軽快な足取りで駆け去った巫女服姿の小学生の恋人を見送って、伊庭いつきは深々と息を吐いた。  
魔法使い派遣会社〈アストラル〉の高校生社長でもある彼は、無人のオフィススペースでソファーに身を預けている。  
時計を見ると、思いを寄せていた少女――葛城みかんに告白してからまだ小一時間ほどしか経過していなかった。  
 
(――まだ、それだけしか経ってないんだ……)  
 
まだ早鐘を打っている心臓を細く長い呼吸で落ち着かせながら、ぼんやりと思う。  
告白が成就して、恋人関係を誓い合ってキスをして、つい先程は貪りあうように熱い口付けを交わした。  
唇に残っている柔らかな感触、舌先に残っている痺れ、咽喉に残っているとろりとした潤い。  
それらが渾然一体となった甘い余韻に、思考はぼんやりと霞みがかり、背筋がゾクゾクと震えてしまう。  
 
とても素晴らしくて、満ち足りた時間だった。  
 
なんて濃密な一時間だったのだろう。短い時間になんとたくさんの出来事が起こったのだろう。  
意を決して告白してから急に転がりだした展開に、いつき自身驚きを隠せなかった。  
 
まるで何も考えずに走った後、後ろを振り返って進んだ距離に驚くように。  
恋の熱に浮かされて、欲望のままに過ごした今までの自分を回想して驚いてしまう。  
 
しかし、いつきの心には後悔など微塵もなく、むしろ心地良い達成感が身体を包んでいた。  
活性化した五感や脳の働きがじわじわと収束するのを感じながら、もう一度深く息を吐く。  
心地良い疲労感が達成感と溶け合って、いつきの身体をぼんやりと痺れさせていた。  
 
「………………でも、困ったな」  
 
ややあって、ひとりごちる。  
うつむいた先には制服のズボンに包まれた脚。  
その中央の不自然に膨れ上がった場所を見てため息をつく。  
 
「……えっちなことが、ものすごくしたいです」  
 
瞼を閉じた顔を苦笑の形に歪ませて、ぽつりと心と身体の中で渦巻いている願望を素直に吐露する。  
不自然な隆起の正体は、倦怠感に包まれてなお血を滾らせている男性器だった。  
 
言葉にして改めて猛烈な恥ずかしさが押し寄せてきて、火がついたように赤面してしまう。  
だが太ももの感覚が無くなるほど血を集めた下腹部の感覚は、いつきをどこまでも素直にさせていた。  
羞恥心は心の表面をうっすら焼いているだけで、その内奥には性的な願望を深く根付かせている。  
幼い少女に恋をしていても、健全な男子高校生の性欲は些かも減じてはいなかった。  
 
「……もう少し落ち着かないと、動けないかなー……」  
 
深い呼吸を繰り返して、身体から放熱することを試みる。  
動くことはできない。僅かな身じろぎだけで快楽を感じてしまいそうなほど、いつきの感覚は鋭敏になっていた。  
秒針の音が響く。みかんが着替えに向かってから少し時間が経過し、他の社員が出社するだろう時間も迫っている。  
全身の血が滾っている感覚を心地良く思いながらも、いつきは急いで昂りを鎮めなければならなかった。  
 
気持ちを鎮めながら、ぼんやりと幼い恋人とのこれからを考える。  
 
(……さすがに、エッチはできないよね……なんていうか……裂けちゃうよね、きっと……)  
 
怖い想像をしてしまってガクガク震える。臆病な性格の伊庭少年としては、血とかが本当に怖かった。  
女性に生理があることや、破瓜による出血があることも知ってはいたが、潜在的な恐怖は拭えない。  
せめてみかんの身体の準備がもう少し整うまでは、最終的な性交まで辿り着くことはできなさそうだった。  
 
身体的な差異という問題だけでなく、心理的なブレーキも存在している。  
いつきはみかんと抱き合うことや、キスすることは、幸せに想像することができる。  
けれど、性器の挿入を伴ったセックスを想像すると、痛みに悲鳴をあげるみかんの姿が浮かんでしまうのだ。  
とてもできやしない。だがその一方で、自分が性欲を抱いていることも、いつきは良く理解していた。  
 
(我慢できるのかな……キスだけであんなになったのに……襲っちゃったらどうしよう……)  
 
怖い想像が、ちらりと脳裏をよぎる。  
ネガティブになりかけた考えを、いつきは深いため息と共に吐きだした。  
落ちこむのも焦るのもよくないと、気持ちをなんとか切り替える。  
 
(どっちにしても、焦っちゃダメだ。成長しきるまで待てないにしても、ゆっくり時間をかけて……)  
 
そこで一旦思考を区切り、露骨な考えにちょっとした罪悪感と羞恥心を覚える。  
それでも自分が深く抱いている願望からは逃れられず、心の中で明確に言葉を続けていった。  
 
(……慣れさせていかなきゃ。気持ちよさを教えていけば、身体も受け入れやすくなるはずだから……  
 いやな考え方になっちゃうけど、きっとそうするしかないと思う。優しくして、大切に扱わなきゃ……)  
 
思考をひと段落させたいつきは、深く息を吸いこんで顔を上げる。  
その表情には明るさが、左目だけ露出した瞳には前向きな光が宿っていた。  
一度怖い想像をしてしまったせいか、下腹部に集中していた血液は引いている。  
ソファーから立ち上がったいつきは、とりあえずみかんとの行為で乱れた机を整えることにした。  
 
(なんだか、犯罪者が犯行の痕跡を消してるみたいだなー……。……いや、そのものなのかな)  
 
そんなことを考えながら、書類等の位置を整えて、情熱的にキスを交わしていた痕跡を消していく。  
窓を適度に開いて、少し熱がこもっていた部屋を風に洗わせると、清々しい気持ちになった。  
まだ僅かに身体の中にくすぶっていた熱も、窓からそよぐ風に爽やかに吹き払われていく。  
僅かな疲労感と共に、いつきはようやく自分がいつもの状態に戻れたことを自覚した。  
 
(……よし、大丈夫。風で汗も少しは乾いたし、気持ちも落ち着いた)  
 
リラックスできたことに満足して肯くと、玄関から出社を告げる声があがる。  
独特のイントネーションの幼馴染の声に、いつきはかなりギリギリだったと思いながらも気持ちを整える。  
そして、課題として出されていた魔術の勉強をしていなかったことを思い出して恐怖した。  
 
 
  レンタルマギカ いつき×みかんSS  
  『葛城みかんはおにーちゃんしゃちょーと大変なことになりました』の3  
 
 
洋風の建物の静かな廊下に、ぱたぱたと軽快な足取りが響く。  
別れ際に年上の恋人相手にお姉さんのように接した少女、葛城みかんは上機嫌に扉を開いた。  
ここは魔法使い派遣会社〈アストラル〉と同一の建物内にある社員寮の一室。  
神道課契約社員である小学二年生の女子児童、葛城みかんが一人暮らしをしている部屋だった。  
 
「はぁーーーー」  
 
バタンと扉を閉じて、満足げなため息と共にどさどさと荷物を置く。  
葛城家特有のやや装飾された巫女服を纏う少女は、肩にかかったピンクの髪を払いながら真っ直ぐ立った。  
先端近くの部分が結ばれたピンク色のツインテールが背中に落ちるのを感じながら、うっとりと瞼を閉じる。  
別れ際のやり取りが随分お気に入りだったのか、小さな胸に手を当てて真新しい思い出に浸っていた。  
 
