ランドセルの肩ベルトを片方だけ肩にひっかけ、洋服が入った手提げ袋を逆の手に持つ。  
学校から持ち帰った荷物を纏めた巫女装束を着た少女、葛城みかんは、周囲を見渡して改めて驚いた。  
 
『おにーちゃんしゃちょー』こと、魔法使い派遣会社〈アストラル〉の高校生社長、伊庭いつき。  
アストラルで神道課契約社員をしているみかんの、雇用主でもあり、兄のような存在でもある少年。  
みかんはつい先ほど彼から愛の告白をされ、それに応じて恋人関係になり、何度も何度も唇を重ねた。  
 
そんな濃密な時間を過ごしたというのに、帰宅してから廊下までしか進んでいない。  
いつもなら通り過ぎるだけの廊下で起こった出来事の多さに、みかんは違和感を感じずにはいられなかった。  
 
(……なんだか、本当に特別な時間だったみたい……まだ頭くらくらするもん)  
 
短い間に何度も驚かされて、たくさんの未知の経験をしていたみかんは、意識が完全に開ききっていた。  
身体中の感覚が鋭敏になり、思考や心まで敏感になって、どんな些細な情報も逃さないように頑張っていた。  
そのために体感時間が長くなり、その反動として、今は少し流れる時間と思考速度が不一致を起こしていた。  
 
加速していた思考がゆっくりと落ち着いていくのを感じながら、スニーカーを履いた小さな足で廊下を歩く。  
開いたままの扉からビジネススペースを覗くと、いつきが立ったまま電話の応対をしていた。  
聞こえてくる気安い口調から、みかんは相手が社員――恐らくは猫屋敷蓮であることを察する。  
雑誌の打ち合わせなどで外に出ることが多い専務取締役兼陰陽道課課長は、電話連絡をすることが多かった。  
 
開いた扉の前に立っていると、受話器を手に談笑しているいつきが気付いて微笑みを浮かべる。  
離れてしまった距離に戸惑っていたみかんは、ひらひらと手を振るいつきの姿に笑顔の花を咲かせた。  
荷物をソファーに投げ出して小走りになり、電話を続けているいつきの脇腹にぎゅーっとしがみつく。  
 
「――っと」  
『どうしました?』  
「いえ、なんでもないです」  
 
いつきはみかんの抱擁に左目を丸くしたが、すぐに立ち直って猫屋敷との通話を再開する。  
受話器を持ち替えて身体の正面を向けると、みかんはいつきのお腹にしがみつき直した。  
 
『それで、編集者との打ち合わせなんですけど――』  
「――はい、はい」  
 
電話の応対をしながら、いつきが赤い紐でツインテールに結ばれた頭の上に手を乗せてくる。  
ふわふわのくせっ毛を優しく撫でられると、みかんは肩をふるるっと震わせて子猫のように瞳を細めた。  
いつきの手はどこまでも優しく、時にツインテールをサラサラと弄び、時に頭を撫でつけてくる。  
そのじんわりと優しい特別な触れあいが、いつきが自分の恋人であることをみかんに実感させていた。  
 
(えへへ……恋人なんだ……みかんとおにーちゃんしゃちょー、恋人なんだっ……嬉しいなぁ……)  
 
まだ結んだばかりの恋人関係だからこそ、みかんはそれが本当だと何度でも確かめたいと思っていた。  
抱き合った感触も、深く口付けを交わした余韻も残っていたが、それでもどこか今までの出来事が夢のようで、  
こうして直接触れ合って、自分たちが触れ合うことを許しあった関係なのだと、確認して安心したかった。  
 
自分の匂いを移すように身体を擦りつけ、いつきの身体に顔を埋めて胸いっぱいに恋人の匂いを吸いこむ。  
電話の応対をしているいつきが動けないのをいいことに、みかんは思いっきり甘えていた。  
いつきの意識が全て自分に向いていないからこそ、心の奥底まで開くように率直に行動することが出来る。  
恋人ができたことの喜び、恋人への愛しさ、自分に関心を向けて欲しいという甘えが露骨に行動に表れていた。  
 
(おにーちゃんしゃちょーのからだ、あったかい……ぽかぽかしてる……いーにおいがするー……)  
 
ほんの少し離れた寂しさを払拭して余りあるほど甘えたみかんは、深く息を吐くといつきを見上げた。  
水色とも薄緑色ともつかないマリンブルーの双眸は、恋人への信頼と愛情に熱く潤んでいる。  
視線に気付いたいつきは柔らかな微笑みを浮かべ、電話を続けながらみかんの頬に手を触れた。  
 
みかんの紅葉のようなそれと違い、大きくて厚みがある温かないつきの手。  
優しく頬や耳を撫でてくるその感触に、みかんは甘い微笑みを浮かべて瞳を閉じた。  
いつきの手は男性としては華奢な部類だったが、それが逆にみかんに丁度良い安心感を与えている。  
 
まだ成長途上のみかんにとって威圧的でなく、それでいて頼れる確かな重みがあるからだ。  
 
自分の手に触れて安らいだ微笑みを浮かべるみかんに、いつきもまた温かな感情が胸に宿る。  
まどろむように優しい雰囲気が二人の間に流れたが、いつきのそれは電話口からの声によって遮られた。  
 
『おや、どうしました? 社長』  
「――えっと、なにがです?」  
 
不意に尋ねられたいつきは、猫屋敷の言葉の意味がわからずに問い返す。  
電話の向こうの陰陽道課課長は、『いえ……ふむ』となにか軽く思案してから口を開いた。  
 
『なにか良い事でもありましたか? 声がなんだか優しげでしたので』  
 
独特の色香のある声色で楽しげに尋ねられ、いつきが健常な左目を丸くする。  
頬を撫でる手が止まったのに気付いたみかんが、小首を傾げていつきを見つめる。  
幼い恋人の愛らしい仕草に、いつきは再び微笑みを浮かべて口を開いた。  
 
「……そうですね、少し、いいことがあったんです。そのせいだと思います。すみません」  
『いえいえ、構いませんよ。それでお話の続きですが――』  
 
みかんの髪を再び撫でつけて言ったいつきの言葉に、電話の向こうの猫屋敷は楽しげに笑って話を続ける。  
電話に集中し直したいつきは、みかんがまだ自分を見上げているのに気付いて、その頬をふにふにと摘んだ。  
いつきの悪戯にみかんはクスクスとくすぐったく笑い、逃れるようにお腹に顔を埋めてくる。  
声を出さずに笑っていることが身体越しに伝わってくることさえ、いつきには嬉しくてたまらなかった。  
 
――――なにか良い事でもありましたか?  
 
猫屋敷の言葉を、いつきが心の中で繰り返す。  
電話の上では控えめに言葉を濁したいつきは、自ら繰り返した問いに高らかに答えた。  
 
――――はい! みかんちゃんと恋人になったんです!!  
 
