けだもの  
 
 リョウコの声を、一生忘れられそうもない。  
「あたし、生きていていいの?」  
 破壊された要塞の裏手で、女は感情の消えた声で言った。  
 雅美は知っていた。まだ年若い男だったが、日本戦争の当時少年期を迎えていた彼の前にも、  
大事な何かを失った人間は多くいた。そして、悲しみの只中ではなく、  
途方に暮れる自分に気付いた時には、そんな声でぼそぼそとものを言った。  
 それから十年経っている。俺は大人になり、こんな所にいるが、と途方に暮れながら思う。  
 何も学んでやしない。  
 餓鬼の頃の俺の前で愚痴る人間は、俺をいないものと考えていた。  
 だが、この女は目の前にいる俺に向かって、喋っている。  
「……リョウコ」  
 大きな赤い瞳が、くるりと動いた。艶のある長い髪に囲まれた顔は、ずっと雅美の方を向いている。  
 目は彼を見ているようで、見ていなかったのだ。  
 瓦礫の山の上に腰掛けた女を前に、彼は言葉を捜した。  
 が、見つからない。神父の説教もきちんと聴いておけばよかったか、と自嘲した。  
 彼と称号付きの姓と、銀色の髪、青い瞳を共有するヨーロッパの血縁は、よく人を諭すのに聖書の言葉をもってした。  
 が、彼は章句を探すのをすぐに止めた。何を言っても、今は無駄だ。  
 
 リョウコは、父を殺した。死に際に父は、リョウコに「母に似たな」と言った。  
 
 雅美の主観で無限とも言える時間が過ぎた頃、誰かの足音が近付いてくる音を、彼の耳が聞き取った。  
「隊長、ここにいましたか」  
「鬼無里。なんだ、用か」  
「これから死者の埋葬を行います。おいで下さい」  
「ああ、と言う訳だリョウコ……」  
 リョウコは視線を寄越しもしなかった。じっと、どこか遠くを見るような目で、雅美と鬼無里を見ている。  
 鬼無里は、何ですか、とでも言いたそうに二人を見比べ、首を傾げた。  
「先に行く。よければ、後から来てくれ」  
 冷徹な顔つきの男と肩を並べて歩きながら、彼は安堵している自分に気付き、その事に居心地の悪さを感じた。  
「埋葬は明日では駄目か?」  
「北日本の兵士を中心に、損傷の激しい遺体も多いので、彼らを先に」  
「それ以上言わなくていい」  
「はい。ところでリョウコさん、どうしたのでしょうか?」  
「まだ、それは言えんな」  
「そうですか。水臭いと言いたいですが……女性のことなら、仕方がないですね」  
 特に心配するでもなさそうな声音に、こいつは何でも知っているのではないか、と不気味な錯覚を覚えた。  
 
「……一つ訊くんだが」  
「何でしょう」  
 あの居心地の悪い空間から連れ出してくれた年上の男に、彼は助けを求めるような気で、呟いた。  
「女の慰め方を、知っているか?特に気の強い女の」  
 何でも知っているような顔をした男は、うっすらと不精髭を生やした顔を横に振った。  
「隊長、確かに私は隊長より年上ですが、学んできた事とこなかった事があります。  
学んだけれど適性の無い場合もあります」  
「つまり、苦手の中の苦手、か」  
「はい」  
「それはすまなかった。忘れてくれ」  
「隊長も、辛い立場ではありますね。お察しします」  
 主戦場となっていた要塞の外に、リトル・ジョンが停められている。  
 その足元に白い雪と黒い土とをドーザーで掘り返した大穴がある。  
 布にくるまれた死体が、次々に穴に寝かされていく。どれが自軍の兵士であったかは、見分けがつかない。  
「そう言えば、衛生兵から報告がありました。夜叉のパイロットは、明朝埋葬されるそうです」  
「……そうか」  
 海宝の行方に思いが行ったが、すぐに頭に去来したのは、  
(まとめて埋葬した方が良くはないか?リョウコがいない、今のうちに)  
という疑問であった。リョウコは、まだ姿を見せてはいない。  
 
 三々五々、パイロット達が集まってくる。顔を何かにぶつけたのか青タンを作った純、薬品の臭いを濃く漂わせた彩菜。  
 矍鑠とした桐野老人も、埋葬の時間だけは本来の年齢を思い出したように老け込む。  
 ジョンは目を閉じて、何か口の中で呟いていた。  
 何故かエミリオは泣いている。彼には、雅美の理解しきれない部分があった。  
 彼は戦闘の後の埋葬の度に、泣いた。  
 以前、理由を尋ねたことがあった。彼はいつものように軽薄そのものの様子で、あるいは軽薄を装ってこう言った。  
「ボク、日本の女性、死ぬの悲しいよ。日本の女性、世界一美しいね。こんな戦いで女性死ぬ、世界人類の損失ねー」  
「名前も知らない女でも、北の兵士でもか?」  
「そうねー、北の人にも言葉通じる、口説けるってことね。モッタイナイよ」  
 そのままその後は整備兵達と猥談合戦になってしまったのだが、  
 
