街の地下に存在する、巨大な冷凍庫。食料品から工業用水のストック、その他諸々。  
それが各ブロックごとに分かれていて、その一角…”生鮮・日配エリアA”に、DRN.005の「彼女」はいた。  
 
「ふあぁ、毎日荷物が多くて嫌になっちゃうよ、もぅ!」  
「ははは、最近の人間はちゃんと料理しないらしいからなぁ」  
 
ドームリフトで荷物を運びながら、この同僚は人間に対して厳しい意見をもらす。  
「ほとんどこういった「氷」を食っているそうだぞ。俺達と違って味覚があるのに、勿体無いなぁ、アイス?」  
「でも、ロールちゃんはライト博士の為に、ちゃんと料理してるよ」  
答えながら、アイスと呼ばれた少女は抱えた大荷物を一気に棚に上げてしまった。  
重さは下手をすれば数十キロ程にもなるのに、それをいとも簡単に。もはや感嘆を越え、この娘は…と呆れてしまう。  
「なぁ…アイス、」  
「なぁに?」  
少し間をおいて言う。  
「ホント、大力なんだよなぁ………。作られる性別を間違えたんじゃないのか?」  
「!…う…、」  
一瞬、アイスの碧(あお)い瞳が大きくなった。  
「うるさいなぁ、ボクだってそれぐらい気にしてるもんっ」  
もともと赤いアイスの頬がさらに紅潮する。なのに、背が小さいせいで威圧感を感じない。言われた方は(本人には申し訳ないが)余計に笑えてしまう。  
同僚はむっつり顔で在庫表をチェックするアイスの頭を軽く撫でた。  
「そうだなぁ、せめて外見がキャスターのプラムちゃんみたいに、もっと女の子らしかったらな」  
聞こえてるか否か、アイスはしばらく在庫表をながめたままだった。  
 
タイムチップに終業時間を刻み、エレベーターに乗り込んだら一人。地下数十階…地上に出るまでは少し時間がかかる。  
「エレキも仕事、終わったかなぁ………」  
色々考えて、色々疲れた一日。そんな時、無意識に彼の顔が出てくる。まぁ、例によって笑顔ではないが。  
一度はロックマンを倒そうとした仲間。幾度はロックマンと共にワイリーの野望から地球を救った仲間。そして今は、幾度と夜を眠れなくしてくれた本人。いつしかアイスは、彼に仲間以上の感情を抱えてしまっていた。  
 
最初は威圧感があった。正直彼はアイスにとって恐れるべき存在………あのサンダービームの威力は、自分の身体をいとも簡単に貫いてしまう。  
その畏怖感にどうしてか、いつの間にか心まで射止められていたのだった。信頼から慕情へ。その想いは増していくばかりで、とどまる術を知らない。  
彼に会いたい、あの逞しい腕で抱き締めてもらえたら…。  
そして………  
 
「――――………っ!」  
 
あぁ…ダメ、それ以上考えちゃダメ。また、おかしくなってしまう。  
アイスの身体は、彼を思い出す度に、今までに感じたことのない大きな熱をうみだしてしまうようになっていた。動力炉から流れだし、指先、目の奥へ…それから更に下肢へと続く、くすぐったいような、気持ちの悪いような…どうにもならないこの熱。  
「このままじゃ身体が…オーバーヒートしちゃうよ………っ」  
熱さが止まらない。冷却装置は全く機能していない。  
 
「好きなの………。ボクを受けとめて…エレキ――――」  
震えをもった言葉とため息は、エレベーターの到着アナウンスによってかき消されてしまった。  
 
 
 
防寒スーツにくるまれたその身体は小さく、しかし立派な”女”であることを、あの同僚も、そしてかの彼も…未だ知ることは無い。  
 
◇  
「それでさ、途中でカッター取れかけて!主任に当たるかと思ったぜ〜〜」  
「ちゃんとロックしとかなかったオメェが悪いって。まぁ、事故にならないでよかったな」  
夜の談話室。ガハハと笑いながらE缶を飲むカットマンとボンバーマンは、街中で見かけるそこいらの酔っ払いとさほど変わらない気がする。  
 
