♪おっかいっものっ、おっかいっものっ――  
 
金髪のポニーテールをリボンで纏めた少女は、新たな年を迎えたメトロの  
満員車両で小唄を口ずさんだ。歳の頃なら十一歳位だろうか。  
陽気な彼女は気分が良いときにはつい小唄を口ずさんでしまうが、  
同時にそれがはしたない言動であると理解できる程度の分別も併せ持っていた。  
だから周囲の人間に聞こえぬよう、彼女は小声で歌ったのだった。  
ついでにこの金髪少女、別に某酉部百貨店の回し者ではない。  
彼女の目的はあくまで新年大売出しセールであって、特定の百貨店を差して  
歌っている訳ではないのだ。  
ただTVから流れたこのCFソングを気に入ったのと、彼女の目的が買い物で  
あった事、この二つが重なって自然と口を突いて出たのが冒頭に挙げた唄だった。  
 
メトロの駅から地上に上がれば、そこはもう百貨店の建ち並ぶ繁華街であった。  
少女は空を見上げて、数ある看板の中から適当な一件を選ぶ。  
地上を見下ろせば大通りを埋め尽くす人、それから車。  
 
――こーゆうのを『イモ洗い状態』って云うのかしら  
 
この年頃の少女にしてはやや古臭い表現を使い、彼女は呟いて溜息を吐いた。  
目的地への距離は精々数百メートルといった程度だが、みつしりと詰まった  
人込みの中では秒速数十センチメートルも進んで行けるかどうか。  
――おおよそ三十分から四十分  
彼女は瞬時に目的地への所要時間を算出して肩を落とした。  
それほど長時間繁華街で単独行動を取った経験は彼女にはないし、  
博士も兄もどう歩けば良いのか教えてくれない。  
ならばとキーワード『人込み』でネットを検索しても、出て来る結果は  
『人込みを避けましょう』といった情報ばかり。  
「お遣いなら初めてじゃないのにね」  
目的の百貨店への道は、自分で切り開くしかないと少女は覚悟を決めた。  
 
深く息を吸って大きく吐く。  
例え人間を押し退けてでもと云う覚悟が無ければ、この人込みの中を  
進む事など到底無理だ。  
そう悟った彼女は、ブーツを一歩前に踏み出して――  
 
その場にいたどの人間よりも早く異変に気付いた。  
天気予報の気圧配置からは予想出来ない程周囲の気圧が下がっている。  
数量換算すればおよそ三十ヘクトパスカル。  
仮に予報が数時間ずれ込んだとしても、予想図上では十ヘクトパスカルも  
気圧差は生じないはずだ。何か異常事態が起る前触れなのか――  
少女は咄嗟に地面に伏せて頭を抱える。  
繁華街のあちこちで立て続けに起こる悲鳴、それから激しい突風が  
建物の間を吹き抜ける音が、手の隙間から少女の耳に侵入した。  
 
一通り風が収まったのを見計らって少女が目を開ける。  
その瞬間彼女は言葉を失った。  
――街が?!  
猥雑さを醸しながらも平和だった繁華街の面影はそこになかった。  
人という人がそこかしこに倒れ車両はひっくり返り、街灯や街路樹も  
軒並みへし折られていた。誰もが呻き声を上げている。  
百貨店の看板も情けない姿を晒して地面に横たわり、ショーウィンドウは  
突っ込んだ人や物に割られて道に商品が散乱しているという惨い有様だ。  
彼女の脳内で、すぐにこの惨状と酷似した映像が見つかった。  
――ハリケーン?  
「見つけたぞ、ライトナンバーズ!」  
明らかに呻き声とは質も方向も違うその声に、少女は大通りを挟んだ  
向かいの建物の屋上へと目を走らせる。  
 
首無し騎士のような不気味なシルエットが、逆光の中に浮かび上がった。  
 
D.W.N.010、コードネーム『エアーマン』。  
見る者を恐怖に陥れる独特のフォルムを持った彼は、実に優秀なロボットであった。  
腹部に仕込んだプロペラによる送風は元より、腕の銃からも竜巻を発生させて  
大気そのものを己の武器と変える戦闘ロボット。それがエアーマンだ。  
開発者であるワイリー博士も彼を気に入っており、時に他のワイリーナンバーズ  
から嫉妬と羨望の混じった目で見られる事が多かった。  
それはそうだろう、とエアーマン自身も思う。  
ワイリーナンバーズ最強と謳われるクイックやメタルはライト型の改良型であるが、  
彼はワイリーが独自に開発した型のロボットだ。それだけに博士の思い入れも深かろう。  
それに最強のクイックでもてこずるクラッシュの暴走を止められたのは彼だけだし、  
例え苦手なウッドが相手になろうとも彼には十分な勝算があった。  
だから私が博士から任務を受けたのだ、とエアーマンは腹のプロペラを回して呟く。  
ライトナンバーズの一人を捕獲せよ、との命令を研究所で受けた時、彼は任せろと  
胸を張り自信満々にこう答えた。  
 