「ベトナムの女の子、小柄でね、栗みたいな頬っぺたとアオザイ、タマリマセンネ。  
パレスチナの女の人、ヴェールから覗く瞳が神秘ね。口説くのは命懸けね。  
でも最高にタマンナイのは、コロンビア、パナマですねー。彩菜さん見るのこと。素敵でしょ?  
あっちはねー、国の女の人みーんな、素敵の混血よ。カフェオレみたいの肌、色っぽいのも満点ねー。  
腰こんななのに、お尻とバスト、こーんな。  
……隊長さん? ドイツと日本の混血ね。女だったらねー、称号つきの美人、痺れるでしょう!」  
 止まらぬ舌に深い溜息を吐かされたものだった。  
 
「少尉、失礼します」  
 若い女性兵士の声が、無人だと思っていた後ろから聞こえ、雅美の背筋を一瞬凍り付かせた。  
いつの間に、と思ったのだった。振り返って姿を見るに、偵察兵であるらしい。  
見覚えがないと言う事は、自分の下には配属したことがないようだ。  
「今でなくてもいいでしょう」  
「そうもいきません」  
 鬼無里は所要で、と言い置いて去った。  
 その後ろをいそいそとついていく兵士の後姿は、安堵に満ちているように彼には見える。  
 頼るに足る上官が生きているのは、兵士にとって安心できる事なのだろう。  
 与えられた作戦を遂行するのが彼の役目であったが、北日本にあって兵士の補充が受けられない以上、  
少しでも人的被害を少なくするのが、彼に与えられた命題でもあった。上手くそれもこなしてこれた、と彼は信じている。  
 思えば、一人の人間が生きていれば、その人生の先にまた別の誰かが繋がっているものだ。  
 家族であったり、友人、恋人もその中に含まれるだろう。  
 雅美も、幾多のキルマークを己の愛機に刻んでいる。  
 正義や任務はどうあれ、それは誰かの絆を断ち切った跡なのだった。  
 雅美は眩暈を感じた。  
 
 久しぶりにゆっくりと風呂に入り、要塞に貯蔵されていた物資で腹を満足に近い程満たした。  
 今夜も急ピッチで機体の整備が続けられることだろう。要塞から、数機のAFWが脱出した痕跡が認められている。  
 一刻も早く青函トンネルに突入したいのは山々だ。その身一つで戦えるのならそうしていただろう。  
 しかし、機体の磨耗と損傷だけはどうにもならない。苛立つ心を抱えたまま、彼らは朝までここに留まることになっていた。  
 
 彩菜が、色の薄い眉を曇らせながら雅美に報告に来る。戦いの死傷者が増えそうだという事と、もう一つ、  
リョウコが食事も摂らず、部屋に閉じ篭っていると。  
「一体、どうしたんでしょう?」  
 気立ての優しい女だ。リョウコとは全く違う。  
 ハーフと言う共通の出生を持つ事も手伝って、雅美は、ほんの少しの好意を彩菜に感じる。  
 が、リョウコについての話は、まだ表ざたにするには早過ぎる。彩菜が気遣っているにしても、今は黙っているしかない。  
 誰にもしようのない事だ。  
「何か理由があるんだろう。そっとしておいてやれ」  
 言い置いて、彼は早々に与えられた部屋に引き取った。  
 六畳程の広さだが、個室だ。壁には地図と、北日本の有り難い標語が張られている。  
 そして小さな机の上には、持ち出し忘れたのだろう家族の写真がある。雅美は部屋に入って最初に、写真立てを倒した。  
 子持ちの士官が主だったらしいベッドに横になった。  
 ベッドとは言い条、一段高くなった畳の上に布団を延べる形になっている。  
 が、寝袋より各段に寝心地は良く、彼は平均的な日本人より長い手足を伸ばせる幸せに酔った。  
 灯りを消すと自然に瞼が下りた。その夜半のことだ。  
 
「ヴァイ、ヴァイ?」  
 眠る雅美の耳に、幻聴が聞こえた。一瞬前のことなのに、もう思い出せない遠い夢の中から響いてきたように、雅美には思えた。  
 敵襲があったのなら、リョウコは容赦無く寝ている人間を蹴り付ける女だ。  
「ヴァイ……起きなさい」  
 あの女の声にしては優しく、甘すぎる。妙に寒い。北日本の冬、布団を蹴り飛ばして雪女の夢とは、出来過ぎだ。  
 ぶるっと背を震わせて、彼は目を開けた。  
 ぼんやりと、灯りが点いているのが見えた。消した筈だった。そして、何より、  
「……随分寝つきがいいのね。私の方が寒くて堪らない」  
 本当にリョウコがそこにいるとは思わなかった。しかも、裸で。自分の膝の上に跨っている。  
 一瞬彼は自分の目を疑った。すぐに、これは紛れも無く真実だと思った。当然雅美は飛び起きようとした。  
 そうもいかない事にはすぐ気付いた。体の前面が妙に涼しい。  
 見れば、繋ぎのジッパーがそこまで引き下げられていて、引き出したものをリョウコが手にしているのだ。  
 かあっと頭の中が熱くなった。自分が、リョウコに、寝込みを襲われている。夢にも思わずにいた屈辱的な事実だ。  
「ねえ、ヴァイ、男って、ここをこうされると堪らないんですって?」  
「やめろ、リョウコ……」  
 大きな瞳が、いつもと同じ表情で見詰めおろしている。  
 ひんやりとした女の手の中に握り込まれた性器に、段々と血液が集まり出すのを感じ、彼は顔を背けた。  
 
