――時間を持てあましてしまった。
ゆかりは操縦席の上で背筋を伸ばした。隣では茜が再突入軌道の確認に電卓を
叩いている。初飛行の再突入では地上管制のミスによってあわやという目に逢わ
されて以来、茜は細かな確認を怠らない。
今回のミッションでは船長のゆかりとMS《ミッションスペシャリスト》の茜
が組み、帰還した日本の小惑星探査衛星のサンプル回収を行った。探査衛星は再
突入カプセルを備えていたのだが、その分離が成功せずにSSAの出番となった。
その探査衛星は数々のトラブルに見舞われ、初期の予定から三年以上も遅れて
の地球帰還だった。困難を克服し帰還軌道に乗るまでをはらはらしながら見守っ
たという茜は、サンプルの回収に参加できることを心の底から喜んでいるようだっ
た。
回収したのはサンプルを納めた再突入容器だけではない。長期間にわたって宇
宙空間で稼働したイオン推進エンジンと数々のトラブルの元凶となった慣性姿勢
制御装置を本体から分離して回収したのだ。人力による回収を行うのであれば探
査機を丸ごと持ち帰りたかったというのが本音らしいが、太陽電池パネルやアン
テナなどの突出部を破棄しても到底オービターのペイロードベイには収まりきら
ない。結局、軌道上でばらばらに分解して必要な部分のみを持ち帰るというロケ
ットガールズならではのきめ細かな作業を行ったのだった。解体を前提とせずに
組み上げられた精密機械の分解には時間を要し、六時間以上の船外作業《EVA》
を強いられたゆかりたちは疲労の極にあった。
そして今回のミッションではオービターの回収部隊はソロモン周辺にしか展開
していないため、再突入開始までに二時間ほどの待機時間が生じてしまったのだ。
その余暇をゆかりは軽く仮眠して過ごそうかと思ったのだが――。
「ゆかり、ちょっと失礼します」
いつの間にか電卓を叩くのをやめていた茜がヘルメットのアダプターリングの
リリース音を響かせる。そのままスキンタイト宇宙服の襟元に手をやるのを見て
ゆかりは訊ねる。
「ん。トイレ?」
液体であれば宇宙服の内部で処理できたが固形物はどうにもならない。スキン
タイト宇宙服を脱いでビニール袋を使う羽目になる。その際には同乗者は遮光バ
イザーを閉じて視界を遮るのが暗黙のエチケットとなっていた。マツリに関して
はかけらもそんなことを気にしてはいないようだったが。
「いえ。体を清拭しようと思って」
ああ、とゆかりは頷く。茜は必要とあれば三日でも宇宙服を着たままでいられ
る娘だったが、与圧環境では誰よりも衛生には神経質だ。
するするとスキンタイト宇宙服を脱ぎ、洗浄剤を含ませたタオルで体を拭き始
めた茜を横目で眺め、ゆかりは口の中で呟く。
――ふーん。この子、本当に白い肌をしてる。
華奢な背中には、それでも腕を動かすと筋肉の筋がくっきりと浮かぶ。ソロモ
ンへやってきた当初の茜は本当に折れてしまいそうなくらい頼りない体格をして
いたが、いつの間にか引き締まった線を浮かばせるようになっていた。二の腕や
ウエストは明らかに細くなっただろう。
――毎朝走り込んでいるし、筋トレも欠かさないし。
地上のスタッフたちに一番信頼されているのが最先任の正宇宙飛行士であるゆ
かりではなく、MSの茜だ。知性面でのスキルではゆかりもマツリも茜には遠く
及ばず、宇宙への熱意も一番だ。冷静さも備え、身体能力の低さを補ってあまり
ある資質《ライトスタッフ》の持ち主であることは間違いない。技術屋揃いで宇
宙への夢を抱えてソロモンに集まった地上要員たちに信頼されるのも頷けた。
「背中、拭こうか?」
「……はい、お願いします」
ハンカチのような小さなタオルだ。自分の手だけで背中を清めるのは難しい。
ましてや軌道上では重力も利用できないため、無理な姿勢は取りづらい。さりげ
なく胸元を隠した茜が振り返り、タオルを差し出してきた。互いに素肌を晒すこ
となど茶飯事で、すでになんとも思わなくなっていたはずなのだが、今日の茜は
不思議と色っぽく見えてゆかりを慌てさせた。
「茜、最近なんだか美人だよね」
黙り込んでしまうと気まずくなりそうな気がしてゆかりは明るい声を出す。背
中を向けた茜が声を落として小さく笑い声を立てた。
「お世辞を言っても何も出ないです」
「背中を見ていたらふっとそんな気がしてさー」
拭い終えた背中を上から下へ、ゆかりは人差し指でついとなぞってみる。
「ひゃっ」
予想外に可愛らしい声が上がった。
「ごめん、ごめん。綺麗な背中だったから、つい」
「驚かせないでくださいぃ」
恨めしげに振り返る茜が赤面しているのを見ていたずら心がうずいた。
「ふふーん。ここも弱いかな?」
同じように指先で脇腹をなぞると再び可愛い悲鳴が上がる。
「ゆかりっ!」
「へっへー。耳も弱かったりしてー」
口を尖らせて振り返った茜の耳元にふっと息を吹き込む。茜は声を上げて身を
