「剛太?誰?斗貴子さん」  
「私の後輩。キミを海から引き上げてくれた」  
「え」  
「剛太?」  
周りを見渡したが、人影はないし、気配もない。  
私は剛太を探すのをあきらめ、カズキが戦士長と戦った後のできごとを話した。  
「そっか。剛太に会ったら、お礼を言わないとね」  
「そうだな、そうしてくれ」  
「うん。で、一つ前の任務の学校ってどこにあるの?」  
「それはおいおい話す。ただ、当座の着替えや生活用品があった方がいい。  
 荷物を取りに、いったん宿に戻ろう」  
「わかった。急いだ方がいいよね」  
「そうだな。だが、電車もバスもない時間に宿を出ても怪しまれるだけだ。  
 早歩きくらいでちょうどいい」  
「了解」  
私たちは宿へ向けて歩き出した。  
 
海岸線に沿って歩き続けた私たちは、カズキと最初の時を過ごした岩場を通り、  
海水浴場の砂浜まで来た。宿までもう少しだ。  
昨日の花火の燃えカスを踏みしめて歩きながら海を見た。  
波が高い。雨雲も見えている。降ってくるかもしれない。  
同じように海を見ていたカズキが言った。  
「みんなとここで遊んだのって、昨日のことなんだよね」  
私にとって戦いの日々こそが日常。だが、戦士になりたてのカズキはそうではない。  
ヴィクターと戦った後に訪れたカズキにとっての日常は昨日で終わった。  
遠からず本隊は我々を追う部隊を出すだろう。既に出しているかもしれない。  
これからは仲間と離れた戦いの日々が続く。  
 
私はカズキのTシャツの裾を引っ張り、昨日の岩場に視線を向けて言った。  
「まだ少し時間がある。その…なんだ…急げば、できるぞ?」  
「え?」  
カズキは、私の視線を追い、私の言葉を理解して顔を赤らめた。  
たぶん、私の顔はもっと赤いだろう。  
我ながら頭が痛くなるおねだりだ。だが、カズキと最後の日常を過ごしたかった。  
 
「ありがとう、でも─」  
カズキはそう言って、海を向いたまま足を止め、  
ケガをしている右手で私の左手を握った。  
「今度、ゆっくりできる時に─ってことでどうかな?」  
「そうか、それも良いだろう」  
そのためにも、カズキの日常を取り戻す。それも悪くないと思った。  
「じゃあ、約束」  
そう言って私の手を離し、小指を出すカズキ。一瞬、戸惑う。  
ありえないかもしれない『今度、ゆっくりできる時』の指切りは気が引ける。  
「ダメ?」  
子犬のような笑顔。この顔には勝てない。  
「ふふ、もちろん、私も望むところだ」  
そう言って、私の指をカズキの指に絡めた。  
 
旅館三浦屋。小雨がちらつきだす中、そんな看板が見えてきた。  
「さっき、『また少し時間がある』って言ってたよね。  
 こっそりみんなに挨拶しててもいいかな」  
「こっそり挨拶?」  
「うん、起こさないように、こっそり」  
「…好きにしろ。では、15分後にここで会おう」  
「うん、じゃ後で」  
 

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