彩菜はトラックの荷台で、揺られながら夢を見ている。  
 幼い頃、満開の桜の下で泣きじゃくる心細さ、老いた養父に拾われた瞬間の安堵を、何度も何度も反芻する。  
 そうしていると、自分の置かれた状況を忘れていられた。  
 それでも時折荷台ががくりと揺れて、彩菜は亜麻色の睫毛を上げて周囲を見回す。  
 深緑の幌が作る影の中、疲れ果て憔悴した顔で、背を丸めて座る随伴兵達の姿。皆手首を錠で繋がれている。  
 その端に彩菜も繋がれていた。  
 捕虜。それも正規軍ではないゲリラ部隊の。それが彩菜達に与えられた現実だ。  
(どうして……こうなったんだったかしら)  
 思想犯収容所の解放を目的として始まった作戦。その途上で彩菜は敗北した。  
 その後、彩菜は捕虜として『桜舞』から引き出された。  
(何故生きているのかしら、私は)  
 多脚砲の薄い装甲越しに浴びた白兵戦の衝撃。首を痛めず舌も噛まなかったのがまず第一の奇跡だった。  
 敵兵によって、コクピットから引き出されたところまでは記憶もはっきりしている。  
 これはソビエトの、と言ったように思うが、打撃による音の反響で耳がきいんとしてよく覚えていない。  
 彩菜の多脚砲を大破させた参号機のコクピットから若い男が身を乗り出し、連れて行けと言った。  
 自分を負かした男の顔を見たきり、彩菜は本格的に気を失った。  
 目が醒めた時、彩菜と随伴兵達はトラックの荷台に乗せられていた。まだ生きているのは第二の奇跡というところだろう。  
 ハーグ条約で保護される身分では、彩菜はない。  
 
 彩菜は頬に触れる髪を意識する。それは暗い中でも眼を奪うような金色をしている。  
 ソビエトの、というあの言葉はきっとこの色からきているのだろう。  
 瞳も青い。日本の名前にも関わらず、彩菜の瞳と髪、彫りの深い甘やかな顔立ちには、この国にない筈の血が流れている。  
 彩菜はその由来を知らない。  
 知っているのは、8歳まで自分を独り育てた母が、どこかにいる筈の父の名を明かしたことがないこと。  
 母が死んで後、鬼子として親族に捨てられたこと。  
 養父が彩菜の髪と瞳を哀れんで、拾ってくれたことだけだ。  
 薄々子供の頃から感じていた自分の出生。が、父方からもたらされたその何かが、今自分を救っている。  
 何かの誤解と幸運の結果、彩菜はこうして生きている。  
……それが次に何をさせるか、彼女はまだ知らない。  
 
 
「起きろ、到着した」  
 男の怒鳴り声が彼女を叩き起こした。目が醒めると、揺れもエンジン音も止まっている。恐怖の最中に眠っていたらしい。  
「やれやれ……到着か」  
 彩菜の傍らで、補給兵が伸びをする。彼らは彩菜の機体の搭乗兵だった。  
 白兵戦の前に逃げろと言ったのに、彩菜だけを置いていけないとその場に残ったのだ。  
 苦楽を伴にした人達を逃がしてやれなかったことに対し、胸がちりと痛む。  
「おっと、待て。パイロットが先頭だ」  
 淫らにも思える笑みを含んだ声に、周囲の空気がさっと殺気立つ。  
「……わかった、俺いってくる」  
 体が竦み立つことができない彩菜の前で、随伴兵が腰を上げた。  
「誤魔化すな。金髪がいるだろう。金髪の女が。少佐がお呼びだ」  
 胸の奥で、心臓が割れ鐘のように激しく打つ。  
「出て来い。応じなければ全員即時射殺する」  
「わかりました」  
 乾いた声で応じ、彩菜は痺れ震える足で立ち上がる。  
「彩菜さん!」  
 男達が彩菜の名を呼ぶ。切迫したその響きに、彩菜は彼らが何を感じているかを察知する。  
 しかし、どうにもならない。白皙の顔を青ざめさせつつ、振り向いて微笑むだけだ。  
 他の皆と繋がれていた鎖が外された。  
「私は大丈夫ですから」  
 