――私、優秀ですから。  
 
修羅場と化した繁華街を眼下に、エアーマンはただ一人立つ少女に向かって  
威圧するような調子で言った。  
『見つけたぞライトナンバーズ!お前はコードネーム『ロール』だな!』  
「違います!」  
即座に否定した金髪の少女に向かい、エアーマンは腹のプロペラを回す。  
上空からの突風に、少女は腰を落として両腕を顔の前に交差させる。  
『その身のこなしが既に普通の人間とは違うぞロール!強風に対する対処法も  
正しい物だ!もしお前が人間だと言うのなら、どこでその知識を身に付けた?』  
扇風機に向かって喋ったような声でエアーマンは告げる。  
「そ――それは」  
ロングコートの裾をばたばたとはためかせる少女の脇を、塵芥と化した街路樹の  
葉や枝、ショーウィンドウのガラス片などが飛んで行く。  
独特のフォルムを持った上空からの敵に対して、彼女は答える言葉を持たなかった。  
 
『それになロール、言葉でどれだけ否定しても――』  
「な――何だって――言うんですか」  
ロールは一言ずつ搾り出すように答えた。並みの人間なら呼吸さえ苦しいと思われる  
これだけの突風を正面から受けながらでも、彼女は会話する事が出来たのだ。  
ロールのブーツが地面を擦りながら、少しずつ彼女の身体を後方へと押して行く。  
『身体をトレースしたら、フレームと動力炉が丸見えなのだよ!』  
「!」  
扇風機を通して出て来たような声にロールは観念した。これ以上空色の首無しロボットを  
誤魔化し通す事など出来はしないのだと。  
ならば逃げるか、とロールは一瞬考えてそれを思い止まった。  
相手は自分一人を群衆の中から炙り出す為に、ためらう事なく繁華街を阿鼻叫喚の  
地獄絵図へと変えた残忍なロボットである。彼女が逃げる先々で死傷者が出る事は  
間違いあるまい。  
だからと言っておめおめと捕まったり破壊されたりする訳にも行かない。  
ロボットは先程彼女を指して『ライトナンバーズ』と明言した。このロボット一体のみが  
敵なのか、それとも背後に複数の敵が存在するのかロールには判らない。  
だがロボットのターゲットは自分か、あるいは最初の完全人型ロボットである兄、  
または開発者のライト博士だと推測された。  
仮に自分が捕まれば、兄のロックやライト博士を誘き出す為の人質にされる事は  
十分に予想できる。  
ロールがその脳内でベストチョイスと思われる行動を取ったその瞬間、  
『エアーシューター!』  
首無しロボットの叫び声と共に、上空から無数の小さな竜巻が彼女めがけて飛来した。  
 
竜巻に巻き上げられ、身体が重力を感じなくなる。  
たった今までいたはずのメトロの出入り口が、彼女の眼下で段々と小さくなり、  
ビル十階にあるオフィスでは外で何が起ったのかと従業員が窓際に詰め掛ける。  
その様子を横目に、ロールは消え行く意識の中で祈るように呟いた。  
「ロック、たす……け……て……」  
 
――さて。  
ワイリーナンバーズの各ロボットに宛がわれた専用の部屋で、衣服を脱がされ  
無機質な床に横たわるロールを前に、エアーマンはプロペラを回して呟いた。  
『攫ったまでは良いが、はてこの娘をどうした物やら……』  
研究所でワイリー博士に任務完了の報告を済ませたまでは良かった。人(?)一倍  
気位の高いクイックや、自分と同じくワイリー独自に開発されたシステムを持つ  
フラッシュのやっかみを別にすればの話だが。  
この娘をどうするつもりなのか、とエアーマンがプロペラを回して訊ねると、  
博士は呆れたように自慢の眉を動かした。  
「ライトやロックマンへの人質に取って置け」  
それだけ言って、ワイリーはカプセル型の機動兵器を開発するラボに行ってしまった。  
 
