝ていなかった。そのせいかも知れない。
「──だとしても、いい香りだった…」
甘く柔らかく残る匂いに、秋水はしばし相好を崩した。
時間は流れ、戦士長たち3人が寄宿舎への帰途についた頃。
S−405室にて御前は歯軋りしていた。
「天はこの御前を地上に生まれさせながら、何故傷女まで生まれさせたんだよぉ…!
人生ってのは無情だ… ちょっとカズキンをからかっただけなのに」
─今度フザけてみろ、ブチ撒けるぞ…─と、額を刺された怒りは冷めやらぬ。
煎餅を口に放り込むと、バリバリと凄まじい音で噛み砕く。
桜花はやれやれといった顔で、読んでいた「あばれ天童」を閉じた。
「まぁまぁ。津村さんだって不意のコトに焦ってたんだし。
狂け… お腹すかせたワンちゃんに、ちょっかい出したら噛まれるでしょ?
それと同じで、御前様の自業自得よ。確かに、津村さんは胸も色気も思慮もないけど
調整体に比べればいい人なんだから。我慢しましょう。ね?」
ちょっと困った顔で笑いながら、額を撫でる手はとても優しく暖かくて
御前は「聖母だ…!」とか思ったが、しかし拳を固め訴える。
「け、けど、このままじゃオレたちは敗残兵なんだぞ桜花! 陣内だって金城だって何のために死んだかわからねぇ!
大暴れしてやろうぜ! 傷女とバルスカの両方の鼻をあかしてやろうッ!」
「…御前様、あなたは一番…今の私に似てるわね…」
変わり身早いが、まぁ御前のいうコトにも一理はある。斗貴子の恐怖の前に引き下がってよいワケはない。
ノミっているよな。あの虫…まぁいいか。要するにその恐怖に立ち向かい克服するのが人間の素晴らしさだ。
誰だってそうする。秋水だってそうした。桜花もそれに倣うと決めた。大切なのは真実に向かおうとする意思なのだ。
「…そのね、私にも計が無いワケじゃないけど、御前様にだってまったく無いワケじゃないでしょ?」
と、御前を促す。仕返しするつもりはない。影を浮かべてるけど。
「あるにゃああるが」
「じゃあ、それぞれ自分の手にその計を書いて見せ合いましょう」
御前が枕元の棚から取り出したペンでもって、お互いに何事かを書き終わると
「いっしょに開きましょう」
手を開いた。書いてある文字は「薬」と「薬」。思わず二人は笑った。
指をそろえた手を前に突き出し、本当に嬉しそうな表情で大口を開ける、ごくごく一般的なポーズで。
意識共有してんだからこんな真似する必要ねぇ! とか思いつつ、二人は笑ったのだ。
「薬」については、秋水が服を脱いだあたりで少し触れた。(司馬遼太郎風)
コトの起りは、桜花と秋水が入院したその日に遡る。
戦士長が、「(桜花たちの家から)身の回りの物を持ってこようか?」と言った。
その見た目から、桜花は「下着を取られるに違いない」と思った。
お願いしますと笑顔で鍵を渡しながら、御前を先回りさせ、下着と
ついでに媚薬をはじめとする性癖がバレそうな物品の数々も回収した。
そういう経緯があり、今、「薬」は桜花の枕元近くのロッカーに置いてある。
ちなみに、身の回りを持ってきてくれた戦士長がヒドく落胆していたり
桜花が笑顔で「ありがとうございます。ところで顔色悪いですけど大丈夫ですか?」と言ってあげたりしたが、以上は余談。
とにかく、薬を使う。
薬にも色々あって、例えば、秋水が、許しを乞う桜花の柳腰を押さえつけて半日近く突き続けるのもあれば
スプーン一杯の粉を舐めるだけで全身が性感帯になると言った、世間一般のイメージそのままのベタな代物もある。
今回使うのは後者。作り方も書いておこう。
月夜の晩の丑三つ時にヤモリと薔薇とロウソクを、焼いて潰して粉にすれば出来上がり。簡単でしょ?