色々と道徳とか法律的な意味で問題があるため言うことは出来なかったが、せめて心の中では元気良く。  
それこそ世界の中心から人工衛星を伝って全世界に発信したいほど、いつきは力いっぱい堂々と宣言していた。  
 
 
  レンタルマギカ いつき×みかんSS  
  『葛城みかんはおにーちゃんしゃちょーと大変なことになりました』の2  
 
 
「――はい。それじゃあ気をつけて帰ってきてくださいね」  
 
長引いた打ち合わせの疲労をそこはかとなく含んだ猫屋敷の通話にも、ようやく幕が訪れる。  
みかんを撫でながら通話していたいつきは、最後の挨拶をして静かに受話器を置いた。  
 
「おにーちゃんしゃちょー、お電話、猫屋敷さんから?」  
 
電話が終わるのを待っていたみかんが、抱きついたまま見上げてくる。  
いつきはふわふわのピンク髪を優しく撫でてやりながら、うん、と肯いた。  
 
「うん。そうだよ。打ち合わせが終わって、あと一時間ちょっとくらいで帰ってくるって」  
「そうなんだ。……そういえば、今日は穂波お姉ちゃんは?」  
 
電話をしてきた猫屋敷のことを聞いたあと、みかんは穂波のことを尋ねてくる。  
穂波・高瀬・アンブラー。いつきの幼馴染であり同じ学校に通うアストラルのケルト魔術課社員。  
魔術知識の先生でもある少女のことを尋ねられ、いつきは帰り際のことを思い出して答えた。  
 
「穂波は学校で頼まれてた占いをまとめて片付けてくるって言ってたから、まだ少しかかると思う」  
「穂波お姉ちゃん、恋占いとかも得意だもんね」  
 
『お姉ちゃん』と呼んで慕っている家族のような少女が活躍しているのが嬉しいのだろう。  
いつきに抱きついたままのみかんは、自分のことのように喜んで笑顔になる。  
魔法使いという社会の裏側に存在する者としては、普通の人達に必要とされることは喜ばしいことだった。  
特に才能がないことにコンプレックスを抱いているみかんは、その思いをいっそう強く持っている。  
それでも嫉妬したりせず、憧れと共に素直に穂波を褒めるみかんの頭を、いつきはよしよしと撫でてやった。  
 
頭を撫でられて嬉しげに微笑んでいたみかんは、唐突に思いついたように顔を上げていつきを見上げる。  
マリンブルーの瞳に悪戯っぽい光を湛え、小さな唇を開いて囁いたのは大人の真似事のようなセリフだった。  
 
「――じゃあ、もう少しの間だけ、私がおにーちゃんしゃちょーを独り占めできるんだね」  
 
密着した身体を左右によじらせるみかんの甘えるような言葉に、いつきの手がピタッと止まる。  
それは状況に相応しい大人びた冗談のようで、けれども決して冗談だけではない言葉だった。  
 
二人しかいない社屋に静けさが戻り、和気あいあいとした空気が引っ込んで甘い雰囲気が漂ってくる。  
つい先ほど愛の言葉を交わして口付けをした二人が、今もこうして間近に寄り添っているのだ。  
一度意識してしまえば、再び火がついてしまうのは無理も無いことだった。  
 
「……………………」  
「……………………」  
 
みかんのマリンブルーの瞳と、いつきの片方だけの黒い瞳が、真っ直ぐに見つめ合う。  
呼吸も忘れて見つめ合う二人は、状況や雰囲気を感じ取って少しずつ赤面していった。  
みかんの瞳が潤いに揺らめき、いつきの咽喉がゴクッと鳴る。期待していることは同じだった。  
 
「えっと……」  
「う、うん……」  
 
恥らう二人が、沈黙に耐え切れず曖昧な言葉で場を繋ぐ。  
期待に胸を高鳴らせながらも、いつきは頭の片隅で、さて、どうしよう、と悩んでいた。  
このまま屈んでキスをしてもよかったが、それでは先ほどの焼き直しに近くなる。  
少し考えたいつきは、軽く屈んでみかんの両脇に手を入れると、みかんの身体を持ち上げた。  
 
「ふきゅっ」  
 
脇に触られて少しくすぐったそうにしたみかんが、小動物の鳴き声のような不明瞭な声を上げる。  
緋袴に包まれた小さなお尻を事務机に乗せられると、みかんはきょとんとした顔でいつきを見た。  
机に座らされたことでほぼ同じ高さになった視点から、マリンブルーの瞳でいつきの思惑を尋ねる。  
けれど、その眼差しを受けたいつきもまた、少し驚いたような表情でみかんを見つめていた。  
 
「えっと……おにーちゃんしゃちょー?」  
 
まだ脇の下に添えられたままの手にもじもじと身体をよじらせて、みかんが尋ねる。  
葛城家特有の巫女装束の追加衣装である前掛けや腕を覆う袂は、胴回りまでは覆っていない。  
そのため脇の下に入れられたいつきの手は、みかんにくすぐったい刺激を与えていた。  
みかんの呼びかけに、いつきはハッとして、呆けていた自分に恥じ入るように頬を染める。  
右目を眼帯で塞いだ少年は左目だけを少し泳がせて、小さく咳払いしてから再びみかんを見つめた。  
 
「あはは、ごめん。少しビックリして」  
 
事務机に両脚を揃えて座るみかんに、いつきは膝を避けるように斜め前から半歩身体を近づけた。  
その動きに合わせて、いつきが近くに寄れるように、みかんは閉じ合わせた膝の位置を斜めに傾ける。  
膝を傾けた方向とは逆――いつきの方に上体を向けると、女の子らしさのあるしなやかな姿勢になった。  
 
「こうしてみかんちゃんを机に座らせれば、お互い楽な姿勢でキスできると思ったんだ」  
 
いつきの率直な説明にみかんの肩がピクンと跳ね、頬がうっすらと上気する。  
まだ脇に差し込まれたままの手にもじもじしつつも期待に瞳を潤ませる少女に、いつきは言葉を続けた。  
 
「それでみかんちゃんの身体を持ち上げたんだけど――」  
 
言葉の途中でいつきはみかんの両脇に差し込んだ手を、キュッと軽く揉むように動かす。  
敏感な脇の下をくすぐられたみかんは、思わず事務机を軽く揺らして身体を跳ねさせた。  
 
「ふきゅっ!?」  
 
肩をビクッと竦めてくすぐったがるみかんの声に、いつきはゾクゾクッと背筋を震わせた。  
みかんは瞳を閉じて手から逃れようと身体を左右に動かすが、いつきは脇を掴んで離さない。  
俯く幼い恋人の耳元に唇を寄せると、いつきは熱に潤んだ囁きを口にした。  
 
「――みかんちゃんのくすぐったがる声がすごく可愛くて、ちょっとビックリしちゃったんだ」  
 
ちゅっちゅっとみかんの耳元にキスをしながら、両脇に差し込んだ手をさわさわと動かす。  
両脇と片耳。敏感な三箇所同時のくすぐり責めに、みかんはすぐに可愛らしい悲鳴を上げた。  
 
「ふきゃああっ! やぁぁんっ、おにーちゃ、しゃちょ、くひゅ、くすぐったいよーっ!」  
 
いつきの側にある片手で制服をギュッと握り締め、緋袴とスニーカーに包んだ脚をパタパタと振る。  
目尻に涙を浮かべて笑うみかんは、ツインテールに結んだピンク髪を揺らしていやいやをした。  
 
「みかんちゃんのその声、すっごく可愛いよ。もっともっと聞きたいな」  
「ふきゅううっ、やらぁぁっ! ひっ、んっ……やぁーっ、もぉーえっちぃーっ!! ひゃぅぅっ!」  
 
