神殿に漂う朝靄の荘厳な空気を切り裂いて、天窓から降り注ぐ光が豪奢な金髪をキラキラと輝かせる。  
 静かに目を閉じ瞑想している女性、戦神マイリーの従順なる下僕であるメリッサは、この日の朝もやはり祈っていた。  
 膝を折ってマイリーの神像にかしずくその姿は、彼女自身が女神なのではないかというくらい神々しく美しい。  
 しかし、  
「不本意です…………」  
 乙女の祈りポーズでぴくりとも動かないメリッサだが、長い睫毛をときおり揺らす度に、そんな不本意な声が洩れていた。  
「なぜわたくしの仕える勇者様があの人なのですか? 畏れ多いこととは思いますが、選定間違いという可能性はないのでしょうか?」  
 随分と信仰する神に対して畏れ多いことを言っているが、祈ることに熱心になりすぎているメリッサは、悩みなんだか愚痴なんだか  
よくわからない言葉が、その形のいい唇から零れているのに気づいてない。  
 そして礼拝堂の扉をそっと開けて、後ろから近づいてくる足音にも気づいっていなかった。  
「勇者とは、勇者とはその、もっとこう力強く理知的で、それにもちろん女性には優さしくて…………」  
 すぐ真横に立たれて、顔を覗き込むようにされても、メリッサには一向に気づく様子はない。  
 訥々と己の考える理想の勇者様の独白を続ける。  
 しかしその希望を全て叶えようと思うならば、喩えリウイならずとも大抵の男は不可能に近い。なんせ白馬に乗ってとか言い出してる。  
 
「なにより…………仕える者に、仕える喜びを与えてくれる存在ではないでしょうか?」  
「ヤツはそれを与えてはくれんのか?」  
「!?」  
 答えたのは無論、彼女の信仰している神などではない。  
 閉じていた両目を驚愕で大きく見開きグルンッと、首を痛めるんじゃないかというスピードでメリッサは横を見る。  
「!?」  
 そして中腰の不安定な姿勢のままで、弾かれた様に後ろに飛び退いた。  
 当然、ネコみたいに身軽な友人とは違って無様に倒れてしまったが、そんなことはメリッサにとっていまはどうでもいい。  
 危なかった。あと少しで見知らぬ男の唇が、自分の唇と触れそうだった。  
「これは失礼した 驚かせてしまったようだな」  
 男はそう言って大きな手を、倒れているメリッサに差し出す。  
 メリッサはその手を見て、次いで自分を見下ろす男の顔を見た。光の加減だとは思う。それは頭では理解している。  
 でも、それでも、それでも心では、メリッサの瞳に映る神々しいばかりに光り輝く男の姿は、彼女の信仰する神の姿を想起させた。  
「どうした? どこかを強く打ちでもしたか?」  
 いつまでも惚けた顔で自分を見上げるメリッサを、面白そうに見下ろしていたリジャールだが、大きな身体を屈めるといきなり、  
「きゃッ!?」  
 腰の辺りに手を這わせる。  
「な、なにをなさるんですかっ!!」  
 その手を握って止めようとするメリッサだが、そんなものをリジャールは意にも介さない。  
 すぐに腰とは呼ばない範囲にまでその手は蠢き、太股と世間では認識される箇所を熱心に撫でている。  
 ここまでされると最初に感じた第一印象、神々しさなどはメリッサの中で吹き飛んでいた。右手を振り上げる。  
「いいかげんにしな――」  
「ふむっ どこもケガはしていないようだ」  
 だが振り下ろされる前にリジャールはそう言うと、メリッサの神官衣から手を引き抜いた。  
 
