ここ最近、エックスは待機中や休憩中、よくモバイルパソコンに向かうようになった。  
しかも明らかに態度がどこかよそよそしい。  
それによく「う〜ん」とかそう言った奇声を発してる。そして、ため息。  
恋人のエイリアでも、さっぱり訳が分からなかった。  
情事のあとにさりげなーくその話題を出しても、軽くあしらわられてしまう。  
留守中こっそりモバイルを見ようとしても、厳重にシークレットロックされている。  
エイリアはここ最近のこのエックスの奇行に、少し不安を感じていた。  
 
「今戻った。任務完了だ」  
「たっだいまー」  
今回のミッションはゼロとアクセルのコンビで遂行された。  
「ご苦労だった」  
「お帰りなさい。ゼロ、アクセル」  
「お、お疲れさまです……ゼロさん」  
「アクセルおつかれー!」  
無事に任務を遂行して帰ってきたアクセルとゼロをねぎらうシグナス司令官とオペレーターズ。  
…だが、エックスの言葉は何もない。ゼロの方を振り向こうともしない。  
「…おいエックス! 今戻ったぞ!!」  
「………」  
何かを見るのに夢中になってるのか、ぜんぜん聴こえていない。  
仕方なくゼロはひとつ深呼吸をすると…  
「戻ったっつってんだろが!!」  
「うげっ!!」  
容赦なくT-ブレイカーでどつくゼロ。  
エックスの脳天に一瞬だけ何故かヒヨコの映像が映った。  
 
「キャー、エックス!?」  
「ぜ、ゼロさんT-ブレイカーはやり過ぎです!」  
「いてて…! あっ、ゼロ。アクセル。戻ってたのか…」  
「もうとっっっっくに戻ってたんだけど。なんかエックス最近おかしいよ?」  
あきれ顔のアクセル。  
「そ、そうか? 俺は全然いつも通り……  
ってそういえば固羅ゼロ!! 俺を殺す気か!!」  
本当に今さらなセリフ。  
「呼ばれたらさっさと返事しろ! アクセルの言う通りお前待機中挙動不審が多過ぎるぞ?  
なぁみんな?」  
「…確かにおかしいな」  
「おかしいですね…」  
「エックスさんおかしいです」  
「…………」  
シグナスも、レイヤーも、パレットも。ただひとりエイリアだけは何も言えないでいた。  
「お、おいみんな…」  
ふと、ゼロはエックスが手に持っているモバイルパソコンに注目した。  
「そういやずっとお前それを見ていたな。ひょっとしなくても何かあるな! 見せろ!!」  
「うわっ、は、はなせゼロ!!」  
強引にモバイルを奪おうとするゼロ。  
必死の抵抗を試みるエックス。  
「今だコナン! 奪え!!」  
「アイアイサー!!(…って、コナンって誰?)」  
素早くエックスの懐からモバイルをスリ盗ったアクセル。  
「ああっ!!」  
「へっへーん、いっただきー!!」  
そして興味津々で中を見る。  
「さーてなにが書いてるのかなー……  
…………………なにこれ」  
突然、カチコチに固まって目をテンにするアクセル。  
 
それを見て首をかしげたゼロもアクセルの隣で覗いてみる。  
「なに固まってんだお前。どれ。…………」  
『22世紀のデートスポット』『使える! デートスポット特集』『魁! デート塾』『デートの鉄人・22XX版』etc…  
全てデートスポットのサイトやダウンロードした記事ばっかりだった。(注・実際にはありません)  
それを見ているうちにだんだんとゼロの色が黒く染まっていく。  
「ゲッ!! で、伝説の黒ゼロ…」  
「お・ま・え……、俺達が必死こいて任務をしている間こんなもの見てやがったのか!?」  
「し、仕方ないだろ! 待ってる間俺は何もやる事ないし!  
…それにお前とアクセルなら…心配ないし」  
「やかましい! 殺す!!」  
ゼロマジギレ。手にはD-グレイブと伝説の武器であるΣ-ブレードが握られていた。  
「わーっ!! ゼロ落ち着け!!」  
「問 答 無 用」  
「いかん。君達逃げたほうがいいな」  
危険をいち早く察したシグナスがオペレーターズとアクセルを連れてそそくさと指令室を出る。  
「獄門剣! 断地炎!! 円水斬!!! 竜巻○風脚!!!! ペガ○ス・彗○拳!!!!!」   
「そ、そんなマニアックな技…ギャ――――――――――!!」  
そしてそれから数秒もしないうちに、エックスの哀れな悲鳴が響いたのだった。  
 