 白い体が、柔らかく屈んだ。黒く長い髪が、下腹の柔らかで弱い肌を擽ってくる。  
「……本当に、固くなるのね。それに熱いわ」  
 捻り上げるような、包むようなもどかしい動きでも、確実に昂ぶらされた。戦の後だからだろうか。  
 血と破壊に酔った後は、その残り火が延焼を求めることがあった。けれど、今はそれを求めてはならない時だ。  
「お前と、こんなことは」  
「嫌なの? あたしはこうしたいのに?」  
 握るでもなく、固く乾いた指先が、血管を浮かび上がらせているだろう表皮を撫で上げ撫で下ろす。  
 握れ。そう言いそうになる唇を噛んで、耐える。その耳に、唇が寄せられてきた。  
「先端が、赤くなってるわ。大きさだって、さっきの倍以上ある」  
「この……馬鹿女」  
「意外と、綺麗な色。どす黒いと思ってたのに。あなたがハーフだからかしら」  
 もう止めろ、と諭しても女は聞く耳を持たないようだった。それどころか、勢いづいた指がギアでも扱うようにしっかりと、  
彼のそれを握り込んでしまう。が、それきり動かされることもない指と手首に焦れた腰が、勝手に指の輪を使う動きをした。  
「いいの?そうなのね、ヴァイ」  
「お前、俺をいたぶりに来たのか?」  
 
「どうして、そんなこと聞くの」  
「……判ってて当然のことを、聞くからさ」  
 吐き捨てるように彼は呟いた。そしてそれきりそっぽを向くしかない。  
 足元を向けば、リョウコの美しい形に垂れた乳房と、その手前で白い指に握り込まれた自身が見える。  
 それが興奮を誘うことが、彼には目に見えていたからだ。  
「言って。ヴァイ、どうなの? 言わなきゃ、手を離すわ」  
「……悪くない。だから、もう少し握ってくれないか」  
 彼は折れた。途端に、長く忘れていた快感が、彼の中に戻ってきた。  
微妙に外した指の動きが、もどかしさとなって眉を顰めさせる。  
「固いわ、それに、一握りじゃ足りない……」  
 目を開いて足元を見る。覆い被さった髪の下で、美しい女が真面目な顔をして彼を弄んでいる。  
息さえ掛かりそうな唇との距離に、嫌だ、と思う気持ちが薄れていくのを、彼は危険だと感じた。  
「お前、おかしいぞ」  
「どうして?」  
「どうして、今夜なんだ?」  
 リョウコのしなやかな指の動きが、一瞬止まった。くっと根元を搾る動きに切り替えながら、  
「したくなったからよ。それじゃいけない?」  
 頭はそういうものでもないだろう、と思っている。が、体の方がその心地よさに溺れていく。  
 扱き上げる指の動きが、何かで滑らかになるのを彼は感じた。  
何の為に出るのかは知らない、ある程度以上の快楽の結果の雫だ。  
 
「ねえ」  
 顔が上がった。彼の体を跨いだリョウコの黒い髪が、つんと突き出した乳房の上に被さっている。  
 寒さに尖った乳首の色は臙脂にも桜色にも見える。  
 引き締まった白い腰の下で、黒々とした陰毛がまるで、ここを見なさい、と言っているように鮮やかな対比を示している。  
 思っていたよりもずっといい女だ、と見惚れている彼の顔に、ふさっと何かが被さってきて擽った。  
「……わっ!」  
 鼻先に陰毛がある。驚く唇に、柔らかく湿った何かが押し付けられたようだった。  
「舐めてくれる?」  
 くしゃみと咳が一緒になったような変な声で、彼はまた馬鹿、と叫んだ。  
 息を吸うと、そこに篭もった汗の匂いがした。何故か強く欲情を誘った。  
 勿論、抵抗はある。西洋人の血が流れているとは言え、ずっと日本で育った雅美には、文字通り女の尻に敷かれるのを嫌う。  
 何しろ文字通り、尻に敷かれている。  
「……ねえ、して」  
 珍しく、穏やかな声でリョウコが言った。  
 その声が彼の背中を押したようだった。  
 唇に押し当てられた柔らかな部分を、舌でなぞると、縦にくぼみが走っているのがわかる。  
 彼は目を閉じ、唇で押し広げるようにして、開いた。  
「あっ!……ちょっと」  
 頭の両側に置かれた腿が震え、腰が浮いた。  
「どうした」  
「……何でもないわ」  
 変な奴だ、と思いながら、今日一日の汗が篭もったそこに唇をつける。  
薄い肉片がいくつかあるのを確かめて、ほのかに塩辛いそれを舐め立てた。  
 
「……はっ、あ、ぁっ」  
 腿に力が入った。ぐっと体重が圧し掛かり、頭の後ろで髪がじりっと音を立てた。  
 鼻にくすぐったさを感じながら、肉片の合わさったところにある硬い突起を口にする。  
「ん、うん、……くぅん!」  
 冷淡な女なのに猫のような声を漏らすのがおかしく、とろとろと滲み出してくる酸味のある液を舐め取りながら、雅美は唇で笑った。  
 ここまで来ては、もう乗るしかないだろう。そう覚悟を決めた。  
「なあ」  
「……あっ、な、に」  
「向こう向いて、俺のもしてくれないか」  
「わかったわ……」  
 くるり、と身軽に身を捻って、彼の顔の上に向こう向きに跨ってしまう。  
 まだ十代だった筈の女の、美しい膚が張り詰めた尻に、そっと手を当てた。ぴんと張り詰めた膚に、指がめり込んでいく。  
 冬の寒さに冷えた膚は、掌の下でじんわりと暖かくなる。   
「見えるの、見てるの?」  
「当然だ」  
 細身の腰からすらりとした腿が伸びている。突き出した丸い尻の間に、赤いものを挟み込んだような眺めが、彼の目の前に広がる。  
 柔らかな肉の両側に指を掛け、開いた。色素の薄い、縁だけ紫色を帯びた花弁が蜜に光っている。  
その繋がったところにある鞘に親指を当て、剥き返してみる。瑪瑙の粒のように、朱色に充血して光っている。  
 両手を尻に添えて腰を落とさせると、柔らかな部分が鼻先に来る。また舌でなぞってやると、声が上がった。  
 