「立てるか?」  
「えっ!? え、ええ、あ、その…………」  
 右手を振り下ろすタイミングを逸してしまったメリッサは、どうしようかと所在なげに虚しく握って開いてをくり返す。  
 チラッとその右手を見たリジャールは、叩かれる予定だった左頬を笑みの形に歪めた。  
「しかしさっきの話だが、従者に喜びの一つも与えられん甲斐性なしならば、言葉は悪いが鞍替えすればいいのではないか?」  
「そ、そんな軽はずみに変えられるものでは」  
 ない。そんなそれこそ馬を変える様な、簡単なわけにはいかない。それもそうしろと告げたのは人ではないのだ。神なのである。  
 不承不承とはいえ従わないわけにはいかない。  
 いや、そんな風に思うことすら、信者として不遜というものだろう。  
「ふんっ、なるほど マイリーの神託にただ従うというわけか 模範的な………………そう非常に模範的な優等生だなオマエは」  
 鼻を鳴らすリジャール。  
 その後のセリフには、言外の意味が含まれているのはあきらかだ。  
「なにが…………なにがおっしゃりたいんですか」  
 あの頭は悪くないのに鈍い魔術師を除けば、それは誰でも読み取れる。メリッサの声のトーンが、何かを抑える様に低くなった。  
 目線も鋭いものになっている。  
 しかし、リジャールはその視線を意にも介さずに正面から受け止めた。  
「奴隷の様ないい信者だと言ったのだ 本当に気に入らないのならば、喩えマイリーであれなんであれ戦いを挑めばいい」  
「なっ!? そんなっ!!」  
「教義にもそんなことが書いてあるだろう? マイリーもそれを喜びこそすれ咎めたりはせんよ」  
「そ、そうかも…………しれませんが………………」  
「ふんっ、まぁいい」  
 またリジャールは鼻を鳴らしたが、こんどは別段不満があるわけではなさそうである。『いまはこんなところか』とそんな感じだ。  
 悩むように顔を俯き加減にしているメリッサを引っ張り上げる。  
「あっ!?」  
 不意打ちだったメリッサはバランスを崩してたたらを踏むと、リジャールの厚い胸板に倒れ込み、ふわりと抱き止められた。  
 
「す、すいませ……!?」  
 慌てて離れようとしたメリッサを、リジャールは抗うことを許さない強い力で抱きすくめる。  
 その圧力に耐え切れずにふたりの身体の間では、柔らかな二つの丸いふくらみが、いやらしく淫らに歪んだ。  
「は、離してください!?」  
 なぜかドキドキと早鐘を打っている自分の心臓の鼓動を悟られぬ様に、メリッサはふたりの身体の間になんとか腕を差し込んで  
距離を取ると、キッと目に力を入れながら毅然と顔を上げて怒鳴る。  
 するとリジャールは一瞬だけメリッサの顔を見てから、拍子抜けするくらいあっさりと身体を離した。  
「すまんすまん ご婦人に対して些か礼を失したしまった様だな 許せよ」  
 普通、初対面の異性に抱きつく行為は、それも軽くではなくあんなに力強く抱きつくのは、『些か』どころか相当に礼を失している。  
 だがなんでもないことの様に身体を離すリジャールに、さっきもそうだがメリッサの怒りという感情は簡単にすかされてしまった。  
 また闘牛みたいに戻って角を突きつけるのは、頭に血が上ってはいても、さすがに滑稽なのはわかる。  
 非常に不本意ではあるが、メリッサは黙って睨みつけるくらいが精々だった。  
 それを見てニヤニヤしているリジャールに、ふつふつと込み上げてくるものはあるが、どうにもこうにも反抗する方法がこれしかない。  
「さてそろそろ帰るかな、うるさいヤツと顔を会わせては面倒だ」  
 くるっと背中を向けると、もうここには用はないとばかり、メリッサを一顧だにせず扉へと歩き出す。  
 その様子にメリッサはカチンとくるものを覚えた。  
 リジャールはそんな視線を背中に感じながら、ニヤニヤしたいやらしい笑みを深くする。  
 ちなみにこれはメリッサが知る由もないが、ミレルと会った酒場で去るときも、リジャールはこんな顔をしていた。  
 
「ああそうだ これも何かの縁、オレの名を名乗っておこう …………ジャールだ」  
「…………メリッサです」  
「いい名前だな それではまたなメリッサ」  
 ゆっくりと朝靄の中に消えていくリジャールの後姿。それをメリッサは親友の少女と同じ様にずっと…………ずっと見つめていた。  
 