悲鳴が途絶えた後、何事もなかったかのように元の色に戻ったゼロが出てきた。  
「ぜ、ゼロ…」  
「ちょいとお灸を据えてやった」  
「…うむ」  
取り敢えずゼロが平静を取り戻している事を確認したシグナスがひとり指令室の中に入る。  
そこには確かにきついお灸を添えられたエックスが煙を立てていた。  
「おい。大丈夫か?」  
「……も、もう死んでます…」  
その言葉のあと、エックスは気絶した。  
だがアレだけの必殺技をかましたのに、司令部のコンピューター等には傷ひとつない。まさにプロの仕事である。  
「キレてもしっかり手加減はしているな。まぁケンカも一つの友情表現と言ったところか」  
そしてふと、シグナスもエックスのモバイルパソコンを覗いてみた。  
「うーむ。エックスは何故こうもデートの事で悩んでいたのか…それなりに理由があるはずだが」  
スケジュール表のほうを見てみると、明日の日付けにチェックがされている。  
頭の中のCPU内を検索してみると、ちょうどそのときはエックスが珍しく有休の申請をしていた日だった。  
「……ン。この日は確か……そうか。なるほどな」  
シグナスは何かをひらめいたようだった。  
パタンとモバイルを閉じると、それをエックスのデスクに戻してから気絶してるエックスを抱えてシグナスは指令室から出てきた。  
「あっ、出てきた…」  
「みんなご苦労だった。今日はミーティングはなしだ。部屋に戻って休んでくれ。  
…コナン。エックスを医務室まで運んでやれ。大した怪我じゃないが手当てはしておいたほうがいいだろう」  
「お、オッケー。エックス、ボクの肩に掴まって。(アンタまで? コナンって誰だよ??)」  
心の中で突っ込みつつもアクセルはエックスの肩を持って医務室のほうに向かっていった。  
 
「あっ! アクセル〜、私も行くです!  
司令官、おやすみなさいです〜」  
シグナスに敬礼したのち、ぱたぱたとアクセルの後を付いていくパレット。  
「さーて。そろそろ俺も寝るか」  
「そ、それじゃあ私もこれで。お疲れさまでした」  
ゼロもレイヤーもその場を後にする。  
「それでは私もエックスの具合を…」  
そして最後に、エイリアが医務室に向かおうとしたとき。  
「あー。ちょっと待ちたまえエイリア」  
シグナスがそれを静止させた。  
「はっ、はい? なんでしょう?」  
「明日君は通常任務だったかね?」  
明日、と聞いてエイリアはふと思い出した。その日はエックスが有休を申請し、「君も取れ!」と妙にせがまれた日にちだった。  
結局申請が間にあわず、お流れになってしまったのだが。  
「…はい。それが……どうかしましたか?」  
シグナスはふむ、と手でアゴを弄る仕種をした後、こう言った。  
「すまないが、明日君には特別任務に就いてほしい。これは君にしか出来ないのだ。内容については明日の朝説明する。…頼んだぞ。」  
「は、はあ…?」  
エイリアは妙な違和感を抱きながらも、承諾した。  
「了解しました。それではこれで…」  
軽く敬礼をしたのち、エイリアは医務室に向かっていった。  
ーーーー  
 