竦める期待通りの反応を見せたが、その動きは無重量では唐突すぎたらしい。ハー
ネスを解いていた白い体がシートから浮き上がった。
「おっと」
反射的に腰に手を回し、ゆかりは茜を抱き留める。途端に小さな体が引き寄せ
られ、ゆかりの腕の中に全裸の茜が飛び込んでくる結果となった。
「きゃっ」
抱き留めた背中がぺたりとゆかりの頬に密着する。清めたばかりの背中からは
洗浄剤の爽やかな香りとほのかに甘い肌の香りが漂った。ついでのように白く滑
らかな肌に頬ずりをし、ゆかりは感嘆する。
「へえぇ。茜の肌、すごく気持ちいい。なにこれ。どうしてこんなにすべすべで
吸い付くのよ。いい香りもしちゃうし」
「ゆ、ゆかりさんっ、くすぐったい、ですっ」
茜は今でも時々「さん」づけに戻る。元々が礼儀正しく、言葉遣いも崩さない
しっかりした子だ。少し硬めの言葉遣いの方が自然体なのだろろう。
ゆかりは抱き留めた体をそのままに、頬と手のひらで茜の背中に触れる。しっ
とりと吸い付くような肌は信じられないほどに心地良かった。
「きゃぅ」
小さく胎児ポーズを作っていた茜の背中がぴくりと反応して反り返る。上がっ
た声と敏感な肌の可愛らしさにゆかりはさらに悪のりをした。
「かっわい〜い」
れろん。肩胛骨を舐め上げてみると予想通りに、いや、予想以上に脳天を直撃
するような声が帰ってきた。
「ひゃわっ」
こってりと媚を滲ませた嬌声でもなく、かといって色気の欠片もないような子
供の笑い声でもない。理知的な大和撫子の示す予想外の色気はほのかでありなが
ら強く女性らしさを訴えていた。
――こんな声聞かされたら、男ならイチコロだね。
そんなことを思いながらゆかりはさらに指を滑らせる。耳元から襟首、背筋を
辿って腰骨に触れ、太腿から膝頭にまでそっと辿ると、指の動きに応じて細く長
く艶やかな声が漏れた。まるで楽器だ。すっかりおもしろくなってしまったがゆ
えの度の過ぎた悪ふざけだったが、しかしゆかりはこの時点ですでにゴー・ノー
ゴーの判断を誤っていた。宇宙服のグローブを付けたままだったことも悪のりを
助長したかもしれない。第二の皮膚と呼ばれるスキンタイト宇宙服といえど触感
は鈍るし温感は伝えない。もし直接素肌を触れ合わせていたらゆかりは茜の乳房
に手を回すことをためらっただろう。
「うわ。茜、あんたの乳、すっごい手に馴染む。なにこれ」
ふよふよふよ。ソロモンに来た当初にはわずかに先が尖っているばかりの少年
のような胸だったのに、いつのまにかふっくらとお椀型に膨らんでいる。ボリュー
ム的には未だにA、いや、AAの域を出ていなかったが、グローブの上からでも
吸い付くようなその肌の質感にゆかりはすっかり魅せられてしまった。
「きゃう! ゆ、ゆかりっ。だめです。ひゃぁあぁあ」
そういえば、とゆかりは思い出す。スキンタイト宇宙服を作り直している頻度
のもっとも高いのも茜だ。体を鍛えたことによってサイズが変わってきたのかと
思っていたが、こんな部分が成長していたとは。
茜の声に刺激されて限度を忘れたのか、あるいは白い背中に寄せた頬の感触に
判断力が低下していたのか、普段のゆかりならば絶対にしないようなことまでし
てしまっていた。それはいたずら心というよりは何かに憑かれたと言っても良い
かもしれない。
軽く触れてその弾力を楽しむだけでは飽きたらず、胸の中央にある突起をゆか
りは柔らかに摘み上げてしまったのだ。
「ひゃっ」
強く息を呑んで背筋を仰け反らせ、ぶるりと全身におこりを走らせた茜の反応
に、ゆかりは初めて自分がやりすぎてしまったことに気づいた。膝の上で体を縮
め、微かに震える茜を見てゆかりは冷水を浴びせられたような気分になった。
――ま、まずい。
背中を丸めている茜は泣き出してしまったように見えた。
茜は泣き虫だ。負けず嫌いで悔し涙を流したり、宇宙というフロンティアに感
動したりと始終涙を滲ませている。今のゆかりの行為は明らかにハラスメントだっ
た。これで泣かせてしまってはいつもの感動の涙とは訳が違う。自分がスカウト
してきた同僚であり、かつ、数少ない同世代・同性の友人に屈辱を与えてしまっ
たようだった。宇宙飛行士にとって同僚からの信頼は何よりも重要な財産なのだ。
それを失えばSSAのロケットガールズは機能しなくなってしまう。
「あ、あの。茜?」
恐る恐る声をかけたが、華奢な少女は両の手のひらで覆ってしまった顔をあげ
ようともしない。腰に回した腕の力を緩め、そっと漂いだした茜を向き直らせよ
うと腕に触れる。途端にびくりと肌に走った緊張にゆかりの心は罪悪感でいっぱ
いになった。
「茜?」
再びの呼びかけに茜がそっと顔を上げる。涙で歪んだ表情を覚悟していたのだ
が、そこにあったのは耳の先まで真っ赤に血の気を昇らせた恥じらいの表情だっ
た。
――あれ?