 引き出されるように降りると、そこはどことも知れぬ小さな軍事拠点だ。  
 荷を解くでもない様子に、この部隊の目的地はここではないと目星をつける。しかし、それを本隊に知らせる術はない。  
 擦れ違う義勇軍兵達の視線に篭る敵意がぴりぴりと神経に障った。彩菜は彼らの仲間を多数殺している。  
 監視塔のある小さな建物に入ってから、ボディチェックを受けた。  
 銃を構えた下士官の前で、女性兵士が彩菜の全身を服の上から丹念に触っていく。  
 銃は最初に奪われていたが、その他様々なもの……紙幣を挟んだクリップや、方位磁石も探し出された。  
 多分紙幣は彼らのものになる。その他の小間物もだ。  
 女性下士官が、彩菜の顔をじっと見る。手がさっと伸び、髪のヘアピンを取るだろうと思っていた彩菜の顎を捉えた。  
「見ろ、この顔。目が青い」  
 決して自惚れる性質ではない。それでも、粘つく敵意の眼差しと、唾でも吐きそうな口調を浴びると、嫉妬をされているのだと理解ができた。  
(別に好きでこの色ではないのに)  
「なんでゲリラなんかになったやら。女優にでもなればいいのに」  
「それか招待所の女だ。どうだこの大きな胸」  
 自分の頭の上を話が行き交っている。その意味がよくわからないのは、彩菜にとって幸せであったろう。  
「替われ。へへ、知っているんだ。士官しか近寄れないところに、こういう女が何人もいるってな」  
 銃を構えた下士官の煙草臭い息が近付き、女もそれに抵抗することなく彩菜を男に引き渡す。  
 ねちっこい手が、たっぷりと膨らんだ胸を恐る恐る撫で回し、裾を折り曲げたワークパンツのポケットを探ってくる。  
 それどころか尻まで掴むようにするのだ。  
「その辺にしておけ。少佐がお怒りになる」  
「いいじゃないか、少しぐらい。保養だ」  
 
「そいつは招待所の女じゃない。それに、そうだったとしても士官専用だろう?」  
 女性兵士のからかうからかう言葉に、男はいじましい目つきながら手を引いた。  
 さらに連れて行かれた先は、打ちっぱなしのコンクリートの壁に囲まれた殺風景な部屋であった。  
 小さな窓には鉄格子が嵌り、冬の午後の弱々しい光が傾いた柱となってけぶる空気を輝かせている。  
 光の下には士官服を着た男がいて、不味そうに紙巻煙草を吸っていた。  
 への字になりがちな薄い唇から煙を吐くと、ぴんぴんと跳ねた長めの髪が靄の下に隠れる。  
 制服はカーキ色で大日本帝国時代の制服に似ており、しかし縫製と生地は見るからに極上品だった。  
 それを羨ましくは感じない。男がこの国で特権を受けていることの証だからだ。  
 ただ、あんないい生地の服をお爺ちゃんに着せてあげたい、できるなら自分も、と若い娘らしく切なく思う。  
「連行しました」  
 下士官が踵を合わせ、男に敬礼をした。煙草を吸う男の襟章は、少佐の階級を示していた。  
 男はフィルター近くまで吸ったものをアルミの灰皿で押し潰した。眉間にはその間、何が苦しいのかずっと皺が寄っている。  
「ご苦労。一本持っていけ」  
「はっ!」  
 机の真中に置かれた煙草の包みに見覚えがあった。南から来た兵士達が吸う銘柄だ。もとはアメリカのものらしく、らくだの模様が描かれている。  
 下士官は紙巻を押し頂くように胸のポケットに仕舞った。  
「鳳の作戦の折に入手されたものですか、少佐」  
「堕落した米帝の味付けは好みではない。『躍進』の方が口に合う」  
「またご謙遜を」  
 躍進、北日本の安煙草だ。南からの兵には受けが悪く、彩菜の養父も傷んだにぼしの味がすると言う。  
 アメリカの多脚砲乗りなどは味見をして、人の吸うものではないと言って唾を吐いた。  
 