「俺のを忘れるなよ」  
「あっ……手で、する? それとも」  
「どっちでもいいさ」  
 くちづけをする時だってこうはしない、と思うほど優しく舐めた。  
 尖った部分を唇に収め、ちゅ、ちゅとわざと音を立ててやると悲鳴のような声が上がって楽しい。  
「ヴァイ、あなたの口、……っ、熱いわ」  
 手が握り締める。濡れた先端が時折冷たく感じるのは、間近な唇から洩れる吐息のせいだろう。  
「言おうと、思っていたんだけど」  
 声を弾ませながら、リョウコが言った。  
「何だ」  
「ここの毛の色、髪より少し濃いわね?」  
「言うと思った」  
 丸い尻肉を引き摺り下ろし、肉の谷間に鼻先を埋めるようにして、舐め続ける。  
「ふぁっ、ん、んんっ……あ……ーっ」  
 もどかしそうな甲高い声が上がり続ける。感じているのだ、あのリョウコが。  
 どんな顔で、と思うと、頭の芯が、かあっと熱くなっていく。  
「声が高い。北のコンクリを過大評価するな」  
「あ、んっ……でて、しまうんだもの」  
「塞げよ、口。何なら、俺のを頬張れ」  
「えっ……」  
「歯を立てなきゃいい。俺がしているみたいに、舌を使え」  
 躊躇っているのか、声を喉の奥で潜めて、それを握り締めていた。  
 ややあって、柔らかくざらっとした感触の何かが、雅美の先端に、巻き付いた。  
 
「そうだ……いいぞ」  
 自分の胸郭の中で、心臓の鼓動が弾んでくる。こんな真似は、今までに知った誰にもさせた事がない。  
 さして多くもないその顔を思い出して、リョウコが最も美しいのに気が付く。そして、多分一生のうちで抱く女の中で最も強く、壊れているのもリョウコだろう。  
「んッ……おふっ……あ、あっ、ヴァイ」  
「止めないで、こう……口の中に含んでくれないか」  
「大きくて……入りそうにないんだけど?」  
「出来るところまででいいさ」  
 すぐに、ふんわりと柔らかな感触が下りて来た。開いた傘の裏側を包み込む粘膜の感触に、不思議な妄想が広がっていく。  
 あの憎まれ口ばかり叩いている唇の裏側の感触は、こんなに熱く柔らかい。  
 大きなものを咥えた苦しさに眉を顰め、その中でも舌を使っている、リョウコ……滑らかさの中で、彼は早くも弾けそうな予感を抱いた。  
「顔をどけろ、もうすぐ出そうだ……」  
「待って」  
 信じられない程敏捷な身のこなしで、リョウコは腰を上げ、また雅美の上で体の向きを変えた。  
 そして、今度は雅美の腰、欲望の炸裂を求め天井を向く肉棒の上に、屈み込んだ。  
「お、おい、すぐに出ちまうぞ」  
「いいの。中に出してしまっても」  
 止めるのも聴かず、熱く溶けた感触の性器を、先端に宛がってしまう。欲望に赤らんだ顔には、理性もへったくれもない。  
 雅美も雅美で、相手が戦友ともいえるパイロットだとか、部隊の隊長である自分が快楽に溺れては示しがつかない、などと考えるのは放棄していた。  
 ただ、その先にある、濡れて絡み付くような感触の中で達する瞬間を思い描き、生唾を飲んだ。  
 
「……くっ」  
 形良く生え揃った眉の下で、瞼が何故か辛そうに閉じられる。雅美も、何かの抵抗を確かに感じていた。  
「どうした?」  
「これ以上、入らない……」  
 直立した白い体が、強張って震えている。彼を跨いだ脚の間に、彼のものを先端だけめり込ませて。  
「ねえ、下に、押し下げてくれる」  
「馬鹿……抜くぞ」  
 腰を掴んで持ち上げても、女は何故か抵抗しなかった。つるり、と先端が外れると、力が抜けたように彼の胸に倒れ込んできた。  
「やったこと、ないのか?」  
「そうよ。文句はある?」  
「何を無茶してるんだ」  
「いいでしょう、私の勝手だわ」  
 そう答えた声には、紛れもない安堵があった。彼は案ずる余り少し萎えた自分の先端を、指で拭った。  
 外気に触れてひんやりした液体を見たが、まだ傷はないようで、透明な色をしたままだ。  
「それでいきなり上に乗る奴があるか」  
「あなたが、いつまで経ってもしないからよ。出そうになるまで」  
「……まったく、お前と話すと押し問答になる」  
 両腕で荷物を抱え込むように、不器用に彼は腕に力を込めた。  
 胸の上に抱えられる女の体も、不思議な緊張に強張っていた。  
 