「はぁ……いつきおにーちゃん、可愛かったなー……えへへ……」  
 
恥ずかしさと初めての恋心が混ざった胸の高鳴りが、小さな身体を淡くさざ波立たせる。  
猫がするようにふるるっと肩を震わせたみかんは、満足げなため息と共に瞼を開いた。  
水色と薄緑色の中間のようなマリンブルーの瞳が、幸せな気持ちを反映するように淡く煌いている。  
頬を微かに上気させた幼い美少女は、くすぐったそうな笑顔を浮かべながら着替えを始めた。  
 
最初に葛城家特有のV字の前掛けと、そこから紐で左右に括られた大きな袂を脱ぐことにする。  
白衣に覆われた腕を袂から抜くと、トレーナーでも脱ぐように前掛けごと上に引っこ抜いた。  
身体を捻りながら肩の上をぐるりと回し、まだ前掛けに通ったままの髪ごと身体の前に持ってくる。  
すぐにもう一度着るため、畳むのは省略することにした。  
 
「白衣は……うーん、替えなくても平気かなー……」  
 
前掛けを脱ぐと、葛城家特有の装束から、普通の神社にもいる巫女の姿に趣が変わる。  
さっぱりとした巫女装束になったみかんは、本来の巫女の上着を摘んで考えながら、緋袴の帯に手をかけた。  
 
まず、身体の前にある大きな帯の結び目をくっと強く引いてから、しゅるりと解いていく。  
背中部分の紐に差し込まれてるへらを外して袴の後ろ側がめくれると、そこに隠れていた結び目に手をかける。  
結び目を解き、緋袴の前部分から身体をぐるぐる巻いていた紐を解いていくと、ようやく身体が楽になった。  
 
紐が解けてくったりとした緋袴の前側を片手で軽く支えながら、足を片方ずつ浮かして抜いていく。  
膝下までを覆った白衣の閉じ合わせた隙間から、ちらちらと細く健康的な素足が覗き、また隠れていく。  
緋袴が皺にならないように伸ばして床に置くと、白衣を縛っている細い腰紐に手を伸ばした。  
 
腰紐を解くと、左側を上に閉じ合わせていた白衣が、ぱらりと左右に開いていく。  
その奥には、同じように左側を上に閉じ合わせた白い襦袢とそれを縛る細い腰紐が着込まれている。  
違うところがあるとすれば首周りが緋色の掛襟――襟だけの衣服が飾っていることくらいだった。  
 
みかんは白衣を脱いて丁寧に置くと、掛襟を外して、腰紐を解いて白い襦袢もぱらりと左右に開かせる。  
すると正中線に沿ってその中が露わになり、オレンジ色のタンクトップとショーツに覆われた素肌が覗いた。  
巫女装束の戒めがすべて緩められ、みかんはようやく素肌に感じた部屋の空気にリラックスしたため息をつく。  
 
「はー、暑かったー……」  
 
ふにゃっとした表情をして言うと、汗に濡れてすっかり重くなった襦袢をのそのそと脱いだ。  
 
「わー……すごい汗かいちゃってる。タンクトップもぱんつもびちゃびちゃだよー……」  
 
汗に濡れて素肌に密着した薄いタンクトップには、淡く隆起した胸や、その頂の突起の形がはっきりと浮かんでいる。  
それはショーツも同じで、ぴったりと張りついた薄布は、うっすらと隆起した恥丘や幼裂の形を浮き彫りにしていた。  
 
部屋の空気に冷やされて冷たくなった下着は急に気持ち悪い肌触りになり、背筋をブルブル震わせてしまう。  
みかんはさっさと服を脱ごうとして手を止め、ツインテールに結った髪をいったん解くことにした。  
 
肩越しに片方の髪房に手を通し、くるりと絡めて身体の正面に持ってくる。  
ツインテールの先端を纏めている緋色の紐を解いてから、左右の髪房の根元にある同色の紐を解いた。  
ピンク色のふわふわの髪がぱらりと落ちて広がり、肩甲骨の形が浮かんでいた背中を覆い隠す。  
髪を纏めていた紐を解り易い位置に置くと、オレンジ色のタンクトップに手をかけた。  
 
汗を吸って濡れた服は本来の色よりずっと濃くなっていて、重さも硬さも増している。  
交差させた手で裾をグッと握り締めたみかんは、力を入れて腕を上げた。  
オレンジ色の肌着がめくられながら持ち上がるにつれ、その下に隠れていた素肌が露わになっていく。  
細身の身体は余分な贅肉をつけておらず、腕を上げる仕草につられて伸びやかに反っていった。  
 
髪を抜いたタンクトップを襦袢の上に放ると、ショーツの両側の縁に指を引っかけて引き下ろす。  
ピンク色の髪が小振りなお尻に押されてふわりと揺れ、一瞬だけ、足の裏側を根元近くまで覗かせた。  
膝裏の近くまで下ろしたショーツから、バランスを保ちながら細い脚を片方ずつ抜いていく。  
脱いだショーツも襦袢の上に放って洗濯に回すものを纏めると、タオルを探すことにした。  
 
ツインテールを下ろして少し大人びた雰囲気を漂わせるみかんは、一糸纏わぬ姿で部屋を徘徊する。  
ぺたぺたと裸足で歩いて座りこんでゴソゴソすると、タオルを手に再び立ち上がった。  
身体の正面をゆっくり拭いてから、髪を身体の前に持ってきて、背中をごしごし拭いていく。  
汗に濡れていた身体がすっきりすると、みかんは満足げにため息をついた。  
 
「はー……やっとスッキリしたよー……ふわー、気持ちいいー……」  
 
タオル片手にベッドに腰掛け、以前に猫屋敷蓮から貰った扇子を開いてパタパタと身体を扇ぐ。  
部屋に漂う白檀の香りが風に乗って、汗の残滓を纏わせていたみかんの身体を涼やかに香り付けていった。  
素っ裸のまま脚を揺らしてリラックスしていると、身体の奥に隠れていた疲労が滲んでくる。  
色々なことを初体験した幼い身体は、一時的に感覚が鋭敏になりすぎた代償に疲労を蓄積させていた。  
 
ぱたりとベッドに横倒しになり、乱れて散った髪も整えずに瞼を閉じる。  
寝息に似た呼吸をゆっくり繰り返すと、身体と意識は眠りの縁へ向かって弛緩していった。  
 
「――って、寝るわけにもいかないよね。いつきおにーちゃんと約束したし」  
 
眠りに似た仕草をしたのも束の間、パッとみかんが身体を起こす。  
小回りの効く子供の身体は基本的に元気だった。  
 
うにうにと顔をマッサージして目を覚まし、ベッドに座ったまま後ろに手をついて瞼を閉じる。  
天井を見上げるように顔を上げて胸を反らすと、ピンク色の髪がさらりと肌を流れていく。  
片側だけ身体の前に落ちていた髪は、片方の乳房を覆い隠しながら両太ももの間に垂れていた。  
 
「ほんの少しだけ上手に寝られるなら、眠りたいんだけどなー……」  
 
瞼を長く閉じることで少しだけ眠りに近い休息をしたみかんは、マリンブルーの瞳を開いてため息をつく。  
顔を下ろした裸の巫女は、疲労と倦怠感でぼーっとした意識のまま、自分の身体を見下ろした。  
この一時間で、まったく新しい感覚をいくつも自分に教えてくれた身体のことを。  
 