エネルギー補給はロボット全体に義務付けられている。朝昼夜のE缶補給と、人風に言う”睡眠”時のケーブルによる補給と。  
人が食を欲するように、ロボットもまたエネルギー源を求める。  
(ダメだ、ぜんぜん喉をとおらない………)  
補給なんて全部ケーブルを介してくれればいいのに、とライト博士を少しだけ恨む。これは筋違いであると分かっているのだが…  
ストローを指でくるくる回しても、中の青色がゆらゆらと揺れるだけ。  
何かしら独り言がこぼれそうだったが、それは喉の中で溶け、ため息となって出ていった。  
 
 
 
「どうしたんだ、アイス。何だか疲れた表情だな」  
聞こえる方に首を上げると、ファイアーマンが電子パネルを抱えながらテーブル端に軽くもたれている。  
「あ…ファイアー、おかえり。お疲れ様…」  
………、二の句がでてこない。いつもなら他愛も無い話が出来るのに………想像以上に自分が疲れていることを今知った。  
ファイアーは一瞬驚き、そして苦笑いを返してきた。こういうときの彼はとても優しい目をしているんだな…これは兄弟として生まれた頃から気付いていた。  
少し間をおき、彼はああ、と思い出すように口を開いた。  
「今日の分、センターに送ったか?」  
「あ…ううん、まだ」  
”今日の分”とは、各自与えられた電子パネルに毎日の職務内容とその結果を記し、中央ロボットステーション及びライト博士宛てにメールで送る日報のことだ。  
「そうか、よかった」  
彼はやんわり微笑む。  
「今日はもう俺達だけらしい。今からコンピュータールームに行かないか?さっさと送ってしまおう」  
何だかいつもより優しい。きっと気を使わせてしまったんだと、アイスは彼への小さな感謝とパネルを持って椅子からおりた。  
 
 
「お前もボムの安全ピン抜いたりするなよ〜」  
「何回も同じ事言わなくても分かってるって。酔ってるのか??」  
「かもしんね〜」  
「バッカでぇー!」  
少し前を行くファイアーマンを追いながら、後ろの二人の笑い声もまだまだ終わりそうに無いことを感じたアイスだった。  
大丈夫。今日は、いつもどおり終わりそう。それからゆっくり休んで、忘れよう。  
 
談話室からコンピュータールームまでは、それほどの距離は無い。  
ただ途中でガッツマンに出会ったが、彼もまたアイスの不調さに気遣ってくれた。  
大丈夫だよ。心配かけてごめんね、とガッツマンを見送ってから、アイスは瞼を半分落とした。  
 
(………みんながいる。なのに、あの人にだけ会えないなんて。  
    …みんな、優しくて、嬉しい。けれど、みんなが優しいほど…ボクはエレキに会いたくなってしまう………)  
 
元々、夜は放浪するのが好きなんだろうと承知はしていた。数日間すれ違うこともざらだった。  
それでも、今は彼に会いたい――――。不安な心も、伝えられるまでとは言わないけど、今よりはずっとずっと晴れるような気がするから。  
「エレキ、どこにいるのかな…」  
言ってからハッとした。無意識に口にしてしまった…。しかしどうやら聞かれていないようだ。ファイアーはコンピュータールームの扉を開くため、左腕のIDチップを照合させている。  
よかった………、アイスは小さな安堵の息をついた。  
 
 
 
[―Data connected―1.2.3...データ送信完了。接続を終了し、電源を切ってください―]  
 
「終わったか?」  
「うん、全部終わったよ。電源切るね」  
PCの終了ボタンを押す。これで今日の仕事はすべて終わったと、大きく息をはいた。何だか、心の靄も一緒に吐き出せた気がした。  
「ファイアー、ありがとう。やっぱり二人だと早いよね」  
疲れている自分を元気付けようと、あえて引っ張っていってくれたのだ。そんな彼にアイスは感謝している。自然と笑顔が浮かんだ。  
「……………あぁ」  
顔は見えない。だけど、先ほどの優しい声が薄いのは気のせいか。もしかしたら、自分の態度が疲れさせてしまったのか…?  
「…あの、今日は…ごめ「さっき、エレキのことを呼んでいたな」  
 