「でも、今、無性にしたいのは本当よ。自分で言うのも変だけど、サカリがついたみたい」  
「それじゃ、けだものじゃないか、俺達は、まるで」  
「けだものじゃいけないの?」  
 首だけを上げ、リョウコが言った。冷ややかな赤い瞳が、挑発するように彼を見詰める。  
「さっきまで、人殺しの機械だったわ。明日もそう。あたしなら、けだものの方がまし」  
「……そうか」  
「だから、続けるのよ。痛めつけてみなさいよ、私を」  
 何が何やらさっぱりわからない。どうしてそんなに自分を傷付けたがるのか、雅美には理解できなかった。  
 ただ、リョウコの言葉が、自分を煽り立てていることと、驚いた事にそれで何か自分の胸に痛みのようなものが走るのはわかる。  
 これでこの先、こいつはどうするのだろう……何かある毎に、訳がわからないまま自分を傷付けるような行いを続けるのだろうか。  
 それも男の手を借りて。だが、彼にはそれを止めさせる術を思いつかない。  
「……わかった。でも、お前のここ、ずたずたになるかもしれない」  
「誰だって、一度はそうなるんだし」  
「減らず口叩いて、後で泣くなよ」  
 処女との手続きなんて知らない。でも、優しく抱いてやるものではなかったか。  
 宥めるように囁いてやるべきなのではないか。まして、口の端を歪めて皮肉を言い合うものではなかった筈だ。  
 
 つなぎを脱ぎ去る。現われた裸体に、女が息を呑むのが聞こえる。  
 女は、体を貫く凶器だけではなくて、男の体自体に怯えるのかも知れない。確かに教練で鍛えられた胸板は、細い女の体を押しひしいでしまいそうだ。  
 腕に力を込めたら、この女の腰が折れてしまうかも知れない。  
 誰とも知れない男の匂いがする狭い寝床に、女を寝かせる。首筋に顔を埋めて嗅ぐ汗の匂いは重く甘い。  
 所々に固い筋肉の線が浮いた体だが、それでも女だ。滑らかな背中の下に左手を回し、見た目以上の重みを感じながら丸く盛り上がった乳房に触る。  
 柔らかい肌の内側で、芯がこりこりと固い。生娘とはこういうものなのか、と考えながら、尖る乳首を口に含み、下ろした右手で彼女の脚の間の熱さを感じ取る。  
 どんな女でも、そこの肌はとりわけ柔らかく、敏感に出来ているものなのだ。左の腕に背骨と筋肉のしないが感じられた。  
 ゆっくりと黒く艶のある毛を指で梳き、口でも触れたことのあるそこに、触れた。  
 女はじっと目を閉じ、声もない。先刻までの荒れ狂った情欲が、嘘のようだ。  
 熱かった部分は、ひんやりと冷えていた。が、すぐにまた新しい、熱いうるみが洩れてくる。  
「泣いてもわめいても、もう許してやらんぞ」  
 たっぷりと湿らせた後にあてがい、二、三度軽く滑らせて位置を確かめた後、じっくりと体重を掛けた。  
 熱く溶けた感触に先が包まれたが、何かの抵抗に触れる。いつもはきつく引き締まったリョウコの顔が、苦痛に歪んだ。  
「つ……いた」  
「我慢しろ、もう少しだから」  
 確かに、何かを押し広げていく感じがある。この先だ、と彼は力を溜め、押した。  
「……!」  
 一声、何かの獣のように叫んで、女は固く首を竦めた。  
 
「もう入った、固くなるな……」  
 少し先端が嵌まっただけで音を上げたのだから、今も余程の痛みだろう。  
 けれど彼は熱さと湿り気と、痛いような窮屈さに包まれて、さらなる快感を求めてしまう。  
「いいか、動かしても」  
 苦痛にうめくとでも言った方がいいような様子で、リョウコが首を縦に振った。  
「く、あっ……いっ」  
 塞ぐようにきつく目を閉じて、助けを求めるように雅美の裸の肩に腕を回す。  
 そんなに辛いのか、と尋ねたが、首を横に振るばかりだった。  
 男の知らない体の反応でもあるのか、痛みを訴える体の奥から、熱い雫が溢れてくる。  
 それを借りて奥まで進んだ時、不意に女が言った。  
「ヴァイ……後ろから、できる」  
「何だ今度は」  
「顔を見られたくないの」  
「無理だ、痛いんじゃないのか」  
「痛いのは、今だって同じよ」  
 言い出したら聴かない女だ。無理だと教えるしかないと思い、ひとたび抜いて、這わせた。  
「いた……ああ、痛い」  
「なあ、馬鹿な真似は止せ、抜くぞ」  
「抜かないで。続けて……くぅっ」  
 悲鳴の洩れる体から、彼は自分の肉柱を抜こうと、丸く張り詰めた尻に手を掛けた。  
 その手首を、前から女の細腕が伸びてきて、掴み止めた。  
「!」  
「止めないでって……言ってるのよ」  
 振り返り乱れた髪の向こうで、女が荒い息を吐いている。振り向いた睫毛が、何かの水でこごっているように、彼には見えた。  
 