好きな人に抱きしめられる心地良さ。唇の吸い付くような感触に、舌のとろりと絡みつく甘い感触。  
混じりあった唾液を飲むときの咽喉が震えるような歓喜や、見つめ合うだけで心が潤んでいく感覚。  
耳が舐められて身体がぞわぞわしたことや、脇の下をくすぐられた時に走った甘痒さ。  
身体の芯が溶けていくような感覚。肌が敏感になって、軽い接触で胸がときめいてしまう感覚。  
手を繋ぐだけで、心の奥から嬉しさがこみあげてきて、幸せでたまらなくなる感覚。  
 
思い出していくたびに心の奥に温かなものが宿り、身体もまた内側から温かくなっていく。  
少しずつ元気を取り戻していったみかんは、時折自分の身体に走る不思議な感覚を思い出していた。  
 
(……そういえば、いつきおにーちゃんといた時、身体がヘンな感じになったんだよね)  
 
身体を前に起こしてベッドについていた手を離し、ぼんやりと見つめる。  
少し迷ったあと、みかんは恐る恐る淡く隆起した胸へと近づけていった。  
身体の前に垂れていたピンクの髪を払い、一糸纏わぬ身体の前面を露出する。  
指先を大きく開いて伸ばした手で、ほんの少しだけ膨らんだ胸をぴたっと覆うように触ってみた。  
 
(いつきおにーちゃんに胸に触られたとき、びくってなったけど……うーん、なんともないかな)  
 
ぴたぴたと触ってみても何も感じず、唇を軽く尖らせながら左右に小首を傾げていく。  
しかし、胸を覆った手を上下にスライドさせてみると、桜色の先端に触れたときにビクッと身体が震えた。  
 
(わぅっ!? なにいまの……くすぐったくて、なんか身体がぞわってした……)  
 
マリンブルーの瞳をしばたたかせ、ビックリした身体が落ち着くのを待ってから両手の人差し指を伸ばす。  
小高い乳輪の中央にある小さな乳首にツンツン触れると、身体の芯に響くような奥深いくすぐったさが走った。  
 
(ひゃ……うぅ……)  
 
ゾゾッと背筋に震えが走り、ギュッと小さな肩を竦める。  
未知の感覚に戸惑ったみかんは、早くこの感覚を取り除きたくて身体を左右によじった。  
内股にした足の指先をぴんと伸ばして身体を強張らせ、閉じ合わせた太ももにも力が入ってしまう。  
顎の震えに合わせて歯がカチカチと鳴り、なんだか不安な気持ちがせり上がってきて手を離した。  
 
(はぁー……っ、なんだったんだろ、今の……なんかヤな感じ……)  
 
身体の感覚が元に戻ると、みかんは深く息を吐く。  
次に興味を持ったのは、痺れたような感覚を覚えたことがある下腹部だった。  
お腹にぺたんと手を当てて、するすると肌の上を下ろしていく。  
小さく窪んだへその部分から足の付け根の近くを両手で撫でてみたが、特に何も感じない。  
みかんはさらに手を下ろして左右の足の付け根の中心、スリットの入った場所に向かわせ――  
 
(あの時は、もっと下のほうから不思議な感じがしたけど……うーん、ここっておしっこするトコだよね……)  
 
――そこでピタッと手を止めて、少し考えこんでしまう。  
トイレでもないのにその部分に触るのは、なんだか汚いことをしてるみたいで抵抗があった。  
 
「でも、ヘンな感じがしたのはここからだし……、ちょっと、試すだけ……」  
 
短い迷いの末に、つつつ、と更に手をスリットに近づけるみかんだが、直前で指を浮かせてしまう。  
緊張に身体を強張らせてしまったみかんは、深く息を吸って両手を太ももの上に置いた。  
止めていた息を吐き出し、緊張をほぐすために太ももをごしごしと強めに擦る。  
深呼吸を二回三回と繰り返して落ち着くと、触れやすいように姿勢を変えることにした。  
 
外に出していた足をベッドの上に乗せ、片手を後ろについて上体を後ろに傾ける。  
腰を上向けて突き出すようにしながら、足は軽く左右に開いて手が通りやすい道を作った。  
 
「えっと、これで……」  
 
姿勢が整うと、みかんはいきなり幼裂に触れるのではなく、まずは太ももに手を伸ばした。  
目的地に向かって狭まっている、すらりとした内ももで壁が作られた空間の道。  
その壁――普段は閉じた足に隠れた内ももの皮膚をくすぐるように撫でてみる。  
すると、ほどよいくすぐったさと、柔らかな甘い感覚が身体の中に広がっていった。  
 
(あ……これ、気持ちいいかも……)  
 
ぴりぴりとした心地良い感覚が、手の平の熱と共にじんわりと広がる。  
それはみかんが自分の身体に触れて初めて感じた、いつきと共にいた時に感じたものに近い気持ちよさだった。  
少しひんやりとした内ももを何度もくすぐるように撫で、身体が少しずつざわめいていく感覚を高めていく。  
ときおり脚をひくっと震わせながら自分への愛撫を続けていたみかんは、そっとその手を股間に伸ばした。  
 
本来の目的地であるそこは、太ももへの愛撫を経て微かに敏感になってきている。  
生まれたままの姿の巫女は、紅葉のような手を淡い恥丘に走るスリットを覆うようにくっつけた。  
まだ陰毛など少しも生えていない少女の幼裂は、ぴったりと閉じられていて花弁を内側に隠している。  
覆うように触れただけでは粘膜部分に触れることはできず、ただ大切な場所を手で隠しただけに終わった。  
 
(あったかくてヘンな感じだけど……これだけじゃダメだよね……)  
 
片手を下着のように使っただけの状態のみかんは、じんわりとした熱を感じながらも考えを巡らせる。  
少し悩むと、手を汚してしまうことに抵抗を覚えながらも、指を使ってスリットをくつろげていった。  
 
白く細い指先が、きめ細かな肌を左右に開いて、その奥に息づくピンク色の部分を外気に晒す。  
露わになった縦に長く咲いた淡い花に、みかんは恐る恐る、指先を伸ばしていった。  
太ももに触れたときのような心地良さを期待して、会陰部にほど近い下方から恥丘のある上方へと撫で上げていく。  
しかし緊張に萎縮した未発達の粘膜は、乾いた指先での接触にひきつれるような痛みしか訴えてこなかった。  
 
「……ッた……!」  
 
ビリッとした痛みの感覚に、みかんは慌てて手を離す。  
左右にくつろげられていたスリットが閉じられ、淡く咲いた花は花弁をその中に秘めさせていった。  
身体の重要な部分に痛みを覚えたことに少しだけ恐怖を感じ、小さな心臓が冷たい拍動をする。  
しばらく息をすることを忘れて硬直していたみかんは、ややあって深く息を吐いた。  
 
「はぁー……なんかよくわからないや。はやく着替えていつきおにーちゃんのところに行こ……」  
 
好奇心によって行った、得るものの少ない冒険に終止符を打ち、タオルに手を伸ばす。  
少しだけ浮いてしまった汗を拭うと、再び扇子を開いて身体の熱を冷ますことにした。  
痛みが走ってしまった両太ももの間の大切な場所も、ぱたぱたと扇いで冷やしてやる。  
 