両手の隙間からそっと覗いた茜の顔を見て、ゆかりは改めて己の失敗を悟った。
瞳を潤ませて上目遣いにゆかりを見上げる茜の瞳には無数の星が飛んでいる。こ
の表情を見てオチない男はいないだろう。同性のゆかりでもぐらりときた。
――ま、ま、ま、まて。軌道上では星は瞬かないんだぞっ。うるうるしたその
目は反則だっ。
先ほどまでとは別の意味で冷水を被った心地がした。
「……ゆかり」
細い細い声で恥じらいを滲ませて茜が呟く。かつてゆかりと茜が在籍していた
ネリス女学院は女の園で、生徒同士の恋愛めいた関係もさほど珍しくはなかった。
瞳に星を散らしているのはネリ女モードのスイッチが入ってしまったと言うこと
らしい。
――これは……引返可能点《ポイント・オブ・ノーリターン》の判断を間違え
たかも。
ゆかりの人生はそんなミスばかりだ。ソロモンに父親を探しに来てしまったの
がそもそものボタンの掛け違えで、そのまま突き進んだがために異母姉妹が飛び
出てきたり宇宙でじたばたする羽目になった。後悔しているわけではなかったが、
自分で進路を選べなかったことだけは残念に思っていた。そしてまた、今もゆか
りはボタンを掛け違えた上にそれに気づくのが遅かったらしい。
「ゆかり……」
膝の上で体を縮めて浮かんでいた茜が、つい、と胸元に手を伸ばしてくる。無
重量状態でのダイナミックな体の制御はゆかりに分があったが、細やかな姿勢の
調整については茜が天才的な技量を発揮する。今も、単にゆかりに触れているだ
けで掴んでいるわけでもないのに、茜の宙に浮いた体は静電気でも帯びているか
のようにゆかりに吸い寄せられてきた。
ひたり、と茜の肌がゆかりに密着する。太腿を跨いだ茜の細く白い足がゆかり
の膝の間に割り込み、絡みつく。合わせた胸が柔らかく、肉の感触と共に鼓動を
伝えた。間近で覗き込んでいる瞳はうっとりと艶を帯び、触れ合わんばかりの距
離にある唇は吐息を熱く感じさせた。
「あ、あの、茜っ?」
動転して言葉がでなくなったゆかりに、茜はほっこりと笑顔を浮かべる。その
まま何も言わずに唇を押しつけてきた。
「む。んんん」
柔らかく一度。啄むように二度三度。小さな唇が温かに触れてきた。かと思え
ば次の口づけではするりと唇を割って舌が這い込んできた。
――うわわ。何が起こっているんだぁあ。
真っ当な女子高生が受ければトラウマにもなりかねないような健康診断や打ち
上げ前の直腸洗浄にももう慣れた。だが、恋愛や性に関しての免疫は皆無に等し
いままだ。ジャングルと海に囲まれたソロモンの打上基地にいてはロマンスなど
夢のまた夢だった。
「ぷはっ。ちょっと、茜。あんた、こんなキス、どこで覚えてきたの!?」
忍び込んできた舌をなんとか押し戻そうとすれば絡め取られ、なにがなんだか
わからないうちに流し込まれてきた唾液まで飲み下してしまった。その涎に媚薬
でも含まれていたのではないかと思うほどゆかりの胸は早鐘を打っている。呼吸
も熱く、速い。
「さつきさんがこの本を」
茜が私物入れから冊子を取りだした。SSAで講義に使われる手製のプリント
と同じ体裁だ。表紙には『スペースオルガスムス 〜宇宙医の恋愛講座〜 旭川
さつき』とあった。
「……ろくでもないことばかり教える大人め」
「あの。変でした?」
「いーや。あんたは悪くない」
至近距離で交わす会話の内容はあまり甘くはなかったが、茜の吐息は限りなく
甘やかだ。こうして腕の中に抱えてみれば柔らかく密着する体も心地良い。引返
可能点を過ぎているならばもはやノーゴーの判断は無意味なのかもしれない。
ゆかりは同性愛嗜好があるなどとはこれっぽっちも自覚してはいなかったが、
今し方のキスは悪くない印象だった。むしろ、目の前にある桜色の唇の温もりを
もう一度味わいたい衝動に駆られていた。
――そ、そっちの趣味があったのかな、あたし。
試みに髪を手櫛で梳いてやるとすがりついたままの茜は心地良さそうに目を閉
じる。
――うわ。なにこの子。無茶苦茶可愛いじゃないの。
ほんのりと頬を上気させ、ゆかりの撫でる手に身を任せている様は背筋に痺れ
が走りそうなくらい愛らしい。洗浄剤で拭ったばかりの髪はまだ湿気を含み、ま
とまりを持って〇Gに広がっている。その手触りがさやさやと気持ちいい。
――男どもには渡したくない。
茜の表情を見ているとむらむらとそんな気持ちがわき起こってくるのも自然な
気がした。
耳元を撫で、そのまま添えた手で茜の頭を引き寄せる。とはいえ、それまでだっ
て十センチも離れてはいなかった。ただ、唇を重ねたくて誘導しただけだ。
ちう。
薄く開いた唇の端に自らの唇を押し当て、軽く吸う。ゆかりにだって恋愛経験
はない。だがいきなり舌を押し込むのは少し違うのだろうと言うことくらいは想
像がつく。それで繰り返し唇を押しつけ、ついばみ、軽く吸い上げるキスを繰り
返してみると確かにそれは間違っていない感じがした。有り体に言えば快感だ。
「グリーン?」
「ゴー」
少しばかり古めの符丁で囁き、笑い合う。
「今回のミッションではあんたは」とゆかりはキスを織り交ぜながら囁く。「す
ごく浮かれてたよね。そんなに探査機の回収が嬉しかった?」
唇だけではなく、頬や鼻、額、瞼、耳元へとキスの雨を返しつつ茜が笑む。
「それはもう。当時、帰還軌道に入るまでやきもきしながら応援してたんです」
「素質があったんだね、茜は」
回した腕で背筋をそっとなぞったゆかりはグローブが邪魔なことに気づいた。
手首のアダプターリングを開放し、裏返しに脱いだグローブを放り出す。同時に
茜もゆかりの首周りのアダプターリングに手をかけた。NASAの宇宙服に比べ
ればヘルメットも小さかったが、それでも首周りにはそれなりの径の接続部が必
要だ。口づけには少々邪魔だったのだ。
「あの頃の日本の宇宙開発は変でした。打ち上げるものが全部小トラブルを連発
してピンチに陥るんですが、じたばた悪あがきをしてしぶとく運用を続けて」