 仕方がなかった。両手で細い腰を掴み、奥まで貫いた。糸のように悲鳴が洩れる。  
 立てていた腕が折れ、敷布に突っ伏す。その体に体重を掛けるように、後ろから腕を回し抱き抱えた。  
「枕か、布団でも抱えろ」  
 引き裂かれる痛みが来るなら、それを逃がす先を用意しておきたかった。  
「ん、くっ、うんっ……うあっ! ……ヴァイ、続けて」  
 少しづつなら、もう痛みは訴えない。だが、少しでも大きく動かすと、悲鳴が上がる。  
 続けろと言われても、女を痛めつけて喜ぶ趣味のない彼は途方に暮れるしかない。  
 上体を起こして、薄明かりの下の女の背中を眺めた。どこもしっとりとした手触りの、美しい膚をしていた。  
 薄く産毛に包まれた尻などは、桃の実の様だ。  
 中国、日本、朝鮮、東アジアの女の膚は世界で最も美しいと、彼の戦友のイタリア人は言う。  
 確かにそうだろう。身近に西洋人が多数いた彼にはわかる。  
 その膚が、すらりとした脚の間で血の色を帯び、膨らみ切れ込んでいる。そこに捩じ込まれたものは多分大き過ぎる。  
 傷ましいような姿だが、彼はあるものに目を止めた。  
 彼が塞いだ部分の上に、薄紫色をした蕾がある。微かに収縮しているようなそれに、雅美は指を当ててみた。  
「ひゃうっ……!」  
 突然、びくっと総身が跳ね、女だけでなく彼も驚いた。  
「ヴァイ……変なとこ、触らない、で!」  
「ここか?」  
 指の腹で撫でただけで反応を返したところに、酷く興味をそそられて、彼は動きを止めたまま軽くつついた。  
「っ……あん、あっ!」  
「随分切ない声を出すな」  
 
 彼は苦笑した。けれど安心もした。痛がるばかりの女を抱くのは、やはり嫌なのだ。  
「変なところが気に入ったみたいだが」  
「そんなところ……だ、め」  
 指を口元に運び、唾を吐くと、まだ息をするようにひくつくところに塗り付けた。  
 粘膜の下で、固く締まった筋肉が段々と力を失うのを感じながら、親指の腹で揉み解す。  
「あっ……あ、そこは……違うわ……」  
「わかってるさ、ただ、お前はここが少し好きみたいだからな」  
「止してよ……ヴァイ……」  
 息も絶え絶えになる。背中に浮いていた筋肉の線が、明らかに薄くなっている。  
 力が入らない。雅美を窮屈に掴み締めた部分も、僅かに解れ、熱い雫を吐き出し始めた。  
「解れてきたな、両方とも」  
「そういう事……言って……楽しいの?」  
「ああ、楽しい。何せお前は鬼みたいな女だから」  
「……指、入れないでっ……!」  
 悲鳴のような声を上げ、リョウコの頭が枕に突っ伏した。丸い腰は彼の手に抱えられたまま、繋がったままだ。  
 とろとろと、熱い蜜が湧き出して、彼にまぶさってくる。  
 その上では、男の親指のほんの先端が、窄まりをこじ開けるように収まっている。  
「お前の希望通り、虐めさせてもらうぞ、いいか?」  
「そんな、やり方……あ、あぁあっ!」  
 掠れた声で、リョウコは叫ぶ。仰け反り振りたてた髪が、汗ばんだ背中に幾筋か纏わりつく。  
 痛みなのか、心地よさなのか、雅美には知りようもない。けれど、彼が彼女の全てを掴んでいるのに違いはなかった。  
 
 指を、第一関節が入るところまでねじ込んだ。滑らかな締め付けが、指をもぎ取るよう。  
 少しでも動かすと、気丈な女の尻から背中に、ざわっと鳥肌が立った。  
「最初からこっちでしちまえば、手間なかったのにな」  
「変態っ……!」  
「じゃあ、こんなところを弄られてるお前は何だ。濡れてきてるぜ」  
「嘘……嘘よ」  
「嘘じゃないさ、初めてだってのに、じっとり溢れ出してきた」  
 彼は証かすようにゆるゆると腰を使った。肉が軋み、引き攣れる感触は薄れ、明らかに水音がした。  
 腰を抱えていた左手を、腿を超えるように前に伸ばし、叢を掻き分けて突起を探した。  
 そのすぐ後ろに彼自身を突き刺されて、核はやや力を失ったように、柔らかく小さくなっていた。  
 それを指先に捕らえ、鞘の中で逃げるのを追いまわすようにしてやると、ひっ、とひきつけるように喘いだ。  
「このままいってもいいぜ。俺は構わん」  
 啜り泣きの声がする。こんな風に扱われるのが辛いのか、それとも泣くように喘いでいるのか。  
 白く滑らかな尻を抱えながら、彼は背を曲げて背中に唇をつけた。黒々とした毛筋が張りついているのを払い退け、顔を覗き込もうとした。  
 折り曲げた腕の上に顔を伏せ、黒い髪を渦巻かせたまま、女はしゃくりあげている。  
 指の動きを早めると、それだけで声が高まった。  
「もう、どっちかだけでも」  
 苦しい息の下、リョウコが叫ぶように言った。無論、もう止めてやる気など彼にもない。  
「いきそうなんだろう? じゃあ、いけ」  
「あ、ああ、……いや、だ」  
 