「エックス、具合はどう?」  
医務室に運ばれたエックスは、頭と腕に包帯を少し巻かれていた。  
その傍らには、黒コゲになったアーマーが取り外され、"修理"と張り紙されている。  
「あっ先輩。エックスさんどこも大した事ないですよ〜」  
彼は装備が黒コゲになりつつも、内部は少々の火傷をしたぐらいだった。  
「良かった。ゼロ怒ると手が付けられなくなるものね」  
「まったく。仕事サボってるからこうなるんだよ〜。幾らボクとゼロが強いからと言っても、少しは心配してほしいね」  
「…やかましい」  
普段怒られているリベンジの如く小言を言うアクセル。  
「そもそもいつもボクを叱るくせに…って、のわっ? パレットぉ?」  
突然そんな彼の腕をパレットが両腕で掴み、ずるずると引っ張っていく。  
「エイリア先輩、エックスさん! それじゃあ私達ももうおやすみするですね!  
おやすみなさ〜い!」  
「あ、ああ…」  
「おやすみ…」  
二人はその光景に唖然としながらも、取り敢えず手を降ってドアから出ていくのを見送ったのだった。  
「ちょ、ちょっ…一体なにするんだよ〜…」  
「こういう時には二人っきりにさせてあげるものですよ」  
まだまだお子様なアクセルには、こういう時の気配りの仕方はさっぱりわからない。  
「へ? そういうものなの?」  
「そういうものです!」  
「べ、勉強します…」  
自分よりも少し幼く見える少女型のパレットにまるで年上のお姉さんのように説教されるのだった。  
「やれやれ。あの二人仲がいいというか漫才コンビと言うか…」  
「いいんじゃないの? あれはあれで可愛いじゃない」  
ベッドに腰掛けて自然に寄り添い合う二人。  
「ま、青春ってやつですかね? エイリアさん」  
「エックス、オヤジくさーい」  
たわいもない話で笑い合ってるうちに、二人の顔は近付いていき、軽く唇が触れた。  
 
そして、やわやわとエックスの手がエイリアの腰に触れる。  
「…ン……。だめよ、こんなとこで…! ライフセーバーだって、いつ戻ってくるか…」  
「じゃあ、君の部屋に行きましょうか?」  
「…う、うん…」  
ベッドから立ち上がって、エイリアをお姫様抱っこの体勢で抱え込むエックス。そのまま医務室を出て、エイリアの部屋に向かう。  
「あの、一つだけ聞いていい?」  
「ん…ひょっとしてさっきの事?」  
エイリアは顔を赤くしながらもコクンと頷く。  
「ちょっと前に思ったんだ。君とこういう関係になっても、一度も二人でどこにも行った事ないなって。俺はどこが喜ぶのかなんて分からないし、君やゼロ達に聞くのも何だか照れくさいしさ…。それで言い出せませんでした。」  
「そうだったの…。ごめんね。有休とれなくて…。それに…明日私仕事が…」  
「いいよ、別に。また今度にすれば…。それより、今日もまた宜しくお願いしますよ?」  
「…もう。バカァ…」  
エイリアの部屋の前で、キーコードをうちながら彼女の甘く柔らかい唇に再びキスをするエックスだった。  
ーーーー  
翌日。  
「う…、エイリア…」  
またエイリアの部屋で一夜を過ごしたエックスが気怠そうに起きる。  
「…ん。アレ。エイリア?」  
が、隣を見ると激しく愛し合った恋人の姿はどこにもない。  
変わりにマクラの上にメモがちょこんと置いてあった。  
『エックスへ お仕事に行ってきます。  
今日は特別な仕事だそうなので 先に起きて行きますね。  
有休とれなくてごめんなさい。エックスはゆっくり休んでね。  
それじゃあ 行ってきますv           えいりあ  
                p.s.いつかデートしようね』  
「…行ってしまったな。本当は…今日でないとダメだったんだけどな…」  
エイリアは忘れてしまったかもしれない。だがエックスにとっては今日は大事な日だった。  
 
