ミニコントでもひとつ。
「さつきさん、いつ見ても素敵っすねぇ」
「なんだお前。恐いもの知らずだな」
「え? なんでっすか? 向井チーフ」
「そうか、お前、ここに来たばっかりだったな」
向井は新卒の後輩に哀れみを込めた視線を向ける。
「あの人はやめておけ。命がいくつあっても足りん」
「え、なんでっすか。なんか遠心機フェチって話なら聞きましたけど、別に俺ら技術
屋は遠心機に乗るわけでもないし」
「乗る羽目になるぞ、あの人を口説くなら」
「へ?」
向井が周囲を窺ってから怯えるように語ったのは冗談のような話だった。というの
も――。
SSAのドクター・旭川さつきは無類の遠心機好きで自らも遠心機に乗り込んでは
高Gを味わい肩凝りをほぐすのが日課だという。
「あー。さつきさん、胸でかいっすよね。肩も凝りそう」
「馬鹿か、おまえ。なんで遠心機で肩凝りが取れる」
肩凝りをほぐすためだけでなく、言い寄ってくる男がいるとまずは遠心機にかけて
みるのだという。しかも単にG耐性を試すのではなく、さつき女医自身も遠心機のシー
トに同乗するらしい。
「ええっ。いきなりっすか? さつきさん、あのむちむちの太腿で膝に乗ってくれるっ
すか?」
「話は最後まで聞けってば」
さつき女医は短いスカートをたくし上げ、男に跨った状態でまずは二Gほどをかけ
てくる。安定した二Gであれば、まあ、健康な男性であればどうということもない。
女医が五〇キロあったとしても一〇〇キロ相当。全身に分散すれば耐えられないこと
もない。二Gをかけた状態でさつきは肌を晒してしなだれかかってくるのだという。
男が喜び勇んで女医の体に手を伸ばし、女医の手が男のズボンのジッパーを降ろす
頃には三Gを超え、興奮の高まりとともにさらにGを上げていくのだという。
「ちょっ。待ってくださいよ。三Gを越えたらさつきさんのあの細腕じゃ上体も起こ
せないんじゃないっすか。折り重なったまま二人とも身動きできないんじゃ」
「それがだな、あの人は五G下で平然と体を起こすし、自由に動けるのだそうだ。上
腕三角筋がものごっつく血管を浮かび上がらせてパンプするって話だぞ。ブラも筋力
で留め金を弾き飛ばしちまうらしい」
「うそ……」
「ゆかりちゃんが来る前までいた安川って宇宙飛行士候補な、かなりガッツのある男で
さつきさんに言い寄って五Gまでは耐えたらしいんだが、さすがに五Gでは勃てて
られなかったらしくてな、腰抜け呼ばわりされてしょんぼりしていたって噂だ」
カツン、と硬い靴音が響いた。
「――ふうん。面白い話ね。で、向井くんは口説いてくれないのかしら?」
背後から突然かけられた女の声に向井の顔が青ざめる。ぎしぎしと音がしそうなぎ
こちなさで振り向いた向井の視線の先には完璧な笑顔を作った女医が白衣のポケット
に両手を突っ込んで立っていた。
「さ、さ、さ、さつきさん。あの、これは、いえ、えーと」
「もちろん立候補してくれるのよねえ?」
紅い唇がねっとりと笑みの形を取る。
「いえっ、さつきさんのような女神さまを口説くなんて畏れ多くてっ」
「遠慮しない、遠慮しない。実は向井くんのこととっても気になっていたし」
無造作にポケットから伸びた腕が向井の肩を叩く。手には薬液を充填した注射器が
握られ、肌に突き立つや否や一瞬でシリンダーが押し込まれる。向井は声を発する間
もなく崩れ落ちた。
「もう、向井くんてば照れ屋さんなんだから。愛のらぶらぶ遠心機いってみよー」
ごきげんよう、と微笑み、チーフエンジニアの太った体を引き摺りながら女医が向
かったのは訓練棟の方向だった。遠心機が設置されている建物だ。引き摺られていく
チーフエンジニアを見送りながら新人はへなへなと腰を落とす。
――向井チーフの言っていたことは本当かもしれない。
恐ろしい職場に来てしまった、と新人は呟く。
やがて遠くで大出力モーターの回転音が低くうなり始めた。