んーっと背伸びをして気持ちを切り替えたみかんは、ようやく服を着替えることにした。  
下ろしたふわふわのピンク髪を揺らして裸のまま部屋を闊歩し、新しいタンクトップとショーツと襦袢を用意する。  
ちゅなちゅなと甘い響きの歌を口ずさみながらみかんが片脚を上げて白いショーツに通したとき、  
 
「見てましたよ〜、みかんちゃん〜」  
 
するっと壁を透過して、ストレートの黒髪が特徴的な美しい少女が姿を現した。  
黒羽まなみ。アストラル幽霊課契約社員。エプロンドレスを着た彼女は、正真正銘の幽霊だった。  
 
「く、くくくくろはおねーちゃん!? わっ、とっ、……ふきゃっ」  
 
まなみの姿を見た瞬間、みかんは飛び上がらんばかりに驚いた。  
浮かせた片脚をショーツに通した状態で驚いたものだから、左右にふらふらした挙句尻餅をついてしまう。  
脱いだまま置いてあった緋色の袴にぺたりと座った裸身を晒す小学生巫女に、黒髪幽霊がにっこりと笑う。  
 
「うふふ、可愛らしい格好ですね、みかんちゃん」  
「ふえ!? わ、わっ」  
 
全裸で片足首にショーツを引っかけてぺたん座りしたみかんは、自分の姿に気付いてカァッと赤面する。  
慌てて座ったまま両脚を浮かせてショーツに突っ込んだみかんは、小さなお尻を浮かせて可愛い布地を引き上げた。  
 
「も、もー、驚かさないでよ、黒羽お姉ちゃん」  
 
広げられた緋袴の上に座った白いショーツ一枚のみかんが抗議の声を上げる。  
ぷかぷか浮かんでいたまなみは、口元を押さえてクスクスと笑いながらも素直に謝った。  
 
「ごめんなさい。ずっと見てたんだけど、声をかけるタイミングがわからなくって」  
 
一般的な幽霊のイメージからかけ離れた、透き通るような声で流暢に話すまなみ。  
どこか育ちの良さを感じさせる丁寧な口振りだったが、みかんの注目ポイントは言葉の中にあった。  
 
「……ちょっと待って黒羽お姉ちゃん、ずっと見てたって……その、どこから?」  
 
つい今しがた、こっそりと性器をいじっていた小学二年生が、カタカタ震えながら尋ねる。  
宙に浮かんだメイドさんは、ややハイテンション気味に楽しく口を開いた。  
 
「ずっとですよ? みかんちゃんが帰ってきたときからずっと。いやー、すごかったですねー」  
(いやー! 触ってるとこ見られたー! ……でも帰ってきたって、この部屋かな、それとも)  
 
拙い好奇心の発露を見られたみかんは心の中で頭を抱えながら、不確定情報に意識を向ける。  
そんなみかんの葛藤など露知らず、まなみはやや興奮気味に言葉を続けた。  
 
「いつきくんいきなり告白するんだもん! それをみかんちゃんが受け入れて……ああ、すごかったなぁ〜」  
 
ほわほわと緩んだ頬を両手で挟み、いやんいやんと身体をよじらせる。  
なんだか乙女チックに恥らう推定女子高生の幽霊(過去の記憶がないため不確定)の言葉は決定的なものだった。  
 
(ちょっ、そこからーーーーー!? それ全部だよ! 一部始終だよ! 一切合財だよーーーー!!)  
 
もの凄い勢いで恥ずかしくなってきて、かーっと全身に熱が灯る。  
 
「み、見てたなんてズルいよー! 言うか見ないかしてよー!」  
「だって、急にあんなの始められちゃったら、そんなの無理ですよー……って、そんなことより」  
 
苦笑しながら手を振るまなみは、空中でくるっと一回転してみかんの身体を指差す。  
両手を太ももの上に乗せ、マリンブルーの瞳をきょとんと見開いて小首を傾げるみかんにアドバイスする。  
 
「いい加減服を着ないと、風邪を引いちゃいますよ?」  
 
そのもっともな意見に、ショーツ一枚で座っていたみかんは着替えを再開した。  
 
                      ○  
 
タンクトップ、襦袢、腰紐、白衣、腰紐、緋袴――  
小学生巫女がせっせと順番に着付けていくのを微笑ましく見つめながら、まなみが口を開く。  
内容はもちろん、今まで覗き見ていたショッキングな映像、いつきとみかんのアレやソレだった。  
 
「いつきくん、情熱的でしたねー! グラムサイトまで使って告白するなんてビックリしちゃいました。  
 みかんちゃん、あれがファーストキスだったんですよね。いつきくんもきっとそうなんだろうなーいいなー」  
 
地面に足を下ろした幽霊は、うきうきと歩きながら言葉を紡ぐ。  
ときどき、くるっとターンしたりするその姿は、わかりやすいほど浮かれていた。  
 
「ランドセルを置いてぎゅーって抱き合って、ああ、あの時のみかんちゃんのうっとりした顔……っ!  
 廊下に寝転んでキスをする姿なんてすごかったですよ、緋袴がふわって広がって、色っぽかったです!」  
 
腰まであるストレートの黒髪がふわりと揺れ、光沢を揺らめかせながら背中へ戻っていく。  
夢見るようなまなみの姿は愛らしいと言って良かったが、聞かされるみかんはそれどころではなかった。  
 
「うううう、は、恥ずかしいよ黒羽お姉ちゃん……やめてよぉ……」  
 
赤面した顔を俯かせながらも、着替えの手を止めないみかん。  
はやく部屋から飛び出して、二人きりの空間から逃れたくて仕方なかった。  
しかし普通の服より遥かに複雑なプロセスが必要な巫女装束は、着るのにやや時間がかかる。  
雑に着て着崩れするわけにもいかず、着替えに集中せざるを得ないみかんは、黒羽の口撃に晒されていた。  
 
「でもやっぱり、電話が終わったあとの方がすごかったですよねー。くすぐったりしてじゃれたりして!  
 舌をぺろぺろ舐めあって、えっちだったなー。みかんちゃんも積極的になったりして、ビックリしちゃいました」  
 
あまりの恥ずかしさに身体が火照ってしまい、着替えたばかりの冷たかった服が急速に温まる。  
全部見られていた。全部。今日経験した恥ずかしいこと全てが、余すところなく見られていた。  
このまま蒸発して消えたくなるような羞恥に、着替えを進める手は止まったり進んだりを繰り返す。  
みかんの心のメーターは針がMAXの所にある止め具をカンカン叩き、エマージェンシーを訴えていた。  
 
「それにしても、キスってあんなにすごいんですね。お互いを食べちゃうんじゃないかってくらいはむはむってして。  
 みかんちゃんがもじもじしながら小さなお口で頑張る姿、本当に可愛かったですよ。思い出すだけでドキドキです」  
 
自分を抱きしめるようにしながら、まなみは右に左に身体を揺らす。  
うっとりと浸っている想像の中でキスをしているのは、みかんなのか、彼女自身なのか。  
ただ幸せに笑っている姿からは、そのどちらとも判断ができない。  
テンションが上がりまくっているエプロンドレス姿の黒髪幽霊は、どこまでも饒舌に言葉を続けていった。  
 
「それに、やっぱり一番可愛かったのは別れ際ですよね! みかんちゃんがお姉さんみたいにいつきくんに――」  
 
羞恥にブルブル震えているみかんは、肩にぎゅうっと力を込めた姿で、緋袴の最後の帯を締めている。  
固く閉じた口元をピンク色の髪で隠した姿は鬼気迫る雰囲気を持っていたが、まなみはそれに気付かなかった。  
 
