手は友の血…正確に言えばオイルだが…幾多の戦場をかけた俺が初めて震えていた。
――友?
『ゼロ……どうして?…ゼロ……』
『……リス……俺は……』
この少女に謝りたかった。
それだけがはっきりしている。少女の顔は思い出せない。
――暗転
『愛…してるわ……ゼロ……』
そうだ。俺も……
『俺は…俺は……何の為に戦っているんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
「また…あの夢か」
レジスタンスのメディカルルーム……即席の基地だけに暗い天井を睨みながら、ゼロは呟いた。
「あの夢って、エックスとの夢?」
「シエル……」
艶やかなブロンドのポニーテールを揺らしてゼロの拘束を解除しながら、少女は訪ねた。
「お前が一番厭がる夢だ」
「嫉妬なんてしてません!」
頬を膨らまして抗議する彼女に、ゼロは笑った。
この少女の色々な顔が見れるから、ここに居るのは楽しい。
元々、シエルの言う「レプリロイドの為」に戦うのにゼロは熱心じゃない。
初めは自らの記憶の為、自分を頼ってきたシエルの為……今は記憶の彼方の戦友との約束の為……戦っている。
「誰なのかしらね?夢の中に出てくる少女。せめて顔か名前が判ればいいのに……」
「もう一つの悪夢に出てくる科学者と黒いレプリロイドもな」
そう、ゼロの見る悪夢はその二つ。後はエックスと共に戦った記憶がぼんやりと夢で見る。
「だが気にすることじゃない」
起きあがり体を動かしながら、ゼロはとこもなげに言った。
気遣いというのが苦手なゼロがその様に言うのは、本当にそう思っているからであろう。
「よくないわ!貴方の記憶は私が奪った様なものだし……それに……」
ゼロはこういうシエルが嫌いではない。
しかし、気負い過ぎる彼女の性質を削がしてやるのは、彼女の男としての器量だろう。
「んっ……」
ゼロの中の電子機器が、触れたシエルの柔らかな唇の感触を伝達する。
「記憶が無くても戦える。シエルの為だ」
「でも……ゼロには記憶を取り戻して欲しい」
それは愛情からくる言葉で……ゼロは跳ね返す理屈が存在しない。
「分かった。だが無理する必要はない。……こうしてシエルに会う時間が減るのは御免だからな」
言うが早いか、ゼロの右腕はシエルの服を割っていた。
「あ……ゼ、ゼロ!こんな…こんな所で……」
当然の抗議だ。しかしゼロはさてあらぬ体で、意外な事を言いだした。
「ここの設備だと、MAXまで回復してない気がする」
「そ、それは貴方のスペックが規格外のレベルだから……確かに設備は充分じゃないけど……」
こんな時だと言うのに、やはり本当に済まなそうな顔をする。
「仕事もきついしな……レプリロイド労働法違反じゃないか?」
「それは……貴方がそう思ってるなら…今度から減らすように私から言っておくわ」
ゼロが貴重な戦力だ……そういうこといぜんに、彼を引き留めたい一心でシエルは謝る様に答えた。
「別にいいさ」
自分から言いだして、我が儘なことだ。
「……ここで埋め合わせをしてくれればな」
所詮一人間と伝説とまでなったイレギュラーハンターとの力の差は歴然、抵抗虚しくシエルの体はすっぽりとゼロの胸元に収まった。
「どうだ?シエル」
滅多に笑わない…笑っても微笑を携えるだけの彼が、子供のように無邪気に笑う……シエルにはあがらえなかった。
(惚れてしまった弱みよね……)
そう思いながら、自分の体をまさぐるゼロの指先に、身体が熱くなるのを感じていた。
「うん……ゼロ……」
シエルのか細い腕が、ゼロの首を包み込む。
柔らかな二の腕が、鋼のボディに密着する。
その気持ちよさと、シエルを慈しむ思いが、ゼロの頬を緩ませる。
地獄の紅蓮の炎からやって来た闘神とまで言われ、恐れられている彼のこんな表情を見たら、ネオ・アルカディアのレヴィア達はさぞ驚くだろう。
――ちゅっ
シエルの細い首を、ゼロの整った唇が吸う。
「あ……」
肩の付け根からうねるように上がっていって、産毛の生える項までキスを繰り返す。
「んっ…ふぅぁ……」
「感じるか?」
高ぶるシエルと反対に、非道く冷静なゼロがいた。
それは15の少女のうぶを刺激するのに充分で、シエルは急に醒めるような高揚するような……兎に角、酷く恥ずかしくなってしまった。
