性格からか、戦士としての必要からか、ゼロは他者に気配を気取らせないところがあった。  
 気を抜いていると、いつの間にか背後に回られている、などということがたまにある。  
 もっとも本人は無意識下で行っていることで、他意はないようだったが。  
 
「シエル」  
 
 
 今日も今日で私室の端末にかじりついていたシエルは、至近距離で呼びかけられるまで、ゼロが来たことに気付かなかった。  
 決して図ったわけではないだろうが、絶好のタイミングだ。覚えず気配を消すのがゼロの悪癖なら、シエルのそれは集中している間周囲の一切が目に入らなくなることだった。  
 飛び上りそうになったのを辛うじて踏みとどまり、笑顔で迎える。  
 
「お帰りなさい、ゼロ」  
「ああ」  
「ごめんなさい、気がつかなくて」  
「気にしていない……それより…頼まれていた物だ」  
「あ…ありがとう」  
 
 旧式の磁気ディスクを手渡される。  
 シエルは上ずっていた調子を元に戻して、端末にそれを差し込んだ。  
 表示されるタイトルと日付を確認して、求めていたデータが収められていることを確認する。  
 過去にあった新エネルギー開発に関する資料だ。研究のために必要になった部分を、廃墟になっていた図書館から回収してきてもらったものだった。  
 情報が少なすぎて手が止まっていた部分もこれでどうにか進められる。  
 内容を確認しようとして、一瞬手が止まった。  
 
「……これは……ちょっと、特殊なコーデックね。AIでは解析できなさそうだわ」  
「お前が解析するのか」  
「ええ」  
 
 記録媒体自体もかなり古いからかなり手間がかかるだろう。だが決して徒労ではないはずだ。  
 三時間あれば終わるか―――算段をつけてから、シエルは再度ゼロに向き直った。  
 
「ありがとう、ゼロ。いい資料だわ。さっそく解析に取りかかるわね」  
「……物自体に間違いはなかったのだな?」  
「?ええ…」  
 
 何か、と問いかけようとしたシエルは、ゼロの腕に包まれてそれをやめた。  
 肩と腰に手をかけられ、唇が触れそうな位置に顔が近づく。  
 無言で唐突にそうされても、シエルは困惑を感じることはなかった。  
 彼がこのように自分に触れてくるとき、何を意図しているか、求めているのかを、よく知っていたからだ。  
 常に鋭い光を放つ瞳が、ほんのりと浮かされたような色を湛えている。  
 是非を問うように、緩やかな力で抱きしめられる。  
 物理的でない原因から息が苦しくなったシエルはゼロの肩に掴まり、顔を俯かせた。  
 
「……嫌か?」  
 
 その動作をゼロは拒絶と捉えたらしい。慌てて面を上げて、打ち消す。  
 
「う、ううん。そんなことないわ……でも、今、なの?」  
「…いつでもそう言うな」  
「えっ」  
「……お前はいつもそう言う」  
 
 
 そうだったか。盲点を突かれて考え込んだ隙に頬を掴まれ唇を塞がれた。  
 間をおかずに舌が侵入してくる。  
 シエルは慌てて眼を閉じ、目の前の男に縋りついた。  
 
 
 
 
***  
 
 
 
 
 ゼロは純戦闘用のレプリロイドだ。  
 正確なスペックはわかっていないが、僅かに散在する資料やデータによればそうだ。  
 実際彼の体には戦うことに必要な機能しか備わっておらず、動作の基本プログラムも戦闘に対応したそれだった。  
 性機能も然りだ。性器はついていないし、それに連なる欲求もない。存在しないはずだ。  
 だが、どういうわけか、シエルはある日彼に押し倒され、機械の指で初めての絶頂を教えられ―――それ以来こうして事あるごとに体を弄られるようになった。  
 シエルはひどく驚いた。  
 ゼロに対して愛情を抱き、また彼がそれを受け入れてくれたことを純粋に喜んでいたものの、肉体的な、性的な関係はまるで予想していなかったのである。  
 それは彼女自身の初心さにも起因したが、”ゼロ”が、そうしたともすれば不純な要素を想起する事を憚らせる存在感を放っていたことにも原因があった。  
 とまれシエルは戸惑いこそすれ、抵抗を感じることはなかった。  
 愛する者の腕に抱かれ、指や唇で優しく愛撫されるのは、叫びだしたくなるほど恥ずかしく、また泣きだしそうなほど嬉しくもあった。  
 
 
 
「シエル」  
 
 頬を撫でる硬い指を感じて、ベッドに横たわったシエルは薄目を開けた。  
 ゼロの顔が降りてきて、唇が重なる。  
 一度軽く触れ、離れてから再度重なり、深い口付けに移行していく。  
 頬を伝って顎を辿る手のもう一対は既にシエルの下着の中をまさぐっていた。  
 塞がれた唇から、堪えきれずに零れた息が、ゼロの口腔に吸い込まれる。  
 熱くなる体の芯を紛らわせるつもりで、シエルはゼロの唇を吸い、口腔での交歓に応じるのだが、かえって逆効果だった。  
 煽られたように胎内の指が動きを活発にし、よりシエルの体を追いこんでいく。  
 剣を握っては美しい軌跡を描いて、立ち塞がるものの全てを薙ぎ払うゼロの手。  
 神々しくすらあるそれが、限りなく卑猥なところに、卑猥な意図をもって触れている。  
 弄されているのは自分のほうなのに、シエルは何か侵すべからざるものを冒涜しているような気分になるのだが、本人は特に気にとめた様子もなく、ただ彼女に快楽を与えることに没頭している。  
 
 
 