「『――どこにもいったりしないんだから、いい子で待ってなきゃダメなんだからねっ!』って――」  
 
緋袴の帯を締め終えた瞬間、ブルブル震えていたみかんの心のメーターはついにMAXの止め具を突き破った。  
着替えている間我慢していた恥ずかしさも加わって、針がグルグルと回りだす。  
高まりすぎた羞恥心になにがなんだかわからなくなってしまったみかんは、  
 
「わーーーーーーーーーーーーーー!」  だだっと駆け出して、  
 
「わーーーーーーーーーーーーーー!」  玉串をがしっと掴み、  
 
「わーーーーーーーーーーーーーー!」  勢い良く振り下ろした。  
 
玉串から勢い良く放たれた浄化ビームが、笑顔を浮かべたメイド服幽霊の髪をかすって壁に激突する。  
ぱらぱらと髪を数本散らした幽霊科契約社員は、笑顔のままサーッと美貌を青褪めさせた。  
 
「ううううう〜〜〜〜!!」  
 
羞恥にえぐえぐと半べそになりながら玉串で威嚇するみかんに、ガクブルしながらホールドアップ。  
ようやく調子に乗りすぎていたことに気がついたまなみは、申し訳なさと共に大人しく降参した。  
 
                      ○  
 
静かになった部屋の中、みかんが軽く鼻をすすりながら、簡素な巫女服の上から葛城家特有の装束を着こんでいく。  
 
V字の前掛けを着てそこから繋がる大きな袂に袖を通すと、首の後ろに手を通し、髪を装束の外へと持ち上げた。  
ふわふわのピンク髪が背中に広がると、わかり易い場所に置いてあったリボンに手を伸ばす。  
髪を纏めようとしていると、エプロンドレスに身を包んだ黒髪の幽霊が申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。  
 
「えっと、……ごめんなさい、みかんちゃん」  
 
どこか上品さが漂う所作でたおやかに謝る姿は、しかるべき教育を施されたメイドそのものといった風情だ。  
頭を下げた拍子に艶やかな黒髪がぱらりと肩口からこぼれ、天使の輪のような光沢をサラサラと揺らす。  
丁寧に謝るまなみに、みかんは目元を拭うとふるふると頭を左右に振った。  
 
「ううん。いいよ。……私もやりすぎちゃった。ごめんなさい、黒羽お姉ちゃん」  
 
まなみがそうしたように、重ねた手を緋袴に添えて、ぺこりと礼儀正しく頭を下げる。  
ホッとした様子で顔を上げるまなみに、みかんが鼻をこすってえへへと笑顔を返す。  
巫女と幽霊。もしかしたら天敵のような属性を持つ二人は、同僚であり大切なお友達でもあった。  
 
「みかんちゃんは本当に優しいですね。……………………よし、決めました!」  
「ふえ?」  
 
みかんの許しに心を打たれたまなみは、しばしの沈黙のあと、強い意志を瞳に宿らせて拳を握り締める。  
とても幽霊とは思えない気合十分の立ち姿に、みかんはきょとんとマリンブルーの瞳を見開いた。  
 
「お詫びの意味もこめて、私、いつきくんとみかんちゃんを応援しちゃいます!」  
 
燃えない幽霊はただの幽霊だとばかりに、声高らかに宣言するエプロンドレスの幽霊さん。  
燃え盛る炎をバックに仁王立ちするようなまなみの言葉に、みかんは呆然と相手の名前を呟いた。  
 
「黒羽お姉ちゃん……」  
「いつきくんと上手くいくように手伝わせてください、みかんちゃん」  
 
胸に手を当てて真摯に言葉を紡ぎながらにっこりと微笑み、みかんへと手を差し出すまなみ。  
その自信に裏打ちされたような大人びた微笑みは、みかんにとって光明だった。  
生まれてはじめて恋人を、それも年上の恋人を得たばかりの少女に、迷いや不安がないわけがない。  
年上の女性が味方についてくれることは、みかんに深い安心感を抱かせるのに充分だった。  
 
「……ありがとう! 黒羽お姉ちゃん! わたし頑張るね!」  
「はい! その意気です、みかんちゃん!」  
 
差し出された幽霊の手を小さな手で包むように覆い、みかんが心から嬉しそうな声をあげる。  
触れることができない幽霊の身体で握手の真似事をしながら、まなみは明るい声を返すのだった。  
 
自分たちの仲を認めてくれ、一緒に悩んで考えてくれる相手を得て、みかんの恋は強い後押しを得る。  
初恋を叶えたばかりの小学二年生の女子児童巫女と、記憶が曖昧な女子高生風の外見の黒髪メイド服幽霊。  
葛城みかんと伊庭いつきの恋人関係をより良くするための、少し頼りないが気合十分のコンビがここに誕生した。  
 
                      ○  
 
「もうそろそろ戻らないとまずいですから、今は簡単に済ませちゃいましょうね」  
 
ふわふわのピンク髪をツインテールに結んでいるみかんに、まなみが声をかける。  
髪を結わくための緋色の紐を咥えているみかんがこくんと肯くと、まなみは言葉を続けた。  
 
「見ていた限りでは、いつきくんは言うのを忘れていたみたいですけど、重大なポイントがひとつあります。  
 それは、みかんちゃんといつきくんが交際していることは、できるだけ隠したほうがいいということです」  
 
きょとんとするみかん。一瞬止まった髪留め作業を、すぐに再開する。  
その表情にまなみは説明の必要性を感じて、言い聞かせるように幽体の口を開いた。  
 
「対外的な理由としては、最近は大きな男の人と小さな女の子が交際することが社会でタブー視されているからです。  
 悪い噂がたってアストラルの評判が悪くなったり、いつきくんが逮捕されちゃったりしたら大変ですからね」  
 
まなみの言葉に、最近のニュースや学校からの注意などを思い出して、みかんがコクコクうなずく。  
もちろんみかんにとってそれら犯罪といつきとの関係は全く別なのだが、周囲に正しく伝わるとは限らなかった。  
右の髪を留め終えて、残りの髪を左側に纏めるみかんを見やりながら、まなみは注意を喚起する口調で続ける。  
 
「そして、秘密にするのにはもう一つ理由があります。それは、穂波さんとアディリシアさんのことです」  
「穂波お姉ちゃんたち……みかんとおにーちゃんのこと、応援してくれないのかな……」  
 
ツインテールができあがり、最後に両方の先端を纏めながら、自由になった口でみかんが尋ねる。  
穂波・高瀬・アンブラー。アディリシア・レン・メイザース。魔法使いとしても女性としても尊敬している二人。  
彼女たちが伊庭いつきに好意を寄せているとを知っていても、二人から否定されるのはとても辛いことだった。  
みかんの消沈した様子に、まなみは安心させるように言葉を返す。  
 
「そうは思いません。いつきくんがした決断だったら、最後は二人は認めてくれると思います。ただ……  
 やっぱり、最初は思い直すように説得すると思います。穂波さんは社員でアディリシアさんは大株主です。  
 さっき言った対外的な体裁を保つためにも、二人はそうしなければいけない立場だと思いますから」  
 
ただでさえ経営難が続いているアストラルだ。悪いイメージは可能な限りつけたくない。  
そのための説得は正当性があるし、彼に想いを寄せる個人的な感情もそれを後押しするに違いなかった。  
いつきの偏った性癖を修正するためには、身体を張った努力だって厭わないに違いない。  
そう考えてしまうまなみは、人差し指をぴっと立ててみかんに迫る。  
 
