まったく、何が面白いというのだろう。  
 
…ようやく、顔の火照りもおさまってきた。  
 
沙織がどこかしらからか手に入れてきた、本。  
女の裸体が羅列された、劣情を催させる記号の集合体。  
 
そう、それはただの記号だ。  
けして手で触れることはできない。  
なんの感情も持たない、ただの薄っぺらい紙の束だ。  
 
そんなもので、刹那的に心と身体が満たされたように錯覚して、  
一体何になるのだろう。  
 
私は、ああいった類のモノには嫌悪感を抱くようにしている。  
そうしなければ、自らの心の奥底から湧いてくる黒い衝動を  
抑えきれなくなってしまうからだ。  
 
 
「ねぇねぇ、あの先生ってアリクイに似てるよね」  
 
銀成学園の入学式の日。  
ホームルームの終わった直後、私はすぐ後ろの少女から突然  
声をかけられた。  
 
「…え? ええ、そうかもしれないわね」  
「だよね。そう思うよね!」  
 
思いっきり訝しげな顔で振り向いたはずだったが、彼女は気にもせずに  
言葉を続けた。  
 
「口がこーんな風にとがってて、なんかモソモソ…ってしゃべってた」  
 
えへへ、と嬉しそうに笑う。  
私は思わず苦笑いする。  
 
「あんな担任の先生だったら、きっと毎日のホームルームも楽しいよね。  
 ねっ、ちーちん」  
「…ちー…?」  
「さっき自己紹介、してたでしょ?」  
 
自己紹介は確かにした。  
でも、あだ名まで名乗った覚えはない。  
 
「私はまひろ。全部平仮名で書くの…って、さっきもそういったよね、私」  
「…」  
 
彼女は再び微笑んだ。  
 
馴れ馴れしい子だ、と思った。  
でも、不思議と不快じゃなかった。  
 
「ちーちんも寄宿舎だよね。部屋、何号?」  
 
ああ、そういえば入学式より前に、どこかで顔を見かけたような気がした。  
 
「308号」  
「わぁ、偶然。私は307なんだ。お隣さんだね」  
 
まひろはとても嬉しそうだった。  
確かに、ただのクラスメイトというよりは親近感はあるかもしれないけれど。  
 
「ねぇさーちゃーん、ちーちんってば私のお隣さんなんだってー!」  
 
右手を大きく振りながら、教室の反対側の角のほうまで声を投げかけるまひろ。  
肩のあたりでヒラヒラと手を振り、応える少女。  
名は、確か沙織といったか。  
 
「うんまっぴー、今そっち行くー」  
 
手早く荷物をまとめ、駆け寄ってくる。  
 
「へぇ、あなたも寄宿舎なんだ」  
 
隣の空いた席から椅子を引きずり出し、すかさずまひろの机のすぐ横に陣取った。  
そして、他愛もない世間話に花を咲かせた。  
 
それが、私達の出会いだった。  
 
それからは三人でいることが多くなった。  
三人とも寄宿舎で生活していたから、朝起きてから夜床に就くまで、それこそ  
一日中一緒に過ごしていた。  
 
まひろと沙織が楽しそうにおしゃべりを繰り広げ、私がそれに耳を傾ける、  
というのがお決まりの図だった。  
 
まひろ達は私が会話に参加することを強制しなかった。  
かといって、疎外するようなこともなかった。  
 
一緒に、いるだけでいい。  
 
口にこそ出さなかったものの、まひろ達は私が落ち着くキョリ間を尊重してくれた。  
 
自分を理解し、受け入れてくれる人がいる。  
それはなんと心地よいことなんだろう。  
 
私は、二人を理解したいと思った。  
受け入れたいと思った。  
二人の気持ちに応えたいと思った。  
 
…本当の友達になりたいと思った。  
 
それは、初めての経験だった。  
 
寄宿舎には学生が何十人と暮らしており、その為の施設も用意されている。  
図書室、娯楽室、湯沸室、集会室…。  
共同浴場も、その一つだ。  
 
「ねぇちーちん、一緒にお風呂入ろ!」  
 
その日、なんの前触れもなしにまひろが部屋にやってきた。  
消灯時間にはまだ早いが、そろそろあくびのひとつも出ていい時間帯だった。  
 
「いや、私人ごみは嫌いだから…」  
 
そういって目を逸らす。  
 
「えー、こんな時間じゃもう誰も入ってないよ」  
 
そうなのだ。  
23:00、午後十一時。  
この時間になると、もうのんびりと湯船に浸かっているような女子生徒はいない。  
私はわざわざそんな遅い時間帯を選んで、共同浴場を利用していた。  
 
