私の身体も霊体も、細胞の一片の例外もなく、魔術の色に染まっている  
でも、だけど……だからこそ――――  
 
学校の帰り道、夕暮れに染まる公園をアディリシアは、少し怒ったような顔をしながら歩いている  
その様子にびくびくしながら隣を歩く少年、いつきの顔を横目で見ながらアディリシアは、今日何度目かになる溜め息をこぼした  
 
メイザースの家に生れ落ちて十数年、これまで魔術の特訓中、失敗や挫折はあれど、それでも、  
自分の意思を曲げたり自分の弱さに負けたことなどなかった  
ゲーティアの首領として、ソロモンの末裔として、そして、一人の魔女として自分は人の上に立つ存在、  
魔を総べる存在であると信じていたから  
自分の全てに誇りを持っていたから  
そんな自分のデートへの誘いをこの少年は――――  
『すみません……その日はちょっと依頼があって…』  
言葉を濁しながらもいつきは、はっきりとアディリシアの誘いを断った  
聞けば、その日は発生した呪波汚染を浄化しに遠くの町まで出かけるというのだ  
それはいい。自分も協会に組みしている以上仕事の事情も、魔法使いの仕事もわかっている  
わかってはいるのだが……  
 
アディリシアは再びいつきの横顔を見つめる  
(だからって……)  
 
いつきの話によると、発生した呪波汚染は、その町の一角にある小さな空き地に発生したモノであり  
まだ小さい汚染ながら、近所の子供たちに少なからず影響を与えていると言うのだ  
「空き地でキャッチボールができないよ〜」「オレ達の遊び場がなくなっちゃった…」  
「お母さんが、あそこではもう遊んじゃいけないって…」  
魔法のことなどなにも知らないとはいえ、遊び場が無くなるかもしれないことは、  
小さな子供にとっては死活問題とも言えるほどに大事なコトだった  
だけど、あまりにも小さな場所、レベルの低い汚染度のためどこも入札するところが現れないでいた  
そこに名乗りをあげたのがアストラルだというわけだ  
 
「あ、あのアディリシアさん。ホントにゴメンなさい…その、せっかくの誘い断っちゃって」  
アディリシアは前を向いたままなにも応えない  
いつきの立場もアストラルの経営状態もわかっている。わかっているからこそ歯がゆい  
電車で数時間もかかるところまでわざわざ行くことにも  
最低レベルの仕事も引き受けなくてはならないことにも  
誰もしない様な仕事を怖がりながら自信無さげに、それでも引き受けてしまういつきの性格に  
さらに、何度言っても直してくれない名前の呼び方  
「あの。アディリシアさん?」  
(ほら、またアディリシア『さん』)  
アディリシアの顔はますますムッとしたものに変わっていく  
 
隣を歩くいつきは相変わらずおどおどしているが、それでも自分を気遣ってか心配げな顔をしている  
そんないつきの全てがアディリシアの心を複雑にさせる  
本当のところ、自分の誘いを断ったいつきに最初こそムッとなったが、決して本気で怒ってなどいなかった  
そればかりか、理由を聞いている内に「相変わらず」と感じてしまういつきの性格  
いつも怖がりで、びくびくしていて、今にも逃げ出してしまいそうな少年  
それでも、どんな相手にもどんな状況にも立ち向かっていく小さな強さがあった  
キズ付き、ボロボロになりながらも、それでも前に進もうとする  
誰かのため、なにかを守るため  
いつきの力はいつも己以外の全てに向けられる  
それは、強大な力をその身に宿す者にはあまりにも似合わない不釣合いなやさしさ  
だけどそのやさしさに、その温かい心に助けられた人たちが大勢いる  
そして、それは自分も……  
いつきのそばにいるとあったかい気持ちになれる  
いつきのぬくもりはいつも自分を幸せにしてくれる  
アディリシアはいつきの顔を見つめた  
その顔はまだ曇ってはいたが、アディリシアの視線に気付いたいつきの表情がだんだんとやわらかくなっていく  
夕日を背に立つアディリシアの姿は、誰が見ても凛々しく、そして、美しかった  
いつきの喉がゴクリと音を立てる  
アディリシアの体がいつきのぬくもりに誘われるかの様に近づいていく  
鼻先数センチの距離で見詰め合う二人  
じっと見つめ続けるアディリシアは、やがて顔をほころばさせる  
それは、甘くとろける様なやわらかい笑み  
いつき以外の誰にも見せないその笑顔は、いつきの心をつかんで離さない  
「あ、あの。アディリシア…さん?」  
「……」  
アディリシアは一瞬考え込む様に長い睫を伏せると、再びいつきに向き直る  
「明後日の仕事私も一緒にいきますわ」  
「え!?」  
「私が行けばあの様な呪波汚染はすぐに片付くでしょう。そうしたら、その後お茶にでも付き合ってもらいますわよ」  
なにも言ってこないいつきにアディリシアは、少し不安な面持ちで尋ねる  
「ダメですの?」  
普段の強気な声とはかけ離れたアディリシアの小さな声に、いつきは慌てて身振り手振りで否定をする  
「え!だ、ダメっていうか断るワケないっていうか…」  
「本当に?」  
すがる様な小さな声  
いつきは真剣な目でアディリシアを見つめると、精一杯の思いを込めて口を開く  
「ぼ、僕でよかったら…よろしくお願いします」  
「まぁ!」  
先ほどまでの暗い表情がウソの様なアディリシアの満面の笑顔  
いつきの胸がドキリと高鳴る  
 
(やっぱりアディリシアさんすごくキレイ…だなぁ)  
ぼーっと何かに見とれているいつきの手を掴むとアディリシアは、そのまま歩き出す  
「え!?あ、ちょ、ちょっと待ってアディリシアさん…」  
一人頭を沸騰させているいつきにクスっと微笑むと  
アディリシアは心の中だけでそっと呟く  
 
私の身体も霊体も、細胞の一片の例外もなく、魔術の色に染まっている  
でも、だけど……だからこそ――――  
この心だけはイツキの、私の一番大事なモノだけはイツキだけの物  
 
魔術にその身を捧げると誓ったあの時と同じぐらい、それ以上の気持ちでアディリシアは静かに願う  
ただ一度の生だからこそ、ただ一人の人に自分の心を捧げたいと  
イツキと共に、これからも、ずっとイツキのそばに――――  
イツキと共に生きていきたいから――――  
 
夕暮れの公園の中、二つの手が絡み合い、そして、結ばれる。  
強く、強く  
離れないように、離さないように  
 

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