巫女装束越しにみかんの身体がサッと熱を帯びるのを感じながら、いつきがくすぐりを続ける。  
キャハハと甘い声を上げるみかんは、息も絶え絶えになりながらいつきへの抗議を口にした。  
しかし笑い混じりの抗議はまるで迫力がなく、いつきの耳を楽しませるだけの結果に終わる。  
それでもいつきは深追いせずに、ほどなくしてくすぐる手を少しずつ緩めていった。  
 
「はぁー……はぁー……はぅぅ……、――んむっ!?」  
 
そしてその代わりとばかりに、息を満足に整えないうちに小さな唇を奪う。  
瑞々しい唇を二度三度ゆっくりと吸って顔を離すと、みかんは荒く息をしながらも瞳を潤ませていった。  
なおも呼吸を整えるみかんのとろんとした瞳を見つめ、もう一度、今度は二人とも近づいて唇を重ねる。  
いつきがそっと舌を差し入れると、みかんは荒い息に混じって熱くなった舌を力なく絡めてきた。  
 
くちゅ、ぴちゅ、と円を描くように軽く舌を絡め、余韻を残しながらそっと唇を離していく。  
二人の舌の間に細く伸びた唾液が銀糸の橋のように架かり、ぷつんと切れて舌先に冷たさを残した。  
みかんはこくりと咽喉を鳴らして混ざりあった唾液を嚥下して、恍惚とした震える息をはく。  
いつきもまた心地よさげに深く息をつくと、みかんの身体を優しく抱きしめた。  
 
「みかんちゃん、好きだよ。大好き」  
「……おにーちゃんしゃちょー……」  
「くすぐったときの声、すっごく可愛かったよ」  
「…………ばか……」  
 
触れ合わせた頬をすりすりしながら言ういつきに、みかんが小さく不満を口にする。  
けれどもその文句に少しも怒気は無く、恥ずかしさを誤魔化すために言ったことがありありとわかった。  
 
じゃれあうようにくすぐられ、直後に口付けされたみかんは、翻弄されながらも心地良さを感じていた。  
身体の奥に秘められていた廊下での触れあいの余韻を、くすぐりという鋭敏な刺激は再び目覚めさせていた。  
まるで内と外から身体をほぐされたように、みかんの幼い身体は火照りを帯びて力を抜かされる。  
そこに恋人から甘い口付けをされれば、身も心もとろけたような感覚に包まれるのは当然だった。  
 
(ふわ……すごいよぉ……からだじゅうがふわふわして、ぴりぴりしてる……きもちいいよぉ……)  
 
くったりと力を抜いて、みかんは自分に悪戯をした少年に身体を預けている。  
くすぐられた微かな悔しさも、笑い声を上げた恥ずかしさも、今は心地良い余韻に絡め取られて霞んでいた。  
優しく頭を撫でるいつきの手に嬉しげに瞳を閉じ、細くとも均整の取れた身体に頬をすり寄せる。  
下腹部には再び不思議な甘い痺れが走っていて、みかんは緋袴に包まれた内腿をこっそりともじもじさせた。  
 
                    ○  
 
ややあって抱擁を解いたいつきは、膝と肩を逆によじった姿勢のみかんが心配になる。  
少しの間なら問題ないかもしれなかったが、長時間同じ姿勢でいさせるのは良くないと感じはじめていた。  
 
「みかんちゃん、身体をよじった姿勢にさせちゃってるけど、辛くない?」  
「……ちょっとだけ。あ、でもホントにちょっとだけだよ? 私もおにーちゃんしゃちょーと近くでキスしたいもん」  
 
言ってから「あっ」と呟いて頬を染めるみかん。どうやらキスという単語が恥ずかしかったらしい。  
幼い恋人の可愛らしい仕草に微笑したいつきは、ツインテールの髪をよしよしと撫でてあげる。  
頭から湯気を出しているかのように赤面して俯くみかんに、いつきは諭すような口調で言葉を続けた。  
 
「ありがとう。すごく嬉しいけど……でもやっぱり、ずっとその姿勢でいると良くないと思うんだ」  
「ん……。えっと、じゃあ、降りよっか……?」  
「ううん。座ったままで、一度真っ直ぐな姿勢になってくれる?」  
 
いつきが身体を離してみかんの正面に立つと、言葉に従ったみかんは身体の歪みを直して気をつけの姿勢をした。  
軽く気息を整えて背筋を伸ばして胸を張り、両手は緋袴に包まれた脚の付け根近くの太腿の上に指を揃えて置く。  
白い肌をうっすら上気させて柔らかく微笑んでなお、凛とした雰囲気を放つ躾の良さを感じさせる座り姿勢。  
巫女装束に身を包んだ少女が、行儀悪く事務机に座りながら行儀良く気をつけをするのは不思議な光景だった。  
 
みかんは太腿の半ばまでを机に乗せているため、正面を向くと膝が邪魔になっていつきとの距離が開いてしまう。  
背筋を伸ばした気をつけの姿勢をしているとそれはより顕著になって、みかんとしては面白くなかった。  
 
「こう……で、いいのかな」  
「うん。そのままでいてね」  
 
みかんが温もりを感じられない寂しさを感じていると、いつきが緋袴に包まれた太腿に手を伸ばしていく。  
ピクッと身体を少し反応させるみかんに構わず、いつきは触れるか触れないかの近さで手を滑らせていった。  
太腿から事務机の外へはみ出した膝へ表面を滑った手は、するりと左右に開きながら膝の裏に潜りこむ。  
 
「ふえ?」  
 
緋袴越しに両膝の裏を軽く持ち上げられたみかんが、きょとんとした声を上げる。  
バランスを崩したみかんが後ろに手をつくのに構わず、いつきは両手に持った細脚を左右に開いていった。  
 
「ふええ!? わわっ、ちょ、おにーちゃんしゃちょーっ!?」  
 
両脚をはしたなく開かされたみかんが、恥じらいながら驚きの声を上げる。  
いつきは開かれた両膝の間に一歩を踏み出し、事務机に座るみかんの間近に接近した。  
開くために抱えていた脚を下ろすと、崩れていたバランスが復活してみかんの上体が垂直に戻る。  
 
「わ……」  
 
すると途端にいつきとの距離が縮まってしまい、みかんは思わず息を詰まらせてしまった。  
ドキドキと胸を高鳴らせる幼い恋人に、その両膝の間に立つ少年が優しい声色で微笑する。  
 
「これなら、みかんちゃんの姿勢も真っ直ぐなまま、近くに寄れるよね」  
 
名案を誇るような、それでいて悪戯っぽい雰囲気を漂わせたくすぐったい声。  
そこに混じった色香を感じ取れないほど、今のみかんは鈍感ではなかった。  
 
「で、でも、ちょっと恥ずかしいよ、おにーちゃんしゃちょー……」  
 
太腿の上に乗せていた小さな手をキュッと握って、俯いたみかんが上目遣いにいつきを見上げる。  
いつきは上体を少しだけ前に傾けると、両手をみかん腰の両側より少し奥の机についた。距離がさらに近づく。  
 