人ごみが嫌いなのは嘘ではない。  
ただ…  
 
「女の子同士、恥ずかしがることなんてないじゃない」  
 
図星。  
先手を打たれてしまった。  
 
「い、いやその…」  
 
思わず言葉に詰まってしまう。  
 
「いつもはさーちゃんと一緒なんだけど、マンガ読んでたら居眠りしちゃって」  
「起こしに来てくれたみたいなんだけど、全然起きれなくってこんな時間」  
「そういえばちーちんと一緒に入ったことなかったな、って思ったから来たの」  
 
仲の良い女友達が、背中を流し合う。  
確かに、女同士恥ずかしがることはない。  
でも、何事にも段階というものがある。  
心の準備というものが必要だ。  
そもそも…  
 
「ね、背中流しっこしよ?」  
「で、でも…」  
「早くしないと閉まっちゃうよー」  
 
…結局、否応無しに一緒にお風呂に入ることになってしまった。  
 
静まり返った脱衣室。  
 
まひろが服を脱ぐ布擦れの音だけが聞こえる。  
次第に薄いピンク色の下着姿が露になってくる。  
 
「…」  
 
思わず、見とれてしまう。  
そしてブラジャーとショーツがカゴの中に丸め込まれ、まひろは一糸まとわぬ姿に  
なった。  
 
「あれ、まだ脱いでないの?」  
 
キョトンとした顔で振り向くまひろ。  
その豊かな胸のふくらみが、ゆっくりと揺れる。  
カッと頭に血が昇る。  
 
「どうしたの?」  
 
顔を覗き込まれる。  
自然と乳房が強調される。  
 
私はすでに走り出していた。  
私を呼ぶ声が聞こえたような気がしたが、振り向く余裕などなかった。  
 
まひろの、身体。  
女性の、身体。  
 
腰まで伸びた長い髪。  
制服の上からも分かるくらい、豊かで形のよい胸。  
唇と同じ、きれいなピンク色の乳首。  
くびれた腰。  
秘部を覆い隠すうっすらとした茂み。  
スラリと伸びた脚。  
 
…そのどれもが女性らしさを強く感じさせた。  
とても、美しかった。  
 
自分の身体ならばいくらでも見たことがある。  
女性の身体自体は見慣れたものだったが、まひろのそれはとても鮮烈な  
印象を残した。  
 
…胸がドキドキする。  
自分でも、ここまで免疫がないとは思わなかった。  
他人のハダカにここまで動揺するなんて。  
他人?  
自分以外の人のハダカだから?  
違う。まひろのハダカだから、こんなにドキドキしてる…。  
でも、何故…?  
 
答えは出なかった。  
その日はなかなか寝付けなかった。  
 
次の日。  
寝不足で、少し頭がぼーっとした。  
 
「もー、急に走って行っちゃうんだから」  
 
まひろが口を尖らせる。  
 
「…ごめん」  
 
素直に謝る。  
謝罪の言葉を聞いて満足したからなのか、まひろはそれ以上詮索してこなかった。  
 
それからペチャクチャおしゃべりをしながら、沙織と三人で教室へ向かった。  
適当に相槌を打ったりしていたが、内容は覚えていない。  
 
ずっと、別のことを考えていた。  
 
まひろの唇が、せわしなく動く。  
そのきれいなピンク色は、鮮やかに昨晩の光景を蘇らせてくれていた。  
 
「…じゃあ、今晩は三人でバスタイム、ね」  
 
…私はその言葉を思い切り聞き逃していた。  
 
その日の晩、午後十時半過ぎ。  
 
今度はまひろと沙織、二人の来訪者が私を絶望の淵に陥れてくれた。  
 
「…え? え?」  
「え?じゃないっ」  
「今朝約束したじゃない〜」  
 
まひろと沙織、二人に両腕をつかまれて共同浴場に連行される。  
 
「ま、待って…!」  
「待たなーい!!」  
「昨日、結局入らずじまいでしょ? 女の子はいつもキレイにしとかないと」  
「か、身体はちゃんとふいたって」  
「まーまー、湯船にゆっくり浸かったほうが寝付きもいいから」  
「女同士、水入らず。ね?」  
 