 下士官が下がった後、甘い紫煙がほのかに漂う中、彩菜を見つめて男が口を開いた。  
『二、三喋ってもらえればそれで用は終わりだ』  
 極めて流暢なロシア語が、ぴんと張り巡らされた訊問室の空気を揺るがす。  
 彩菜もロシア語は教育されている。その全てが理解できた。  
『所属と氏名、階級を述べよ』  
「北日本解放戦線『カルマ』、桐野彩菜です。階級はありませんが小隊長の待遇です」  
 あくまでも日本語で返事をした。頑なな態度に、北日本のエースが何かを案じるように顎の下に手を回した。  
 彩菜を捕虜とした状況、機体についての情報が列挙された調書が、彼と灰皿との間にあった。  
『お前、日本人ではなかろう? 何故カルマにいる?』  
「私は日本人です」  
 少佐――南に行ったという話からも、海宝雄に間違いあるまい――が呵々大笑した。むっと彩菜が腹立ちを瞳に込めた。  
 続いた言葉は日本語に切り替わっていた。  
「その髪、その瞳で日本人を名乗るとは……桐野? なんだ貴様、桐野一兵の血縁か」  
「養子です」  
「笑止。ソビエトの間諜であろう。あるいは米帝から差し向けられたか?」  
 はなから彩菜の言葉を信じない、という態度が見て取れた。  
 彩菜の金髪に包まれた頭に怒りがこみ上げてくる。そこまで軽視される筋合いはない。  
「いい加減にしてください。私は嘘を吐いていません。その必要がないのですから」  
 声を硬くすると、露骨な軽蔑と僅かな興味の色を男が端正な顔に覗かせた。  
 斜めに構えて座っていた身を、僅かに乗り出した。  
「私は毛唐が嫌いでな。まして、露助の言葉など信じられぬ」  
「露助露助と言わないで下さい。私は鬼子だといわれていました」  
 さらにむきになって彩菜は抗弁した。男が口の端を引き攣らせた。  
「喋ってしまうがいい、女。カルマの拠点、規模、数。情報に応じて金を払うぞ」  
「言いません! 絶対に」  
 
「ゲリラ風情、毛唐風情にも意地はあるという事か」  
 男は初めて破顔した。憫笑という類のものに近いが、この男が殺人機械ではない証を初めて見せたのだ。  
「だが政府の転覆を図るなら、それを見過ごすことはできん」  
「できないものはできません」  
「嫌ならどうなるか判っているのか? お前と、お前の部下達の命はない」  
 大きな青い目を見張り、彩菜は凍り付いた。彩菜の背中に冷たいものを吹き込んだ男は、顔を真っ直ぐに彩菜に向ける。  
「我々には、ゲリラを捕虜として扱ってやる義理などない。ただ、カルマには我々の大義を邪魔されたくない。  
 それを沈黙させることが出来るなら、お前の罪を減じてもいい」  
 補給兵達の誰彼の顔が頭に浮かんだ。それから、幾つかある拠点の位置、養父や南からの仲間の顔が。  
「無理です」  
「だろうな」  
と男は椅子を軋ませて立ち上がる。間近に見ればやはり明らかなその背の高さと、がっしりした上半身が彩菜を威圧した。  
「では、決まりだ。明日0700、捕虜全員の銃殺を行う」  
 はっと顔を跳ね上げると、男が嘲いもせずに彩菜を見下ろしていた。  
 ぞくり、と全身から血の気が引いた。  
「私達は見せしめになるのですね。公開処刑でしょう」  
 掠れた声で呟く彩菜に、男は静かに頷いて見せた。  
「覚悟をしておけ」  
 恐怖にがたがたと体が震えてくる。  
 随伴兵達が果たしてどんな目に遭うのだろうかと怯えた瞳が、まだ現実になってもいない光景を探すように揺れ動いた。  
 どうしたらいいだろう。私はいい、いつかこうなるかも知れないとわかっていた。なら……!  
 
 前に手錠を施された両手を上げる。ヘアピンが奪われずに残っていた。それは彩菜にとって最後の武器だ。  
 前髪を止めたヘアピンを抜き取り、席を蹴り立って手首を翻らせる。  
 立った瞬間、机の端に置かれた灰皿が落ち、空中に灰をばら撒く。  
 彩菜の狙う先には、海宝の端正な目許がある。  
「……!」  
 男が咄嗟に首をよじりピンを避けた。むなしく宙を薙ぐ彩菜の腕を、海宝の手が絡めた。  
 勢いは殺されることなく男の腕の中で方向を捻じ曲げられた。駄目だ、と思った瞬間に彩菜の体は背中から床に叩きつけられていた。  
「小癪な!」  
 床に横たわった彩菜の腕をねじ上げながら、海宝の声は微かに笑っていた。  
「あなたも殺してやるのに!」  
 骨は軋んで吐く息は苦鳴を交える。悔しさに瞼を熱くしながら、ぎりぎりと歯を噛み縛った。  
 金色の髪に指を絡め、彩菜を引き起こす。  
 ぶちぶちと髪の引き抜かれる衝撃があって、視線に強制的に男の姿が入ってくる。  
「流石に桐野を名乗るだけある。紛い物といえども薫陶は行き届いている」  
「私は紛い物なんかじゃ……」  
 ない、と言いかけた唇がこわばった。恐怖を感じた。殺意とは何か違う質のものを、男の瞳の中に見ていた。  
 そして漠然とした怯えは、すぐに形を伴った。  
 男の手が、対ショックベストの上から胸を掴んだのだ。あの下士官よりも確たる動きで。  
 自分が咎められる立場でない、自由な人間であると知り尽くした仕草で。  
「その心意気だけは誉めてやろう」  
 