「けど、粉じゃカズキンまで巻き添えをくらうぞ」
そうなると、”初めて”に臨むカズキの自然な姿が見れなくなる、御前の言いたいのはそれだ。
先ほど「あるにゃああるが」と言ったのもそういう懸念に基づいている。(司馬遼太郎風)
「簡単よ。コレを水に溶かして、小瓶に入れれば」
「ナルホド。オレの作る針につけて、毒矢のように傷女だけを撃てるな。で、天井裏から狙う。
命中すればヤツはひっきりなしに感じまくって、一方的にカズキンから貪られるってワケだ!」
「さすが御前様、飲み込みが早いおかげで話がサクサク進むわ。画面の前のみんなも大喜びね。
けど、武藤クンと津村さんの「初めて」が終わってからするのよ。 …私にだって分別くらいあるんだから」
秋水との別れと、カズキと斗貴子の「初めて」は、その関係に劇的な変化をもたらすという点で
桜花には同じ意味に思える。だから邪魔はしたくない。(筆下ろし云々も冗談だ)
まぁけど、二度目から最後の一つ前までは大して代わり映えしないから邪魔していい
と言うのが桜花の理屈だ。いやダメだろそれも。(司馬遼太郎風)
そのしばらく後、管理人室の屋根裏に御前はいた。
500円玉くらいの覗き穴から、しどろもどろな様子のカズキが見えて、御前の頬は緩む。
だが、その横で服を脱ぎ捨てた斗貴子を見た瞬間、目は濁った。
「もう少ししたら、こいつで乱れてもらうとするか…」
早く使いたいとばかりに小瓶を振ると、体に悪そうな鮮やかな緑色がゆらゆら揺れた。御前様のアホ毛も揺れた。
「このオレの洋々たる未来の為に…!」
乱れた斗貴子の様子を一言一句記憶して、口真似してやるぞ。
うん。そういう距離の近さが世界を開く第一歩に違いない。違いないぞ。
(だから見てやるわ見てやるわ、津村さんが武藤クンに貪られるのを。四字熟語でいうなら「勧善懲悪」ね)
拙いストロベリーな「初めて」に可愛い顔になるカズキン、媚薬で女のコみたいに喘ぎ狂う傷女などなど、
今から始まるであろう光景を思い浮かべた御前はヒャッホウな気分だ。小さく叫ぶ。
「オレの理想! それは自分の肉体はいっさい傷つかずに思い通り動かせて
なおかつ一方的に傷女をいたぶれる… そんな能力っ…!!!」
「…最低の発想だね。そういうのは自分の手でしてこそなのに」
「それがコレだ…って誰だ!」
不意に後ろからした声に、ビビりつつ振り返ればヤツがいる。ヤーヤーヤーな気分だ。
「……グットイブニ〜〜ング! エンゼル御前様…!!」
パピヨンがいた。上下に狭い屋根裏ゆえに四つん這いしてるのが妙に可愛い。
埃が舞うのを、御前は視界の片隅に認めながらしばし佇む。
頬を汗が伝うのは、閉じた空間の蒸し暑さのせいでもないだろう。
「待て、なんでオマエがここにいるんだ」
愚にもつかない質問をされたパピヨンは、濁ってるくせに晴れやかな顔で答えた。
「武藤と津村斗貴子が”修行の仕上げ”をするって聞いたからね。見に来たのさ」
片手をピストルの形にしながら、御前に向ける。小瓶を意味ありげに見つめつつ。
「いうなれば、『天井裏から愛を込めて』って所だね」
「込めるな。つーか帰れ」
御前のツッコミに、パピヨンはぱぁっと嬉しそうな顔をした。躁病患者の空っぽな表情にやや近い。
「武藤の蝶サイコーな声を聞かずに、帰るワケないじゃないか!」
頬に薄紅に染めながら、伸ばした爪でもじもじと覗き穴を開ける。御前は背筋に寒いモノを感じた。
その時、階下で斗貴子が、早坂姉弟がどうとか言ったような気がした。
御前はそっちに耳を傾けようとしたが
「ああところで」
ずいっと顔を近づけてきたパピヨンの強烈さに遮られ、次いで媚薬が取られた。
「こんなモノを使って何をする気なのかな?」
ゼロ距離に濁った目がある。これは怖い。御前は失禁した。魂の汗とかじゃなく、尿 を ね 。
「そ、そりゃ、ここが暑いから飲むんだよ。それってメロンソーダだぞ。いや本当です。ヨン様ってばぁ」
媚びた表情で怒られまいとウソを言う。…あんた、恐怖を克服するんじゃなかったのか?
「ウソつけ。これは『媚薬』、それも性感促進作用のあるヤツだろ。匂いで分かるんだよ」
「ええ!? いつの間にメロンソーダがそんな物騒な代物にぃ!!?」
あくまでシラを切ろうとする御前に
「言い張るな!」
パピヨンは小声で怒鳴ると、殺意も露わに股間へ手を突っ込んだ。御前は抵抗する気力が消えた。つか萎えた。
「大方、武藤の邪魔をしようとしたんだろう」
「いえ傷女の方を。ももももちろん、初めては邪魔するつもりは! それだけは見たいんだぞっ」
「同じコトだ。アイツ自身の力で最初から最後まで特訓の仕上げをさせずしてどうする!」
むしゃくしゃしていてつい出来心でまさか死ぬとは思わなかった今は反省している、
などと呟く御前などお構い無しに、パピヨンは続ける。
「エンゼル御前… いや早坂桜花! キサマは間違っている!