ふう、とひとつため息をつきながら防護ウェアを着込んでいると…  
「やはりここだったか。お早うエックス」  
シグナスが、いきなりドアのロックを解除して入ってきた。  
「お、お早うございますって…な、なんでシグナス司令官が?」  
「エックスよ。済まないが今日の君の有休は取り消しだ!  
…今から君に特別任務に就いてもらう!」  
「…は?」  
「ダグラス! 頼んだぞ!!」  
「アイアイサー!!」  
シグナスの後ろから、イレギュラーハンターが誇る敏腕メカニックのダグラスが、両手に怪しい工具を持って出てきた。  
そして即座にエックスの上半身の防護ウェアを脱がして襲い掛かる。  
「こっ、こら! うわなにをするrftやめgyふじこlp;  
…って、うひゃひゃひゃひゃひゃ! ほんとにやめれ〜!」  
「っと、ハイ終わり!」  
そのくすぐったさに身悶えすること、時間にしてわずか30秒。  
「あ、あれ。 何だこれは?」  
気が付くとエックスは、防護ウェアの変わりに人間の着ているような青っぽいコールジャケット、ジーンズにニットの帽子を着込んでいた姿になっていた。  
「へへ。俺っち特製の防護ウェアだぜ」  
「今日一日、その姿であるご令嬢の護衛をしてもらう」  
「は、はい???」  
エックスには何が何だかさっぱり分からない状態だ。  
「そのご令嬢はあるテーマパークに行きたがっていてな。だが彼女は都合上ひとりで行くって訳にもいかん。  
それで、お前が一番適任だったと言う訳だ。」  
「は、はぁ…」  
ようやく事態を飲み込んだエックス。シグナスがここまでするとなると、その女性はとても重要な人物なのだろう。  
有休を取ったにしても、エイリアが帰ってくるまでは何もやる事はない。  
まぁいいか、と心の中で納得した。  
 
「あとそれと、これも」  
ダグラスが銀縁のメガネを取り出し、エックスにちょこんと掛ける。  
ダテメガネなのか、度はまったく入っていないようだ。  
「何の変哲もないメガネだが、最新式の超小型通信機とカメラ内蔵で君の見た映像はダイレクトに指令室に送られる。  
こっちの通信も、ちゃんと聞こえるはずだぜ」  
「それから、今日一日はバスターのチップは没収だ。」  
気が付くと、シグナスの手にエックスにとって命とエイリアの次に大事なバスターを使う為のチップがあった。  
「ああっ! な、なぜ?」  
「一般のレプリロイドと変わらない行動をしてもらう。そのほうが危険は少ないからな。普段の君の腕力だけでも、充分に護衛は勤まるはずだ」  
確かに、世界を何度も救った英雄であるエックスは顔と姿が完全に割れているし、彼に掛けられた高額な賞金を狙うバウンティーハンターのレプリロイドも多い。これならば一般の人間に近いレプリロイドに変装したほうが気付かれる心配も少ないだろう。  
「りょ…了解です。エックス、これより任務に就きます!」  
敬礼するエックス。  
「それにしても…」  
シグナスとダグラスがそんなエックスの格好をまじまじと見つめる。  
そして、一言。  
「お前誰だ?」「アンタ誰?」  
「アンタらがさせたんでしょーが!!」  
 
『Welcome to Aqua island! ボヨ〜ン!!』  
シグナスの指定した場所は、ヤコブエレベーター近辺に設けられた遊園地施設だった。  
太陽エネルギー、原子力エネルギーがメインとなっている今に置いて珍しい水力発電で全てを担っている珍しいテーマパークである。  
アトラクションに大量に使われる水は何度でもリサイクルされ、水蒸気になって散布される水も荒廃して空気密度が薄くなってしまった地上に上手く循環される。まさしく一石二鳥の施設といえた。  
ちなみに、そういう雑誌やホームページで必ずと言ってもいいほど紹介される人気のデートスポットである。  
そんな休日の家族連れとカップル、レプリロイドでごった返す中に、変装したエックスはまぎれていた。  
…正確には、あまりの人の多さで目的の人物がどこにいるのかわからず、探している状態なのだが…例えれば、"迷子の子猫ちゃんを探してるうちに自分も迷子になっちゃった犬のおまわりさん"状態である。  
辺りには人々の笑い声とアナウンスがまるで一体のオーケストラのように響いている。  
「うう…一体どこにいるんだかなぁ……」  
できればプライベートでエイリアと来たかったなぁ、と不埒な事を考えてると、即座にシグナスからの通信が入る。  
『まだ見つけられんのか? かれこれ15分も過ぎてるぞ!!』  
流石にダグラスの作ったアイテムは優秀である。普段の通信と全く変わらない音声で指示が聞こえてくる。  
「だって噴水の前って言っても…ここは85も噴水があるんですよ?」  
流石に大声はマズイので、小声でボソボソと話すエックス。  
『服の特徴は支持しただろう。とにかくちゃんと探せ! 通信終了。プツン』  
「あっ! ちょ、ちょっと!!」  
一方的に通信を切られてしまう。  
 