「なんて……なんて!」  
 男に掴まれた乳房の奥では鼓動が警報のように激しくけたたましい。  
「諦めろ」  
 男は冷たい声音で言った。しばし綿入りのベストの上から乳房をひねり上げると、胸のジップに手をかける。  
「それともお前は、その程度の覚悟で戦場に立ったのか? 男は死ぬ。女は犯される。それが戦のならいだ」  
「その程度って」  
「蟷螂の斧といえども戦は戦。自分のしたことの責任は取れ」  
 歯の根が鳴る。赤い粗末なセーターをたくし上げ、海宝の大きな手が這い込んでくる。  
 男の言った通り……彩菜の記憶に蘇ってくる言葉がある。  
 戦車に乗りたい、養父に恩を返すために、とせがんだ時だ。老いた養父は渋っていた。  
 女の体には苛酷な訓練があるからと撥ね除け、それでもと頼み込む彩菜に、戦争以外何もなかった己が人生を引き合いに出して脅した。  
 それでも決意が揺るがないと見ると、諦めたようにこう言ったのだ。  
(――じゃがの彩菜、女の身で戦場に出るということには、辛いことも付いて回るぞ)  
 辛くはない。殺されさえしなければ、きっと平気……目を閉じていれば済むとばかりに、彩菜は覚悟を決めた。  
 だが、汗ばむ鳩尾に大きな手を感じると、  
「あっ……嫌です! 離して」  
急に強い嫌悪感が湧き、彩菜はもがいた。  
「じゃあ……! 殺して、このまま殺して」  
 海宝が彩菜の頬を軽く張った。その瞬間、彩菜の中で何かが崩れた。  
 もう何をされても適わない、そんな気分になった。それを見越したように、海宝は乱暴にセーターの首元を掴んだ。  
 
 びっ、と嫌な音がした。彩菜の肌に、虫が伝うような嫌な感じがした。古い糸を蒸気で伸ばして編み直したセーターが、ほつれ破られる感触だ。  
「命乞いはしないのか」  
 ぷるり、と零れてしまう乳房に、海宝がじっくりと視線を落す。  
 彩菜はブラをしていない。最近豊かになり過ぎた乳房に合う下着の枚数がなかった。  
 通りすがりに見られてさえ恥ずかしい豊かな胸。こうして剥き出しな様を見られるのは初めてで、耐えきれなくて彩菜はきつく目を閉じる。  
 海宝が彩菜の膝を伸ばし、爪先に鉄板の入った靴を脱がしていく。じたばたと宙を蹴る足を、海宝は軽くいなして笑った。  
「安心しろ、殺しはせぬ……少なくとも今は」  
 ズボンのベルトに手がかかる。逃げ去りたい衝動に駆られる。が、出来なかった。  
 彩菜は胸が塞がれる思いを堪えながら、顔を上げ、首を横に振った。  
「それは、許して下さい」  
「思い切りの悪い奴だ」  
「いやっ!」  
 男がポケットから十徳ナイフを取り出す。そこから小さな刃を指ではじき出す。  
 下着の腰に刃を差し込まれると、薄い布地など紙ほどの抵抗を見せるばかりだった。  
 ゴムが切られ縮まって、誰にも見せた事のない亜麻色の茂みが男の目の前に剥き出しになった。  
 乳房は、胸郭の高い位置で大きく前に突き出している。隠す腕の下でたわみ、潰れ、隠しきれずに桜色の先端を覗かせている。  
 尻も丸く、若い娘の脂に膨らんでいる。戦闘服にも包み込み切れない肉感は大陸の血がもたらしたものに違いなかったが、  
その膚の細かさと、それら二箇所以外のたおやかさは、日本の母から受け継いでいた。  
 その両方が決して嫌いではなかった。自分の体が美しいものだという自覚もあった。  
 が、それをこうして男の目の前にそれを晒すと、自分の体が怖くなる。  
 
