ジュースにしようと思っていた私だが、なんとなく牛乳を飲むことにした。
最初の一口を飲み下すと、自然にため息がでる。
まったく、あのコ達いつまでだべっているんだ?
入院の甲斐あって、早坂桜花の容態は良好。普通に談笑可能なまでに回復した。
それならお見舞いに行かないと!、とカズキに強引に引っ張られてきたしまった私。
そうは言っても、今更かけるような言葉も聞き出す情報もない。
挨拶程度の二言三言の後は、場の主導権をカズキに握られてしまった。
戦いのこと、秋水のこと、学校行事のこと、
はては近所の店の新メニューからカツラがバレた教師の話題まで、
二人だけで大いに盛り上がり始めてしまったのだ。
水を差すのも悪いし居ても邪魔なだけか…と、飲み物を買いにいくという名目で、
外の空気を吸いに来たわけだ。
最後の一滴を飲み干す。喉にまとわりつく乳脂肪分が鬱陶しい。
なんとなく視線が上を向く。階上の病室…カズキも呑気なものだ。
だいたい、気を抜きすぎではないのか。
確かに当面の敵は倒した。そして息抜きも大切だ。海に行くのもいい。
しかしカズキは、まだ駆け出し戦士も良いとこだ。もっともっと訓練して実力をつける必要がある。
今、戦士長は多忙だし、秋水のような好敵手が不在だとしても。
…例えば…例えば、私が組み手の相手をしてもいい。
戦士の力量不足は即、死に繋がる。もっと真剣になっても良いはずだ!
空になった紙パックを、ゴミ箱に投げ捨てる。妙に乱雑な音がして、気分を苛立たせる。
そろそろ戻るか…その前に、あの二人の分のジュースを買っていかなければ。
タカムシ青汁DX―カズキの好物がある。丁度良い、カズキはこれで。
あと腹黒女の分は…青汁もう一個でいいか。
人気のない病室前の廊下。ん、中も妙に静かだな? あ…
「…ね?…触って?」
「でも…」
なななななNA、なにやってるんだ!?キミたちわ!?
いくら連載の方の展開が早いからって、私のいない間にそんな展開にぃ!?
「お願い、秋水クンがいなくて…さみしいの…」
「…あ、そうか…」
こここコラァ! カズキを弟の身代わりにするなぁ!
カズキ!キミも「そうか」じゃなくて!
そんな、お前達ここは病院だぞ! エ、エロスは程々にっていつも言ってるのに!
ええい!!
「…武藤クンは…好きですか?」
「…え?」
………!
「私は…好きなの…。あらあら、なんだか恥ずかしいわね」
「…え、えーと…」
……あ……
「武藤クンは、どう? 男の子でしょ? ハッキリなさいな?」
「俺は、俺は…」
……カズキ……
「…好き…かな? うん、好きだよ」
「ウフフ、よかったぁー」
…
「なんか、本人を前に…照れるなぁ」
「フフフ、お互い様…」
……
そうか…そうだったんだ。
うん…カズキには、やっぱり戦い以外の道の方が似合っているからな。
うん、それでいい。
別にいい。
かまわない。
関係ない。
そうだ、私はもう帰るとしよう。居ても邪魔になる。
帰って、訓練をしよう。私は戦士だから。
青汁二パック、この床に置いて。
あとで、二人で仲良く飲むだろう。
そうしよう。帰ろう。
「なら、ね? 触って…?」
「う、うん…」
…足が動かない…
ホムンクルスに寄生されているわけでもないのに、足が震えて動かない…
「ほら、ね・・・? なんだか、うれしいわ・・・」
「うわぁ、この先っぽのところ、すごい・・・」
視界がぼやける・・・クソ・・・
やめろ・・・聞きたくない・・・ききたくない・・・
「やだぁ、やさしく、ね・・・」
「ホラ先輩、ここ、赤みがかかって来たよ・・・こりこりしている・・・」
・・・やめて・・・
いやあ・・いやぁ・・・・
「・・・あらあら、私も手をだしちゃおっかな〜」
「・・・あ、先輩!・・・そんなふうに!」
いやぁあああああああああ!
バタン
「あ、斗貴子さん、おかえりっ! 随分遅かったね、混んでた?」
「あらあら、お手数をお掛けしましてぇ〜」
「丁度良かった。斗貴子さんもゴゼン様と一緒に遊ばない?」
ハァ?
「秋水先輩がいなくなって遊んでくれる人が減ったから、相手をしてやってくれって。
すごいんだよ、斗貴子さん! ホラこの先っぽのハートの部分!
前から気にはなっていたんだけどさ、触っていると不思議な感じでさ〜」
「あらあら、エンゼル様と仲良くなって、私もうれしいわ。
でも、自分で自分の分身のこと『好き』って言うなんて、なんだか気恥ずかしいわねー」
「んー、カズキンなかなか上手いねぇ。そのツボは肩コリに効くんよ。思わず恍惚としてしまったぜぇ。
まーこれで、俺達は固い友情で結ばれたわけだぁ。
んあー?どうした腹黒女ー?そんなところに突っ立って?
だらしなく鼻水たらして、きたねぇな。花粉症かぁ?ププっ」
エンゼル御前様の落書き(サンジェルマン病院3F個室トイレ壁面にて発見)
○月×日
あの女、俺様のしっぽを握りつぶそうとしやがった。
あれはマジだった、マジ。
その後、わが友カズキンは引きずられるようにして帰っていった。
大丈夫だろうか? 友よ、無事でいるのか?
錬金の女戦士は…危険だ。