「リウイさん」
「うん?誰だ」
歓楽街の一角、人気の無い路地を歩いていたリウイは突然声をかけられ、僅かに身構えた。
「情報屋のサムスです」
「ああ、あんたか。何のようだ?」
ミレルと同じく、盗賊ギルドの知り合いであるサムスだとわかると、警戒を解き、用件を尋ねた。
「いえ、情報を買ってもらおうと思いまして」
「うん?おかしいな……、あんたと交渉するのはミレルのはずだが、急ぎの話でミレルが捕まらないのか?」
そう聞くと、サムスは首を横に振り、意味ありげな笑いを浮かべてリウイを見た。
「いえ、この情報は今のあんたにしか価値がないんでね……」
「なんだそれは」
「まあ、絶対損はさせませんから……それに聞いておかないと絶対後悔しますよ」
リウイは、はっきり言って情報には興味が無かったが、サムスの表情に引っかかる物を感じ、渋々金を入れた袋を取り出した。
「で、いくらだ」
「大サービスだ、金貨10枚でいいぜ」
「なっ、10枚って高いぞ、もっとまけろよ」
「まあ、聞いたらわかりますよ、この情報の価値が」
リウイは、金貨の入った袋を無造作に渡すと、しばらく金欠に悩むことを思い渋い顔をした。
「さあ、教えろ。つまんねえ話だったら覚悟してもらうからな」
「へへっ毎度あり。あのですね……」
サムスは金貨を懐に入れると、声を抑えて話し始めた。
「なっ! おい本当かそれ」
「ああ、間違いないぜ。なんせ品物の情報売ったのがオレなんだから」
「……おいおい、両方に情報を売るのは仁義にもとらないか」
「そんなことはしないよ、オレは品物の名前と、売っている奴を教えただけだから。ただ、使う相手があんただってのはオレの調べた事だから問題はないさ」
「………」
「それに、同じ男としてチョットかわいそうに思えてな……」
「それは感謝する。知らずにいたらと思うと寒気がする」
リウイは大きな体を縮めて身震いした。
「代金分の価値があったろ。じゃあな、後はあんた次第だ」
「ああ、またこういった情報があったら頼むぜ……マジで」
サムスは軽く手を挙げて路地から出ていった。
リウイはサムスが人混みに消えたの同時に、反対側の通りに歩き始めた。
「さて、どうするか…」
リウイは酒を飲みに行くのを諦め、魔術師ギルトの宿舎に向かって歩きながら考えた。
部屋に戻って扉を開けたとたん、中から女性が飛び出すように抱きついてきた。
思わず抱き留めたリウイが相手を確認するとミレルだった。
「なにしてんだ、おい……って、うん?」
何者かの気配を感じて後ろを振り返ろうとした瞬間、首筋に正確無比の一撃を受けた。
意識を失う一瞬の間に、手刀を構えたジーニとその影から此方を窺うメリッサが見えたような気がした。
(う〜ん、へんだな?身体が思うように動かない……、それに此処は……)
目覚めたリウイは、ぼんやりした頭で考えると、ゆっくり状況を確認した。
(うん?此処はオレの部屋じゃないな……、何か身体がおかしいな、何でロープが両手両足を縛ってるんだ?それに服が下着一枚って……)
「おい!なんだこれは、何でこんな格好で縛られてるんだオレは!」
自分の状況を認識すると意識が一気に覚め、一人では逃げられないことに気づくと焦った。
「あっ、やっと起きた」
丁度そのとき扉を開けてミレルが入ってきた。
「おい、これは何のつもりだ。早くロープをほどけ」
「駄目だよ、仕事としてあんたを捕まえる事を受けたんだから。大丈夫、命までは取られないって」ミレルは、必死の形相で叫ぶリウイをおもしろそうに眺めながら、あっけらかんと話した。
そして、ワインをグラスについでリウイの口元に持っていった。
「喉乾いてるだろ、これでも飲んで落ち着きなよ」
リウイは首だけ動かして、こぼしながらもワインを飲むと再びミレルに懇願した。
「な、仲間だろ……。頼むから逃がしてくれ、この通りだ。そうしないと大変なことになる」
「あれ、もしかして依頼人を知ってるの?でもまあ、一度受けた仕事だし、前金でもらっているから諦めてね」
「いやだ〜、助けてくれ〜」
必死にもがき叫ぶリウイの声に、隣の部屋からジーニとメリッサがやってきた。
「うるさいぞ、静かにしろ。近所迷惑だ」
「全く、こんな情けない悲鳴を上げるなんて……不本意ですわ」
冷たい視線を向けながら口々に勝手なことを言う二人に、リウイは無性に腹が立ち、よけいに暴れた。
「あらあら、騒がしいわね」
あきれたような口調で入ってきたアイラを見たとき、リウイは自分を捕まえるように依頼したのが誰かわかり、顔を真っ青にした。
サムスの情報や、この三人にこういったことを依頼できる人物と言うことで予想をしていたが、リウイにとって最悪の形で当たってしまったのだった。
「うふふ、みなさんありがとう。こんなに早く捕まえるなんてさすがね」
アイラはホントに嬉しそうにリウイを眺めていたが、その微笑みはリウイにとっては氷の微笑に近かった。
「アイラ、ふざけるのは止めにして、これを解くように言ってくれ」
リウイは出来るだけ冷静に言ったが、内心は悲鳴を上げていた。
「い・や・よ・。これからがメインなんですもの」
「おい、本当に止めてくれ、頼む、お願いしますアイラ様」
「だ〜め。せっかく苦労して手に入れたんだから使わないと、ねえみなさん?」
「えっ?」
リウイは、さっきから部屋に残って自分を見つめている三人に気づくと、恐怖に身体を強張らせた。
「マ、マサカ…ソンナ……キミタチモ……、ウソ……」
リウイの声は完全にひっくり返って、言葉使いもおかしくなっていた。
「まあ、みんなと一緒だからさ……」とミレル
「此処まで来たら諦めて楽しんだ方が得だぞ」とジーニ
「不本意ですが、神の試練と思って……」とメリッサ
「うふふ、さあ覚悟しなさい。あ、カーウェス様にはちゃんと話してあるから一週間は大丈夫よ」とアイラ
リウイは、恐怖で心臓の鼓動が早くなっていたが、段々身体が熱くなり、中から燃えてくるような感覚を感じた。
「ま、まさか…ミレル……さっきのワインに……」
熱く燃えるような身体とは別に、背筋に冷たい物が走った。
「あっ、効き始めたみたいだね。そう、さっきのワインの中に入れといたんだ」
「あら、もしかして私が何準備していたか知ってたの?」
「副作用は無いから安心していいぞ」
「もしもの時は、私が治しますから……」
それだけ言うと、4人で集まってごにょごにょ相談しはじめた。「順番」だの「初めて」だの言葉の切れ端がリウイの耳に微かに聞こえたが、リウイはどうすることも出来なかった。
「私が一番ね」
とにこやかにアイラが近づいてくるのを見つめながらリウイは本気で無事生きて帰られるだろうかと思った。
一週間後、満足げな表情をした4人が出てきた屋敷の片隅のベットで、かつて大男だった男が、衰弱して変わり果てた姿で発見された。