 
……………………!!!  
まさか、やはり聞かれていたのか。聡いファイアーのことだ、それでもし心の奥まで見透かされていたとしたら…?不安から、自然と身体がそちらに振り向いた。  
「き、聞こえて…「どうしてあいつの名前が出るんだ?」  
さっきから言葉を最後まで言わせてもらえないことで、不安が募っていく。  
おそるおそる首を上げてみると、さっきとは明らかに違う。険しい顔をしていて、怖い。  
「ファイ―――?」  
 
――――っ!!……瞬間、腰に衝撃が走った。状況が飲み込めないまま正面を見る。ファイアーの顔が…こんなにも近い。  
何がどうなったのかが分からない。ただ名前を呼ぼうとしていただけなのに、なぜ自分が床上に倒れていて、その上を彼にとらわれているのか。  
「どうしたの…?ファイアー、お願いだからどいて…」  
目をそらして、腕を動かそうと意識をやった。だがそれは…叶わなかった。両手首は、ファイアーにしかと握られているのだ。  
「ファイアー…どうして?」  
寸分置いてから、彼は口を開く。  
「…知っているんだ」  
 
 
何を、と言いかけたが、それも塞がれた。さっきよりも、もっと近い顔。そして、唇に感じる熱いもの―――――。  
「……んんぅ………っ!」  
身体は…動かない。動けない。その代わりに、動力炉が稼動しすぎてどうにかなってしまいそうだった。  
 
自然と涙が溢れ出てきた。水滴がアイスの丸い頬をたどる。その涙すら、冷たく感じられない。  
その時、ふっ…と唇が解かれた。急に冷たい空気が口の中を通り抜けると、アイスは呼吸を求めて、喉を小さくうならせた。  
「…ん…ぅ………っ」  
なぜ、どうして?どうしてこんな事を?浮かんでは消えていく言葉さえも吐く息にまじって溶けていく。  
 
「…アイス…………」  
低く、消え入りそうな声でファイアーはつぶやいた。それが熱い吐息となり、アイスの耳たぶをくすぐる。思わず震える身体をよじらせたが、やはり動けそうにはない。  
いつの間にかフードが脱げていたらしく、薄金のセミロングが汗で肌に張り付いている。  
このままじゃ、いつオーバーヒートを起こすか分からない―――アイスはなるべく感情を抑えながら尋ねた。  
「どういう事…なの…?」  
ファイアーはゆっくり顔を上げた。不安の色を隠せない碧い瞳が、こちらを見ている。  
「…きっと、エレキも知らないんだろうな」  
一瞬、ビクッと身体が揺れた。名前を聞いただけで、身体の中のものがはじけてしまいそうで…怖い。  
「アイスのこんな顔を……」  
ファイアーは防寒スーツのジッパーに手をかけた。  
「!駄目、ファイアー!やだ!!!」  
ジジジ…、ジッパーはゆっくりおろされる。下におろしていくほど、雪のような白い肌がVを描いて露になっていった。  
「いやぁ……っ!!!」  
スーツが肩からスルリとはずれる。両腕に残ったそれさえも、ファイアーによって取り払われてしまった。  
 
ゴクリ、と膵を飲む音がする。  
「…真っ白だな」  
「やだぁ…見ないで…っ!」  
柔らかな珠の肌にうかぶ、薄桃色の突起。二つのそれは、花を咲かせる蕾のようにふるふると震えている。  
「ここが寂しかったんだろう…?」  
言いながら、指の腹で軽く突起をなぞってみた。  
「あんっ……」  
アイスは驚いて目を見開く。  
(何、いまの声…?こんな声…ボク知らない…!)  
事を察したか、ファイアーはクスクスと笑った。その笑いも…普段とは何かが違う。終わりにもう一言つぶやいた。  
「可愛いな…本当に」  
「やっ…あぁ、あん…嫌ぁ…」  
まだ膨らみかけの胸を、両手で柔らかく包み込む。そのまま下からゆっくり揉みしだくと、いつもより高いオクターヴでアイスは喘いだ。  
 