あーあ、とがっかりしていたそのとき、43番目の噴水の前から、自分に向かって歩いてくる女性がいた。  
金色の髪に赤っぽいフリルの付いたブラウス、薄桃色のミニスカート。シグナスの指定した女性の情報と完璧に一致した。  
「(いたっ! きっとあの人だ。…でも、何かどこかで見たような…?)」  
少しだけ疑問を感じつつ、エックスも慌ててその女性のほうに駆け寄る。  
互いに息を切らしたあと、顔を上げ様に同時にこう言い放った。  
「あなたですか?」「あなたですね?」  
それはお互いに、聞き覚えのある声だった。  
「(へ?)」「(えっ!?)」  
いや、聞き忘れようはずもない。  
「エッ、エッ、エイリアぁ???」「エックス!?」  
それは、互いの恋人の声だったのだから。  
「なっ、何で君がここに? しかもそんな格好で!?」  
頭が混乱しているエックス。だがそれはエイリアとて同じことであった。  
「し…シグナス司令官に頼まれたのよ! 某国の調査員がこの施設の視察をしに来ているのでガイドをしてやってくれって…。そういうエックスこそ、なんでその格好でここに?」  
「お…俺だってシグナスに指示されて…あるご令嬢の護衛をしてくれって…!」  
ここでようやく鈍い二人も、ある事に気付き始めた…。  
「…ひょっとして……」  
「私達…」  
「「謀られた????」」  
 
「司令官! これわ一体どう言う事ですか!!」  
辺りを顧みず、通信機に怒鳴るエックス。それを見て周りの人々やレプリロイドも、クスッと含み笑いをする。  
「ちょっとエックス…落ち着いて、ね?」  
『私は何も間違った事は言っていないぞ。間違いなくご令嬢の護衛だ。私は"エイリアじゃない"とは一言も言っていないぞ?』  
「んな支離滅裂な!!」  
『とにかく今日一日、しっかり護衛してこい!! …おみやげ忘れるなよ。プツン!』  
「おいゴルァ!!」  
今度は幾ら呼び出しても返事がなくなった。最早只のメガネと化してしまった。  
さっきまでおろおろしていたエイリアもようやく冷静になったのか、そんなエックスの仕種を見てクスクス笑う。  
「どうやら、私達完っ全にシグナスにハメられちゃったみたいね」  
「全く…ムチャクチャな司令官だよ…」  
あきれ顔のエックスに対し、エイリアがもじもじとしながら尋ねる。  
「そ、それより私のこの格好…どう思う?」  
「えっ? ど、どうって…」  
改めてエイリアの格好を見直すエックス。人間の着る服と殆ど変わらない今の彼女の服装は、普段の彼女とは全く違う美しさ、可愛らしさを出していた。  
もちろん普段の事務装備の格好も、また格別と言えるのだが。  
「ダグラスが作ってくれたらしいんだけど…似合わないかな?」  
エックスは慌てて首を何度も横に振る。  
「そんな事ない! 似合ってる! …その、可愛いよ。すごく」  
「ほんと?」  
エイリアの顔がぱああと明るくなる。  
 