 
 
 
 入り口から少し暗い店内を見回す。  
 ミレルの盗賊ギルドで鍛えられた目を持ってすれば、この程度の暗がりはなんでもない。  
 首振り一回の労力で、本人は決して認めないだろうが、お目当ての人物を見つけた。そしてその目が鋭くなる。  
 ソイツは今日は羽振りがいいのか、テーブルの上には所狭しと酒と料理が置かれていて、さらに隣りには女まで侍らせていた。  
 肩に廻した男の左手は、女の切れ込みの深い服の中に差し込まれてる。  
 からかってるみたいにその手が蠢き、豊満な胸を弄っているのが、ミレルの性能の良すぎる目にははっきりと見えた。  
「ん? やはり縁が合ったなミレル、こっちに来い」  
 そして目が良いのは何もミレルだけの専売特許ではないようで、目聡く見つけたリジャールは親しげに手招きする。  
 だが、ミレルの足は一歩も動かなかった。  
 自然と目はリジャールではなく、隣りの女へと注がれる。どこかで見た様な気もするが、イライラに邪魔されて思考が定まらない。  
 リジャールはその女の服から手を引き抜くと、軽くその唇に口づけて背中を押しやる。  
 女は少し恨みがましそうな顔をするが素直に席を立った。そのままどこに行くかと思えば、カウンターの中に澄まし顔で収まる。  
 見覚えがあるはずだ。この店の給仕である。  
 ということは、この男はそういう店ではない女に、堂々と手を出していたわけか。  
 あまりガラがいいとは言えない店だからして、あのくらいは日常茶飯事の光景と言ってしまえばその通りだが、………ひどく腹が立つ。  
「どうした? 早く座れよ」  
 なぜ、こんなにも腹が立つのかわからない。  
 この感覚をしいて言うなら、仲間の大男の話をしているときに近いが、ならばそれは答えは出ないということだろう。  
 釈然とはしないが、ミレルはリジャールの隣りに、あの女が座っていた場所に腰を降ろした。  
 
「!?」  
 そして座ってしまってから気づく。カード勝負をしたいならば、普通は相手の正面に座るべきだ。  
 自分は勝負をする為にこの男を捜していたのに、なんで隣りに座ってしまったんだろうか?   
 わからない。まるでわからない。ミレルの頭は店に入ってから数分も経たないうちに、早くも混乱を始めていた。  
 そんなミレルの気持ちを知ってか知らずか、さっきの女にしていたのと同じ様に、リジャールは馴れ馴れしく肩に手を廻す。  
「どれでも好きなものを手に取るといい 今日はオレの奢りだ」  
 言いながら引き寄せられた。リジャールの膂力があれば、ミレルの身体などは、それこそネコの様に軽いだろう。  
 顔が厚い胸板に押し付けられた。ちょっと汗臭い。男の匂いがする。ミレルの小さな胸は、すぐにドキドキと早鐘を打ちはじめた。  
「お、おいっ!? は、離せよ 暑っ苦しいんだよジジィっ!!」  
 ミレルは勘がいい。仲間内では一番いいかも知れない。その勘が告げていた。この男から離れないとヤバいと。  
 しかしジタバタとネコみたいに暴れたところで、リジャールにしてみればそれこそじゃれつかれている様なものだ。  
 嫌がるミレルによりいっそう興が乗ったのか、顔をニヤニヤさせながらリジャールは、ひょいっと抱えると膝の上に座らせてしまう。  
「ちょっ!? いいかげんにしろよっ!!」  
「ハハハッ 本当に可愛いなオマエは」  
 可愛くて堪らない。愉しくて堪らない。欲しくて堪らない。  
 そんな感情をまったく隠しもしないリジャールは、ミレルの耳元に唇を寄せると囁いた。  
「あの女とオレがイチャついてるのを見て、オマエはどう思った?」  
「んッ!?」  
 くすぐったさにミレルは小首を傾げる。  
 それを確認してニヤリと笑ったリジャールは、ミレルの耳朶に熱すぎる吐息を吹きかけながら右手を膝小僧に置いた。  
 すりすりと幼い子供をあやす親の様に撫でさする。もっとも、親がこんなギラギラした目で、幼い我が子を見るわけもあるまいが。  
 