「一体お前のどこに日本の血が流れていると言うのだ? 金髪碧眼に白い膚、この体つき」  
 白い兎のように震える体をじっくりと眺め、やがて彩菜の片腕を取って引き起こしながら男が囁いた。  
「だが戦利品としては上々」  
 ひょっとすると、ロシアの血が流れている自分など、この男にとっては人ではないのかも知れない……戦利品という響きにうっすらとそう感じた。  
国際法で保証されない身分と、敵であった事実を、先刻から感じていたソ連的なものへの憎悪が増幅している。  
「あっ、いやっ、触らないで……」  
 細く引き締まった腰に男の手が回された。裸の肌身を男に触られるのはこれが初めてで、最早弱々しい声しか出ない。  
 身を捩るだけで、ふる、と柔らかく揺れる豊かな乳房を、男の空いた手が掴んだ。  
 大きな男の手にも、それは余り、たっぷりとひしいだ。  
「随分と大きいな。何を食ったらこうなるのだ」  
 初めて、亜麻色の睫毛が並んだ瞼から、ぽたりと涙の雫が滴った。恐怖と屈辱と汚辱感がないまぜになった状態で、彩菜は啜り泣き始めた。  
「そんなに辛いか」  
 口の端を歪めたまま、男は言った。赤らみ始めた顔で頷くと、冷笑とも憫笑ともつかない笑みを漏らした。  
「今ならお前を買ってやる。命乞いも、仲間を売ることも許す」  
 強い腕で男は彩菜を促した。立たせて、書類の散らばる机の上に。床の灰を避けているのだろう、ということが微かに理解できた。  
「……そんなこと、するくらいなら……死ぬほうが、ましです……」  
 気がついたら、固く冷たい机の上に寝かせられていた。覆い被さられるような姿勢が怖い。その胸を男の両手がやんわりと持ち上げていた。  
 
 下から支えるように乳房を包み込んだ指は、柔らかく膚にめり込む。  
 やわやわと壊れ物を扱うような指の動きに合わせて、指の間から飛び出た桜色の乳首が、顫え、徐々に尖っていく。  
「あっ、ふあっ」  
「なればこそ価値がある。私に娼婦は不要だ。その類には飽きている」  
 急に、彩菜の体の力が抜け始めた。  
 同年代の娘より大きいとは言え敏感な膨らみをこね回されて、未知の不思議な昂ぶりが、男に対する恐怖と一緒になって襲いかかってきたのだ。  
 乳首を指の先が捉え、摘み、弾く。彩菜の手首で、手錠が音を立てる。  
「やぁっ、いけません」  
「駄目かどうかは、今お前の体に訊いている最中だ」  
 手錠の腕で突っ張って、男の胸との間に隙間を作るようにしながら、彩菜は身悶えした。その胸に男が顔を近付ける。  
 顔を押しやろうとした指先に、海宝の高く尖った鼻や頬骨が触れた。かり、と爪が男の肌を引っ掻く。  
 それを邪魔そうに頭上に掻きやって、もう一度ふくよかな胸乳に唇をつけた。  
 桃の実のような瑞々しい膨らみの谷間に、熱い唇が這う。時折噛み、ゆっくりと先端に向けて登っていく。  
「あっ……ひ、いっ」  
 焦らしに焦らされた挙句、その敏感な突起にぱくりと吸い付かれる、という未知の行為がもたらす感覚に、彩菜は我を忘れて仰け反るしかない。  
 尻に敷いた書類がちくちくと肌を刺す。だらりと垂らした膝下が、時折ぴくり、ぴくりと動く。  
「大人しくしようと思えば出来るではないか」  
「もう、許してください」  
「この期に及んで往生際の悪い女だ。まあいい、そのように言うのも今限り」  
 恐ろしい。が、舌を噛んで死ぬことは考えなかった。それは、自分の出生、自分の存在全てを否定するのに等しい。耐える……耐えられるものなら。  
 
「捕虜は初めてだ。お前のような混血もな」  
 また、愛撫が始まった。冷や汗に熱の飛んだ裸の肌身に、男の熱くみっしりとした重さのある体が被さってくる。  
 力強い腕に動きを封じられ、体中に気も狂いそうな愛撫を受ける。必死でもがいて、敏感な乳房を弄び、口にする男から離れようとした。  
「じたばたするな。気を付けんと」  
 手にしていた白く柔らかな肉の塊に、男は歯を立てる。  
「……あぁあっ!」  
「この白い膚に傷が沢山つくことになるぞ」  
「も……う、いいでしょう、止めて、許してください」  
「ここまで来て収まりがつくものか。たっぷり愉しませてやるから、味わう事だ」  
 酷い嫌悪感の中で、彩菜は延々と悲鳴を上げ続けた。  
 木苺の一粒のように尖った乳首を吸い上げられ、もう一方は指先で弄ばれる。他愛の無い仕草の中に、骨に響くような感覚があることを、認めざるを得ない。  
 けれど、それが心地よいという事自体、彼女には恐ろしく、辛いのだった。  
「どうした、腰が動いている」  
「そんな……違いますっ」  
 どうにも止まらない涙が目尻を伝い、金色の睫毛とこめかみの髪をこごらせた。  
「もうよかろう」  
 豊かな膨らみから顔を上げて、男は少し体を横にずらした。  
 乳房をまさぐっていた手が、薄く浮かんだ肋骨を、その下で思い切り括れた腰を撫で下ろす。  
 どうしたことか、所々に触れられる度、びくびくと独りでに体が跳ねた。  
 服の上からも隠しようのなかった優美な腰から腿への線を、掌が重さの感触もなしに撫で回す。  
 産毛を逆撫でするようなその動きの繊細さに、彩菜はくすぐったさともう一つ別の何かを感じ、身を捩った。ふ、と男が笑う。  
「わかるか? もうお前の体は出来あがっているぞ」  
「何を……きゃあっ!」  
 手は膚の柔らかな腿の内側をさかのぼり、亜麻色の恥毛ごと秘裂をさらりとなぞった。  
 それだけで、彩菜の体に恐ろしい、けれどさっきから目覚めていた何かが腰一体に大きな火花を散らした。  
 