指と舌で乳房を愛撫し、触れるたびに震えるアイスの身体。わき腹をくすぐってやると、ビクビクと軽い痙攣を起こしているようだった。  
それでも首を横にふるアイスに、痺れをきらしたファイアーは尋ねる。  
「…エレキのこと、好きなんだろう?」  
アイスは思わず目を横にそらしたが、さらに言葉を続ける。  
「知っている。…お前がここで一人、恥事をさらしていたこともな」  
「――――――――!!」  
 
その碧い瞳から色味が抜けていくのを、ファイアーは見逃さなかった。  
 
「最近、夜遅くまで仕事が残っているようだが」  
「………っ」  
ベルトを外すと、その身体には余るほどの服。アイスのかすかな抵抗も、まとめて一緒におろしてしまう。  
ふっくりとした腰から下腹部、そして太股の付け根まで…快感の中心をもっと、もっと下へと追いやる。  
「中央のデスクで…お前は何をしていた?」  
「いやぁ……違う、ボク何もしてな…あぁん!!!」  
否定の言葉は自らの鳴き声によってかき消されてしまった。  
「ここ、な?デスクの角なんかじゃ、全然足りなかっただろう?」  
淡桃の薄いショーツの上にあらわれた小さな張りを指先でなぞると、一層大きくアイスの身体が揺れた。  
 
 
 
一週間ほど前のことだったろうか。  
「ね、エレキ。これあげるよ」  
「あぁ、E缶か…気が利くな。ありがたく頂いておく」  
「忙しそうだもんね。頑張ってね」  
珍しく談話室でエレキと会うことができた。会話はこれだけなのに、アイスはとても嬉しかった。  
彼の管轄の発電所は、夏を迎える季節に近づいてか、どうやら繁忙期らしい。  
街は季節の変わり目はたくさん電気を食う。この街がどういった仕組みで動いているのかは分からないが、とにかくそういう事らしかった。  
後に彼はすぐにエネルギーの補給に行ってしまった。きっと仕事で疲れているんだろうと、そこは止められない。  
それよりも、エレキと話せた喜びが大きかった。自分もエネルギーは半分を切っているのに、不思議と足は軽かった。  
 
いつもの分をメールで送信してしまうと、先ほどの歓喜が身体全体の鼓動へと染み渡っていく。  
胸に手を当てると、こんなにも早く強い音。彼のことを想うだけで、こんなにも心地よい刺激。  
だがその刺激は直後、小さな痛みに変わった。  
この鼓動はエレキには聞こえない………この小さな氷の中で、虚しく響いては消えていく。  
身体の中に穴が開いたような感触…そこには冷たい風が通り抜ける。この瞬間はいつも辛い。  
 
―その冷たさを誤魔化すため、いつからか覚えたこと。  
何となく背徳感はあるものの、一度記憶した熱は、どうしても忘れられなかった。  
少しでも切なさを埋められるのなら…と、自然に指が動いた。何処が苦しいかが、アイスには分かっていたから。  
しばらく経って気が付くと、デスクの角にそれを押し当てていた。そうすれば痛みが溶けて無くなり、やがて快感が生まれる――――  
「ふぅ、ん…んん…ふっぅ…」  
くに、くに…足を少し開いて、苦しい所をこすりつける。自分を見失わない様に指を噛むも、続く快感に吐息が耐えられない。  
「んっ、んっ…エ、レキぃぃ…ボク、ボク……もう…」  
もっと、もっとと身体が刺激を求める。上下に動く腰もいっそう早くなる。  
奥の方から溢れてくるものが太股をつたう。その感触すら、アイスにとっては快感でしかなかった。  
「っ…!あぁ…何か…ダメ、きちゃうぅ………!」  
ビクッと身体が大きく揺れると同時に、一番の快感が押しよせた。  
全く止まらない、どうにもならないこの熱。それがアイスを慰めると同時に、更に苦しめる結果となる。  
 