 小声でくぐもった声ながら、最後の叫びを確かに聞いた。突然背中が反り返り、長い髪を振り乱すようにがく、がくと総身を震わせる。  
 貫いた体から、甲高い声が洩れた。そして、少し遅れて、彼を包み込んだ部分がぎゅっと締め上げる動きを見せた。  
 連動して、指を受け入れた部分もひくひくと痙攣し、指をもごうとした。  
 急速に彼の中でも快感が膨れ上がった。もう少し耐えられるかと思ったが、駄目だ。  
 柔らかな尻に深々と指を食い込ませて、唸った。  
「俺も、いくぞ」  
「何、膨れる……!」  
 衝動のままに打ち付けるように腰を使い、女の中に精を放った。  
 何者も汚していない雪を踏みしだくような、堪らない解放感と不思議な優越感がその脈動を長続きさせた。  
「あ……あ、はぁ……」  
 荒い息を吐きながら、薄い桜色に染まった体が力を抜いていく。  
 ゆっくりと親指を抜き、体を重ねたまま綿の敷布の上に伏せさせて、  
「凄いぞ、お前、初めてでいっちまったのか」  
髪の陰の耳に囁きながら、まだ先端で繋がった体の締め付けを味わっている。  
「今の……今の、一体」  
「俺も、出した。どうせなら顔が見たかったぞ……おっと」  
 二人分の体液に濡れ窮屈さに負けて、つるりと吐き出されてしまったものを、彼は見下ろす。体液の色は白濁している。  
 丸く盛り上がった尻を掌で撫で、その奥で赤く腫れ上がった部分を、指で開いた。思ったほど酷い怪我はない。  
 殆ど動きもしなかったのがよかったんだろう、と苦笑するうち、奥から白く、濃度のある液体が溢れてきた。  
 少し腫れた印象のある花弁を覆い尽くし、その下のか黒い茂みをひたひたと濡らしていく。  
 
「いかん、また勃ちそうだ」  
「いいのよ、またしても?」  
「まあ、お前が平気なら……なあ」  
「何、ヴァイ?」  
「俺は、顔を見ながらがいいんだが」  
「これ、嫌なの?」  
「悪くはないんだが……」  
 刺激的ではあるが、虐めているようで、とは言いかねた。  
「いいけど……一つ約束して、私が言ったら、また顔が見えないようにして」  
「わかった」  
 照れているのだろう、俺と同じように。彼はそう思った。  
 考えて、リョウコには側臥をさせた。折った肘に額を預けると、脇腹から腰、脚への曲線が美しい姿になった。  
 上になった右足を前に出させ、その上から覆い被さるように繋がる。  
 一瞬、白い横顔に苦痛が走り、けれどそれはすぐに緩んだ。  
「ああ、いい眺めだ」  
「そうなの?」  
「俺が動くと、お前の胸が揺れる」  
「……馬鹿ね」  
 余裕ありげな笑みが、一瞬赤らんだ頬に浮かんだ。  
「男なんて、みんな馬鹿さ」  
 
 もう痛みも訴えない。彼は安心してピッチを上げた。女の背がぐうっと反り、上体を捻るようにして真上を向く。  
 滑らかな肌が形作った乳房が、彼の言った通りに、突き上げる動きにつれてふるふると震えた。  
 形よく張った太腿がもじもじとよじられるのも、何とも言えない。  
「あ……ああ……」  
「どうした」  
 答えはない。ただ、交差した脚の間から、泥を掻き回すような粘り気のある音がする。  
 端整な顔の色がますます赤みを増し、ぐっと深く目を閉じた。  
「……う、んっ……あ、あ、っ」  
「どうして、欲しい、リョウコ」  
「痛く……して」  
「痛くなんて、もう無理だ」  
「……痛めつけられたかったのに」  
「なんでそんな真似をしたいのかは知らんが……」  
「あ……きゃあっ」  
 繋がった部分をまさぐり、もう一方の手はこりこりと固い乳房を押し揉んだ。  
 抵抗するように身じろぎを始めるリョウコ、その顔に時折苦痛が走るが、口からは甲高い喘ぎしか洩れてはこない。  
 悔しいような気がした。交差した脚を戻し、「本手」と言われる姿勢になる。よく括れた腰を掴み、繋がり方を深めると、くうっと喉の奥で女が泣いた。  
「……ヴァイ、奥は……きつい」  
「よかったじゃないか」  
「くぅっ……ん、く、あ」  
 そこで、最も敏感な切れを擦りつけるようにする。痺れるような感覚が、少し汗ばんだ体に染み渡っていく。  
 温かく湿った女の体が、逃げようとするように激しく悶えた。  
 