なぜなら、キサマが乱そうとする津村斗貴子もまた、武藤カズキを受け入れる者!
いわば、武藤の一部! それを忘れて、何が覗きの! 初めての鑑賞だ!
そう、よがり狂っている津村斗貴子を貪らせての仕上げなど、愚の骨蝶ォォォォォォォォッ!!!
痛みを感じてもがく津村斗貴子を、『優しくするから』と困った笑顔でなだめる武藤を見ずしてどうするッ!!
『子供は…オレが一人前になってからじゃないと…』とか言ってゴムをつける全・開!な偽善者振りを見ずしてどうする!!
キサマはッ 目覚めていく未来の世界を諦めない俺のdヵdぁjdゴパァ!!」
盛大に血を吐きながら、しかし恍惚とした顔のパピヨンに、御前は目からウロコが落ちた。
(そうだ、そういう見方だってあったんだ!
オレは、オレは! 傷女ごとき石くれのために、あやうく宝玉を逃す所だった!)
御前は泣いた。泣きながら言う。
「すまねぇ、オレが間違っていた。だから媚薬返せ」
「返さないよ。キミは面従腹背の女だからね」
哀れ媚薬は股間にしまわれた。もう取り返せない。ああ冷たい消滅命の抜け殻。
そしてヒロインの扱いがヒドすぎだ。
「ところで、なんでオマエはコレが媚薬と分かったんだ?」
当然の疑問である。なぜ匂いを嗅ぐだけで分かったのか?
「…答える必要はない」
濁った目で思いっきり御前を睨む。
実は、この媚薬は人間時代の花房も愛用していて、パピヨン自身も色々な所に塗られていたのだ。
だから分かったのだが、理由は言わない。言いたくも無い。
彼にとり、この媚薬の匂いは彼を捨てた花房の匂いなのだ。
御前はそんなコトなど知らない。
ただパピヨンの目に、秋水も浮かべていた寂寥を見出して、複雑な気分になった。
ああちなみに、どのセリフも小さな声で言ってるから、下の連中には聞こえない。聞こえないのだ!
「とにかくだ。武藤を見よう」
パピヨンの提案に、本来の目的を思い出した御前は従う。
ああ下はワンダーランド。カズキが服を脱いだぞォ!
すぐ横でパピヨンが「あ、武藤が俺の方向いた!」とかはしゃいでいる。
(ちなみにこの時、カズキは『天井裏にパピヨンいたら似合いそうだなぁ』と思っていた)
そしてカズキの屹立が咥えられた。そのカズキの顔に天井裏はヒートアップだ。
御前とパピヨンは目を合わせると、まるで百年の知己のごとく互いに親指を立てた。
不思議なもので、好きなモノを共有しているという感覚がそうさせる。斗貴子の頭邪魔だなオイとも思わせる。
御前は思った。開いた世界は楽しいと。秋水にも見せてやりたいと。
喜ぶわけないだろ。
その後パピヨンと御前が、斗貴子によるサディスティックな
命を賭けて誇りを守る野獣のような愛撫を見ていると
突如として、黒いコードがパピヨンだけに襲い掛かってきた。
何故か御前は無視されたから、
「おー よくワカランがこれでゆっくりカズキンが見れるなッ!」
と喜んでいたら、がしぃっとパピヨンに左足を捕まれてしまい
哀れ階下の管理人室に引きずり込まれ、そこで恐ろしいモノを見た。
百獣魔団の団長さんなら「オッ…オレに聞かんでくれえッ!!!」と泣くような出来事だ。
御前はあまりよく覚えていない。
覚えているのは、陵辱されすすり泣くパピヨンの声と
戦士長から「御前、オレと一緒に地獄を味わえッ!」と
なんたらという秘孔を突かれ、武装解除で逃げれなくなり
桜花が一人で夢の世界に行ったせいか、御前にM字型の髪が生えて
「…御前様、あなたは一番…今の私に似てるわね…」っていう言葉を思い出し
いや似てるも何もと思いながら髪を握ったり、それが3分ぐらいで引っ込んだりとまぁ、色々あった。
そして御前は戦士長から、カズキの様子が収められたビデオを購入するコトになった。
落ち着いてから聞いたが、戦士長はカズキと斗貴子を盗撮していたらしい。
で、そこに来た岡倉が紆余曲折を経て武装錬金を発動し、あんな惨状を招いたとも。
御前は思った。核鉄欲しさに命を張り、そして散っていった太と細と震洋の立場は?と。