あれはただのショートではない、きっと何か違うものがあるんだと身体は覚えてしまった。  
コンピュータールームの通信PC利用時間は25時。アイスはこの頃から、その間近に利用するようになっていた。  
 
 
「一昨日はたまたま俺も遅かったんだがな………気持ちよすぎて、気付かなかったか?」  
その小さな張り―クリトリスをカリッと軽くひっかいた。  
「ふあぁっ!…いや…いやぁ…やめてぇ…」  
「説得力がないな…こんな状態でそう言われても」  
含み声でショーツに指を沈ませる。グチュ…という音が染み出し、桃の色は先ほどよりも濃い。その奥の小さな割れ目を映していた。  
力の無い足から脱がしてしまうことは容易かった。アイスの瞳は何か言いたそうだったが、整わない息を繰り返していて聞こえない。  
足を開かせようと内股に手をかけると、腕がこちらに伸びてきた。  
「いや…ぁ…!!見ないで…、そこは…だめぇぇ…!」  
「こうして欲しかったんだろう?ならば俺が、慰めてやる…」  
太股を掴む力は強く、その濡れた蜜壷はあっけなく外の空気にさらされた。  
「…ここもちゃんとした女だよ、アイスは。俺は………分かっている」  
その冷たさと羞恥にアイスは涙で濡れた顔を覆った。  
「いやぁ………っエレキ…助けてぇ………っ!!!」  
 
ふっ…と、捉えられたままの脚が自由になる。内股にうずめられようとしたファイアーの顔が上がった。  
このとき視線は交わされなかった。紅い双眸はどことも見つめず、ひたすら何かをすまし聞こうとしている。  
今なら、身体をよじらせて逃げることは出来る。なのに、何故か動かない。アイスの肌は、大気の震えを感じた。直後に、ピリリとしたものが爪先を伝う。  
二人以外の、誰かが…そこにいる。  
 
入り口際にたたずむ影は言った。  
「呼ばれたから来たのだが。…用件を聞こう」  
驚いて声のする方に視線を持っていくが、ファイアーの肩越しに見える黒は微動だにしない。  
だがこの気を震わすかすかな電流、声なんて余計に聞き間違えるはずが無い。  
(……エレキ…………っ)  
 
振り向きもせずにファイアーはつぶやく。  
「―――やはりな。ついて来ていたか」  
「知らんな。何の話だ」  
「誤魔化さなくてもいいよ。…いつからだ?」  
「もう一度訊く。用件は何だ」  
語尾に力が入るのを聞き取ったと同時に、爪先の痛みが増した。それがアイスの胸に伝わり、きつく締め付ける。  
 
―――会いたいという想いが、まさかこの様な形で叶えられようとは想像にもしなかった。  
見ないで、見ないで………こんな自分は、自分じゃない。こんな姿は、見せたくなかったのに。  
 