「いやぁ……も……駄目っ」  
「他愛ない。もう少し愉しませて貰わなくては、つまらん」  
 拘束された両腕で胸を庇い、腿を捩って男の手から逃げようとした。  
 胸に埋まろうとする顔を避けるのには成功したが、却って泣き顔と悶える美しい肢体によって、男の嗜虐的な目を愉しませてしまう。  
「いつから濡らしていた? 凄い有り様だ」  
「あぁあっ……さわらないで……!」  
 誰にも触れさせた事のない秘裂の、うるんだ柔らかな肉の扉を開いて、男の指が中に埋もれていたものを弄っている。  
 それだけで、何だか頭の中を搾り取られるような気がする。体を跳ねさせずにはいられなくなる。脚の間に濡れた違和感が続いている。  
「んぁあああぁっ」  
 指が中に這い込んでくる。生まれて初めての違和感に、裏返った声が漏れた。  
 男の指は女を扱うことの巧みさを示して、まだきつく、粒立った肉を解していく。  
 右に、左に動きながら、中の形を確かめるようになぞっていた。彩菜は怖くなって、必死で膝を擦り合わせる。  
「随分ときついな。これは先が楽しみだ」  
 言っている意味のわからない彩菜は、ただ激しく首を横に振り立てる。  
「そうか、もう欲しいか」  
 余計に首を強く振るのを、海宝が無視した。体を起こし、啜り上げる女の引き締まった両膝を掴んで持ち上げる。  
「なんでそこまでするの。もういいでしょう!?」  
「膝を開け」  
 滑らかな美しい腿に力が寄って拒む。一寸刻みに開かれ、すぐに戻るを繰り返す。  
「本当に強情な奴だ。ここまできてどうなるものでもあるまいが」  
 苦笑いする男が腕に強く力を込める。  
「やぁ……っ!」  
 次の瞬間、悲鳴とともに脚ががばと開かれる。情けない格好にされて、さっと両手で脚の間の秘密を隠した。  
 
「そんなとこ……みないでください!」  
「尻まで滴らせてよく言えたものだ」  
 彩菜には、嘲笑われていることだけがわかる。  
 何がどうしてそうなっているのかは理解の範疇を超えているのが、彼女には救いである事を、彼女は知らない。  
 男が股間のジップを下ろし、中のものを引き出した。彩菜は彼の股間に隆々と起ち上がったものを見て、ひっと息を呑んだ。  
 蛇。黒々とした体毛の間から突き出したそれは、大きく張り出した先端の形から、毒蛇のように見える。  
 もう声もない。まだ彩菜には、そのような経験がない。  
 こんな風に来るものではなかった筈だ。労りではなく、愛でもなく、ただ威圧と支配とが、彼女の前に男の姿をして存在する。  
「そろそろ頂戴するとしよう」  
 手で下向きに押さえるようにして、恥ずかしく頼りないその部分に男が自分の先端を宛がってきた。  
 そこを隠そうとする指が、男の熱い強張りに触れて反射的に引っ込む。  
 もう駄目。覚悟をするが、予想を越えた激痛が、彩菜の体の芯を引き裂き始めた。  
「い……ぎっ、痛いッ……いやぁあっ!」  
 固く痛い机の上で背を仰け反らせる彩菜に、男が目を剥いた。  
「なに? お前、手入らずか?」  
 切り裂かれつつある痛みに胸を顫わせながら、ふるふると首を縦に振った。意地を張る気力も、最早なかった。  
「桐野の養女というのは事実であったか。なるほど誰にも手は出せまい」  
 じっとりと汗に湿った彩菜の肩に、男は手をやった。  
 反射的にずり上がろうとする体をがっちりと固めるように抱擁されて、逃げられない、と目を閉じる彩菜をよそに、腰に力を溜めて一気に突き下ろした。  
 