「感じてるのか?シエル?……首にキスされただけで」
微笑みながら聞くゼロであったが、言葉に含みがあった。
「そんな……事……」
否定しようとした瞬間だった。
自慢のポニーテールを乱暴に引っ張られて、壁に押さえつけられる。
「いっ……痛い!ゼ、ゼロ…乱暴しな……んんっ!んぁっ…」
ゼロの…限りなく人間に近く造られた舌が、シエルの口内を制圧している。
「じゅる…じゅるじゅるるるるっ……」
浅ましく…獣のように音を立てながら、ゼロは貪る。
押さえ付けていたシエルの手から、反発が無くなる。
惚けたようなシエルの顔。
ミッドナイトブルーの瞳にはゼロだけが映る。
――恍惚感
相手を完全に征服した
その様に考える自分の心が厭であるのに、どこかで許している。
「ゼロ…ゼロ……」
惚けたままの虚ろな瞳に、涎を垂らしたままの唇で、シエルは続きを求める。
「だらしないナァ……シエル」
「……あ…あぁ……」
そうだ。この女はその様になじられるのが好きなのだ。だから……
都合の良いようにすり替えて、心の奥底に沈める。
「知ってるぞ、シエル。少しくらいこうやって……」
「あっ…」
シエルのヘルメットを脱がし、その下のポニーテールを束ねているリボンを解き取り上げる。
いい匂いと共に、フワッと広がり下りていくシエルの金糸。
普段隠れて見えないものだというのに、シエルのリボンは可愛らしいもので、こういうところが女らしさなのだろうかと、ゼロは少し笑った。
「乱暴に扱われるくらいが……」
「あん……」
シエルの両手を押さえ、手早く奪ったリボンで縛る。
「……好きなんだよな?シエル」
……酷く優しい言い方になってしまった。
シエルも笑っている。
(ま、いいか……)
倒れ込んでくるシエルを受け止めながら、柔らかな気分をゼロは感じていた。
「うん……好きだよ、ゼロ」
可愛い小さな唇から、至愛の言葉。
ドラッグプログラムを入力しても、これほどいい気分になるものか。
「…あぁ……そうだな。アイツとは反対だな」
そうだ。アイツは優しく、耳元に睦言を呟くように愛してやると、可愛くなった。
――ア イ ツ ?
……ちょっとまて?俺は今、何を言った!?
「……ア…イ…ツ…?。……ゼロ………」
「シ、シエル……ち…違う……」
ゼロのプログラムが体中のラジエーターがフル作動させ、冷却を急ぐ。
外部との温度差によって、結露がゼロの表面にでき、まるで汗のように見える。
そう、冷や汗。
これはオメガ戦以上の戦いになる……ゼロの戦士の勘がそう告げる。
ゼロの戦場で培った目が、シエルの一挙一動を凝視し、次の行動を探る。
「う……」
「う?」
とか言いつつ、鸚鵡替えしでアホみたいなゼロ。
「うぁぁぁああぁぁぁん!バカッ!馬鹿ッ!ばかっ!莫迦ぁぁ!ゼロの人でなしぃ!」
「いや、俺はレプリロイドだが……」
「信じてたのにぃ!ゼロ…ゼロォ……」
(て、手におえん……)
本当にオメガ以上の強敵だ。この状況……まだ、コピーエックスとエルピスとオメガとパンテオン100体相手にした方がましだ。
後に、ゼロはエックスに語った。
エックスは逆ギレした。
主人公なのに…まったくもって女っ気の存在しないエックスには、ゼロの話は自慢に聞こえたらしい。
そんな機敏が分かるはずもないゼロと逆ギレエックスとの喧嘩は、周囲6000メートル四方を不毛の地へと変えたとか。
話を戻す。
まさか泣かれるとは思わなかった。
アイツみたいに、キレて手当たり次第に近くにあるものを投げるだけなら、ゼロもゼットセイバーで片っ端からぶった切るだけだ。
壊したものは、どうせ(アイツの物に限り)シスコンの兄貴が代わりを用意してくれるだろうし。
「……って!誰なんだ!アイツって!!」
一人苦悩するゼロ。
「私は……愛してるのに……人間とレプリロイドでも……コピーの体でも……私はゼロを……好きなのにぃ……」
泣きじゃくるシエル。
「シ…エル……」
「あ……」
抱きしめる。シエルの温かく、柔らかい身体。壊しそうなくらいに。
「いっ……痛い……ゼロ……」
「……俺も好きだ。俺は俺だと言ってくれた……シエルがそう言ってくれるから俺なんだ……」
「ゼロ……」
二人はゆっくりと……優しい口づけをした。
つづく