誘うように微笑むいつきに見つめられると、みかんの心はふわふわと浮き立って抵抗の意志を失ってしまう。  
そのことに気付きながらも抗うことはできず、巫女装束を着た少女は淡い色の睫毛を震わせながら瞳を閉じていった。  
唇がそっと重ねられ、瑞々しい唇を優しく吸われる。身体から心地良く力が抜けていくのをみかんは感じていた。  
 
                    ○  
 
二人以外誰もいないオフィススペースに、舌が絡み合う淫らな水音が響いている。  
広いけれど味気ない空間。小さな窓から覗く空や地面はまだ明るく、室内の灯りも煌々と輝いていた。  
 
書籍が並ぶ本棚や書類が積まれた机ばかりの素っ気無い場所に、しかし今は一輪の花が咲いていた。  
事務机に鮮やかな緋色の袴を広げて座る少女。〈アストラル〉神道課契約社員、葛城みかん。  
わずか小学二年生でしかない女子児童は、しかし花と喩えるに相応しい清らかな色香を漂わせていた。  
 
「ん……っ、ちゅ……ぷはっ……んくっ……。……はぁ……はぁ……」  
 
微かに開いたままの唇をそっと離し、絡めていた舌をゆっくりと離していく。  
絡み合った唾液を咽喉を鳴らして大切に飲むと、みかんは熱い吐息をはいて余韻に浸った。  
寄りかかるように身体を前に傾けた恋人は、僅かに俯いた顔を頬に寄せ、同じように呼吸を整えている。  
開いた脚の間に身体を割りこまされているみかんは、不思議な恥じらいに下腹部を痺れさせていた。  
 
(……なんだろう、これ……さっきから、うずうずする……おしっこしたいわけじゃないのに……)  
 
まだ性快楽に疎いみかんは、自分の身体に走る感覚の正体を理解できていない。  
未知の違和感に翻弄されている少女は、軽く握った手を胸元に寄せてもじもじとさせていた。  
 
「ねえ、みかんちゃん」  
 
腕をすっぽり包む大きな袂を擦り合わせる少女に、眼帯で右目を覆った少年が話しかける。  
呼吸を整えつつある少年――伊庭いつきの表情は、まだ赤みを残しているものの余裕を感じさせた。  
 
「……ん、なぁに? おにーちゃんしゃちょー」  
「お願いが――って、その前に」  
「ふえ?」  
 
キスをする中で熱を帯びていった二人の身体は、自分たちを取り巻く空気をも温めている。  
唇を離してなお近くにいる二人は、お互いが温めた空気を肌に感じながら見つめあった。  
まるでお互いがお互いの内側にいるような一体感が包む中で、いつきが言葉を続ける。  
 
「――せっかく恋人になったんだし、二人きりの時は僕のこと名前で呼んで欲しいなって」  
 
それは特別な関係を築いた者が願う、ありふれた申し出だった。  
 
「えっと、なんて呼んだらいいのかな、伊庭さん? いつきさん? いっちゃんは穂波おねーちゃんのだし……」  
 
突然の要求に戸惑うみかんが、それでもなんとか候補を挙げる。  
挙げたなかでは『いっちゃん』が好きだったが、それはもう他の人に取られていた。  
 
「みかんちゃんが呼びたいようにしていいよ。でも、名前は混ぜて欲しいな。『いつき』って」  
「えっと、えっと……」  
 
夢見るような口調でお願いする年上の恋人に、みかんは一生懸命考えを巡らせる。  
 
(たしか、おにーちゃんしゃちょーの呼び方って、猫屋敷さんは『社長』で、穂波お姉ちゃんは『社長』か『いっちゃん』  
 黒羽お姉ちゃんが『いつきくん』、アディリシアお姉ちゃんが『いつき』で、ラピスも『いつき』だったっけ……)  
 
まず最初に知人の呼び方を挙げていき、それらに片っ端から×をつけていく。誰かと同じ呼び名はイヤだった。  
それで言えば『おにーちゃんしゃちょー』こそみかんのオリジナルだったのだが、これもダメになってしまった。  
不満は無い。言われてみれば確かに、恋人と二人きりの時に、『社長』と呼ぶのはヘンなような気がしたからだ。  
あれこれ考えた末、みかんがようやく返事をする。  
 
「えっと……そ、それじゃあ、い……『いつきおにーちゃん』って呼んでもいーい?」  
 
俯いて恥ずかしがりながら上目遣いに言った後、みかんは慌てて言葉を続けた。  
 
「その、本当は『いつきさん』って言おうと思ったんだけど、なんだかまだみかんには大人っぽくて……。  
 もう少しお姉さんになったら、そう呼びたいけど、今は『いつきおにーちゃん』がいいな……」  
 
慌てて付け加えた補足説明も、最後には消え入りながらのお願いに変わる。  
恋人とは対等な間柄であるべきで、みかん自身もそうありたいと願っている。  
それなのに呼び方を妹のように甘えたものにしてしまうのが、なんだか申し訳なかった。  
 
「そっか。…………うん。すごくいいと思う。嬉しいよ、みかんちゃん」  
「ほんとっ!?」  
 
けれどいつきは気にした様子もなく、心の中で復唱するように瞳を閉じてから嬉しそうに答える。  
自分のお願いが聞き入れられ、呼び方を褒められたみかんは、ぱぁっと笑顔を咲かせた。  
安心して笑顔を浮かべるみかんに、いつきは笑顔を返してから耳元に口を寄せる。  
 
「うん。すごく嬉しい。……ね、呼んでみて」  
 
甘く囁かれたみかんは、再び顔を上げたいつきとおでこが触れそうな距離で見つめあいながら、  
 
「えっと…………い、いつき、おにーちゃん……」  
 
ぼしょぼしょとむずがるように恥じらいながら小さな唇を動かした。  
クスクスとくすぐったそうに笑いながら、いつきが甘えるような口調で要求を続ける。  
 
「もう少し、大きな声で呼んで欲しいな」  
 
もっともな指摘に、みかんは、すぅ、と息を吸いこんでリトライする。  
いつきは胸をドキドキさせながら、新たに紡がれる自分の呼び名を待っていた。  
 
 
「ぅ……、いつき、おにーちゃん……」  
 
――――少し大きくて、まだ少したどたどしい声が、  
 
「うん。もっと呼んで」  
 
――――さらなる求めによって、  
 
「……いつきおにーちゃん」  
 
――――ためらいながらも、なめらかに滑り出し、  
 
「うん」  
 
――――やわらかな返事をうけて、  
 
「いつきおにーちゃん」  
 
――――自信を持って紡がれ、  
 
「うんっ」  
 
――――嬉しげな声をうけて――  
 
「いつきおにーちゃんっ」  
 
――――元気な産声をあげる。  
 
「うんっ!」  
 
 
全身を駆け抜ける喜びと共に、いつきはみかんを抱きしめた。恋人として新たに得た絆がただただ嬉しい。  
みかんもまた、繰り返し呼ぶうちに定着していく新しい呼び名に、恋人としての新たなステップを感じていた。  
二人はお互いが感じている喜びを感じて、さらに喜びを覚えて――ぎゅーっとお互いを深く強く抱きしめた。  
 
