ツムラトキコさん。
漢字だと、津村斗貴子さん。
知らない名前。
でも、多分女の人の名前。
斗っていうのはひしゃくのコトなんだって。
北斗七星の斗。
北極星の近く、ひときわ明るく光る北の空の星たち。
昔の人は、その北斗七星や北極星を道標に船旅をしたんだって。
他にも、闘うっていう字を略す場合にも使うんだって。
闘う、って。
女の人の名前なのに?
変なの。
ひしゃくの貴い人。
…うーん、なんかしまらないなぁ。
闘う貴い人。
…うん。これだ。
なんかすごくカッコイイ。
きっと、こっちの意味。
わぁ、どんな人なんだろう…
四時間目が始まる前の休み時間。
さーちゃんがルーズリーフを一枚破いて、その知らない名前を
丁寧に読み仮名までつけてさらさらと書き出した。
「で、その津村斗貴子さんがどうかしたの?」
「なんだと思う? まっぴー」
含み笑いのさーちゃん。
「分かんないよ」
「転校生?」
ちーちんの助け舟。
「へーぇ、こんな時期に珍しいね」
「違う違う」
「じゃぁ、芸能人か何か?」
「それもはっずれー!」
妙に楽しそうなさーちゃん。
「カノジョなんだって」
「誰の?」
「カズキ先輩の」
「え?」
落ち着いて、ゆっくり深呼吸。
「えーーーーーーっっっ!!!!??」
「まっぴー、声大きいよ…」
机に突っ伏して、耳を押さえながら呻くようにつぶやくさーちゃん。
「それは驚きね」
「本当に!? でも、なんで? なんでどういう字で書くかまで知ってるの!?」
机に置かれたルーズリーフとさーちゃんの顔を交互に見比べる。
「ケータイの電話帳に入ってたんだって」
「へぇ…」
「しかも」
「しかも?」
「今日の放課後にも」
「放課後にも?」
「オバケ工場で『でぇと』なんだって」
…もう、何がなにやら。
デート。でーと。でぇと。
お兄ちゃんが。
知らない女の人と。
あの、お兄ちゃんが…。
「えーーーーーーっっっ!!!!??」
チャイムがとっくに鳴っていたなんて、全然気が付かなかった。
先生がとっくに来ていたなんて、思いもしなかった。
この場合、仕方ないと思う。
だって、お兄ちゃんにカノジョができたなんて。
こんな一大事件、そうそうあるもんじゃない。
でも、先生はそんなことはお構いなしみたいだった。
さーちゃんと二人、お昼休みはコッテリと先生にしぼられた。
そこにはちーちんの姿はなかった。
いつの間にか、自分の席に戻って教科書を開いていた。
いつも要領いいんだよなぁ、ちーちんって…。
そして放課後。
実際に目にしたその人は、まさにイメージどおりの人だった。
鋭い眼差し。
短く切り揃えた黒い髪。
そして何より、顔の真ん中を横切った大きな傷痕…。
でも、不思議と怖くはなかった。
透き通るような黄金色の瞳は、優しい光をたたえていたから。
闘う貴い人。
斗貴子さん。
お兄ちゃんの、カノジョ。
斗貴子さんは否定していたけど、お兄ちゃんは思いっきり動揺してた。
まだカノジョってわけじゃないみたい。
でも、近い将来、そうなると思う。
そうなってほしい、と思う。
きっとお似合いのカップルになれると思う。
本当に、そうなればいい。
本当に、そうなればいい。
本当に、そうなればいい。
そう、自分に言い聞かせた。
言い聞かせた?
何を?