他に具体的な指示は受けていない。普通のロボットならそれで満足すべき所だろうが、  
しかしエアーマンは普通のロボットとは違う。  
彼は後に『エアーマン型』のモデルとなる程優秀なロボットだった。彼の口癖はこうだ。  
『私、優秀ですから』  
自他共に認める優秀なロボットが、せっかく攫った人質を有効活用しない手があろうか。  
博士も博士だ、とエアーマンはプロペラを回しながら内心思った。  
例え平凡な家庭用ロボットでも、ロールはれっきとしたライトナンバーズの一員である。  
知的好奇心の強いワイリーが、なぜロールを分解して構造を研究しないのか。今でこそ  
自分の名を冠した一連のロボット群を開発しているが、昔はライト博士の模倣が精一杯  
だった身ではないか。  
もっともライト博士自体が傑出した天才科学者であるのも事実だが。  
――いや、もうこの考えは止めよう  
裸のロールを見下ろしてエアーマンは大きくプロペラを回した。製作者こそ違えど、  
やはりロボットがネジの一本素子の一個まで分解される様子は気分の良い物ではない。  
人間を殺傷してこのような感傷に浸る辺り、エアーマンの道徳観念はやはりズレていた。  
 
――何を考えていたのか。  
エアーマンは自問して、人質を有効活用する方法を考えていた事を思い出した。  
エアーシューターを装備した腕を組み、無い首を捻ってプロペラを唸らせる。  
博士から聞く所によると、ライト博士は開発したロボットを我が子のように  
可愛がっているらしい。だから今ライト博士の怒りは相当の物だと推測出来る。  
必ずやロールを取り戻すべく動くだろう。だがその前に――  
『もっと怒らせねばなるまいな』  
エアーマンはプロペラを回して呟いた。  
どうせロールを攫った時点で、ライト博士の怒りは買っているのだ。彼の怒りを  
更に高め、冷静な判断力を狂わせればワイリーにも有利だろう。  
『ならば壊れない程度に痛め付け、その映像をライト博士の研究所に送り付けるか』  
目を瞑って横たわる裸のロールを、エアーマンは横目で見下ろした。  
ならば次は、どうやって痛め付けたら良いのか――  
 
エアーマンは自分の装備を確認する。プロペラには送風の機能しかなく、ロールに  
苦痛そのものを与えるには至らない。  
ではエアーシューターはどうか。これは出力が強過ぎてロールを破壊してしまう。  
破壊してしまえばロールに人質としての価値は無くなってしまうし、ワイリーの  
命令にも反する事になる。  
――ナンバーズの他の奴らならどうするだろう。  
彼は順に仲間の顔を思い浮かべた。  
バブル――あいつは水槽から出て来ない。役立たずだから却下。  
ウッド――あいつはダメだ。ロールを痛め付ける事そのものに反対するだろう。  
フラッシュ――タイムストッパーなど使わずとも、ロールは今意識を失っているのだ。  
クイック――あいつには人質を取るという発想はない。戦闘バカだからな。  
メタル――今は切り裂き魔を参考にする必要はない。論外。  
ヒート――燃やすのは論外。  
クラッシュ――爆破も論外。  
 
誰一人参考にならないという事実に行き当たり、彼は再びプロペラを大きく回して肩を落とした。  
 
『仕方ない、外部にアクセスして見るか』  
エアーマンはロールを前にして腰を下ろし目を瞑る。  
プロペラの動きも止まり、無機質な四角い部屋にしばし静寂の時が流れた。  
 
『なるほど、そのように痛め付ける方法があったか』  
ネット世界から戻ったエアーマンは、目に不敵な笑みを浮かべてプロペラを回した。  
ロールはまだ裸のままで床に倒れている。意識は戻らない。  
ネット上で拾って来た少し非合法な映像と、目の前にあるロールの幼い体形とを  
脳内で重ね合わせる。  
ロールを破壊せずに痛め付けるという目的を達成できる手段だった。  
このような方法を自力で見つけて来る辺り、やはり自分は優秀なロボットなのだ。  
彼は自分を誇りたい気分だった。自然とプロペラの回転数も上昇する。  
後はロールを痛め付けるだけだった。  
エアーマンは事に当たって、もう一度映像の内容を復習する。  
確かネット上の映像では、年端も行かぬ女児の股間に男性が突起物を挿入していた。  
その虐待映像に倣ってロールに突起物を挿入し、その様子をライト博士の研究所に  
送信するのだ。カメラアイを撮影モードに切り替える。  
突起物は――エアーマンは自分の胴体を撫でて似たような突起を探す。  
額――より正確に言うのなら両目の中心やや上にそれはあった。  
『映像で見た物とは位置も大きさも形も違うが』  
この際股関節部付近にある必要も無いだろうとエアーマンは思った。  
要は女児の股間から体内に突起物を侵入させれば、それで虐待は成立する。  
『――よし』  
エアーマンは横たわるロールを仰向けに寝かせ、彼女の膝を立てて足を大きく広げた。  
 
『……え?』  
エアーマンのプロペラが一瞬大きく回転した。何という事だろう。  
映像で見たような筋状の陥入箇所が、ロールの股間部には存在していなかったのだ。  
 

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