「そして、穂波さん達はいつきくんが大人の女性を好きになるように、積極的にアプローチする可能性もあります。  
 アディリシアさんも穂波さんもそれぞれとても魅力的ですから、そうなればいつきくんももしかしたら――」  
 
ゴゴゴゴゴと背景に暗闇を背負って迫るまなみの言葉に、みかんの脳裏にある想像がよぎる。  
いつきの肩に抱きつくアディリシアと、膝元にしなだれかかる穂波が、恋に潤んだ瞳を彼へと向ける。  
アディリシアが「大人の女性の魅力を教えて差し上げますわ、いつき」と余裕に満ちた笑みを浮かべ、  
穂波が「勘違いせんといてや! 歪んだ性癖を治すんわ、アストラルのためやからや」と照れ隠しに怒る。  
みかんとは大違いの大人の身体つきの二人に挟まれたいつきは、たまらずに二人の身体に手を伸ばして――  
 
「だめーーーー!! いつきおにーちゃんはみかんのだもん!! 誰にも渡さないもんっ!!」  
 
髪を結び終えたみかんは、両手をぶんぶん振って必死になって抗議した。  
頭に浮かんだ恐ろしいIFを振り払い、マリンブルーの綺麗な瞳に涙を浮かばせる。  
小さな拳をぎゅっと握り締めて訴えるみかんに、まなみは肯いた。  
 
「はい。ですから、みかんちゃんといつきくんがもっともっと親密になるまでは、秘密にしたほうがいいと思います」  
 
みかんがこくこくと肯く。その真剣な表情は、絶対に秘密にしようという決意のほどを物語っていた。  
すっかり真剣になったみかんは、自分の服装をチェックしながら、ふと気付いて口を開く。  
 
「あ……、いつきおにーちゃんって呼ぶのも、やめたほうがいいのかな」  
「そうですね。できれば他の皆さんがいるときは、今までの呼び方をしたほうがいいと思います」  
 
恋人になってから得た呼び名。手に入れたばかりのそれを封印するのは少し寂しい。  
後ろ髪を引かれる思いはあったが、みかんは「そっか」と短く呟いて肯いた。  
 
服装や髪型を鏡でチェックし終えると、汗に濡れた服を替えた巫女服少女は満足げに肯いて微笑する。  
随分と長くかかってしまった着替えも終わり、自分の部屋を後にすることにした。  
 
「とりあえずはそんなところです。他のことはお仕事が終わってから改めてお話しましょうね。  
 二人でいるときにはたくさん甘えて良いんですから、元気出していきましょう、みかんちゃん」  
「うん! ありがとう黒羽お姉ちゃん。言われた通りに頑張ってみるね!」  
 
励ますように微笑んで言うエプロンドレス姿の友霊に明るく肯きを返すと、みかんは部屋を後にした。  
契約社員として大切なお仕事をするために。恋人と交わした約束を守って、愛しい恋人のもとへ戻るために。  
まなみの言葉は少しだけみかんの心にブレーキをかけていたが、いつきと逢える喜びはそれを遥かに超えていた。  
気をつけることはたくさんあるけれど、明るく元気に。みかんはそう心に誓い、軽やかに一歩を踏み出した。  
 
                      ○  
 
「でも、他のことって、例えばどんなこと?」  
 
オフィススペースへ向かう道すがら、みかんがまなみに尋ねる。  
巫女服少女と一緒に歩いていた黒髪に赤い髪留めが眩しい幽霊は、少し考えてからにこっと笑った。  
 
「そうですねー、たとえば、一人エッチのしかたとかですね」  
「一人エッチ……? なにそれ」  
 
きょとんとして尋ねるみかんに、まなみもきょとんとしてから、あははと笑う。  
 
「なにって、さっきしてたじゃないですか。自分の身体にあちこち触れて気持ちよくなろうとしてましたよね?」  
 
やだなぁ、と笑いながら手をひらひらさせて言うまなみの言葉に、数拍置いてみかんが驚く。  
マリンブルーの瞳を見開いた少女は、ビタッと廊下を歩く足を止めてまなみを振り返った。  
 
「ええっ!? あれってエッチなことだったの!?」  
 
ピンク色のツインテールと緋袴が揺れ、キュッとスニーカーが床を踏みしめる小気味良い音がする。  
なんとなく好奇心が赴くままに行ったことがやらしいことだと知らされたみかんは、飛び上がらんばかりに驚いた。  
 
「あれ、知らなかったんですか? たとえ知識がなくっても、自然に覚えていくものなんですねー……」  
 
うんうん、と何か大切なことを学んだように肯くまなみは、形の良い唇で続く言葉を口にする。  
 
「そうですよ。ああやって、自分の身体に触れて、気持ちよくなることを、一人エッチって言うんです。  
 本当は好きな人に、みかんちゃんの場合はいつきくんですね、にして貰うことを自分一人でするからです。  
 今も使いますけど昔っぽい言葉では自慰、今風の言葉だと一人エッチとか、オナニーとか言いますね」  
 
えっへんと少し胸を張るまなみの言葉が、みかんの耳を通り抜ける。驚きのあまり半分くらいしか入ってこない。  
知らなかったとはいえエッチなことをしてしまったのは、それほど衝撃的なことだった。  
不思議なもので一度意識してしまうと、とたんにさっきの行いが大人びたいやらしさを伴って思い出されてしまう。  
はしたないことをした恥ずかしさと、知らない間に少しだけ大人なことをしてしまった誇らしさのようなものが、  
競い合うように心の中に湧き上がり、むずむずした感覚とともにみかんの幼い身体をぽかぽかと温めていった。  
 
「ふええ……お……おにゃ……? おにゃにー……?」  
 
ぽんっと赤面して目をグルグルにして呟くみかんに、まなみがクスクスと笑う。  
自分もそれほど詳しいわけではなかったが、それでも性の知識を教えることは楽しかった。  
無垢な少女が自分の言葉でどぎまぎする様子が、たまらなく愛しい。  
もし肉体を持っていたなら、間違いなく力いっぱい抱きしめていたに違いない。  
 
「ほらほら、行きますよ。もうだいぶ遅れちゃいましたからねー」  
 
ひらりとみかんの後ろに回ったエプロンドレスの幽霊は、ぐいぐいと背中を押す。  
霊体の手で直接押しているのではなく、ポルターガイスト現象を使ったちょっとした霊術だ。  
押されたみかんはまだ心の中がふわふわとしたまま、オフィススペースまで連行されていった。  
 
                      ○  
 
まなみから教えられた驚愕の事実にくらくらとしていたみかんだが、それも歩いているうちに収まってくる。  
もう数歩歩けば、オフィススペースに辿り着くところで、みかんとまなみの一人と一体は一旦停止した。  
玄関へ続く廊下と、オフィススペースへ繋がっている扉。二つがみかんの視界に入る。  
その二つの場所はいずれも、いつきと愛情のこもった口付けをたくさん交わした場所だった。  
 
少しだけ離れ離れになってしまった恋人との再会に、みかんの小さな胸がドキドキと高鳴る。  
抱き合って、舌を絡めあったキス。去り際に交わしたお姉さんぶった約束を思い出して赤面してしまう。  
 