                    ○  
 
「えへへ、いつきおにーちゃんっ」  
「みかんちゃんっ」  
 
抱擁を解いた二人は、お互いを呼び合って唇を重ねる。  
その姿は誰がどう見てもらぶらぶバカップルのそれだった。  
 
お互いの唇をはむはむと味わった二人は、ゆっくり身体を離して微笑み合う。  
そこでいつきは、キスの間、みかんが胸元に手を寄せていることに気がついた。  
戸惑うようにも祈るようにも見えるその姿勢は可愛らしかったが、どこかよそよそしい。  
いつきは柔らかな頬にキスを落としたあと、ゆっくりとした口調でお願いした。  
 
「ね、みかんちゃん。腕を僕の首に回してくれないかな。こんな感じで」  
「ふえ?」  
 
いつきは身体を一旦起こして、自分の要求を実演してみせる。  
みかんの細く白い首の両側に腕を通したいつきは、ツインテールを避けながら手を重ねた。  
映画やドラマのラブシーンで見たことがある、女性が男性の首に腕を絡めるしどけない姿。  
大人びた色気のあるその仕草をすることに、みかんは自分に相応しくないような気後れを感じた。  
 
「でも、わたしがやったら、ヘンじゃないかなー……」  
「そんなことないよ。せっかく今は同じ高さなんだし試してみよ? やってイヤなら降ろしていいから」  
「えっと……う、うん」  
 
みかんの返事を聞いていつきが腕を下ろし、期待に左目を輝かせながら上体を傾ける。  
みかんは大人びたことをする自分にドキドキしながら、いつきの両肩にすっと腕を伸ばした。  
 
上向いた袂の裾からほっそりとした腕がのぞき、小さな手がたどたどしく肩に触れる。  
制服越しに触れた柔らかな感触は、するりとすべって耳の裏側へと進んでいった。  
袂の裾が少し遅れて肩に乗り、制服に包まれたいつきの肩と二の腕に白い覆いをかけていく。  
 
首の後ろに回した手を重ね、間近でいつきと見つめあったみかんは、サッと頬を染めた。  
マリンブルーの双眸をキラキラ輝かせながら見開き、すぐ側にいる恋人を真っ直ぐに見つめる。  
より一層恋人同士のそれに近づいた触れ合いに、みかんは胸の高鳴りを覚えながら瞳を閉じた。  
形のいいおとがいを上げて唇を差し出す幼い恋人に、いつきが嬉しそうに優しく口付ける。  
 
「ん……っ、ちゅ……ふぁ、むゅ……」  
 
みかんの唇から漏れる甘い声を聞きながら、いつきは両手を細いウエストに回した。  
幼い恋人の胴回りは驚くほど細く、いつきの手に容易く収まってしまう。  
その華奢さに驚いたいつきは、少し手を動かして身体の脇のラインを確かめてしまった。  
白衣越しに敏感な横腹を撫でられて、みかんの身体がビクンと跳ねる。  
 
「ふにゃ! ちゅぱ……はぅぅ……、おにーちゃ……いつきおにーちゃん、わきやだよぉっ……」  
 
唐突に離した唇から唾液の糸が垂れるのにも構わず、みかんは涙目で哀願した。  
手を首に回したみかんには防ぐ手立てがないため、弱気な懇願になってしまっている。  
もじもじと身体を揺すって逃げようとするみかんに、いつきは素直に謝った。  
 
「あ、ゴメンね。もうしないから。……ほら、こうして抱きしめれば安心でしょ?」  
 
片手を緋袴に包まれた腰に、片手を首と頭の後ろ――うなじ近くに触れるように、抱きしめる。  
包むような抱擁に変えたいつきに安心したみかんは、身体から力を抜いてキスの再開を受け入れた。  
 
「ん…………。ふぁ、はみゅ……ちゅ」  
 
薄い唇を優しく奪われたみかんは、小さく唇を開いていつきの舌が訪れるのを待つ。  
やがて唇の裏側を撫で、歯をつるつると舐める舌が訪れると、みかんは肩を震わせて舌を絡めていった。  
 
                    ○  
 
事務机の上に緋袴に包んだ脚を広げて座り、首に細い腕を絡め、抱きしめられて口付けを受ける小さな恋人。  
少しだけ余裕を持ってキスすることができるようになったいつきは、改めて恋人との身体の違いを実感していた。  
 
肩に乗った腕の細さや軽さ。包むように抱くと腕が驚くほど余る華奢な身体。男と女というだけではない。  
自分と彼女の身体には、大人と子供という、全く別の生き物のような圧倒的な差があることをいつきは実感した。  
 
重ねている瑞々しい桜色の唇も、絡めあっているぬるついた薄い舌も、ミニチュアのように小さい。  
つるつるとした舌触りの歯も、まだ永久歯に生え変わっていない乳歯の状態だ。歯の総数さえ違う。  
歯が生え変わったのっていつだったっけ、と、いつきはちらりと考える。思い出せないくらい古い記憶だった。  
 
自分にとってそんな記憶の彼方の頃の年頃の少女に、恋をして、告白をして、こうしてキスを交わしている。  
小学二年生――八歳では初潮も来ていないだろう。男性を受け入れられる身体ではないに違いない。  
 
改めて考えると本当に凄いことだった。そして困ったことではあるのだが、どう考えても犯罪だった。  
だというのに、少しも後悔や罪悪感が芽生えることがない自分に気付いて――思い知らされる。  
 
 
    伊庭いつきが、どうしようもなく、葛城みかんのことが好きだということを。  
 
 
人を好きなるということは、すごいことだ。いつきは改めてそう思わざるを得なかった。  
『のび太の魔界大冒険』を見て気絶するほど臆病な自分が、こうも大胆になるのだから。  
 
絡めていた舌の速度をゆっくりと落としていって、最後にちろちろと少し硬い舌先を触れあわせる。  
舌を引いてディープキスを中断させたいつきは、唇を吸い上げるキスを何度も繰り返してから顔を離した。  
みかんも情熱的に幕を引かれたキスを素直に受け入れ、熱く火照った頬を触れあわせながら息を整える。  
しっとりぷにぷにしたみかんの頬触りに、いつきは味わうように頬をすり寄せた。  
 
自分の恋人がどれほど稀有な存在なのかを改めて感じ、いつきは思っていた。  
もっと今の時間を楽しみたい。すみずみまで目の前の恋人のことを味わってみたい。  
いろんなことをして、けれども優しく大切に扱って、恋人同士の時間を重ねていきたい。  
 
悪戯心や遊び心を交えたような、恋人を深く想う潤んだ切望。  
その思いはまず最初に、今まで散々交わしてきたキスに向けられていた。  
もっとたくさんキスがしたい。いろんな種類のキスを楽しみたい。  
そんな思いがわくわくとした感情と共に湧きあがり、いつきを駆り立てる。  
 
呼吸がある程度整ったのを見計らってから、いつきは口を開いた。  
これからまた新しく紡がれる、恋人同士の素敵な時間に思いを馳せながら。  
 
「――ねえ、みかんちゃん。舌を、出してくれないかな」  
 
                    ○  
 
「――ねえ、みかんちゃん。舌を、出してくれないかな」  
 
いつきが発したその言葉に、みかんはマリンブルーの瞳をしばたかせた。  
まだ呼吸は少しだけ荒く、口の中には年上の恋人の唾液の感触を色濃く残している。  
一度咽喉を鳴らして甘い唾液を飲み干すと、みかんは深く息を吐いて恋人のことを見つめた。  
 