しばらく後、御前は病室に戻った。
結局、媚薬を使わなくても受け丸出しだった斗貴子をマネしてから、
「『裏切りはいつでも 爪を研ぎ待っている』 そう信じるのなら 前には進めない、だな。
つらいコトがたくさんあったが… でも楽しかったな。ブラ坊たちがいたから今夜は楽しかった」
しみじみと御前は語る。桜花は水滸伝を受け取り、笑みをこぼした。
「そうね… 楽しかった…(ヘンなモノ見ちゃったけど) 心からそう思うわ……」
互いに「おやすみ」といい、御前が核鉄に戻ると、桜花は考える。
カズキを映したビデオも手に入る。斗貴子のマネもできる。
腐ったポジションのキャラとしては異例の大勝利だ。ビデオとか没収されりゃオチになるのだが。
それはさておき、二人の男性のコトも考える。
秋水はいずれ、カズキと斗貴子のごとく、誰かと仲睦まじくなるのだろう。
カッコいいのに奥手な所があるので、いつになるかは分からないが。
もしそういう相手ができたら、意地悪してしまいそうな自分がいて、苦笑を漏らす。
そしてパピヨン。媚薬のコトを聞いた時、秋水と似た寂寥を濁った目に湛えていた。
きっと彼も別れを知っている。桜花と秋水とは違い、何ら納得できない理不尽な別れを。
それを恐れていたせいか、少しパピヨンが近しく思えた。
もし、蝶野攻爵時代の彼を知っていたのならば、それは一層強まっただろう。
信じた人間のウソを知り、親に捨てられ、誰にも声を聞かれなかったという
桜花や秋水と非常に良く似た背景をパピヨンは持っていたのだから。
「一人ぼっち」か「二人ぼっち」。命運を分けたのはそれだけかも知れない。
桜花は消灯を迎えた病室で、御前が借りてきた水滸伝も読まず、じっと手を見る。
パピヨンの前に、手を握り、存在を認める人間が現れたのならどうなるだろう。
対等な関係を嫌う性格だが、しかしそれでも、どこかで救われるとは信じたい。
信じた所でパピヨンは喜ばないし、そうする義務もないのだが、桜花は信じたい。
手を見ながら、くすり…と笑う。きっと秋水も同じコトを言うだろう。
(秋水クン、今はどこで何をしているんだろう。ちゃんとご飯食べたかな…)
ふと弟を考えながら時計を見れば、時刻は午前1時にやや近い。
この時間ならば眠っているだろう。どこにいても寝相は変えずに。
(あ…そう言えば)
桜花の思考は定まらない。先ほどの様々な出来事がそうさせているのだろう。
唐突に武藤まひろの顔が思い浮かんだ。
秋水はカズキと「相性がいい」らしい。そしてパピヨンもカズキに妙な敬意を払っている。
(だったらまひろちゃんは、秋水クンにもパピヨンにも好かれるかも…)
弟とパピヨンを同列に考えているのも妙な話だが、それに気づかないままに考える。
黒々としたモノを抱えている二人には、ああいうズレた真剣さが似合うし、救いにもなるだろう。
そんな結論を頭に描く。ありえない想像だが、それも楽しい。
もし秋水とまひろがケッコンすれば、カズキと今以上に近くなれる。そういうのも悪くない。
まぁ御前がいたら、「傷女と親族になるんだぞッ!」と勝手な決めつけで怒るだろうが。
うきうきとした気分で未来を想像しながら、桜花は寝るコトにした。
起きたら御前をカズキたちに同行させよう。
一人一人の開いた世界を守ろうとしている彼らの力に、少しでもなれるよう。
決戦を知る人も知らない人も、そして修行に臨む秋水も。
今だけはいい夢が見れますように。
誰にともなく祈ると、桜花は静かに眠りについた。
早坂秋水は入院から退院まで、一睡もしなかった。
そうさせた葛藤や憂いは今は消え、彼も静かに眠っている。
ただ深く、ただ安らかに、秋水は夢を見る。
彼らがかつて彷徨った灯のない世界は、変わらぬ静けさで眠りを包む。
この夜の様々な出来事も、出会いも別れも、ただ静かに包んでいく。
その中を一人の男が飛翔し、街を一瞥して少し笑うと、やがて深い森へと消えていった。
と、言う訳で→ 続く。