その耳元で、黒髪に赤い髪留めが印象的なエプロンドレスの幽霊が優しい口調で囁いた。  
 
「おさらいですよ。みかんちゃんといつきくんが恋人同士だということは、今はまだ秘密です。  
 二人っきりのとき意外は、なるべく今までどおり、お兄ちゃん社長って呼んで接すること。いいですね?」  
 
道すがら話した衝撃的な話で忘れていないか心配し、みかんの部屋で忠告した内容を反芻させる。  
いつきとの再開に胸を高鳴らせながらも、みかんはマリンブルーの瞳を強い意志に輝かせて肯いた。  
 
「うん、大丈夫」  
 
短く応えたみかんは、ぺちぺちと頬を叩いて気合を入れて、いざ恋人のいる場所へと一歩を踏み出す。  
しかし、扉を開いて中に入ると、みかんの視界には寄り添って座っている穂波といつきの姿が飛び込んできた。  
 
思わず、元気に挨拶しようとした言葉を飲み込んでしまう。  
 
 
「――ウチの使う魔女術〈ウィッチクラフト〉は悪魔崇拝やなくて自然崇拝や。呪力に影響を与える構造を  
 利用して力を導くのが主な使い道やね。ウチの場合はとんがり帽子の円錐がそれに当たるけど、他のは知っとる?」  
「えっと、ピラミッドとかだよね」  
「せやね。あとは月とかが代表的や。構造から力を導くのは割と簡単やから重宝するんや。覚えて損はない。  
 魔術装置なんかに使われてるケースも多いから、構造を崩すことで効果を弱めるなんてことも可能やしね。  
 魔法陣なんかと連動してると、場合によっちゃ影響を抑えることを考えなきゃあかんから、複雑になるけどな」  
「なんだか爆弾の解体みたいだね」  
「せやね。複雑な魔術の解除は大体そんな感じや。人為的なものならなおさらな。トラップとかもあるし」  
 
みかんが開いた扉から遠く離れた机では、有能な社員による無能な社長の教育が行われていた。  
肩が触れそうなほど近くで社長である伊庭いつきを教育しているのは、ケルト魔術課社員、穂波・高瀬・アンブラー。  
同じ学校の制服を着た同い年の男女。寄り添う二人は似合いのカップルのようで、みかんの心を不安にさせた。  
 
折りしもまなみから穂波の危険性を示唆されたばかりのため、思いのほか動揺が大きくなっていた。  
まるで恋人が奪われてしまうような恐ろしさが心の奥に芽生え、身体中の血を冷たくさせる。  
 
(え、あれ、なんか……言葉が出ないよ……)  
 
どうしていいかわからずに部屋の入り口で佇んでいると、みかんの姿にいつきが気付く。  
眼帯で右目を覆った恋人に嬉しそうな笑顔で手を振られると、みかんがぱぁっと花開くように笑顔を浮かべた。  
 
(あ、いつきおにーちゃんっ…………って、そうじゃないよっ!)  
 
くすぐったいような笑顔を浮かべたみかんは手を振り返してから、ハッとして不機嫌な表情を作った。  
少し目を離した間に、いつきが穂波と接近していたことがなぜだか少しだけ許せなかったのだ。  
 
怒っています、という表情をつくり、ぷいっとそっぽを向く。  
それでも動き出すきっかけは得られたため、みかんは自分の机へと歩き出すことにした。  
 
机を見つめて魔術知識を教えていた穂波も、ここでようやく気付いて顔を上げる。  
みかんに続いてまなみも部屋に入ってきたことで、オフィスは少し賑やかさを増した。  
小学生と幽霊といえども、魔法使い派遣会社〈アストラル〉の中では大切な社員のため、軽くは扱われない。  
純粋に社員が倍になったとカウントされ、対等の存在として受け入れられていた。  
 
「ごめんなさい、遅れました」 と、みかん。  
「お帰りなさい、穂波さん」 と、まなみ。  
 
ぺこりと礼儀正しく頭を下げるみかんと、明るく笑顔で会釈するまなみ。  
小学生巫女とメイド服幽霊という風変わりな組み合わせも、アストラルでは御馴染みのものだ。  
いつきと穂波も挨拶を返す。  
 
「おかえり、みかんちゃん、黒羽さん」  
「ただいま。結構時間かかってたけど、なにしてたん?」  
 
笑顔を返すいつきと、さして咎める口調ではなく尋ねてくる穂波。  
みかんが少し不機嫌な顔をしているのにいつきが戸惑うなか、まなみが穂波の質問に答えた。  
 
「ごめんなさい、穂波さん。少し話しこんじゃって」  
「ええけど、あまり長く席外さんといてね」  
「はい」  
「はぁい」  
 
丁寧に返事をするまなみとは対照的に、みかんが雑な口調で返事をする。  
事務用の素っ気無い椅子に小さなお尻を沈めると、キシッと軽い音がした。  
 
「ありゃ、なんやみかんちゃん機嫌悪いんか?」  
 
少し戸惑うような穂波の言葉に、みかんがいけないことをしてしまったと反省する。  
ツインテールのピンク髪をぷるぷると横に振ると、ぺこりと改めて謝った。  
 
「ううん。なんでもない。ごめんなさい、穂波お姉ちゃん」  
「ええよ。そんなかしこまらんでも」  
 
きちんと謝ってきたみかんに、穂波は苦笑しながらぱたぱたと手を振る。  
そんな二人の様子を見ていたいつきは、みかんに向かって心配そうに口を開いた。  
 
「みかんちゃん、どうしたの?」  
「なんでもないっ」  
 
ぷいっと横を向くと、その様子を見た穂波がニヤニヤと笑い出す。  
 
「なんやー? 社長がなんかしたんかー?」  
「ええっ、そんなことは……」  
 
穂波にうりうりとヒジで突付かれるいつきが、困ったような笑顔を浮かべる。  
それを横目に見ているみかんは、さらにちょっとだけ不機嫌になった。  
 
そんな三人の様子を見て、まなみはポンとみかんの肩に手を置いてから口を開く。  
 
「あ、私、お茶入れてきますね」  
 
言うが早いか、まなみはパタパタとオフィスを後にした。  
秘密を知っている味方がいなくなって、みかんは少し背中が寂しくなった感覚を覚える。  
 
「えっと、あの、みかんちゃん?」  
「ほら社長、ちゃんと仲直りせなアカンよー?」  
「もう、やめてよ穂波」  
 
その視界の端では、いつきと穂波が仲睦まじげにじゃれ合っている。  
心の中が不機嫌さと寂しさでごちゃ混ぜになってしまった頃、ひょいっとまなみが顔を出した。  
 
「すみませーん、穂波さん、ちょっと手伝って貰えますかー?」  
 
いつきをからかっていた穂波が、まなみの言葉に振り返る。  
 
「え? なに?」  
「すみません、お願いしますー」  
「んー、ええよ、ちょっと待ってなー」  
 
困ったようなまなみの様子を見ると、軽く返事をして席を立った。  
そっぽを向いていたみかんは、穂波の後を追うように視線を向け、まなみと目が合う。  
パチッとウィンクされると、いつきと二人きりになる手助けをしてくれたのだと気がついた。  
 
(黒羽お姉ちゃん……!)  
 