「後になってからじたばたするくらいなら最初からちゃんとしたものを造れ?」
二人は声を揃えて笑う。後になってじたばたするのはSSAのロケットでも同
じだ。打上の度に何かしらの小トラブルは発生し、毎回のようにゆかりたちが軌
道上で対処する羽目になっている。日本の宇宙開発体質はソロモンにまで引き継
がれてきているとしか思えなかった。技術者もJAXAから引き抜いてきた者ば
かりらしい。
「その悪あがきが功を奏して、この子は三年も遅れましたがなんとか帰ってきた
んです」
茜が船長席と副操縦士席とを分けるグローブボックスに手を置く。小物入れの
下には船外からアクセス可能なペイロードベイがあり、そこには今回回収した探
査機の部品が詰め込まれていた。
本来ならもっと色っぽい会話が交わされてもいいはずのシチュエーションでは
あったがゆかりも茜もソロモン暮らしで宇宙一色の生活だ。どうしても話題は宇
宙に偏ってしまう。
「うちらと同じだね。この先も、どんなにじたばたしてでも必ず地球へ帰るんだ」
ゆかりはグローブを外した手で茜の背中を撫でる。直接触れてみれば茜の肌は
頬で触れたときと同じように手のひらにひたりと吸い付く絶妙の心地よさがあっ
た。幸せそうな溜息が桜色の小さな唇から漏れる。
「はい……。ゆかり、あなたが一緒なら、必ず戻れます」
その言葉が少し心に痛い。その痛みの原因となっている疑問をゆかりはぶつけ
てみた。
「茜、火星ミッション、受けるの?」
「……わかりません」
「そっか」
でも、と続けようとする茜の唇をキスで塞ぐ。欧州宇宙機関《ESA》からS
SAに火星有人探査計画におけるミッションスペシャリスト《MS》派遣の要請
があったのだ。実のところそれはスキンタイト宇宙服の提供要請とセットになっ
たおまけではあったのだが、科学知識の面でESAの要求を満たすのはSSAの
宇宙飛行士では茜だけだった。
触れ合わせるだけの口づけから舌を忍ばせる深いキスへと切り替える。先ほど
のキスは茜の側から舌を絡めてきたが、今回はゆかりが積極的に舌先を潜り込ま
せた。探り当てた柔らかな舌を吸い上げ、絡め取り、舌の付け根や側面、上口蓋
をなぞる。夢中でそんな手探りの愛撫を繰り返すうちに時折、茜の舌が抑えきれ
ないといった風に硬直したり、強く吸い返してきたりと意外な反応を見せた。ど
うやらそれは官能を示しているのだ、とゆかりは悟る。
「んっ、んっ、んんっ」
吐息と唾液を交換し、夢中になって舌を吸い合った。こんなことには一番免疫
がなさそうに見えた茜なのに、どちらかといえば翻弄されているのはゆかりのよ
うだった。気づけばアダプターリングを外した宇宙服のファスナーは一番下まで
下ろされ、胸の谷間から下腹部までを空気に曝している。胸の上に貼り付けたテ
レメトリ端子も、今、茜が口でくわえてはがしてしまったところだった。
――あー。さつきさんに怒られそう。
休憩に入る旨を伝えはしたがオービター内では基本的に宇宙服は常時着用だ。
茜がしていたように体を清拭するにしても、他のクルーはヘルメットを装着状態
で待機しなくてはならない。フルメンバーの三人態勢であっても同じだ。茜が宇
宙服を脱いだことは地上でもモニタされているだろう。加えてゆかりの状態まで
モニタできなくなればルール違反は明白だ。
だが地上からは特に通信は入らなかった。先に休息を宣言していただけに大目
に見てもらえているのかもしれない。
――って。心拍モニタ!
テレメトリ端子をはがすまでにすでに数分、ゆかりは夢中で茜の唇をむさぼっ
ていた。それに先立つアクシデントのような肌の接触でも経験したことのないほ
どの動悸を感じていた。発汗量や血圧、脳波までもがソロモンには筒抜けのはず
だった。
「ね、ねえ、茜。生体テレメトリのデータ、地上に筒抜け……だよね?」
少し困ったような顔で茜は頷く。
「でも、大丈夫です。たぶん」
「たぶんって」
茜が宇宙服の透き間から覗く胸の谷間に顔を寄せ、センサを貼り付けていた痕
に音を立てて口づけする。強く吸われてゆかりは深い息を吐いた。
「ん……」
「結果オーライです」
ロケットガールズで唯一ソロモン病とは無縁なはずの茜だったが、今の言葉か
らするとかなりの重症患者であることが窺えた。
――あんたもかいっ。
そんな驚きも茜の押し付けてくる柔らかな唇と甘やかな吐息の前にはどうでも
よくなってしまう。弓なりに添わされた白い背中とその先で控えめに盛り上がっ
た双丘を見れば手のひらを這わさずにはいられない衝動が湧き起った。実際、茜
の癖のない黒髪に口づけをしながらその通りにしてみれば、吸い付くような肌の
感触に触れているゆかりの方が陶然となる。胸の間に漏らされる茜の切なげな吐
息もゆかりの心拍数を押し上げる。
胸に抱え込んだ茜の頭から耳を探り出し、キスを繰り返す。それだけでは足り
ないような気がして耳介を甘噛みし、舐ることを繰り返すと撫で回している背筋
に時折震えが走った。
耳元から首筋へと口づける標的をずらしていく。最近になってようやく五Gを
どうにか耐えられるようになってきた茜の首は、しかし、簡単に折れてしまいそ
うなほどに細い。この華奢な体で再突入の際の八Gを幾度もくぐり抜けているの
だから見上げた根性だった。口づけしてみれば鎖骨も驚くほど細さだ。SSAへ
の勧誘前にこの裸体を見ていたなら、宇宙へ行こうなどとは絶対に誘わなかった
だろう。採用前に女医のさつきが渋い顔をしたのも当然だった。
――こんな子を火星なんかに送り出したくない。
そんな思いをを込めて鎖骨に這わせた唇を吸い上げると茜が頭を抱き締めてき
た。SSAのロケットの中でなら、ゆかりは茜を全力で守ってやれた。だが、数
億キロを離れた火星まではゆかりの手は届かない。ゆかりのリーダーシップが及
ぶのはSSAの活動範囲内だけだ。火星は宇宙を目指して這い上がってきた本物
の資質《ライトスタッフ》の持ち主にしか手が届かない世界だった。