「その、俺のこれも…ダグラスが作ったものだってさ。顔や姿が割れてる俺は変装したほうがいいって」  
「そうだったの…」  
「このメガネとか…でももういらないかな?」  
メガネを取ろうとると、エイリアがそれを静止させる。  
「もうしばらく取らないで。メガネ掛けたエックスも、結構カッコイイよ?」  
まさに惚気合い。典型的バカップルの姿がそこに。  
「…ふふっ、ダグラスったら、デザイナーとかファッションコーディネーターとしても食べていけそうね」  
「うーん。お○ぎとピ○コみたいになるのかな?」  
「あははは! 誰それ?」  
そんなこんなで笑い合ってるうちに、エイリアがエックスの腕に手を回してくる。  
「お、おいエイリア…」  
「せっかくだし、遊んじゃいましょ? シグナスに甘えちゃって」  
それもそうだ、とエックスも心の内で納得する。  
「そうだな、行こうか?」  
「…うん」  
取り敢えず歩き出すエックスとエイリア。  
何度も関係を持ってるくせに、まるで中学生の少年少女のようにウブな二人であった。  
「…ん!?」  
突然、エックスが足を止めた。  
「ど、どうしたのエックス?」  
「い、今そこに……アクセルとパレットがいた…」  
「はい?」  
青くなって左の方向を指差すエックス。  
エックスが指差す方向を見ても、エイリアには全く確認できない。  
「見間違いじゃないの? それより行きましょ?」  
「う、うーん…そうかなぁ…」  
エイリアに引っ張られながらも、少しだけ不吉な予感を覚えたエックスだった。  
 
だが、エックスのその不吉な予感は…当たっていた。  
「イャッホー!!」  
「あ、アクセルぅ〜、はしゃぎ過ぎですぅ〜!!」  
『エックス達の監視及び護衛』の任務なんてすっかり忘れて遊びまくっているお子様コンビがいた。  
もちろん彼等もエックス達同様に普段の重っ苦しいアーマーなんて着ておらず、アクセルは赤いシャツの上に黒っぽいジャージに半ズボン。パレットは薄緑色のフリルの付いた可愛らしいワンピースに白の長袖のシャツと、年相応の少年と少女らしい、軽快な服装に変わっている。  
「パレットー、次なに乗る?」  
「もー、エックスさん達の姿見えなくなっちゃったじゃないですかー! はぐれちゃったらアクセルのせいですよ?」  
「いいじゃんこの際! …それに、こういう時は二人っきりにさせてあげるもの、なんだろ?」  
ビシッとパレットを指差すアクセル。  
「うっ、…勉強しましたね?」  
何も反論できなくなり、ぷうっと顔を膨らませてそっぽを向いてしまうパレット。  
「へへっ、とーぜん!」  
それを見てにかっと無邪気な笑いを浮かべるアクセル。  
「それで次はどこに行こっか?」  
アクセルがポケットの中のガイドパンフレットをガサガサと開く。  
「そーですね〜…  
次はこの"フライングオクトパス"にしません?」  
パレットがパンフレットの真ん中辺りに描かれているタコ型の絶叫マシーンを指差す。そこはちょうどここから歩いて5分もしないところにありそうだ。  
「おもしろそーじゃん、行こ行こ!」  
照れる様子もなくアクセルはパレットの手を握って走る。  
「もう、待ってくださいよぉ〜!」  
ちょっぴり嬉しさを感じつつも"もうちょっとムードを勉強してほしいです…"と思うパレットであった。  
 
「そういえば、レイヤーとゼロさんはどこにいるですか?」  
「ん? あの二人ならあそこだよ?」  
走りながらアクセルがピシッと指差した先には…  
「え。え? え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?」  
全長3000メートル。海中にまで繋がっている世界最長レベルのジェットコースター"ドルフィンスライダー"があった。  
 
