どうすればいい?どうすれば償える?私が巻き込んだ。私がカズキを戦士にしてしまった。
そして。そして、カズキを人外の化け物に変えてしまった・・・。
私は何でもする。何でも償う。・・・私に何ができる?
「斗貴子さん?」扉をノックしようとするさきに、部屋の中から声がかけられた。
どこか虚ろなカズキの声。私は扉の前に立ちつくした。
カズキの部屋へ行こう、そうして──。やっと心を決めたはずだったのに、心が揺らぐ。くじけそうになる。けれども、ここで引き返すわけにはいかなかった。
私は何でもする。何でも償う。そう決めたのだから。
「カズキ、話がある。入ってもいいか?」
「・・・うん、鍵は開いてるから」
部屋は暗かったが、真の暗闇というわけではなかった。開け放された窓からさしこむあえかな月のひかり。
窓際に据えられたシングルベッドにカズキは腰掛けていた。
清冽な二十三夜待の月を背にしたカズキの表情は影になっていてみえない。だが、私をみつめるカズキの強い視線を感じる。
「カズキ・・・・」声をかけようとした矢先、
「オレを殺しにきてくれたの?」カズキが言った。その声。これが、あのカズキの声なのか。あまりに虚ろで、哀しい。
「そうじゃない、そんなこと絶対しない。カズキ、私は何でもする。何でも償う。だから、だから──」
私は、ベッドに走りよりカズキの手をつかんだ。
「キミは何も悪く無い。全部私のせいだ。私がキミを巻き込んだから。あの春の夜、私が、私が」
これは罪悪感?それとも絶望?私の中で激しい感情が渦を巻いて私を打ちのめし、酷い眩暈がした。
おもわずカズキの手を強く握り締め、床にへたり込んでカズキを見上げる。
ああ、カズキ。黒い髪、黒い瞳。その姿はすでにあの異形ではない。
けれど、どんなときも輝きを失わなかったまなざしは光を失い、頬には涙のあとが残って・・・。
とうとつに抱きすくめられた。
「泣かないで、斗貴子さん。ゴメン・・・ゴメン。斗貴子さんは悪くない。だから、泣かないで」
泣く?私が?どこか麻痺した頭でぼんやりと思う。私は泣けない。
初めてホムンクルスどもに出会った『あの日』を最後に私は泣けなくなってしまった。
どんなに悲しいときも私は涙を流せなくなってしまったのに。
頬にカズキの人差し指が触れた。まるで愛撫するように頬をぬぐわれてはじめて、
私は自分が泣いていることに気づいた。
「ゴメン斗貴子さん。オレ、酷いコト言った。斗貴子さんはとってもやさしいのに。
勝手に勘違いして死んじゃったオレを助けてくれて、そのあともたくさんたくさん助けてくれて。
斗貴子さんは悪くないから、オレが勝手にああなっちゃっただけなんだから」
そうささやいたカズキも泣いていた。涙にぬれた黒い瞳がキラキラ光ってとても綺麗だ。
私は手をのばし、カズキがしてくれたのと同じに彼の涙をぬぐった。
そして私たちはお互いを抱きしめて、声を殺して泣いた。
「私はキミに償おうと思ってここにきた」
今、私たちはならんでベッドに腰掛けている。
涙と一緒にいろんなものが私のこころのなかを流れてゆき、私自身が
認めようとしなかった本当の気持ちをあらわにしていった。
とてもおだやかで素直な気持ちだった。
「だけど、それは嘘。ほんとはただ、キミと一緒にいたかった。
キミを戦いに巻き込んだ負い目とか、戦士としての使命とか、そんなものを全部なげうってでも
キミと一緒に生きたい。・・・私はキミが好きだ」ゆっくりとカズキのほうをむいて言った。
間近にカズキの顔がある。
「オレも斗貴子さんが大好きだよ」そう言ったあと優しく握られた手を強く握り返し、カズキの胸に頬を寄せる。
カズキの胸は春の陽だまりのようなにおいがして、私はうっとりとそれに酔いしれた。
「あれからずっと考えてた。みんなに迷惑をかけないように、オレははやく死ななきゃいけないって。
でもできなかった。何でオレが死ななくちゃならないんだって、斗貴子さんやブラボーのことをうらんだりもしたんだ。
だけどほんとはそうじゃなかった。オレ、斗貴子さんと別れたくない。まひろや、六枡や岡倉、大浜、ブラボー、
クラスの皆とも別れたくなかった。オレ、生きていたい。斗貴子さんと、皆と」
「一緒に生きよう、カズキ。きっと方法はある。私はあきらめない。キミもあきらめるな。
戦士長やキミの友人たちも一生懸命動いてくれている。キミは一人じゃない。生きよう、皆で」
そう、償うというなら私にできることはただひとつだ。
私はカズキとともに生きる。どんなにつらくても決してあきらめたりはしない。
その決意とともに私はカズキに口づけた。カズキもそれに応えてくれる。
───私はカズキを愛している。
そうして二人は同じ夢を見て、暁闇に目覚めた。
どんなに闇が深くとも、明けない夜はないことを彼らは知っている。
もう一度太陽を取り戻すために斗貴子とカズキは歩き始める。
二人で流した涙とつないだ手を武器として。
─END─