鎖骨から胸へと唇での愛撫を進めようとしてゆかりは、茜が頭を窮屈に縮めて
いることに気づいた。オービターの船内は狭い。最初に乗った単座の「タンポポ」
や「ココナツ」ではぎっしりと詰め込まれた機器類の隙間にパズルのように体を
嵌め込んでいたのでこんな風に二人がシートに重なることもできなかった。今の
オービターになってようやく、軽自動車の運転席ほどの空間が得られるようになっ
たのだった。
「頭、ぶつかりそう?」
「……はい」
「そか。じゃ、あたしが少し下にずれる」
ゆかりは白い裸体を抱き締めたままで腰のハーネスを緩めて足下へと体をずら
す。と言っても足下の空間に余裕があるわけではない。ゆかりの膝が折られ右腿
が茜の鼠径部を圧迫した。厚さ二ミリのスキンタイト宇宙服越しに、ひたりと濡
れた感触を伝える。
「茜、ぬ……」
濡れてる、と言おうとしてゆかりはきゅうと抱き締められ、言葉を途切れさせ
た。言葉に出す代わりに、茜の腰を片手で引き寄せてさらに太腿を強く押し当て
る。頭の上で密やかな息が漏れた。
足を絡ませ、太腿を擦り合わせるようにしてゆっくりとしたリズムで股間への
圧迫を繰り返しながら、そろそろと茜の胸に手を伸ばす。ゆかりにしてもさほど
胸が豊な方ではなかったが、茜の膨らみはさらに慎ましい。
華奢な体ではあったがあばらはあまり目立たなかった。ウェイトトレーニング
の成果だろう。弾力のある筋肉に支えられて、薄い乳房はくっきりと境界を持っ
て膨らんでいる。その胸に頬ずりをして一通り感触を楽しんでからその先端に口
を寄せる。
ふう。
桜色の突起に向かってゆかりはそっと息を吹きかけた。全身を震わせる反応は
予想通りだった。唇にそうしたように、軽く押しつけるような口づけをしてみる
と耳元や首筋とは少しばかり異なる肌の香りだった。その香りが速くなっていた
ゆかりの動悸をさらに加速する。
――なんでだろう。この子の肌、とても、感じる。
やせっぽちの茜は大人の女性というよりは少女の風情で、清楚な雰囲気を漂わ
せる。その茜の肌がこれほど蠱惑的であるのは意外だった。茜のこの肌がなけれ
ばゆかりも絶対に自制を失うことはなかったはずだ。
――この子、魔性の女になるかも。
ふよりと胸に当てた手を揉んでみるとその感触もやはり病み付きになりそうだっ
た。薄い胸は硬さを残していそうにも思えたのに、綿雪のように指が沈む。唇を
寄せた方の胸では先端を避けるようにキスを繰り返すと次第に呼吸が浅くなり、
吐息に切ない色を滲ませ始めた。どんな表情でこの息を漏らしているのだろう、
と首を上げると確かめる間もなく口づけが返ってくる。
最初の口づけもそうだったが、茜は意外に情熱的なタイプなのかもしれなかっ
た。足の間に割り込ませたゆかりの太腿も茜の足に強く挟まれ、恥骨に強く押し
つけられている。それは扇情的に振る舞っていると言うより、先走りがちな感情
に経験が付いていかずにただ闇雲に強く深く触れ合おうとしているようにも思え
た。
――強くしてみようかな?
壊れ物に触れるように扱っていた胸を、強めに揉みしだく。反応は著しかった。
深く合わせたままの口の中で茜の舌が硬直し、驚くほどの強さで吸い付いてきた。
さらに二度、三度と胸の先端を指の間に挟むように揉んでやると「んうっ」とく
ぐもった息が漏れる。
――うわ。色っぽい。
右手だけで揉んでいた胸に左手を追加し、両の胸を揃って鷲掴みにすると茜は
とうとう口を離し、仰け反るようにして大きく息を吐いた。
「ふああああっ」
溢れた声に茜自身が驚いてしまったらしく、それからはくぐもった声が漏れる
ようになった。
――可愛い声なのに。
堪えきれずに漏れた嬌声をもう一度出させるべくゆかりは夢中になった。ただ
胸の先を攻めてみても顰めた眉で無理矢理声を飲み込んでしまう。そこで再び口
を使った柔らかな刺激と胸全体を揉みほぐすような愛撫に切り替えてみると少し
鼻にかかったような艶のある吐息が密やかに漏れ始めた。
――少しずつ少しずつ。
円を描くように薄い胸を周辺から中央へと揉みほぐしていく。胸の中央はとっ
くに硬くしこっていたが、繰り返す愛撫でさらに硬さを増しているようだった。
その先端には強い刺激を与えず、幾度も幾度もその周辺まで迫っては遠ざかるこ
とを繰り返した。
「ね、茜。本当は先っぽに触れて欲しいんでしょう?」
薄紅色から紅く充血しているその先端にふうと息を吹きかける。ぶるりと細い
体に震えが走り、茜は駄々をこねるように首を振る。
「真っ白だった肌がこんなに上気してるよ。本当はもっと声を上げてしまいたい
んじゃない?」
ふるふると再び頭を振る茜。ゆかりは胸を愛撫する手を休ませない。
「そ? じゃ、こういうのはどう?」
声から一拍置いて茜の股間に押し当てた右足をぐっと持ち上げる。同時に胸の
先端を捕らえてやんわりと、けれど確実に絞り上げてやる。
「ぁああっ」
求めていた声にゆかりはにんまりと笑みを浮かべすぐに指先の力を抜き股間へ
の圧迫を緩めた。ほっと息を吐いた様子の茜を見て即座に同じ愛撫を繰り返す。
堪らず再度声が上がった。畳みかけるようにリズミカルに刺激を繰り返すともは
や茜は声を抑える余裕もないようで断続的に思考を蕩かすような声が漏れてきた。
「はぁん、んっ、んっ、あんっ、はぁあん……」
脱力した茜の体は柔らかく波打つ。声を抑える努力を放棄したらしい茜はゆか
りの頭を掴む余裕もなく、しなやかに仰け反った体が泳ぎ出しそうだった。ゆか
りは片腕を背中に回して茜の体を確保しながらも強く、弱く、胸を背中を脇腹を
下腹部を、指と唇と太腿で執拗に愛撫する。すすり泣きのような声から深い溜息
までを引き出しつつ、ゆかりは茜の示す反応のすべてに夢中になった。
茜の体から新たな音色を引き出そうとゆかりは指を這わせる。臀部を撫で回し
ていた手のひらを太腿に伸ばしながら口に含んだ乳首を舌先で転がすとしっとり