そして…当のゼロとレイヤーはと言うと。  
「…………」  
「…………」  
水の音と反重力装置の機械音にゆられながら、既に順番待ちを経たのちに、終止無言で堂々と乗り込んでいた。  
長髪を後ろで束ねて茶色いサングラスを掛け、赤いシャツと黒っぽいカットジーンズと言うストリート系の服を着込み、腕を組んで堂々と座るゼロ。  
その隣に菫色のフリルブラウスにインディゴスカートの格好をしたレイヤーが顔を真っ赤にしてちょこんと座っている。  
「あ、あ、あの…ゼロさん」  
「ん…。なんだレイヤー」  
レイヤーがもじもじとしながらゼロに尋ねる。  
「な、何故…これに一番に乗ろうと? エックスさん達は…ほっといていいんでしょうか…」  
「いいんだよほっとけば。それにここは前々から興味があったからな…」  
そのきっかけは、一週間前の事だった。  
『特A級イレギュラーハンターも垂涎! 地上最強のコースター!!』  
このドルフィンスライダーを紹介してる記事に、ゼロ直属の部下の一人であるエクスプローズ・ホーネックの紹介記事があったのだ。  
『お前仕事をサボってこんな所に行ってたのか!? モズのはや贄にしてやる!!』  
『おわっ!! いいじゃないですか有休で行ったんですから!!』  
『だからと言って絶叫マシーン如きの取材なんぞ受けるな!』  
『"如き"とは聞き捨てなりませんね! 今のは結構侮れないんスよ? …それともゼロ隊長、恐いんですか?』  
『バッ…んな訳ないだろう!!』  
『え〜、ホントッスか?』『ホントもヒントもあるかっつーの!!』…  
だがそんな思惑など、レイヤーは知る由もない  
「そういう事なんですか?」  
「そういう事だ。…それより、無理に付き合わせてすまなかったな。幾らここは二人連れでないと乗れないとはいえ…」  
「…いえ。ボソリ(それに、嬉しいですし…)」  
こういう場所とは言え、憧れのゼロと二人っきりになれるとは思わなかったレイヤーは、今にもオーバーヒートしそうな気分だった。  
 
そんなこんなしてるうちに、頂上付近までコースターは辿り付いた。  
そこは地上80メートルの世界。歩いている人々が豆粒同然の高さだ。  
「さ、流石に…高いですね……」  
カウント音が鳴る。  
「フン。俺達は地上何百メートルの空中戦艦を止めるミッションだってやって来たんだ」  
ピーン! とカウントが終了し、ゆっくりと下に降りていき…  
「今更こんな…も……の……  
のわああああああああああああああああああああ!!!」  
「きゃああああああああああああああああ!!」  
前と後ろの客の声と一緒に、ゼロとレイヤーの絶叫が響いた。  
途中、"リュウグウジョウ"と呼ばれる海中トンネルに突っ込み、海の中の絶景を見る事もできるのだが…、…最早そんな事を楽しむ余裕なんてないだろう。  
 
そして5分後…  
『ピーン…。終点デス。オ気ヲツケテオ降リクダサイ…』  
ふらふらと降りる乗客の中、妙に血色のいいゼロの姿があった。  
「…面白かったぜ」  
何とか自力で降りれたものの、まだ青くなってぐったりしてるレイヤーに手を差し伸べる。  
「ほら、立てるか?」  
「ぜ、ゼロさん…」  
その逞しい手を掴んで立ち上がらせてもらうと、レイヤーはもう天にも昇る幸せな気持ちであった。  
「(嗚呼…故郷のお母さん、レイヤーは今幸せです……!!)」  
「思ったよりは面白かったぜ。だが俺としてはもう少しひねりが欲しかったな…」  
歩きながら、何故か妙にベラベラと喋るゼロ。  
少し後ろを歩いていたレイヤーにはその理由が分かっていた。…脚がガクガクブルブル震えている。  
だが、"ゼロさん、膝が笑っているんですけど…"とは口が裂けても言えないレイヤーだった。  
 
そして、夕日が海に向かって赤く沈み始めた頃…  
「うわぁ、きれい…」  
「そうだね…」  
エックスとエイリアは、マンボウ型の観覧車の中にいた。  
大して絶叫マシーン等に興味もない二人は、お魚型のメリーゴーランドに乗ったり、一緒に昼食をしたりブラブラ歩いたりで時間をつぶしていた。  
「今日は…楽しかったね。エックス」  
夕日に照らされて、にこりと微笑むエイリア。  
「あ、ああ。シグナスにおみやげ買ってやらなくっちゃいけないね」  
顔は笑っていても、妙にそわそわしているエックス。  
"渡すなら今だ"そう思いつつもなかなか手が出せずにいた。  
「エックス? どうしたの…」  
さっきまであんなに楽しそうだったのに、と首を傾げるエイリア。  
息が詰まってしまいそうな沈黙が続く。  
やがてエックスは意を決したように、向かい合っているエイリアに。  
「エイリアっ!」  
「は、はい!?」  
彼女の名前を一言呼んだ後、ジャケットの左のポケットからさっと小さな青い箱を差し出す。  
「…誕生日、おめでとう」  
「……えっ?」  
箱は受け取ったもののしばし呆然とするエイリア。  
 