「こんな感じで」  
 
言いながら、いつきが実演して小さく舌を出す。  
思いきり出すのではなく、舌先を軽く伸ばすように。  
 
いつきの舌を見たみかんは、なんだかドキドキしてしまった。  
赤白くぬらつくその粘膜は、今まで散々みかんの口内に侵入してものだから、思い出してしまうのだ。  
何度も重ねた唇や、絡めていた舌の心地良さ、流し込まれた唾液を飲む甘い感覚。なにもかも。  
 
そうして身体に熱が灯ると、みかんは自分の舌を見せることが恥ずかしくなってしまった。  
口内に侵入してきた舌を、何度も何度も優しく迎え入れ、絡めあって心地良さを味わったピンク色の舌粘膜。  
まるで新妻が帰宅した夫に尽くすように媚びて甘えていたそれは、自分のいやらしさの象徴のような気がした。  
 
「……あの、恥ずかしいよ……いつきおにーちゃん……」  
 
軽く俯いて上目遣いに哀願するが、いつきに譲歩する気はないようだった。  
後頭部に回していた手を白衣を着た背中にすべらせ、優しく撫でながらお願いしてくる。  
 
「恥ずかしいことなんてないよ。ここには僕とみかんちゃんしかいないんだから」  
 
キスが終わってみかんの手はいつきの両肩に乗っていたが、それでも二人の距離はとても近い。  
眼帯に覆われた右目、健常な左目。不揃いな双眸に見つめられてみかんの抵抗は弱くなっていく。  
 
「みかんちゃんは全部可愛いよ。僕が保証する。……だから、可愛い舌を見せて欲しいな」  
 
結局、いつきの甘えるような優しいお願いにみかんが折れる。  
褒めながらも恥ずかしい行為を促す恋人のこういった仕草に、みかんはどうしても弱かった。  
 
「う、うん……」  
 
小さく返事をして、顎を引いて微かに震えながら深呼吸する。  
ただ唇を開いて舌を見せるということが、今のみかんには裸を晒すくらいに恥ずかしかった。  
いつきの身体を挟んで開かれたままの脚が視界に入り、ピクッと内腿に力が入る。  
恥じらいに身を焦がすみかんの身体に、両脚の中心から小さな甘い痺れが背筋を駆け上った。  
 
(んっ……、なんだろ、今の……ときどき、きゅんってなる……。……うう、べろ出すの恥ずかしいよ……)  
 
一瞬走った不思議な感覚に気を向けたが、すぐにするべきことを思い出す。  
ゴクッと咽喉を鳴らして覚悟を決めると、みかんは顔を上げて唇を開いてった。  
 
ぴったり閉じていた上唇と下唇が少しべたつきながら、くぱっと開かれる。  
ゆっくりと出した舌は最初横に広がっていたが、力を入れて少しずつ尖らせていく。  
舌を尖らせながら真っ直ぐ外に出すのは初めてのことで、慣れないことに舌先がぷるぷると震えた。  
 
(べろにこんなに力入れたの初めてかも……尖らせるとべろの裏側がピンとして痛くなるんだ……)  
 
薄紅色とピンクと白が混ざったような淡い色合いの、小さく尖った舌が白日の下に晒される。  
きめ細かな舌粘膜は唾液をうっすらと纏って濡れ、舌先の震えによって光を受ける角度が変わりキラキラ輝いていた。  
 
舌を出しながら上目遣いにいつきを見るみかんが、これでいいのか尋ねるような視線を向ける。  
いつきは小さく出された海辺に輝く宝石のようなピンクの舌に、すっかり心奪われていた。  
 
「……すごい。綺麗だよ、みかんちゃん。キラキラ光ってて、ピンク色で……すごく美味しそうな舌だ」  
 
興奮醒めやらぬ感じで頬を上気させるいつきは、微かに震える唇でみかんの舌に吸い付く。  
はぷ、と舌先を唇に咥えられたみかんは、舌を柔らかく締め付ける口唇の感触にビクッと身体を震わせた。  
 
(!! ひゃ……みかんのべろ、食べられちゃった……ていうか、ちゅーって吸われてるみたい……っ!)  
 
唇同士が微かに震えるくすぐったさも、舌を吸われる初めての感覚の前では薄いものだった。  
咥えられたみかんの舌先はいつきの口腔内に入り、その奥でちろちろと舐められている。  
相手の領域内に囚われて愛撫されている舌先に、みかんの背筋をゾクゾクとしたものが駆けていった。  
 
(いつきおにーちゃんの口の中で、ぺろぺろされてる……捕まって、いじわるされてるみたいだよ……)  
 
舌を吸われたときに肩から奥へすべったみかんの手は、再びいつきの頭の後ろで重ねられている。  
恋人におねだりをするような姿勢をしているみかんは、翻弄されている実状とのギャップに心を震わせた。  
自由を奪われた舌先を思うままに味わわれる被虐感に、みかんの胸がきゅんと甘い悲鳴をあげる。  
 
(あううっ……これじゃあ、いじわるしてって、みかんがおねだりしてるみたいだよっ……ちがうのに……っ)  
 
恥ずかしさに目尻に涙を浮かべながら、誰に見られてるでもないのにみかんが心の中で必死に弁解する。  
閉じた瞼を震わせながら舌先を舐め回される感触を味わっていると、いつきは今度は唇を動かしはじめた。  
 
顔を前後に動かして、みかんの瑞々しい唇を吸い、そのまま露出した舌先まで唇でしごきあげる。  
舌先から唇に戻るまでは吸い付かないため、みかんの舌は外へ引っ張られるような愛撫を繰り返された。  
 
(わ、わ、なんだかすごいえっちだよ……くちびるもべろも、ぜんぶぬるぬるされてくすぐったいっ……)  
 
深く唇を重ねたときには、口腔内に入ったみかんの舌に、いつきの舌がたっぷりと唾液を塗りつけていく。  
それを舌先まで唇でしごく中で吸われ、こそげ落とされるため、舌を繰り返し食べられているような錯覚を覚えた。  
 
(食べられてるんだ……みかんのべろもくちびるも、いつきおにーちゃんに食べられちゃってるんだ……あうう……)  
 
ちゅぷちゅぷと舌を味わう水音に、みかんは身体をぶるっと震わせた。  
まるで自分が差し出した食べ物を食べて貰っているような、捧げているような不思議な感覚。  
それは幼い被虐心に火をつけて、身体全体にじんわりと痺れるような感覚を広げていった。  
 
                    ○  
 
差し出した舌先を嬲られるのは、不思議な感覚だったが心地良く、みかんの身体をとろかせている。  
しかしその一方で、舌を伸ばしてじっとしているしかない状況を、物足りなく思う気持ちも感じていた。  
その気持ちはみかんの中で少しずつ大きくなり――やがて、ポツリと思う。  
 
(――……なんだか、いつきおにーちゃん、ズルイ)  
 
ぷくー、と心の中で頬を膨らませる。『いつきおにーちゃんだけ楽しそう』と。  
みかんはいつきと舌を絡めてする、深くて甘い口付けが大好きだった。  
とろとろになった唾液を舌で絡めながら愛しあい、それを飲むことが大好きだった。  
 
そんなみかんにとって、満足に舌を絡ませられず、いつきの唾液も飲めない今の状況は楽しくない。  
唇と舌を使って丹念に愛撫される舌に心地良さを覚えつつも、みかんの中の不満は次第に大きくなっていった。  
 
やがて、みかんの小さなピンクの舌先を堪能し終えたのか、いつきがゆっくりと唇を離す。  
しばらくぶりの自由を得た舌を、みかんは口の中に引っ込めて休憩させた。  
ぴんと張って疲れていた舌の裏側を休ませ、渇きつつあった舌先を唾液に浸らせる。  
舌を洗うようにもごもごさせて唾液を飲むと、少しだけ恋人の味を味わえたような気がした。  
 
顔を離されたときに首に回した手が解かれ、両肩に軽くかかるだけになっている。  
軽く俯いたいつきは満足げな表情で、どこか恍惚としながら呼吸を整えていた。  
注意がこちらに向いていないことを見て取って、みかんの瞳がキラリと光る。  
 
(ちゃんす!)  
 