とした幸せそうな溜息が漏れた。派手な反応を引き出す強い刺激にも魅惑された
が、こんな穏やかな快感を示す愛撫も悪くない。
再び太腿から腰の双丘をなぞり、脇腹から下腹部へと手のひらを潜り込ませる。
その手の動きでゆかりの意図を察したのだろう、茜がわずかに腰を離した。
「痛かったら言って」
茜がこくりと頷いた。その仕草にゆかりは背筋にぞくぞくと満足感を走らせる。
この上気した顔と潤んだ瞳は今はゆかりだけのものなのだ。
下腹部に這わせた指先はするりと割れ目を探り当てる。手前にある茂みはある
かないかの希薄さで、恥骨の周辺をあらためて撫で回してみても産毛と大差のな
い感触があるばかりだ。恥毛の代わりにぬるりと、割れ目の外にまで滲みだして
きていた粘液が指に絡んだ。つい、と前から後ろ、後ろから前へと陰裂を一往復
なぞると想像以上に多くの滴が指先に絡む。
「……茜、すごい濡れてる」
その言葉に茜の顔がさらに赤く染まった。粘液の絡んだ指を目の前に持ってく
ると独特な臭いが鼻孔を刺激する。酸味とえぐみを感じさせそうなその臭いは明
らかに濃厚なフェロモンの塊だった。指先を舐めてみると予想したような濃い味
はなく微かに苦みを帯びているだけだった。代わりに口の中には強く濃く香りが
広がる。
「ん。茜の味」
んきゅぅぅぅう。
声にならない声が茜の口から漏れる。確かに同じことを目の前でされればゆか
りも抗議したくなるかもしれない。
口づけと共に右手を再び下腹部に忍ばせ、湿った割れ目の内側を探る。乳首ほ
どは主張しない、軟らかな肉に埋もれた小さな突起を指先が捕らえるとぴくりと
震えが走った。
「こう、かな」
粘膜に囲まれたその蕾の周囲を中指でなぞる。リズムをつけて数度それを繰り
返し、中央の核を指の腹で押しつぶすようにしてみる。その動きを一組にして、
時折陰裂の内側を浅く、隈無く大きく一周させる動きを織り交ぜて刺激を繰り返
す。茜の呼吸が乱れ、微かに声が漏れ始めた。
――きゅんとくる声。
よくわからなかったが、ゆかり自身とは少し女性器の形が違うような気がした。
恥骨の張り出しは茜の方が強く、陰裂の外側――大陰唇と呼ぶのだったか――は
ゆかりの方がふっくらとして陰裂も前後に長い。クリトリスから連なる小陰唇も
茜の方が小振りな気がした。背中に近い方、その内側に隠された膣口もさらに小
さく、狭い。自分自身の性器にさえろくに触れてみたこともないゆかりとしては
この柔らかな器官をどう愛撫すればよいのか戸惑うところだった。外側から全体
を揉みほぐし、小さな突起への刺激を繰り返しているだけでも茜の呼吸は乱れて
いくが、できるならば隅から隅まで触れてみたかった。
膣口の中心にぴたりと中指の腹を押し当ててみる。ここから中へと指を進める
ことができるはずだったが、どちらへ向けて指を進めれば奥を探れるのかがよく
わからない。たっぷりと滴を絡めた指を思い切って沈めてみると茜の眉が苦痛を
訴えるかのように顰められた。
「い、痛かった?」
茜はふるふると首を振ったが快感など一瞬で消えてしまったその表情を見れば
答えは瞭然だった。苦痛とは言わないまでも異物感は強いのかもしれない。ゆか
りはSSAの健康診断で押し込まれた綿棒を思い出した。
たぶん、とゆかりは考えた。
――姿勢が悪いんだ。
狭い船室で姿勢に無理がある上に手探りだ。伸ばした手にしても余裕が無く知
識も不十分なままに適当に動かしている。せめてタンポンが安心して使える程度
の知識はつけておくべきだったか、と故国の同年代の少女が聞けば大笑いされそ
うな反省をした。
「茜、レディ・ローテーション。ロール一八〇、ヨー一八〇」
ピッチ一八〇ではないのは船室の空間の問題だった。
姿勢変更の要求をだすと一瞬でその姿を頭に思い描いたらしい茜がくるりと目
を回して見せた。
「そんな恥ずかしい姿勢、無理ですっ」
聞く耳を持たずにゆかりは茜の腰を掴む。
「開始《ナウ》」
その一声で茜をくるりと回転させる。上下を入れ替え、表裏を裏返す。
「ひゃぁあぁぁあ」
振り回されながら茜がおかしな悲鳴を上げたがゆかりは気にしない。宇宙遊泳
の基本通り、回転させようと力を加えるなり素直に体を縮めたし、動きを止める
べく制動をかければすぐに手足を伸ばしてモーメントを増やし角速度を落とすコ
ンビネーションの良さを見せたからだ。
結果としてゆかりの膝のあたりに茜の頭が、目の前にお尻が来ることになった。
背を向けて逆立ちした茜を抱える姿勢だ。
「ゆかりぃ」
恨めしげな声を上げる茜に「いいからいいから」といいながら胸の前で細い腰
を抱き締める。足を開くのには抵抗があるのだろうが、膝と腰を軽く曲げている
せいで丸いお尻と腿に挟まれた局部が丸見えになっていた。白い肌の色そのまま
にわずかにピンクがかった大陰唇の中心にサーモンピンクの亀裂が覗いている。
腿を閉じているせいもあるのだろうがまっすぐな一本線だ。
ふー。
顔を寄せて息づく割れ目に吐息を吹きかける。
「ひゃん!」
ひくりと割れ目を震わせて茜が悲鳴を上げる。この敏感な部分がこれほど明確
に動くものだとゆかりは初めて知った。さらに言えば女性器そのものを間近で眺
めるのも初めてだ。
「ゆかり。ゆかりさんっ。だめですっ、そんなことっ」
ゆかりのしようとしていることを察したらしい茜が抗議するがこの体勢になっ
てしまっていてはもはや逃れようもない。ちう、と音を立てて口づけすると、そ
の部分がびくりと震えた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
声にならない羞恥の声が上がる。気配だけで茜が両手で覆ってしまっているの
が想像できた。れろん、と裂け目を舐めあげるとさらに息を呑む気配がする。先
ほど指先についた粘液を含んだ時よりもさらに濃い香りが口中に広がった。同性
の性器に口をつけるのはもっと抵抗があるものかとも思ったのだが、滴を滲み出