しばしの沈黙の後、ようやく彼女のCPU内で全ての疑問が合致した。  
何故エックスがデートスポットのことをあんなに調べてたのか、何故今日に有休を取るように催促したのか。そして取れなかったと知り、あんなに残念そうな顔をしていたのか…  
自分の誕生日なんて、とっくに忘れてしまっていた。それなのに、エックスは…  
正確にはもう一人、シグナスもなのだが。  
箱を開けると、そこにはルビーとダイヤをあしらったシンプルなデザインのリングがひとつ。前にエイリアが冗談半分で欲しいとねだったものと同じだった。  
それをじっと見つめているうちに、彼女の青い瞳からぽろぽろと涙が落ちる。  
「え、エイリア? 嫌…だったの?」  
ふるふると首を振る。  
「イヤ…じゃない、嬉、しくて…うれ、し……う、うれ…」  
最早言葉は嗚咽になって聞き取れない。箱をぎゅっと抱き締めるエイリアをエックスがそっと包み込む。  
「俺は…"幸せにしてやる"なんて言い切れない。沢山心配だってかけてしまうかもしれない。でも、それでも…!」  
抱き締められるエイリアは、涙を頬に伝わせながらも首を振る。  
「幸せに…なりたいなんて思わない。幸せは……貴方と共に今感じるものだから…!」  
エックスが抱き締める手を離し、エイリアの手の中にある箱の中の指輪を取り出し…そっと、彼女の左の薬指にはめる。  
「エイリア。これからもずっと、俺のパートナーでいて下さい…」  
「は、はい…喜んで…」  
抱き締めあってる間に、もう下まで到着してしまっていた。  
もうとっくに日は沈み、辺りは星が見え始めている。  
「ちょっと、寄り道して帰ろうか」  
「……そうね」  
二人はさっきよりもぎこちなさそうに、それでいてしっかりと互いの手を握って、人々の姿がまばらになってきた遊園地を後にした。  
 
一時間も歩いているうちに、辺りはすっかりと暗くなり、公園の樹木のざわざわと風が横切る音でさえ、不気味なものになっていく。  
だが何故か、この公園には若い男女連れが多い。  
人間同士、レプリロイド同士、人間とレプリロイドのカップルなどかなりまばらではあるが。  
「エックス…随分と歩いたけど……、まだ着かないの?」  
エイリアも心なしかおどおどしてエックスの手を握る力を強めている。  
「そうだね…あと30分ぐらいで着くと思うけど…って、エイリアっ、隠れろ!」  
エックスが慌てて彼女の口を塞ぎ、近くの木の影に隠れる。  
「もがもが…(エックス、どうしたのよ!?)」  
「(…シッ! 声が聞こえたんだよ)」  
エイリアも耳を済ませてみると…確かに女性の声が聞こえる。  
「(ほんとだわ…。で、でもなにか変じゃない?)」  
エイリアがそう思うのも無理はない。その声は…  
「は…、あ、ああんっ…」  
いつも自分達が部屋でしている行為のときに発する声と…同じものだった。  
「(えっ! そ、そ、外で???)」  
エイリアにとっては信じられない光景だった。普通部屋で二人っきりでするものであろうセックスを、あろうことか誰かに見られたり危険も多い外でやっているのだ。  
よく耳を済ませてみると、その声はだんだんあちらこちらから聞こえ初めている。  
エックスはゴクリと唾を飲みながらも、ある"裏"デートスポットサイトの記事を思い出していた。  
「(ひょっとして、偶然来たここが…噂のマル秘スポット!?)」  
 
 

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