舌を愛撫されている間じっとしていたみかんは、いつきよりも体力を残していた。  
身体をスッと前に傾けて腕を伸ばし、白い腕を蛇のようにいつきの首に絡ませる。  
太腿とふくらはぎで事務机と身体を固定すると、みかんはいつきの身体を引っ張った。  
きょとんとしたいつきの顔が上がってみかんを見つめるが、その身体は抵抗できずに引き寄せられる。  
 
触れあう直前の一瞬、ちょっと恥ずかしい気もしたが――  
 
(私だって、いつきおにーちゃんにキスしたいんだもん!)  
 
――みかんは思い切って、いつきに初めて自分から口付けをした。  
 
「んむっ!? ん、んーっ、……っ」  
 
初めていつきから驚いたような反応を引き出すことができて、みかんが赤くなった頬を緩ませる。  
ちっちゃな唇で年上の恋人の唇を奪った巫女服少女は、薄い舌をちろちろと使って相手の唇を舐めはじめた。  
 
突然唇を奪われたいつきは、身体をビクッと跳ねさせて硬直している。  
そんな今までの自分のような反応を全身で感じ、みかんは新鮮な喜びを感じていた。  
 
(……わ。自分からキスするのって、けっこう良いかも……いつきおにーちゃんかわいい……)  
 
白衣に包まれた背筋がゾクゾクと震え、テンションが上がってくるのを自覚する。  
左目を白黒させるいつきに、みかんは逃がさないように頭を抱きこんでキスを続ける。  
いつきの自分のそれと比べて厚く硬い唇は、唾液に濡れた舌先でちろちろと舐めると弛緩していった。  
 
はじめは驚いていたいつきだが、キスされていることを悟ると落ち着きを取り戻していく。  
ぬめぬめと温かく舐めてくる舌の優しい感触もあって、心身の強張りはすぐにほぐれていった。  
 
(みかんちゃんにキスされてるんだ……うわ、すごく気持ちいい……どうしよう。すごく嬉しい)  
 
自分よりずっと年下の少女の口付けに翻弄された少年は、口内に入ろうとする小さな舌を受け入れる。  
小さいながらも懸命にこちらの唇や前歯を舐めてくる舌の感触に、いつきはゾクゾクと背筋を震わせた。  
たまらずに舌を伸ばし、長さのせいか前歯の辺りで止まっている薄い舌粘膜につんつんと挨拶する。  
一瞬ビックリしたみかんだったが、それがいつきの舌だと理解すると嬉しさが湧きあがってきた。  
 
(♪ あ、いつきおにーちゃんのべろだっ! こんにちはー、おじゃましてまーすっ)  
 
心の中で挨拶を返しながら、つんつんと可愛らしくいつきの舌を突付き返す。  
挨拶は受け入れてくれた証。初めて自分からしたキスを受け入れて貰えて、みかんの心が喜びに満ちる。  
はしゃぎたくなるような喜びは、愛情と交じり合ってどこまでも甘い恋心に昇華していった。  
 
(えっと、みかんのつばをこうして送って……えい。……あ、いつきおにーちゃんが送り返してきた。  
 つばが行ったり来たりして混ざりあって……あははっ、べろが温かいプールの中で遊んでるみたい  
 ぜんぶきもちいいや……くちびるも、べろも、つばも、みんなみんなすごくきもちいい……っ)  
 
みかんは心の中と頭の中をピンクのハートで埋め尽くしながら、いつきとのキスを楽しむ。  
みかんが仕掛け、いつきが受け入れたことで、二人のキスは初めて対等なものになっていた。  
 
無垢なみかんは今まで終始受けに回っていて、いつきは常に自分からリードしてキスをしていた。  
それが初めて逆転したことで、二人とも攻めることも受けることも覚えることができた。  
そんな二人がお互いを求め合っている今のキスは、真に対等な、恋人同士のキスであると言えた。  
 
「んみゅ、ふぁ……、はぅぅ、いつきおにーひゃぁん……しゅきらよぉ……」  
「みかんちゃん……んむ、ぷは、僕も、みかんちゃんのことが、大好きだよ……んんっ」  
 
お互いがお互いの唇を甘く食み、唾液を送りあい、伸ばしあった舌を絡めあう。  
相手の唇からヨダレが垂れてしまえば、顎から舐めあげてやり、そのままキスに戻っていった。  
時折おでこをコツンと合わせてインターバルを挟みながら、何度も何度もお互いを求め合う。  
今まで積み重ねたキスの集大成のような交わりに、二人は疲れ果てるまで耽溺し続けていった。  
 
                    ○  
 
二人以外誰もいないオフィススペースに、呼吸を整える荒い息の音が響いている。  
広いけれど味気ない空間。小さな窓から覗く空や地面には軽く茜が射し、室内の灯りをより眩しく感じさせた。  
 
書籍が並ぶ本棚や書類が積まれた机ばかりの素っ気無い場所に、やや乱れた風情の花が一輪咲いていた。  
事務机に鮮やかな緋色の袴を広げて座る少女。〈アストラル〉神道課契約社員、葛城みかん。  
わずか小学二年生でしかない女子児童は、はしたなく脚を広げて年上の恋人に抱きつき、荒い呼吸をしていた。  
 
お互いの唇を深く求めあう中で、みかんの身体はいつきに引き寄せられて密着していた。  
最初太腿の半ばまで事務机の上にあったみかんの身体は、今は机の縁に辛うじてお尻が乗っているだけに過ぎない。  
床に滑り落ちそうな細い身体は、いつきが事務机に寄りかかることで繋ぎとめていた。  
 
巫女服の少女が緋袴に包まれた脚を開き、その間に学生服の少年が腰を突きこんでいる。  
腰が密着した今の姿勢は、見る者が見れば、性交をしているのかと疑いかねない危ういものだ。  
しかしその疑いは、完全な誤りとも言えないだろう。二人が交わした口付けはそれほど濃密なものだった。  
 