思わぬ援護射撃に、みかんの心が急に温かさを取り戻していく。  
ぎゅっと胸元で手を握ると、みかんは椅子を蹴っていつきの元へ駆け寄った。  
 
「こっち来て、いつきおにーちゃんっ」  
 
あまり時間がないと考えたみかんは、いつきの手を取って扉から見えにくいスペースへと連れて行く。  
突然のことにびっくりしながらも、いつきは巫女服姿の幼い恋人に大人しく従った。  
 
魔術資料や過去の調書が置かれた書棚は、扉からは影になっていて見ることができない。  
そこにいつきを連れて行くと、みかんは堪えきれなくなったようにぎゅっと抱きついた。  
少し前にたくさん味わった、大好きな人の温もりが伝わってくる。  
深く息を吸えば、愛しい人の香りが小さな胸いっぱいに広がった。  
失いかけたものを取り戻したような感覚が心の中に広がり、ようやくみかんは安心することができた。  
 
「えっと、みかんちゃん?」  
「なんでもないよ。……さっきはごめんなさい」  
 
一旦言葉を切り、言い辛そうにしながら、苦しげに言葉を続ける。  
 
「その……いつきおにーちゃんが、穂波お姉ちゃんと仲良くしてたから……」  
 
そっと身体を離して、みかんが上目遣いにいつきを見上げる。  
安心していてもやっぱり、これから口にする言葉には少し不安があった。  
 
「……みかんは、いつきおにーちゃんの恋人だよね?」  
 
少し潤みを帯びたマリンブルーの双眸が、まっすぐにいつきに向けられる。  
右目を眼帯で覆った少年は、みかんが不安を抱いたこと、嫉妬を抱いたことにようやく気がついた。  
 
「……あたりまえだよ、みかんちゃん」  
 
軽く見開いた瞳を優しく微笑ませて、いつきが膝を折って屈みこむ。  
考えが及ばなかった自分を責めながら、ピンクの髪を撫でつけて丁寧に言葉をかけていく。  
 
「僕が好きなのは、みかんちゃんだけだよ」  
「ほんと?」  
「うん。本当だよ。そうだね……うん。グラムサイトに誓うよ」  
 
右目を覆う眼帯を指差して、おどけたように笑う。  
告白したときに見せられた真紅の魔眼を思い出して、みかんもくすりと笑った。  
まなみも驚いたと語ったあの時のことは、みかんにとっても本当に驚きの出来事だった。  
その時は思いもしなかった恋人関係がここにあると思うと、改めて大切なものに思えてくる。  
 
「ああ、よかった。やっと笑ってくれたね」  
 
みかんの笑顔に、安心したようにいつきが言う。  
いつきの言葉に頬を染めたみかんは、小さな唇を湿らせると、ついっと少しだけ上向けた。  
 
その可愛らしい誘いを受けて、いつきがみかんの頬に手を添え、そっと唇を重ねる。  
何度も味わった桜色の小さな唇は、衰えることのない新鮮な喜びをいつきの心に与えていた。  
瑞々しく吸い付いてくる唇をついばんでいると、軽く開いたみかんの唇から小さな舌が伸びてくる。  
いつきもすぐに舌を差し伸ばし、お互いの口唇の狭間で、柔らかな粘膜同士にもキスをさせた。  
 
ちゅっ、ちゅっ……くちゅ……れる、ぴちゃ……ちゅる……  
 
舌先をくすぐりあうような、ちろちろとしたキス。  
舌先を唇ですする、相手を食べてしまうようなキス。  
舌を深く絡めあう、溶け合うようなキス。  
 
いくつものキスを堪能し終えると、二人は改めてぎゅっと強く抱きあった。  
力が抜けかけたみかんは、ふるふると身体を震わせながら恍惚とした吐息をつく。  
 
「はぅぅ……しあわせだよぅ……いつきおにーちゃぁん……」  
 
くったりとしなだれかかってくる年下の恋人の背中を、いつきは優しくなでつけた。  
顔を埋めているピンクの髪からは、シャンプーと白檀の混じりあった香りが漂ってくる。  
巫女のみかんに相応しいその香りは、いつきにとってとても心地良いものだった。  
 
「……あ……そうだ……」  
 
ぷにぷにとした頬や首筋に触れるだけのキスをしていると、みかんが思い出したように身体を離す。  
まだ少し力が入らないのか、ゆっくりとした仕草には少しだけ大人びた色香が宿っていた。  
 
こくっと咽喉を鳴らして混じりあった唾液を飲み、唇に手を添えてぬるりとした唾液を拭う。  
体裁を整えたみかんは、屈んだいつきとすぐ近くで見つめ合いながら、そっと唇を開いた。  
 
「あのね、いつきおにーちゃん。さっき、お部屋で黒羽お姉ちゃんと話したんだけど……」  
 
みかんが話すのは、先ほど自分の部屋でまなみと話し合ったこと。  
いつきはまなみに一部始終を見られていたことに驚いたものの、大人しく最後まで話を聞いた。  
まなみが話した内容、交際を当面秘密にするという考えとその理由には、聞くべきところが多く含まれている。  
特に風評被害の懸念や、従業員としての立場から注意されるという可能性について、いつきは軽視していた。  
感情の赴くままに走っていると、どうしても見落としが生まれるということを思い知らされる。  
 
「そっか……うん。ありがとう。確かに、しばらくは秘密にしたほうがいいかもね」  
「うん……。『いつきおにーちゃん』ってみんなの前で言えないのは少し残念だけど」  
 
秘密にする、嘘をつく、というのは、素直な二人にとってあまり楽しいことではない。  
それでも気落ちしても始まらないことも二人は知っていたため、お互いを励ますように笑顔を浮かべた。  
 
「二人っきりの時は、呼んでよね」  
「うんっ、普段の分もすごーく甘えちゃうから、覚悟しててよねっ」  
 
笑顔で言うみかんを、いつきが微笑みながら優しく抱き寄せる。  
ちゅっちゅっと唇を重ねていると、扉の方から足音が聞こえてきた。  
 
ぱちっとみかんは双眸を、いつきは左目だけを開き、こくんと肯きあう。  
そそくさと机に戻ると、ティーセットを持ったまなみと、お茶請けを持った穂波がやってきた。  
 
「お待ちどーさん」  
「少し時間かかっちゃいました」  
 
ポルターガイストを使ってティーカップを並べるまなみが、みかんをちらっと見る。  
みかんが上機嫌に笑顔を浮かべるのを見ると、安心したように微笑みを返した。  
その様子を見て、お茶請けのクッキーが乗った小皿を並べていた穂波が口を開く。  
 
「ありゃ、なんやみかんちゃん機嫌ええなぁ」  
「えへへ、なんでもないよー」  
 
喜色を浮かべるみかんに、いつきとみかんが仲直りしたのかな、と想像する。  
仲が良いことは良いことなので、穂波はそれ以上追求せずに、お茶の仕度を整えた。  
そこに、新しい声が響いてくる。  
 
「ただいま戻りました。――おや、これは丁度良いところに出くわしましたね」  
 
扇子を口元に当てて微笑む猫屋敷蓮に、四人全員が明るく挨拶を返す。  
大人の猫屋敷が加わると、アストラル全体がぐっと大きな広がりと確かな重みを持つようだった。  
猫屋敷の懐からにゃーにゃーと猫が飛び出し、オフィスがいっそう賑やかになる。  
 
それを遠く聞きながら、猫屋敷の分のティーカップを用意するまなみは、新たな決意を抱いていた。  
いつきとみかんの仲を磐石にするための、次なる作戦を。何をすれば良いのか、彼女にはわかっていた。  
そう。まなみは聞いていたのだ。みかんが着替えに去り、一人になったいつきが漏らした、心からの呟きを。  
 
『……えっちなことが、ものすごくしたいです』  
 

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