「く……ぐ、っあぁあっ!」  
 きつい入り口を引き裂いて、膨大な質量が進入してくる。  
 何か大事なものを失った、という喪失感が、彩菜の胸を黒い絶望とともに埋め尽くす。  
「敵の男に犯された気分はどうだ」  
 それを悟ったように、歪んだ口元から言葉を放つ。  
「痛い……いたいっ、抜いてっ」  
 海宝は額に浮いた汗を手の甲で拭い、軽く腰を使った。  
 乾いた茎の部分で出来たばかりの傷口を擦り広げる、その酷さに抗議するように、彩菜の青い瞳から新たな涙がこぼれる。  
「何を言う、もう手遅れだと知らんのか」  
「あぁっ、あぁ、あーっ!」  
 ごつごつした、熱く硬い物が、切り裂かれた入り口と、何物も受け入れた事のない狭い通路とをきっちりと塞ぎ、ごりごりと擦り立てていく。  
 焼けるような痛みに、彩菜は貫かれた時と同じ声で叫び続けた。  
「戦場に女の身で出てきた事を悔やむがいい」  
「止めて、止めてください!」  
 突き上げられる度に、寝ても形の変わらぬ見事な乳房がたぷたぷと揺れる。膝もがくがくと揺さぶられる。  
「止めて……や……」  
「どうした? 元気がなくなったな」  
 そこが痺れたようで、感覚が薄れてきている。  
 ただ熱い痛みが襲う時だけ呻きを発する彩菜のそこから、男がゆっくりと長大なものを引き抜いた。  
「あ……あぁっ、んんんん」  
「見るか? こんなものがお前の中に入っているのだぞ」  
 淫らな熱を帯びた囁きとともに、彩菜の中をみっちりと占めていたものが抜けていく。  
 完全に抜き出されたものに、彩菜は思わず目を見開いた。  
 
 木の根のように青筋を立たせたものが、彩菜の滲み出させた僅かな粘液と、朱色に薄まった血にまみれている。  
 臍に届きそうなほどきつく反りかえったそれに、恐怖とも嘆声ともつかない溜息が漏れた。  
「あ……あ……そんなすごいの……」  
「そうか、また欲しいか。くれてやろう」  
「……! い、いや、それは嫌」  
 慌てて腿を閉じ身を捩る彩菜の足首を、男が再び掴み上げた。踏みにじられた朱色の花弁があからさまに開かれる。  
「いぎ……っ! い、あっ、お、おっき……い……!」  
 押し込まれたものに眉根を寄せ、苦しげな声で彩菜は応えた。  
 ぷちゅっ、くちゅ……粘膜が荒々しく擦られ、粘液と血が掻き混ぜられる音が漏れる。  
 男の腰の律動と、机のぎしぎしと軋む音に、それは完全に同調していた。  
「あっ……あっ、く、うあっ、そこまで来ちゃ……いやです……!」  
 無造作な注送に、彩菜の一番奥が突き上げられた。それにかぼそい悲鳴を上げる。  
 まさに犯されている。犯すというのは、心をくじくばかりではなく、こうして内臓の全てまで手中に収めることなのだ。  
 力の入らない腿の間に引き締まった男のスラックスの腰が蠢く。  
 一番奥を小突かれて声を上げ、胸郭の上でたぷたぷと重い乳房が揺れるのをどうしようもなく感じながら、彩菜は焦点のぼけた目で天井を見上げる。  
「いいぞ……なかなか締まりがいいようだ」  
 乳房の柔らかな膚に触れる吐息が激しさを増す。  
 彼女はやがて言葉を紡ぐのも放棄して、内臓を突き上げられて吐く息のままにああ、ああと声を絞り出す。辛い。ただ早く終わって欲しい。  
「早く……終わって」  
「言わなくとも、そのつもりだ」  
 彩菜にとって最後の苦行が始まった。  
 
