(やはり、遅くなってしまったな…)
艦内備え付けのトレーニングルームの時計を見上げて、モモはふっとため息をついた。時計の短針が示すのはAM1:00。普段彼女が就寝前の自主トレを終えるのは遅くても12前後なので1時間弱遅れたことになる。
昼間、部下のミスのフォローに割いた時間の大きさを今更ながらに痛感したモモは、早く自室へ戻ろうと出口へ急いだ。
――と、その時。
「!」
ふっと室内の電気が消えた。視界を奪われたモモは一瞬、艦の電気系統に何か異常でも起きたのだろうか、と考えた。だが、その考えは次いで眼前から響いた声によって否定される。
「精が出ますねぇ、さ〜すが大尉だ。 毎日やってんすか?」
「! 誰だ?」
茶化すような声音にモモはきっと顔をしかめた。途端に、相手から「ンな恐い顔しないでくださいよ」と答えが返ってくる。
相手が猿人種(アルフォイド)なら、この暗闇で彼女の表情が確認できる筈がなかった。
(――だとすると、多種族か混血種(ハイブリッド)か? 誰だ?)
どこかで聞いた覚えがあるような声だったが、モモにははっきりと分からなかった。ただ、自分の部下でないことだけは確かである。部下に限らず、特務部の者ならモモはほぼ全員の声を覚えているし、そもそも彼女の部下にこんな口のききかたをする者はいない。
「あれー? 俺のこと覚えてもらってませんかぁ? モンタギュー大尉」
モモが暫し黙っていると、男が再び口を開いた。それとほぼ同時に、モモの瞳も闇になれはじめ、ようやく眼前の存在が何者なのか分かった。
尖った耳と、華奢な体躯。闇に溶け込む黒い軍服は、特務部の物ではなく刑務部のもの。つい最近たった一度だけ顔をあわせる機会があった相手だった。もっとも、その時のお互いの印象はともに最悪だったのだが。
「……ムーン曹長」
刑務部曹長、ルシファ・ムーン。モモの部下ヴァルカンと同じ「赤の七」の一人で、この間の会議で初めて顔をあわせた一人である。
「失礼だが、何故ここにおられる? この艦は特務部のものだが…――何か仕事でも?」
モモが問い咎めるような口調にしたのはわざとだった。だが、ルシファは特に動じることもなく、小馬鹿にするような口調で、モモの問いに答える。
「あー、いや、ただ時間潰しに来ただけっすよ? 業務後はどの艦に遊びに来ようと自由っすからね」
「……責任ある立場にあるものが、用事もなく各艦をふらふらするなどあまり褒められたことではないと思うが」
「プハッ、真面目っすね。さすが大尉だ。けどさーその言葉、そのままお返ししますよ」
「それはどういう意味だ?」
「いくら自分の部の艦だからって――…女性がこんな遅くにふらふらするってのもあんま褒められたことじゃねーんじゃないですかァ? 大尉まだ若いんだしさぁ」
「……」
『女性』、という単語を一際強調した口調に、モモは大きく顔をしかめた。
モモの性別、年齢が、ともにモモの「大尉」という地位に適当なものではないことは、彼女自身が一番知っていた。十代後半で責任ある地位についているものはそれでもいなくはないが、女の身で、となると、巨大な太陽系連合軍の中でも片手の指で数えられる程度である。
モモが特異部で大尉の地位に付いているのは、一重に彼女を高く買ってくれる大佐、首(オブト)の力に他ならない。
だからこそモモは、毎日の業務は元より、それ以外でも可能な限り自分を鍛えようと時間を割いているのだが――
それすらこうやって、馬鹿にされるのかと思うと腹正しくて仕方がない。
「随分と下世話な心配だな。…これ以上付き合う気はない、失礼する。」
モモは苛立ちを隠さず吐き捨てるように言うと、今度こそトレーニング室を出ようと急いでルシファの前を横切った。
だが、それが失敗だった。
「!?」
ルシファが不意に足を突き出したのだ。
暗闇の中で、足元が見えずに反応が遅れた。ガタン、と大きな音とともにモモは前のめりに倒れた。慌てて体を起こそうと手をついたが、背後から押しかかられた。
「な……ッ!!?」
――身動きが、取れない。
「ハハッ、そんな逃げようとしなくたっていいじゃないですか」
首筋にかかる生暖かい吐息。ここにきてようやくルシファの真意が分かってモモは戦慄した。
「…離れろ! 無礼者!!」
「……どーせいつもヴァルカンとやってんだろ? 俺一人くらい別に楽しませたっていーじゃねーか。ブタ女」
ヴァルカン、の名前にモモは自分の頬がかっと熱くなるのが分かった。
(この男――!! 馬鹿なことを…っ!!)