「どうなんだ? もしかして腹が立ったりはしなかったか?」  
「な、なん、んぅッ……なんで………んンッ、わ、んッ………はぁ…………わかるん……んンッ…………」  
 敏感すぎるのかミレルの身体は耳元で囁くだけで、本人はそれと認識できてるか怪しいが、面白いように快感に身震いする。  
 その反応を逐一見ながらリジャールは唇を耳朶から離すと、まだまだ発展途上の乳房へと顔を寄せた。  
「わかるさ、オマエはあの女みたいにされたいと思ってるんだよ」  
“ちゅむ……”  
「あンッ!?」  
 ミレルの身体が弓なりに反る。服の上からリジャールは小さな胸に相応しい、小さな可愛らしい突起に吸い付いた。  
「うッ…うッ…んあッ……あッ…はぁんッ……んぅッ!!」  
 下唇を噛みながら声を殺そうとするミレルだが、どうしても僅かだが洩れる声はリジャールを大いに愉しませる。  
 肩に廻していた左手で背中を支えながら、横抱きのお姫様だっこの形にすると、膝を撫でていた右手をスカートの奥へと忍び込ませた。  
 これにはミレルも咄嗟に腿を閉じ、手の侵入を防ごうとはするが、残念ながら一歩ばかり遅い。  
 リジャールの指先はしっかりと、閉ざされ損ねた太股を強引に押し割って下帯に触れている。  
 しかも正しい乙女の恥じらいの反応が、結果的にはより強くリジャールの手を押し付けることになってしまっていた。  
「んぁッ………ひッ……あ、ンぁッ……はぁ……んぁッ……ひぁッ!!」  
 恥丘の触り心地を愉しむ様にリジャールの指が蠢き女の真珠を擦られると、忽ちミレルの唇は襲われる快感の波に決壊しそうになる。  
 そしてそれが起こらぬ様にぶるぶると身体を震わせながら、必死に涙が零れそうになるくらい耐えているのに、  
“カリッ……”  
「ふぁッ!?」  
 まるで嘲笑うかのように、硬くしこった乳首を噛まれるから堪らない。  
 ミレルの両腕はいまや抵抗する為ではなく、ただただリジャールの頭を強く抱きしめることに使われていた。  
 だがそうしてられたのもそんなに長くはなく、下帯の隙間から侵入させたリジャールの指先が、深く浅くいきなり秘裂をえぐると、  
「はひッ!?……ひッ……あッ……あふぁッ!!」  
 ミレルははしたないほど高く腰を突き上げる。  
 
 リジャールが軟体動物を真似るようにくねくねと指先を動かすと、  
“ぬちゃ・にゅちゅ・くちゃ…………”  
 ミレルの秘裂からも淫らな音が立ち、そしてくねくねと小ぶりなお尻を振りながら、リジャールの指を健気に追いかけていた。  
 そして終わりは唐突に訪れる。  
“キュッ!!”  
 痛いくらいに強く女の真珠を摘まれた瞬間。  
「あ!?……ああッ………うぁあッ!!」  
 白いフラッシュが頭の中でいきなり爆発して、ミレルの意識はあっけなく飲み込まれた。  
 
「んぅ………んん…………あ……れ……………」  
 まどろむ感覚がまだ抜け切らない。でも本音を言えばまだまどろんでいたい。顔を上げるとリジャールが酒を呑んでいるのが見える。  
 ミレルは認識できなかったが、リジャールに膝枕をされていた。  
 でもそれだけ確認出来れば充分。それだけで安心して、ミレルはまたすぐに目を閉じ、ゆっくりと目蓋を閉じてまどろみに溶け込んだ。  
 

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