あてどなく、どこともしれず
ただ、背中を追って
青く茂る山の中を、白くしおれた枯葉踏みしめ
裏切りの戦士・ヴィクターは去った。
銀成学園とその関係者、とりわけカズキに大きな爪跡を残して。
ヴィクターは圧倒的な力で私――津村斗貴子ともう一人――武藤カズキをねじ伏せた。
カズキが変貌を遂げるまで。ヴィクターがカズキを、対等な存在と認めるまで。
私たちは、生かされた。大方はエネルギーを吸収され疲弊し、ただ独りは彼と同じ業を背負わされて。
「――追わなきゃ」
瓦礫と傷ついた二人が残る屋上。うつろな目で、ただ独りが言った。
「――」
ちらりと独りは私を見て、微笑んだ。
「カズ…キ…」
へたりこんだ私は、手をさしのべていた。二か月前の春の夜、突撃槍を手渡したときのように。
カズキとのつながりを、確かめるように。
カズキはその手を見つめて、優しい目で、言った。
「――ゴメン。行かなきゃ」
「カズキィッ!」
業火に爛れた赤銅色の体と、燃え尽きたように白い髪を翻して、カズキは遠くに見える山々へ、ヴィクターが消えた方角に向けて走り出した。
私は、カズキを追った。
がむしゃらに走り続けるカズキの背中を、ひたすら追い続けた。
何度もカズキは振り返って、何かを伝えようとして、また無言で走り出した。
止まるのが怖いのだろう。直感がそう告げていた。
カズキが背負った業、エネルギー吸収の『生態』は、その意思が無くとも周囲の生物の生命力を奪い続ける。
現に青葉茂る六月の木々は、カズキが駆け抜けると白く枯れ、葉を散らしてしまった。
カズキが拓く白い落ち葉の道を踏みしめ、私は追いすがった。
カズキの足が重く、背中がかげりを帯び、私がカズキに追いつき、
自分でも訳がわからないうちに背中にすがりつこうとして、意識が薄らぎ――
「カ…ズキ…」
目の前が、闇に包まれてしまうまで。
叫びとも、哀切ともつかない声で、私は目覚めた。
――カズキが、哭いている?
満天の星空のなか、私は目覚めた。
林の中にぽっかり開いた空間、胸に抱いた核鉄、岩に身を横たえた私。
私は、この場所を知っている。
ホムンクルス幼生に寄生され、鷲尾と戦ったあのとき、死を決意したあの場所だ。
あのときとは違い、カズキは私の隣にいない。
やや離れた岩の頂上で、カズキは私に背を向けて、星空に向かって泣いていた。
幾分重苦しい体を無理に起こし、
「どうやら…私達は随分遠くへ…きてしまったようだ」
無理にでも、平静を装ってカズキに声をかけた。
「…ゴメン」
「キミが謝ることじゃない」
「それでも…ゴメン」
「いや…謝らなければならないのは、私の方だ。
キミをそんな体にしてしまった…
もう…二度と日常に戻れない…命あるものに触れられないそんな…体に…」
星が涙で滲む。声が掠れて途切れる。
すすり泣く声だけが、いつまでも続く。
きっとカズキのことだ。私が回復したらただ独りでヴィクターを追うだろう。
誰と触れ合うことも無く、孤独に生き、孤独に身も心も朽ちてゆこうとするだろう。
私のせいで。
そう考えたとき、私の体は自然とカズキの方へ歩み寄っていた。
脱力感が体を蝕み、足がよろめいて、カズキの背中に倒れこむ。
「斗貴子さん!」
あわてて振りほどこうとするカズキの胸に腕を回して、強く、力の限りしがみついた。
「だいじょうぶ、だ」
酸欠のようにぼんやりとした頭で、私は言った。
「でも…」
「核鉄の治癒力で、ずいぶん楽になっているから…」
すうっと、体が軽くなる。
カズキの精神が落ち着いたからか、本当に核鉄の治癒力がエネルギードレインに追いついたからか、わからない。
ただ、カズキの大きな肩に身を寄せていられることが、嬉しかった。
「一月前は、こうして銀成に帰ったね」
「…あのときは本当に恥ずかしかった」
「斗貴子さん」
「どうした?」
「本当に大丈夫?」
「ああ、だいぶ楽になった」
「…よかった」
「私も、キミに触れられることが…嬉しい
だから…」
この世でたった独りのキミであってほしくないから、
「これからずっと、キミの傍にいる。キミだけの私でありつづける」
白茶けた草原、中心の岩の上、無意識に命を奪うカズキの息遣い。
無数の星が見届けた、死と紙一重の永遠のキス。
死に最も近い世界でただカズキと私だけが開く、新しい世界のトビラ。