斗貴子さんがお兄ちゃんのカノジョになってほしい。
心の底から、私はそう思ってる。
そう思ってる、はずなのに。
身体は正直だった。
手が止まらなかった。
「あ、ふぅっ…」
何度も自分を慰める。
唇。胸。乳首。ふともも。そして、アソコ…。
お兄ちゃんに触れてほしい。
指で。舌で。
奥まで、もっと奥まで…。
「うんっ、あ…ぁ…」
指を自分自身の一番奥深くまで差し込もうとする。
でも、届かない。
尽きることなくあふれ出る液体が、指を阻む。
「やっぱり、指じゃ、駄目…」
お兄ちゃんの、おちんちん。
お兄ちゃんのおちんちんでないと、一番奥深くまでは届かない。
いつか見た、お兄ちゃんのおちんちん。
それが、私の一番奥の深いところまで入り込んでくる。
「ぅ…あ…ふわぁぁっっ…!!」
暖かい。
お兄ちゃんのおちんちんがどんどん私を満たしていく。
もう、自分の指なんかじゃない。
お兄ちゃんのおちんちんが、私の中を激しく攻め立てる。
ずぷぅっ。
つぷっ、じゅぷっじゅぷっ。
「あっ、いっ」
じゅぷっ、にゅぷん。
ちゅぷっちゅぷっちゅぷっ。
ちゅぷ、じゅぷっ、じゅぷじゅぷじゅぷっ。
「うっ、あっ、んぅっ」
じゅぷちゅぷ、じゅぷじゅぷじゅぷぅっ!
「ひっ、ひああぁぁ…!」
私は、お兄ちゃんの精液で満たされた。
…ひとつになりたい。
お兄ちゃんと、ひとつになりたい。
ぐちゅぐちゅ、といやらしい音が耳に届く。
でも、それが自分が発している音だとは思えなかった。
遠く、知らない世界の音。
音がどんどん離れていく。
そして、私は暗い闇の中に沈み込んでいった。
朝起きたとき、私はハダカのままだった。
シーツには、私自身からあふれ出た液体でできた深いシミがいくつもあった。
さんざん汚したはずの指先は、もうカラカラに乾いていた。
「くしゅんっ」
クシャミが出た。
まだ、暑い季節には程遠い。
どうも、風邪を引いてしまったみたいだった。
その日は学校を休んだ。
ただっ広い寄宿舎のお風呂場で、ゆっくりと身体を洗う。
いつもは女子でごった返しているお風呂場も、今は私一人だけだった。
湯冷めしないようにパジャマを着込み、フラフラしながらも昨晩の後始末を
なんとか済ませる。
そして、そのまま私はベッドに倒れ込んでしまった。
目を覚ましたとき、そこにはさーちゃんとちーちんの姿があった。
「…大丈夫、まっぴー?」
額の濡れタオルを取り替えながら、さーちゃんが顔を覗き込む。
「うん…」
小さく答える。
「今日のノート、コピーとっといてあげたから」
ちーちんが机の上に数枚の紙を置きながら言う。
「ありがとう…」
「早く治しなさいよね」
「お腹出して寝てたりしたんじゃないの〜?」
「うん…」
じわり、と涙があふれてきた。
申し訳ない気持ちとみじめな気持ちででいっぱいだった。
私、何やってるんだろう…
「辛いの? まひろ」
「ううん、違う。大丈夫…」
涙が止まらなかった。
次に目を覚ましたとき、私はまだ夢を見てるんじゃないかと思った。
だって、昨日の晩からずっと頭から離れなかった人の顔がそこにあったから。
「…お兄ちゃん」
「大丈夫か、まひろ。風邪引いたんだって?」
もう、言葉にならなかった。
堰を切ったように涙があふれ出た。
「う…ぐっ、わたし、私…」
「何も言わなくていい、まひろ…」
…こんなに泣いたのは小学生のとき以来だと思う。
その間、お兄ちゃんはずっと黙って私を抱き締めていてくれた。
…そして涙も涸れ尽くした頃。
「…ごめんね、もう大丈夫」
私は、そっとお兄ちゃんから身体を離す。
「いいのか?」
「うんっ」
私は精一杯の笑顔でそう答えた。
お兄ちゃんの瞳。声。大きな手。
全部、私を優しく包み込んでくれる。
私の指先は汚れてしまっているけれど、それでもお兄ちゃんは私を抱き締めてくれる。
そんなお兄ちゃんの優しさに、私は笑顔で応えたい。
お兄ちゃんの優しさがあれば、私は笑顔でいられる。
良き妹。良き兄妹。
…それが、私の望みなんだ。
−Fin.−