「…、…っ…ぁ…あっ」  
 
 親指の腹で芽を潰され、シエルは思わず鋼の体にしがみついた。  
 ゼロは抱き返すふりをして逃げる腰を押さえ、なおも刺激を続ける。同時にナカに納まった指が、絶妙な位置と角度で内壁を突いた。  
 背筋を戦慄かせて、ああ、と内心で嘆声を漏らす。  
 武骨で無機質な指の、何と器用に動くことか―――  
 乱れさせられるのはいつもシエル一人だ。  
 ゼロはと言えばその様子を涼しい顔で見ながら、黙々と攻め手を尽くすだけで、散々喘がされたシエルがくたくたになって眠るまでそれが続いた。  
 生殖を司る機能も、刺激を受容する器官も持たないのだから当然のことだが、シエルにはそれが少し口惜しく、また後ろめたい。  
 考えれば、不可思議なことだった。舌を使う口付けも、指での愛撫も、シエルは何もかもゼロから習ったのに、教えた当人は性的な快感を知覚することはおろか、理解することも危ういのだ。  
 どうしてだろう。どうしてこんなことをするんだろう。自分はぜんぜん気持ちよくないのに。  
 
 
「…だいぶ慣れてきたな」  
 
 つい最近までは指一本でもきつかったその場所に二本目を含ませて、ゼロは目を細める。  
 相手の苦痛が少なくなることに安堵しているとも、自分の調教の成果に満足しているとも取れる表情から何となく目を反らして、シエルは先程浮かんだ疑問を口にした。  
 
「ゼロは…っゼロは、…いい、の……?」  
「なんだ?」  
「ゼロ…は……満足、なの?」  
 
 これでいいの? 物足りなくないの?  
 私を気持ち良くするだけで、いいの―――?  
 問いかけに対し、ゼロはしばらく思案する顔つきになってから、心配しなくていいと呟いた。  
 
「オレはもう十分満たされている……ニンゲンの感覚はよくわからないが」  
「……ッッ!」  
 
 鉤のように曲がったゼロの指が内壁を掻いた。反射的に収縮し、きゅうきゅうと指に絡みつくそこに、シエルは真っ赤になり、ゼロは微かに顔を綻ばせる。  
   
「…こんなに歓迎されているからな」  
「……もう…っ」  
 
 いつもの仏頂面に揶揄するような色を織り交ぜたゼロを睨む。  
 悪態の一つでもついてやりたくなったが、蠢く指の感触に言葉を封じられる。  
 気づけばすぐそこまで高みが近づいていた。  
 
「や…あ、あぁ……ッ…ゼ、ロ」  
「もう、限界か?」  
 
 肩口に顔を埋めて、こくこくと肯く。それが精一杯だった。  
 
「わかった」  
「あ…――ふぁあ、ん……っ!」  
 
 短い答えと共に、抽送が激しくなった。  
 今までよりもずっと深く、速く、抉るように突き入れられる。  
 シエル自身よりその体をよく知る指が的確に弱点を押さえ、甘美な感覚を汲み取っていく。  
 
 
「はぁっ…あ…あ、だめ…だ、めぇ」  
 
 愛液を掻き混ぜる音が、ひっきりなしに口を突く自分の嬌声と一緒に耳に届く。  
 これ以上ないくらい淫猥で艶めかしい協演に体中の血が沸騰しそうだ。  
 だめ。だめだ。気持ちよくて、いやらしくて。  
 そんなに。そんなにされたら―――  
 
「ぁあ…うっ…あ……だめ……壊れ…壊れちゃ…っ」  
「壊れない」  
 
 ぶるぶる震えながら縋りついたら、頭を撫でられた。  
 ぎこちない動きが愛おしくて、じわりと視界が霞む。  
 
「あ、ゼロ、ぜ、ろ…っ」  
「シエル。平気だ」  
「んっ…は…あぁっ、や……も、もう……もう…っ」  
「シエル」  
「あ、あ…あ――――!!」  
 
 ぐっと最奥に押し込まれ、冷たい唇に首筋を吸い上げられて、意識がスパークした。  
 
 
 
***  
 
 
 
 ゼロは音を立てないように気を払いながらベッドの上に身を起こした。  
 傍らではシエルがシーツに包まって穏やかな寝息を立てている  
 顔を上げれば事に及ぶ前に彼女が腰かけていたデスクと端末、その周りに山積する書物が見えた。  
 部屋の入り口から何度か呼びかけたが、まるで耳に入っていなかったらしい。  
 相当近くに寄ってやっと振り向いた顔は驚きに固まり、疲れを隠すことも忘れているようだった。  
 恐らくゼロが来なければ一度も席を離れず、夜が更けようが朝が来ようが、それこそ昏倒するまで延々と手を動かし続けていただろう。  
 まったく大したワーカホリックだ。こうして動けなくなる程度に消耗させてやらない限り、大人しくベッドで眠ろうとはしないのだから。  
 勿論、彼女を抱く理由はそれだけではないが。  
 夢を見ているらしい。  
 シエルの瞼が微かに動き、その度に髪と同じ蜂蜜色の睫毛が震えている。  
 かつての彼女が夢見の良い方ではなかったのを思い出す。  
 魘されて目覚めることは今ではもう殆どないようだった―――そう言えば彼女の睡眠不順が改善されたのはいつからだったか。  
 
「ん……」  
 
 漏れ出した声に一瞬起きたのかと思ったが、シエルは身じろいで小さく丸まっただけだった。  
 猫の子のような仕草に思わず笑みが零れる。  
 少なくとも悪い夢ではないらしいと考えながら、ゼロは丸くなった背に腕を回した。  
 
「…よく眠れ……」  
 
 低く抑えた呟きは誰の耳にも届かずしじまに解けていく。  
 気のせいだろうか。眠ったままのシエルが、ほんの少しだけ微笑んだように見えた。  
 
 
                          (了)  
 

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