「もう、勘弁して」  
「もう暫く掛かりそうなんだ。……さっきみたいに、いかせてやろうか」  
「いや……いやよっ」  
 心配しなくてももうすぐ終わる。お前の中が最高だから。  
……などとは口が裂けても言えない。代わりに、ぐっと手を伸ばしてすべすべした尻に指を這わせた。  
 ぎっちりと埋まった隣の口から溢れた液体のぬるみが、指先を受け入れさせてしまう。  
「俺のが壁越しに触る」  
「あ……いや、いやぁっ」  
 形良く尖った顎を天井に向け、掛け布団の生地を両手に掴んで、リョウコは叫ぶ。  
 顰めた眉の下、大きく切れた目尻から、じんわりと涙が溢れ、抽送に合わせて耳の方に流れていく。  
「ヴァイ、ヴァイ……っ、見ないで、見ないでっ」  
「もう我慢しろ、すぐに終わらせてやるから……」  
 その体内の耐え難いような熱さ、柔らかな肉が彼の肉棒をきつく扱き上げるその心地よさ。  
 二度目の絶頂が、遠くにちらちらと瞬き出す。  
「……うっ……く、んあ、……!」  
 喉の奥で耐えるような喘ぎは、涙を伴うと啜り泣きに聞こえた。  
 余りの良さの故か、彼はそう断じて指をさらに深く差し込んだ。早駆けに責めながら、射精のタイミングを窺った。  
「あっ、ああ、あ……!」  
 雅美の腰を挟んだリョウコの脚に強く力が篭もった。背中がぐっと反り、肉の奥で彼を締め上げる力が強まった。  
「……!」  
 声にならない、鳥か獣のような叫びで、リョウコが達したのを知る。  
 耐えようにも耐えられない興奮と痙攣の中で、彼も背筋を震わせながら二度目の精を吐いた。  
 
……  
 
 リョウコの丸めた背中が小刻みに震えている。  
 脚の間の傷口に彼は紙を宛がった。血の出ない女もあるものだ。  
 白濁した液が溢れてくるのを拭ってやりながら、初めてだというのが嘘だったのか、それとも男並の訓練はそういう女らしさも奪い取るのか、と考える。  
「辛いか?」  
 返事はなかった。それでもやはり激し過ぎたのだろう。彼はほんの少し後悔をした。  
 ただ優しく終わることができたとは、彼には思えなかった。リョウコは痛めつけろ、と言い続けた。  
 それを避けながらも、いたぶる心が生まれ育つのを、彼は抑えることが出来なかった。終いには、追い詰めて息の根を止める気持ちになっていた。  
 減らず口ならいくらでも叩ける口と舌が、謝罪を探した。が、どうしても上手く動かない。  
「俺も根元が痛いくらいだ……リョウコ?」  
 言うに事欠いてこれか。余りに「古臭い日本の男」らしい自分の言い草に失望しながら、照れるわけにもいかず、  
縺れながら流れた黒い髪を掻き上げ、伏せた顔を覗き込む。  
 頬が赤い。  
 折り曲げた腕の中に深く顔を埋め、リョウコはまだ啜り上げている。  
「泣いてるのか、リョウコ?」  
 小声で訊いた。返事はない。落ち着くまで待とう、と傍らで片肘突いて見詰める雅美の耳に、父さん、という言葉が、聞こえたような気がした。  
(……ああ、そうか)  
 涙の意味まで全て理解する事など、できそうもない。ただ、聞かなかったことにするのなら、訳もない。  
 彼はリョウコの白い獣のような背中にぴったりと身を沿わせた。長い髪を指で梳きやりながら、寝息を立てる振りをした。  
 
 
「紙、ある?」  
 一時間か、二時間かが経ち、女が鼻声で言った。手を伸ばし、油に汚れた手拭を手渡してやる。  
 それをしおらしく目許に持っていくのかと思いきや、勢い良く洟をかんだ。  
 何故か、雅美は梯子を外されたような気がした。  
「どこに捨てておけばいいかしら?」  
 かむなよ、とは今更言えない。呆れ果てた顔になり、  
「適当に放っておけ。明日始末すればいい」  
 ごろりと仰向けに寝そべって、腕を枕にした。その側に柔らかいものが横になる。片腕を貸してやった。  
 柔らかく長い髪が敷布に流れた。踏まないように遠くに掻きやる仕草が、女らしいと今更思った。  
「あなた、温かいわ」  
「まあ、生きているからな」  
「死んだら冷たくなるわね、まして雪だもの」  
 リョウコは雅美の胸に頬をつけたまま、ぽつりと言った。  
「あなた、誰かに抱かれた事は、ある?」  
「こういう、か?」  
「こういうじゃなくても、ある?」  
 
「俺は、そうだな、親に会うと、挨拶が」  
「独逸人だったかしら」  
 囁く声に、先刻の熱狂はない。ほんの少し鼻声になっているのだけが、何かを伝えている。  
「おふくろにすっかり感化されちまってて、見た目以外は日本人らしいんだがな」  
「じゃあ、馴れてるわね」  
「そうかもな」  
「あたしは、記憶にない位昔」  
 はっとなって、彼は艶のある髪が流れる胸元を見た。  
 まだ赤らんだ瞼の下から、常よりなお赤い瞳が彼を見上げている。  
「他人に触らせたのは、軍事教練で教官に殴られた時位」  
「どうしちまったんだ、今日は、お前」  
「あなたこそ。知っていて、訊いているんでしょう」  
「……そうだ」  
「自分でも、説明するのは難しいわ。あなたに理解できるとは、思ってない」  
「目的は、果たせたのか?」  
「欲しかったのは痛みと、責め苦よ。辛いほどいいって思っていたわ」  
「……」  
「他に思いつかなかった、それだけの事よ。ヴァイ」  
「なんだ」  
「あなたが、自分の事しか考えない、けだものみたいな男だったら、よかったのに」  
 暫く言葉が出ない彼だった。慰めてやりたい気はいくらでもあったが、それを表に出す事がどうしても出来ない男ではあった。  
 仕方なく、大きなかさついた掌で女の頭をぽんぽんと叩いた。  
「悪かったな、俺はこう見えても紳士だ。何しろ称号付きでな」  
 
 

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!