もはや時間の感覚も無くなっていた。いつの間にか切り替わった非常灯が、部屋に薄いグレイをおとしている。  
(このまま意識も、無くなってしまえばいいのに………っ)  
いっそのこと、非常停止プログラムを作動させてしまおうか。  
(ボクが落ちてしまえばいい…。次に目が覚めたら、きっと全て…元通りになってるはず………)  
一つの答えを選ばんとしたその時、離れていた意識はこちらへ戻された。視界中央が動いたからだった。  
赤い影は自分を覆う。代わりに、奥に見える影の正体をはっきりとアイスに認識させた。ハッと気付き、両足をとじる。曲げたひざを横に倒した。  
「あいにくだが、お前に用事は無いな…エレキ」  
「…ならば、もう休んだ方がいい」  
これは心配なんかじゃない、警告だ。エレキが普段から人の事に口を出すような性分ではないことを、ファイアーは知っている。きっと、兄弟として初めて出会った時から。  
電気の波がいっそう強くなり、チカチカと細かなスパークが辺りに降り注ぐ。まぎれもなくそれはエレキの指先から放たれていた。  
「意味が分からないか?」  
「…お前はどうする気なんだ」  
「どうやら、もう一人の方に用事があるらしい。さっさと片付けて…俺も休む」  
「………、あぁ、分かった…」  
少し間をおき、紅い瞳は少しだけ伏せられた。それがどんな意味をなしていたのか、アイスは分からなかった。  
ただ、ふと口元が軽く笑んでいたことだけが、驚きだった。そのまま入り口に向かうファイアーに、アイスは尋ねてみたかったが、唇が動かない。  
せめて名前だけでもと、何とか上半身を起こした。だがファイアーの背中はまもなく、通路奥の闇にかすみ、やがて消えていった。  
 
部屋を出る際、無言で視線を交わすエレキにファイアーは何かを伝えたようだが、やはりアイスには聞くことができなかった。  
 
「…アイス」  
ビクリと震える身体。久しぶりに自分を呼ぶ彼の声が聞こえたのに、それをずっと待ち望んでいたのに――。  
近づいてくるエレキを何故か制したかった。だが、わずかに首をそちらへ向けることしかかなわなかった。  
へたりと座りこんだままの身体は、まるで人形のよう。事実その人形は、望まれぬ者によって弄ばれてしまった。  
 
エレキは膝を折った。目の前に、小さな肩で息をするアイスがうずくまっている。  
いつもよりもずっと小さく感じる身体。白い肩から脚にかけて、スーツの時には分からなかった丸みが露となっている。  
中でも、胸あたりに花弁をちらつかせた様な紅の跡が痛々しく思えた。同時に、何かによってエレキの思考がぐらりと揺れる。  
「…………っ」  
一瞬で駆け抜けたそれが何であるかを、エレキは己の身体で理解した。  
(……、何を不本意なことを…。違う、今はこの場をどうにか………)  
 
思えば、アイスの防寒スーツは断熱材入りの為か、他のロボットよりも比較的厚めにつくられていた。  
それをあっけなくも取り除いたアイスの身体は、本当はロールのような家庭用に作られたのではないかと疑ってしまうほどの肉付きだった。  
フードで覆われているはずの薄金の髪も、今は頼りなさげにアイスの輪郭をつたい、しっとりと垂れている………  
(…違う)  
再び離れていきそうな心に、エレキは言い聞かせる  
(駄目だ。余計な事は考えるな………)  
強く念じたが、意識は反した。アイスのその姿はエレキの身体に、じわり…と熱いものを生み出させた。  
(…全く、こんな機能―必要は無いというのに……っ)  
ゆらぐ思考は鋭利な爪となり、確実にエレキの理性という部分を掻きむしろうとしている。  
 
このままでは収集がつかない、とりあえず服を着させるべきか。  
そうやって伸ばした腕は、ピタリと止まる。投げ出された服に届こうとする前に、エレキは胸部に重みを感じた。  
アイスは視界から消えた。代わりに、水気を含んだ薄金の髪が鼻腔をくすぐり、腕らしきものが背中に力無くしがみついてきた。  
「――――っアイス!?」  
予想外のことに慌てた。いったい何を、と尋ねたかったが、聞こえてきた嗚咽に言葉を飲み込む。  
「―――怖…かったの、ボク…ふえぇ…ぇ……っ!」  
 
アイスはやっと、全て吐き出せたのだった。しめつける恐怖心や羞恥心、言葉にならない絶望感…一度に背負った身体はきしんで、重かった。  
自分の姿も忘れていた。愚かでもいい、今はすがりつきたい…。そうしてたどり着いたのが、エレキの逞しい胸だった。  
胸の温かさに安心したのか、ぽろぽろと涙はこぼれていくばかり…これは、しばらく止みそうにはない。  
「…………」  
はぁ…とため息をついて、エレキは上を向いた。左手が無意識にアイスの背中をさすっていたことを、エレキ自身は気付いていなかった。  
その手はアイスをいたわって出たものか?………それとも。  
 
”お前のことが好きなんだそうだ。全く、どこがいいんだかよく分からないけどな。  
それで、身体が熱くなったんだと。慰めようとした俺を止めたんだから…責任取ってやれよ?”  
 