…ツッコミをする余裕もなかった。  
 
…私はずっとうつむきっぱなしだった。  
 
他に誰もいないのをいいことに、まひろと沙織ははしゃぎっぱなしだった。  
三人で輪になって背中を流したり、誰が一番長く湯船に潜っていられるか、  
なんて競争もしたりした。  
 
…もう、羞恥心も何もあったもんじゃなかった。  
いや、別の意味では非常に恥ずかしかった。  
 
でも、そんな状況を私は少なからず楽しんでいた。  
以前の私では考えられないことだ。  
まひろ達と一緒の時間を過ごすことで、私は変わっていったのだ。  
 
三人で一緒にいるのはすごく楽しい。  
とても幸せだと感じる。  
 
まひろは怒ったり沈んだりといった表情を滅多に見せない。  
いつも、笑顔を見せてくれていた。  
それはとても素敵なことだと思う。  
 
…私は、いつしかまひろを愛しいと感じるようになっていた。  
 
初めてまひろのハダカを目の当たりにした瞬間。  
あの時の光景が、強烈にフラッシュバックしてくる。  
 
まひろの、身体。  
それに触れたい。  
 
もし、二人きりでお風呂に入りたい、といったらまひろは応じてくれるだろうか?  
 
私はその眼差しで、じっくりとまひろの身体を堪能する。  
その愛らしい唇はこう告げるに違いない。  
 
「なぁに、ちーちん。恥ずかしいよ…」  
 
私は顔を近付ける。  
きっとまひろは気付かない。  
私がその唇を奪ってしまおうと思っているなどとは。  
 
柔らかい感触。  
唇が触れ合う。  
 
驚いたような表情。  
まひろは咄嗟に顔を離そうとするだろう。  
でも、それはかなわない。  
 
何故なら、私がそれを見越してまひろの首に両腕を回し、その艶やかな髪ごと  
抱き締めてしまうからだ。  
 
そして私は舌でまひろの唇を味わう。  
唾液の交換をする。  
徐々に唇の中へと割り入って、彼女の舌を探し当てる。  
 
「んー、む、ぅ…」  
 
もう、その頃には抵抗しようなどという気力はなくなっているだろう。  
 
肩から腕、その滑らかな肌を手のひら全体で堪能しつつ、私はまひろの乳房に手を滑らせる。  
豊かで形のよい乳房。  
とても柔らかく、張りがあるに違いない。  
その絶妙な曲線に合わせ、指先と手のひらを這わせる。  
 
「うんっ、あ…」  
 
吐息が漏れ、私の鼻先に甘い香りをもたらす。  
 
そしてその真ん中にある突起物。  
それを指先で押し込む。  
 
「ぃ、はぁっ…!」  
 
まひろの身体の中でも、恐らく一番敏感な部分のひとつ。  
きれいなピンク色の乳首を激しく攻め立てる。  
 
乳首をつまみ上げ、唇で吸い上げる。  
赤ん坊がその小さな口で吸い付くためにあるそれは、このような刺激を受けるにはきっと  
敏感すぎるだろう。  
 
「あぅっ、はぁぁぁぁあっ!」  
 
一際大きな喘ぎ声を聞きながらもう片方の指をそのまま下に滑らせ、もうひとつの魅惑的な  
ふくらみまで到達させる。  
 
形よく、キュッとしまったお尻。  
それをゆっくりと、ゆっくりと撫ぜ回す。  
 
唇を乳首から離し、ゆっくりと舌先をおへそまで下ろしていく。  
 
まひろに床まで腰を下ろさせ、手でゆっくりと太股を押し広げる。  
まひろの恥ずかしい部分が露になる。  
既に愛液でグチョグチョになっており、床に大きなシミをつける源泉と化していた。  
 
そこに、口付ける。  
甘い香りが鼻をつく。  
舌を、差し入れる。  
 
そして、一切の外界の音が遮断された。  
 
ただ液体がかき混ぜられるような音とまひろの喘ぎ声だけが、ずっと私の頭の中で  
鳴り響いていた。  
 
ポーカーフェイスには自信がある。  
自らをコントロールする術も持ち合わせている。  
自慰さえすれば、身体は満たされるのだ。  
 
私とまひろは深い友情で結ばれている。  
それで、心は満たされている。  
 
心も身体も満たされる。  
 
それで十分だ。  
それ以上、何を望むというのだろう。  
 
それだけで、十分なのだ…  
 
 

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