させた茜のそこは綺麗な色をしていてむしろ積極的に口をつけてみたくなるくら
いだった。割れ目の外にまで溢れ出した滴がお尻と太腿の内側を透明に濡らして
いる。試しに指でそっと圧してみると、溢れ出したものが小さな水玉を作って宙
に躍り出た。
――こんなに溢れるものなんだ。
ゆかり自身も太腿を擦り合わせてみれば体の内側にぬるりとした感触があった。
採尿パッドのせいで気づかなかっただけで、茜を愛撫しているうちにゆかり自身
も昂ぶっていたらしい。胸の先も痛いくらいに凝っていた。
目の前にある茜の太腿に口をつけて思い切り吸い上げる。左右の腿の内側に交
互に吸い痕をつけながら割れ目に唇を近づけていく。ひたりとその部分に唇を重
ねると、上の口と似た柔らかな感触がした。肉厚でうんと柔らかな唇と言うとこ
ろだろうか。狭間に舌を忍び込ませてみると口の中以上に暖かい。
両足は閉じられたままで体にも力が入り、茜は姿勢に抵抗のあることを全身で
訴えているようだった。腰と膝をそれぞれ直角近くに折っていても腿を閉じられ
たままでは舌先は突起――クリトリスにまで届かない。
――ええと、こういう場合は。
手を腹側からそろそろと這わせて割れ目を探る。しっかりと膝が合わせられて
はいても腿の付け根までをぴたりと閉じることはできない。特に茜のようにほっ
そりとした脚線の持ち主ならなおさらだ。ゆかりの指先は容易に湿り気を湛えた
柔らかな場所を探り当ててしまった。
お尻の側から届く範囲で亀裂に舌先を割り込ませつつ、回した右手で柔らかな、
けれど硬くなっているらしい突起をなぞり、押し潰す。左手も遊ばせておくのは
もったいないような気がして膨らみを包み込む。
――なんでだろう。すごく幸せ。
文学少女めいた清楚な容姿と雰囲気を湛えた茜が、ゆかりの愛撫を受けて白い
肌を桜色に上記させ、腕の中にいる。
――このお尻も。
胸の中で呟きながらゆかりは頬擦りする。
――この足も。
舌を這わせ、吸いつき、額を当てる。
――大事な部分も。
滴をまとわせたその部分はさきほどよりもふっくらとして、割れ目の中からわ
ずかに襞が覗くようになっていた。指の刺激と呼吸に合わせて秘めやかに息づい
てもいた。あふれ出て小さな水玉を作った滴を舌先で掬い取るとひくりと蠢いた
りもする。淫靡な光景だった。
指で小さな突起をいじりまわしながら舌先を襞の合間へと押し込んで行く。ふ
わふわとした感触の襞と違いその入口――膣口――は弾力のある粘膜でゆかりの
舌先を押し返してきた。さらに奥へ分け入るべくゆかりは舌を絡めるキスの時の
ように口を開き、思い切り口を押し当てる。
――ん。少し味が違う、かな。
襞――小陰唇の周辺やクリトリスの周囲を濡らしていた粘液は匂いはあっても
味らしい味は薄かった。けれど舌を割り込ませた茜の内側は微妙に酸味と金気を
含んでいた。舌先もなかなか奥へともぐりこめないくらい圧迫される。その圧力
に逆らって舌先を捩じ込んでみると茜の腹部が大きくうねる。
――こう、かな。
ゆかりが指に少しだけ力を加え、小さな突起を押し潰すように捏ねると茜の口
からは「ひっ」と息を呑む声が漏れた。同時に潜り込ませていた舌先が膣壁にきゅ
うと絞られる。その反応に気を良くして同じ愛撫を幾度か繰り返すと、息を呑む
気配は影を潜め、代わりに細く高い声が漏れ始めた。
「あ……、ふぁああ、はぁん、んっ、んっ、あんっ」
胸を責めていた時はもう少し切羽詰まった声が漏れていたが、今の茜からは深
い吐息に色をつけたような、揺蕩うような声が漏れていた。クリトリスを強く圧
迫したりこすったりするとその声は悲鳴に近い色を滲ませ、胸の先端を摘まみ上
げてみれば体をよじってさらに激しい音色を奏でる。小陰唇を唇で啄み吸ってみ
れば緩やかな吐息が流れたし、恥骨の周囲を強く圧迫しても幸せそうな溜息が溢
れた。
愛撫を受けるうちに羞恥も薄れてきたのか、しっかりと閉じられていた茜の膝
からも力が抜けた。ゆかりが思い切って足を開かせてみると、抵抗らしい抵抗も
なく頭を足の間に割り込ませることに成功した。
両足を肩に担ぐようにして深く顔をうずめると先程よりも深く、自由に舌を使
うことができるようになり、茜の声はさらに高く蕩けていく。頭を前後させるよ
うにして舌先をより深く、力強く押し込むと吐息までを大きく乱して茜は体をく
ねらせた。
「ああああああぁぁ……はぁんっっ」
蛇のようにうねる茜の体を抱き締めながらゆかりも夢中で愛撫を繰り返す。ど
れほどの時間そうして茜から嬌声を引き出すことに没頭していただろうか。胸を
いじっていた手はいつの間にか茜の手に搦め捕られ、指を組むようにしてきつく
手のひらを合わせ握り合っていた。息を荒げ、大きく波打たせている白い腹部に
さざ波のような痙攣が走るのを見て、ゆかりは茜が昇りつめつつあることを予感
する。すべて初めての経験ではあったけれど、性の本能がゆかりを突き動かした。
ここぞとばかりと刺激を速く強いものに切り替えると茜の呼吸はさらに激しく、
声は消え入りそうなほどに高くなっていく。なおも愛撫の手を緩めずに責め続け
ると茜は体全体を弓なりに反らして応え、そのまま声にならない声をほとばしら
せて全身を硬直させた。茜の秘部はゆかりの舌をくわえ込んだまま強く圧迫して
きた。指ほどは深く差し入れられない舌先はその圧力に押し出されてくる。それ
でもゆかりはまだ刺激を緩めない。たっぷりと二十数えるほどの間、茜は喉を仰
け反らせ、硬直したまま全身を震わせていたが、さらに大きく二度痙攣を走らせ
て脱力した。
茜の示した官能は想像していた以上に激しく、ゆかりを驚かせた。女という生
き物がこれほどの嬌態を示すものだとは思わなかったのだ。くたりと力を失った
茜は身動きする気配も見せずにゆかりの腕の中に浮かんでいる。荒い呼吸はまだ
余韻を残していたが、痛いくらいに強く握り締められていた手も解かれ、宙に漂
い出してしまっていた。