 男が彩菜のすんなりした脚を肩にかけ、白い体を二つに折り曲げた。腰を天井の方に向かせる。  
 処女を失ったばかりで、ようやく潤い切れた痛みを忘れかけていた体が、ぎちぎちと埋まった男のもので擦れてぴりっと痛みを走らせる。  
 そうして彩菜の上に体重をかけて、動きをどんどん早めはじめる。  
「いや……痛いんです、もう……うぅっ」  
 天井を向いた性器に、逞しい男のものが出入りする。内側の襞が充血し、出没と同時に捲れあがってくる。  
 挿れられる時の衝撃、抜かれる時の魂も抜けていくような安堵感に、彩菜はその度に激しく翻弄された。  
 ぱちん、ぱつん……腿と男の腰が打ち合う音がする。  
 まだ狭い通路が蹂躙され、触れられたこともない子宮を激しく小突かれる。入り口が切れた痛みより、その異物感の方が激しくなっていた。  
「もう、おわってぇっ……!」  
「もうすぐ終わる……お前の中で」  
「……っ、でもっ、それは……!」  
 男の昂ぶった声に、別のなにかを連想し、現実に引き戻された。  
 その果てに何が起きるのかは、おおよそ知っている。母が私を身ごもったように、私も……  
 自由になる膝下で宙を蹴り、それに逆らおうとした。が、がっしりした男の肩も首もびくともしない。  
「いくぞ……!」  
 しなやかな体を持つ男が動きを止め、硬直する。次の瞬間、奥まで届いた硬いものがびくっと脈打ち、熱い液体が迸る。  
「あ……いや……いや……ぁぁっ!」  
 白く細い首を大きく反らせて目を見開く。  
 初めて体内に感じる他人の震え、その直後、粘塊に子宮を叩かれて、絶望と恐怖に気が遠くなる。  
「あ……あつ……い」  
 呆然としながら受け止める彩菜の怯えた表情を見守りながら、海宝が喉の奥で低く満足げに唸る。  
 
「……ふ、ふふ……」  
 汗ばんだ端正な顔を上げ、男が囁いた。  
「望み通り、終わらせたぞ」  
「いやぁ……ん……む……」  
 薄い唇から吐き出される荒い息には煙草の匂いがついている。それが彩菜の叫びに乾いた唇を覆い、貪る。  
 煙草の味と、粘膜の擦れ合いに戦く彩菜から、まだ硬さを残したものがゆっくりと吐き出される。  
 その後を追うように、泡混じりの粘液がごぽりと溢れた。  
「う……うぅう……く……」  
 唇が離れた。彩菜は汚辱感にまみれながら、それを与えた男を見上げた。  
 腰の下でくしゃくしゃになった書類の上に、赤い徴が散っていた。  
 その上に、彩菜の中から漏れて出た陵辱の痕跡が滴り、橙の混じった薄黄色い白濁の水溜りとなる。  
 男はじっと、無表情に彩菜の姿を見下ろしていた。やがて衣服を直し、彩菜の傍らを離れていった。  
「あの……」  
 彩菜がそっと掠れた声を出した。男の足音が止まった。  
「何だ」  
 すぐに返事があった。  
「何でもします」  
 男が続きを待っているのを感じながら、彩菜は噛んで含めるように言った。  
 対象は自分。自分に言い聞かせるために、ゆっくりと喋った。  
「何でもします。私のできることならなんでも。そのかわり……あの人達を、助けてください」  
 
「……なんでも、と言ったか」  
「こんなことなら……何でもします」  
(もうどうせ、お爺ちゃんやみんなに会うことなんてできない体になってしまったのだから……どんなことだって)  
 汚されたと思った。そして、そうなった心を支えるには、こうされても構わないと思えるだけの理由が必要だった。  
 部下たち。私に命を預け、死もともにする人達。あの人達の命を永らえられたら……もう、どんなことだって耐えられる。  
 冷たい眼差しで彩菜の白い体を舐め、やがて視線の主は制服の上着を脱いだ。  
 まだ倒れたままの彩菜の上に被せた……彼女が自分のものであると言うように。  
「考えておこう、面白い趣向を。それを着て起きろ」  
 
 
「見ろ……少佐の後ろを」  
 すれ違う義勇軍の兵や士官が、彼らの姿に驚愕し目を丸くする。  
「少佐が……まさか」  
 海宝はスラックスの上はシャツ一枚の姿で、北の白っぽいコンクリートに埋め尽くされた廊下を歩いている。  
「痛い……」  
 前を行く男にすがるように、彩菜は言い、動かすだけでその間がじんじんと痛む脚を止めた。  
 異物感にじんじんと痛む下腹を、カーキ色のジャケットの上から押えた。  
 その下には何も身につけていない。白く長い、それでいて肉感に溢れた太腿は丸見えで、形のいい尻の下側も辛うじて隠れているに過ぎない。  
 もじもじと裾を引っ張ると、体の内側から何か熱いものが漏れていく。  
 腿を男の吐き出したものが伝うのが感じられた。そこに視線が集中することさえ実感される。  
 何が行われたか、誰によって行われたか一目瞭然の姿を晒すうち、彩菜の瞼から新しい涙が溢れてきた。  
「ついてこい」  
 振り帰ることもなく、冷たく広い背中が彩菜を地獄へと誘っていく。  
 彩菜が止めていた足を進めると、床に白い液体が滴った。それは廊下の奥へと続いていった。  
 
 

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