あの、事件から。
あの、何もかも変えた…──変えて貰った日から。
少女の──ルナの目蓋の裏には。心の奥深くには。
「スバルくんが…ロックマンかぁ…」
青い偶像が。あの、何もかもを背負い込んだ少年が、いた。
片時も脳裏から離れることのない、あの眼差し。あの言葉。
──大丈夫。
「──私は…」
──キミは、
「…スバルくんのことが…」
──絶対に守るから…!
「…好き……なのかな…?」
それは独り言で。
最近は早くに仕事を切り上げて帰ってくる両親も、とっくに床に就いていて。
ルナの唇が紡いだ、疑問を。否。確認を。
それを聴いていたのは、窓に溶かした夜空から、申し訳なさそうに覗いていた晦の月だけで。
それなのに。それなのに彼女の頬は、おぼろげな月明かりの元、朱く染まっていた。
「───バ、バッカみたいっ」
乱暴に枕を抱き締め、その顔を覆い隠す。
低反発なその枕は、ルナの貌を型取る。
──前は何処かへ失くしてしまっていた、彼が見つけてくれた顔。
今では、両親の前ですらこの顔でいられる。
それは、とても幸福なことで。暖かなことで。
「………スバルくん…」
いつの間にか。ルナの右手は、パジャマの。下着の。中へ中へと伸びていた。
──偶像が、より精巧に型取られる。
「スバル…くっ……ん…ぁ…っ」
これは、自分の思い描く、勝手な。傲慢な。想い望む妄想で。
そして、彼を。スバルを、その中でとは言え、自分と交わらせている。
自分の、自由に。
自分の、想うままに。
そんな、ある意味嗜虐的ですらあることが。
その現実が。妄想が。ルナの指を。神経を。精神を躍らせた。
「…ひぅっ、…ダメなのに…っ…こんな、はしたなっ──あぁっ」
自制心は、老朽化したメッキの如く朽壊していった。
ルナの、貪欲に妄想の中のスバルを求める欲望は、
身体を侵食していく快楽と比例するように肥大化している。
甘く、腐り落ち、燃え、燻るかのような感覚。
それを、より貪ろうと。指の一本一本へ神経を集中させ、
淫らに性液に塗れる自らの陰唇を。女陰を。弄る。撫でる。嬲る。
性感。昂り。確実にルナは。ルナの意識は、宙へと。高みへと昇って往く。
「ぁあっ…スバルくん…っ……なんか……私…っ!」
本能が。理性が。陵辱し、侵略し来る快楽を塞き止めようと、現在の状況を論理的に描写する。
──スバルくんは、ここにはいない。
──私は、スバルくんと身体を重ねることを想像して、自らを慰めている。
──想像して。…想定して?ここは、何の為に用いられる器官?
──…交尾。人間の。生物の最も原子的かつ本能的行動に用いられる。
つまり、私は、現実にスバルくんと交尾を行うことができる。
不可能でも非現実的でも無い。
有り得、また、今この瞬間にさえ有り得たかもしれないこと。
──スバルくんの男性器が。交尾に用いられる器官が。
私の女性器と、使うべき用途として交合する。
そして、膣壁と擦り合わせ、性感を高め、果てる。
射精する。私の中へと子種を蒔く。私を、孕ませる。私と、繁殖する。
──焼け石に水どころの騒ぎではなかった。
妄想は。性感は。快楽は。更に。嗚呼。既に。嗚呼。
「っくっ、ぁああぁっ───っ…」
月明かり射す寝台の上、ルナはその躯を震わせ、舞うように果てた。
──そして、余韻に脳をとろかされたまま、酸素を求め、喘ぐように呼吸する。
ルナの年齢相応の大きさの胸が、横隔膜に押しやられ、上下する。
「…はぁ…はぁ……スバルッ…くぅん……私は…」
快楽によって蹂躙され、砕かれた理性を必死にかき集め。
ルナは、枕元に置かれたトランサーへと手を伸ばした。
展望台。
この街で、一番星を見られる場所。
彼の。スバルの、好きな場所。
昨晩の“確認”もあって、
いてもたってもいられずにいたルナは、
スバルとの約束の時間よりもずっと早くに此処に着いていた。
「…綺麗」
深く、暗い紺色の闇を穿つ、燦然と、煌々と、光り煌く、幾億、幾兆、数多の星々の光。
何処からでも。何時の時も。繋がっている。あの星たちと地球は、ブラザーなのだ。
太古と言い表すことすら憚られる程の、古から。
「ここにいるよ」
そう、聴こえた、気がした。
──スバルくんは、いつもこんなことを思っていたの?
そう思うと、肌寒い夜空の下でさえ、ルナの頬は、体は、熱くなった。
──そして。
「──いいんちょうっ!」
彼が。スバルが。ルナの、星が。ブラザーが。想い人が。──来た。
──ルナは。
「どうしたの?今日、学校でも何か様子が── っ……んっ…!?」
そっと。しかし、拒むことを許さないような、そんな勢いで。
新月の、月の昇らない星空の下。
スバルに口付けた。
──ここにいるわよ。