先日の会議での騒ぎを思い出す。些細な言いあいからあれよと言う間に撃ち合いに発展しそうになったあの騒ぎ。
『テメェサイコー!! …だが、大尉はブタじゃねぇ!』
『ブタだろ?どーせ。ブタのくせにお前が俺より強いなんておかしいと思わないか? ――この場でどっちが強いか証明してやる!』
『大尉はブタじゃねぇ!!』
あの時は首(オブト)が場を収めたが――ルシファとヴァルカン、この二人が同じ隊にいながらにして、
特別険悪な関係だということはあの時初めてルシファと顔を合わせたモモにもわかった。
おそらく、ルシファが今こんな行為に及んでいるのは、自分より年下の女が上層部にいることへの苛立ちも無論あるのだろうが、
それ以上に、ヴァルカンへの鞘当てが目当てなのだろう。
実力では勝てない相手へは直接の接触を避け、その関係者で鬱憤を晴らす――というのは、別段軍(ソル)に限ったことではない。
集団生活の常套手段だ。
しかしだからといって、事実自分とは上司と部下以上でも以下でもない、ヴァルカンとのいざこざに巻き込まれてはたまらない。
「ふざけるな!アイツはただの部下だ!! 貴様の言うようなことは何もない!!!」
モモは背後のルシファを振り払おうと体をよじった。右肘を突き出し、少しでも相手から体を離そうとする。
だが、かわりに後頭部に鋭い痛みがはしった。
「! うぁっ――…ぐっ!! う…!」
「ウゼェよ、豚が」
ルシファはモモの髪の毛を鷲づかみにして、彼女の頭を床に叩きつけた。ガン、ガン、と鈍い音がニ三度響き、暴れていた彼女の体が止まる。
「かはっ…!」
頭を打ち付けられた激しい痛みにモモは目の前がくらくらした。抵抗しようにも体に力が入らない。
ルシファはその隙にモモの頭は押さえつけたまま、空いているもう片方の手を彼女の胸へと伸ばした。
仕事を終えてからトレーニング室を利用するに当たってのモモの格好は、当然だが軍(ソル)の制服ではない。
彼女は愛用の紺色のツナギ――潜入操作のためコロナ・ファミリアに降りたった時もきていた――を、腰の部分で巻きつけ、
上には胸だけ隠せる短めのタンクトップを着るという非常にラフな格好をしていた。トレーニングは毎回非常に汗をかくので、
出来る限り薄手ですますようにしているのだ。
今夜初めてそれが裏目に出た。
ルシファの手は、妨げるものなど何もないモモのタンクトップの中にやすやすと入り込んだ。タンクトップと似たような
デザインのスポーツブラをずりあげると、モモの抗議の声など全く無視してルシファは彼女の胸を揉みしだいた。
その際押しつぶすつもりのような、強い力を込められてモモはたまらず呻いた。
片手だけとはいえ、乳房に指を食い込ませてぐいぐいと揉みしだかれるとさすがに痛い。
「や…っ! 嫌だ、やめ――……」
「でけーな、やっぱ豚なだけあるじゃねーか」
「っ!!!」
ルシファの言葉にモモの頬が真っ赤に染まった。確かに、モモの胸はルシファの言うとおり、同種族、同年代の女性と比べて大きい。
その上彼女はどちらかといえば華奢で、小柄な体躯をしているので、アンバランス差からそれがより際立つのだ。
「これ、アイツが相当気に入ってんだろうな――趣味わりぃぜ、相変わらず」
モモのコンプレックスを揶揄するようにそう言い捨てると、ルシファは乳房の先端を指で摘まんで引っ張った。
「っ――!! んんっ、あ、やあああっ……!!!」
瞬間、先端から体中に痺れるような痛みが走りモモはたまらず悲鳴をあげた。
「でけー声」
「ひあ、んっ、や、嫌だ……っ! もぉ、やめ……んっ! あ、あ…あ……っ」
ルシファはそのままモモの先端を指で転がし、摘まみ、弄んだ。指だけの刺激でもこれまで経験のないモモには十分で、
彼女は生理的な涙が瞳から零れるまで、ルシファに成すがままにされた。