「だから、大丈夫ですって大尉」  
「だが…」  
「まだ変身はとけませんけど、それだけですよ。ほんと〜に大丈夫ですって!」  
「……」  
 
カメ号の一室。  
墜落するナガス戦艦、フナムシの群れからどうにか脱出したヴァルカンとモモの二人は、ロビンたちの船に助けられていた。  
 
逃げる途中、多数のフナムシに追われたにも関わらず、モモの方には怪我一つない。しかし、共に逃げながら彼女を庇ったヴァルカンは右腕と脇腹にレーザー砲を二発受けていた。  
 
今、ベッドに腰掛けるヴァルカンの獣化した肌を覆う赤茶色の毛には、ところどころ乾いた血がこびりついている。その上から巻きつけられた包帯に滲む血もまだそう古くない。  
彼は大丈夫だ、と言っているがそれは決して軽い怪我ではない。  
ましてやモモも、少し前までは軍人だった。ヴァルカンほど戦闘能力に優れていたとは言えなかったにしろ、怪我の程度くらい、さすがに判断できる。  
 
「すまない、本当に……」  
「だーかーら〜! 俺は平気ですって大尉! ほら、泣かないで、泣かないで!」  
「……っ」  
 
滅多に見せない獣状態の顔に、ヴァルカンは普段と同じ笑顔を浮かべた。長い牙と丸くて低い鼻、ギザギザした耳。避けた口元。  
モモが声を殺して泣きはじめるとヴァルカンはその鼻をモモの目蓋にごしごしと押し付けた。  
ヒゲと、濡れた鼻と、毛があたってむずむずする。  
 
「んっ……、やめろ、くすぐったい……」  
「じゃあ大尉も泣かないでください」  
「……それは」  
「俺は本当に大丈夫です。男が惚れた女の一人も守れなくてどうするんですか。これしきの傷、大尉が怪我することに比べたら何でもないんですよ」  
「……」  
「大体、フナムシにこれと同じの喰らったら大尉は致命傷ですよ? 俺は死にませんけど。別に死に急ぎたいわけじゃないでしょ。助かったんだから、無傷なんだから、もっと喜びましょうよ、ね?」  
「……。…ひゃっ!」  
 
なかなかに長い台詞を一息に言い切って、ヴァルカンはモモの顔を舐めた。  
獣化した大きな舌の、ザラザラとした感触。  
それに頬から目蓋にかけて掬い取られて普段冷静なモモもさすがにうろたえた。  
ペロリと一舐めされると顔が濡れて、ひんやりとした室内の空気と舌の生暖かさとで反動がくる。  
ガタン、とベッド脇で腰掛けていた椅子ごと倒れそうになったモモの身体をヴァルカンは支え、ぺロリ、ペロリとそれを繰り返した。  
 
「ちょ……っ、ヴァルカン、やめ……! わぁっ」  
「じゃあ泣きやんでください」  
「わ、分かった! 分かった、から……っ! ひゃ!」  
「……」  
 
(やべ……可愛い)  
耳まで赤面してうろたえるモモに、暫しヴァルカンは思考を停止する。  
 
普段のモモは滅多なことがなければうろたえない。  
それ以前に、笑わない。  
 
幼くして「大尉」という地位にあったプレッシャーからだろうか。ヴァルカンの前でモモは基本的に仏頂面で無表情で、いつもクールでストイックな上司……「大尉」の顔しかして来なかったのだ。  
 
それが、今。  
 
(……考えれば歳下だもんな。こういう顔の方が普通か)  
 
顔を真っ赤にし、恥ずかしそうにうつむいた彼女は、ヴァルカンの舌でビショビショになった自分の顔を必死で拭っている。  
 
(つーかなんか……エロいかも)  
 
額、頬、目蓋、鼻……顔のほとんど全体を濡らし(いやそれは自分のせいなのだが)、手のひらでゴシゴシと拭っているさまは端から見ていて酷く扇情的だ。  
狙ってやっているのかどうかは知らないが(いやどう考えても自分の考えすぎなのだが)ときどき唇をきゅっと噤むのがどうにもたまらない。  
 
「……大尉」  
「ん?何だ? ……わ!」  
 
ヴァルカンはモモの手を退けると、かわりに自分の獣化した手で彼女の顔をごしごしとこすってやった。  
獣化した手には当然ながら体毛が生えている。体毛はモモの顔についた唾液をあっさり吸い取り、かわりにその身を少し重たくする。  
 
暫しして、ヴァルカンの目の前には生乾きになった代わりに、ところどころに赤茶色の毛を張り付けたモモの顔があった。  
 
「…ちくちくするんだが」  
「乾いたら自然と落ちますって」  
「まぁそうだが」  
 
いささか憮然とした顔のモモをヴァルカンはよしよしと撫でてやった。  
 
こういう顔の彼女を見るのは楽しい。  
仕事のときも、たまにこういう顔を見せる彼女の顔を見ては楽しんでいたが二人きりのときにこんな表情が見れるなんて考えもしなかったことだ。  
 
(やっぱかぁわいいよな〜大尉は。  
 ――単に好みっつうのもあるンだろうけど、それだけじゃなくて……)  
 
「ヴァルカン」  
「! はい、なんすか?」  
 
ヴァルカンがモモの頭を撫でながら今までの想い出に浸りかけたとき、ふとモモがそれを呼び戻した。  
 
「ん、ちょっと…」  
「?」  
 
モモの指先が自分の首筋にのばされて、ふ、と鼻先を彼女の呼吸がかすめる。  
唇に自分以外の体温が触れて、彼女が瞳を閉じてるのが見えてもヴァルカンには何が起きているのかまるで分からなかった。  
 
(……へ?)  
 
「……あの、大尉?」  
「あ……すまん、つい……。い、嫌だった、か?」  
 
 
 

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