――だ、だいじょうぶなの、この子。
不安になったゆかりは茜を宙で回転させて目の前に頭を引き寄せる。そこには
打ち上げの度に見ている茜の失神した寝顔があった。これ以上にないくらい上気
させた肌に汗の玉が浮かんでいるのと、全裸であるのがふだんとの違いだ。
ゆかりは薄く開かれた唇からこぼれた涎の水滴を口で受け取ってみたが、なぜ
だか今し方までの行為よりもずっと背徳的な気分に襲われた。
――起こすのもかわいそうかな。
腕の中にそっと白い体を抱き締める。茜の、宙に広がった癖のない髪をそっと
撫でてみると不思議な満足感に包まれた。その髪に顔を埋めて茜の香りに包まれ
ながら、ゆかりはひとつ決心をしたのだった。
茜は一分と経たないうちに目を覚ました。
十秒ほど状況が飲み込めずにいたようだったが、すぐに自身を取り戻し、ゆか
りの首に抱き着いてキスの雨を降らせ始めた。そんな茜の反応がなんとなく照れ
臭く、ゆかりはくすくすと笑いながら同じように頬や鼻、肩口へと届くところす
べてにキスを返す。二人して一通り笑い合うと穏やかな空気が二人の間に訪れた。
軽く指を絡め合わせるばかりで言葉のない時間が過ぎて行く。
「……ゆかり」
「ん?」
「わたし、火星行の話、受けてみようと思います」
「……先を越された」
「え?」
「行っておいで、って言おうと思ったのに」
再び二人で短く笑い合う。失神した茜を眺めながら心に決めたのはこれだった。
「一緒にいなければゆかりに忘れられてしまうような気がして恐かったんです」
「そんなこと、絶対ないよ」
「そう、ですね。――わたし、ゆかりに宇宙飛行士にならないかって声をかけら
れたからソロモンへ来たんです」
「うん」
「ふふ。ゆかり、意味が分かってないです。ゆかり以外の誰の招きでもわたしは
思い切れなかったはずです。ゆかりと同じ道を歩きたくて追いかけて来たのです
から」
「えぇ?」
「宇宙にも、ゆかりにも魅かれたって言うのが本当かな。ゆかりは知らなかった
かもしれませんが、わたしは憧れていたんですよ。あなたに。でも、ソロモンに
来てみたらゆかりはちっともそんなことに気づかない人だというのがわかっちゃ
いました」
ソロモンでのゆかりはネリ女に居たころとは別人のように忙しく、宇宙飛行士
としての責任を果たそうと奔走していた。恋そのものに縁遠い毎日だ。
「う……。ごめん」
「責めているんじゃないです。それに今日、ゆかりとこうして触れ合って、決心
できちゃいました。ゆかりは絶対わたしのことを忘れないだろうからって」
ゆかりは頷く。茜の白い裸体はこれからも何かにつけゆかりの脳裏をちらつき
そうだった。
「ゆかり、今日回収した探査機の少し前に打ち上げられた火星探査機を知ってま
す?」
「うん。結局失敗しちゃったんだよね。なんだっけ『希望』?」
「『のぞみ』です。故障に次ぐ故障を乗り越えて火星の近傍までは辿り着いたの
ですが、周回軌道にまでは乗れずに通過してしまって。あの頃、宇宙にはあまり
関心はなかったのですが、それでもテレビで失敗の報を見てがっかりしました。
今度こそはって期待した小惑星探査機もトラブル続きで、帰還は三年遅れの上に
サンプルリターンも不成功に終わっている可能性が高いんです。でも、それでも
この子は帰ってきました……」
そのあたりの経緯はミッション前に説明があったはずだが、ゆかりは作業に関
係がないと聞き流していた。サンプル採集用の銃弾――岩石破片を作るための物
――が不発のまま残されているという部分は安全に関わるのでしっかり覚えてい
たのだが。
「ESAの火星探査はマーズ・ダイレクト、帰還燃料の現地調達を前提にしたリ
スクの大きなプロジェクトです。無事に帰還できる見込みは薄い、とわたしは思
います。でもきっと、ゆかりならわたしを回収してくれるって、そんな気がする
んです。この小惑星探査機のように、遠回りをしても」
茜はグローブボックスに手を置いた。
「うん。約束する。他のクルーなんて全員置いてきて構わないから、何があって
も地球に向かって飛び出しなよ。そうすれば絶対にあたしが茜を捕まえるから」
こつり、と額をぶつけ合う。じわりと涙が滲み言葉を途切れさせたところに通
信が入った。
『ほい。お二人さん、いい雰囲気のところお邪魔するね』
マツリの脳天気な声だった。
「はいぃ? い、い、いい雰囲気って」
プッシュ・トゥ・トークのスイッチを押しながら応答したが送信パイロットラ
ンプが点かない。にもかかわらずマツリからは応答が来た。
『ほい、ゆかり。愛を囁くときは通信をクローズするのがオススメだよ。管制室
の人たちみんな鼻血で大変ね。――それより間もなく再突入シーケンスの時間だ
よ。マツリが誘導するね』
コンソールを慌てて確かめると確かに回線は「垂れ流し」に設定されていた。
休息を宣言した際にはプッシュ・トゥ・トークへと切り替えたはずだったのだが。
「……どの辺から聞いてた?」
『最初から』
「最初って、最初?」
『ほい』
「…………」
『茜、マツリの魔法はよく効いたね?』
「はいぃ? 魔法って?」
茜がもじもじとゆかりの腕の中で俯いた。説明はソロモン基地から返ってきた。
『ほい。ゆかりのボクネンジンを茜が悩んでいたからマツリが魔法でお手伝いし
たね。恋の精霊はとても強力。帰ったらお祝いするよ。ケチャップとマヨネーズ
のお赤飯ね』
「それはチキンライスだ」
どことなく居心地の悪そうな茜にゆかりは大きく息を吐く。
「いいわ。なんてーか、もう、茜には敵わないって諦めた。遠くまでぶっ飛んで
行っちゃうのも止められないし、心も鷲掴みにされちゃうし。だからいい? き
ちんと戻っておいで。待ってるから」
「ゆかり……」
「絶対の約束」
「はい。必ず」
『ほい。お二人さん、あつあつはけっこうだけどまた管制室が機能停止するね。
続きは戻ってきてからゆっくりがいいよ』
ミッションを締めくくったのはマツリの明るい声だった。
――了――