「はぁ……はぁ……。……はぅぅぅぅ、へとへとらよぉ…………」  
 
涙目になったみかんが、ふるふると身体を力なく震わせながら声をあげる。  
唇も舌も疲れて痺れてしまい、いまいち呂律が回っていない。  
 
「うん……そう、だね……。ちょっと、やりすぎ、ちゃった、かもね……」  
 
対する彼女の恋人――伊庭いつきの声も、辛うじて呂律が回っているものの疲労の色がありありと出ていた。  
 
ぎゅっとお互いを抱きしめて、顔を恋人の身体に埋めるように密着させながら息を整える。  
濃密なキスを繰り返した余韻は果てしなく深く、まだ二人を夢心地の状態から解放してはくれなかった。  
痺れた身体はガクガクと震えていて、力が抜けているのか、過剰な力が入っているのかもわからない。  
頭の中は真っ白な場所が大半を占めていて、キィーンと耳鳴りがするように快楽過多の異常を訴えていた。  
 
頼りない身体を繋ぎとめるように、いつきとみかんはお互いを抱きしめる。  
まさかキスでここまで気持ちよくなれると思っていなかった二人は、深い余韻にクラクラとしていた。  
 
 
たっぷりと十分弱ほど時間をかけて、二人がやっと身体の調子を整える。  
いつきは緋袴に包まれたみかんの脚の付け根付近を抱えると、前傾させていた身体を立て直した。  
 
「ひゃ……」  
「ソファーまで運ぶから、捕まってて」  
 
事務机を離れてふわりと浮いた身体に、みかんはいつきの首に回した腕に力を入れる。  
緋袴に包まれた脚の間から身体を器用に抜いたいつきは、細い両足を片腕で絡めて持ち上げた。  
身体がするりと横を向き、いわゆるお姫様抱っこの姿勢にされたみかんが、微かに頬を染める。  
荷物を隅によけ、膝を折ってみかんを座らせると、いつきはそのまま緋袴に包まれた膝元に顔を埋めた。  
 
「……つか……れたー……」  
 
へたりこんだいつきの頭を、ソファーに身を沈めたみかんがよしよしと撫でてあげる。  
求め合うキスを重ねたことによって、みかんは自分からいつきに何かを与えることを覚えていた。  
こうしてお姉さんじみた優しさを見せるのも、その発露の一つの形だった。  
 
「みかんも、疲れちゃった…………キスって、あんなにすごいんだね……」  
 
恋人の黒髪をくすぐるように撫でてあげながら、恥ずかしがりながらみかんが感想を口にする。  
相変わらず疲れ果てた力ない言葉だったが、そこには真新しい過去への甘い追憶が滲んでいた。  
 
「……でも、すごく気持ちよかった。本当に」  
 
やっと顔をあげたいつきが、健常な黒い左瞳に清々しい光を宿してみかんを見つめる。  
みかんもまた、水色とも薄緑色ともつかないマリンブルーの瞳に明るい光を宿していつきを見返した。  
 
いつきが背を伸ばして、そっと優しくみかんにキスをする。  
みかんはうっとりと瞳を閉じてそれを受け入れ、長い交わりに幕を引いた。  
 
 
                    ○  
 
 
それからさらに少しの間ソファーで休憩していた二人だったが、やがてみかんが身体を起こす。  
なにかを決意したようにパッと立ち上がったみかんに、いつきも背もたれから身体を起こした。  
 
「どうかした? みかんちゃん」  
「うん。えっとね、たくさん汗かいちゃったから、服を着替えたいの」  
「あ……そっか」  
 
申し訳なさそうなみかんの言葉に、いつきが納得する。  
 
抱き合ったみかんの身体はいつだって熱を持っていたし、くすぐって暴れさせもした。  
汗をかいて衣服の肌触りが不快になっていても仕方がない。  
着替えるなら他に誰も帰ってきていない間が好ましいため、このタイミングで切り出したのだろう。  
そのあたりの事情を察すると、いつきとしても引き止めることはできなかった。  
 
「うん。その方がいいかもね。まだ誰も帰ってないし、今のうちに」  
「ありがとう。……ごめんね」  
 
名残惜しそうに伸ばしたみかんの手を、いつきもまた同じ気持ちで握り返す。  
男女の基礎体温の差か、小さくて真っ白なみかんの手はひんやりと冷たかった。  
儚いほど小さく柔らかな手は愛しくて離れがたかったが、なんとか気持ちに折り合いをつけていく。  
みかんもまた温かな手から伝わる熱で、しばしの別れに向けて温もりを充填していた。  
じっと見つめあいながらいつきと手を握り合っていたみかんだったが、ふと思いついて口を開く。  
 
「……いっしょに、お部屋に来る?」  
「行きたいけど、やっぱり一人くらい待ってないとね」  
「そっか。そうだよね」  
「でも、できれば今度、お邪魔したいかな」  
「うんっ」  
 
いつきの答えに、みかんは少しも気分を害した風も無く笑顔を見せた。  
繋いでいた手から力が抜かれていき、やがてするりとほどかれる。  
温まった手を胸元に寄せて微笑んだみかんは、気持ちを切り替えるように明るい声を出した。  
 
「それじゃ、いってくるね、いつきおにーちゃん!」  
「ホントはちょっとだけ寂しいんだけどね。……いってらっしゃい、みかんちゃん」  
 
それに対して女々しい返事をするいつきの言葉に、みかんはきょとんとしてから笑顔になった。  
マリンブルーの瞳をキラキラと輝かせ、ソファーに座るいつきの正面にちょこんと立つ。  
開いた脚の間に立つ姿は、事務机でのお互いの立場を逆転したような位置関係になっていた。  
 
「いつきおにーちゃん、そのままこっちに来て」  
「えっと、うん」  
 
手招きに素直に従って上体を自分の方に倒してくるいつきを、みかんはぎゅっと抱きしめた。  
葛城家特有の厚い巫女装束で覆われた薄い胸に抱かれて、いつきが呆然とする。  
 
「もー、しょーがないんだからっ」  
 
楽しくてたまらないといった雰囲気で、みかんはお姉さんっぽい喋り方をする。  
まだまるで幼い身体つきとはいえ、その抱擁は女性からのものだといつきは感じることができた。  
 
「みかんはいつきおにーちゃんの恋人だよ。いつきおにーちゃんだけのものだよ。  
 どこにもいったりしないんだから、いい子で待ってなきゃダメなんだからねっ!」  
 
最初は優しく、最後は元気に言うと、みかんはいつきの額に柔らかな唇を落とす。  
眼帯の紐が邪魔で額というより髪の毛の生え際あたりになってしまったが、おおむね満足だった。  
イメージ通りのお姉さんを演じたみかんは、ゆっくりと一歩後ろに下がって身体を離す。  
耳まで赤くしたいつきが上体を起こすのを待つと、にこっと笑って踵を返した。  
 
軽快な足取りでソファーの隅によけていた荷物を拾い、いつきを振り返って小さく手を振る。  
廊下に続く扉の前でもう一度いつきを振り返って小さく手を振ると、今度こそ立ち去った。  
 
ピンク色のツインテールをなびかせて去った小さな恋人を、いつきは呆然と見送る。  
ドキドキと胸を高鳴らせた少年は、火が出るほどの恥ずかしさに遅ればせながら顔を燃え上がらせた。  
お姉さんぶった幼い恋人に抱きしめられ、慰められ――それが、本当に気持ちよくて。  
 
「……うん。いい子で待ってよう」  
 
魔法使い派遣会社〈アストラル〉の高校生社長、伊庭いつきは、拳をグッと握り締めて心から誓うのだった。  
 

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