 
あの時、ファイアーはそう言った。  
言葉を反芻するほど頭がおかしくなりそうだ。首を振り、意識をこちらへ戻す。  
「…アイス、大丈夫か」  
少し時間も経ち、先程よりはだいぶ落ち着いたらしい。すん、すん…アイスはしゃくり上げながら、ゆっくりとエレキを見上げた。  
乾ききらない涙で少し赤くなってしまったその目が、こちらをのぞき込む。  
「…ん…、ごめんなさ…い……ボク、つい……」  
瞳と同じような、うるんだ声で小さく呟いた。  
(…ぅ………)  
折ったままの左足は、アイスの膝を割っているようだった。エレキの足にあたる柔らかい感触。  
アイスの声はそれに合わさり、少しずつ彼の理性を削いでいく。  
 
”お前の事が好きなんだそうだ――――”  
 
(…思い出させるな…っ!!)  
あの時のファイアーの苦笑いがかなり憎らしい。しかし、このままでは本当に襲いかねない。  
「―――アイス、服を……」  
いい加減、着せてやらないと。左先に見えるアイスの服。少し身体を伸ばせば届く…そう、足をずらした時だった。  
「…ふあぁんっ!!」  
自分の上で、アイスが大きく震えた。―――今の声は、ルームの前に来たときにも聞こえなかったか。  
バランスを崩したアイスの身体を、つい抱きかかえてしまった。肌の柔らかさが、更に自分自身を刺激する。  
堪えていた熱い息も、ついには出て行ってしまった。  
 
(熱い…よぉ…)  
もう、収まっていたはずだったのに。動いた足が、それを呼び起こしてしまった。  
加え、想い人の抱擁は少なからず、アイスの内股に熱を感染させた。くちゅん、という水音も…きっとエレキに聞こえてしまったはずだ。  
熱は再びアイスを襲う。身体はすでに、桃色に染まっている。  
いけないのに…こんなことは、いけない、のに。どうしても、流されてしまう―――  
本当に自分は、愚かだと思った。  
(それでも……ボクはエレキが…欲しい。お願い…この想い…どうか彼に伝わって……)  
 
”――――それで、身体が熱くなったんだと。”  
 
「…エレキ…………っ」  
自分を呼ぶ、この濡れた声。  
(…駄目だ、もう…もたない)  
その表情も、いっそう男の本能を扇動させる。  
「そんな顔を…するな………っ」  
じわじわとエレキの中央は上りつめていく。ついには、心が言葉となって漏れてしまった。  
「…俺も男だ、どうなるか…分かるだろう…?」  
ふるふると首を振りながら、アイスは答えた。  
「……っ、かまわない……。ボク…エレキのことが……好きなの…」  
アイスは最初からとらわれていたのだ。この、夜の色をした彼の瞳に。  
 
”―――責任取ってやれよ?”  
 
「どうなっても、知らんぞ……」  
男をむやみに刺激すると一体どうなるか、それはアイスの唇に直接教えてやることにした。  
 
グレイの非常灯はさっきよりもずっと濃くなった気がする。  
部屋のデスクの間、影となったそこはもはや暗闇と化していた。  
 
その暗闇を、熱気のこもった水音…もしくは濡れた吐息が包み込む。  
 
――はじめは唇を、それから舌を――粘度を増した唾液がからむアイスの口を、ひたすら犯し続けた。それも、エレキ自身も我を忘れてしまうほどに。  
「ふっ…あ…ぁ、やだ、舌…ぁんっ」  
ちゅっ…くちゅ、くち………耳に侵る音と、舌の何とも言い難い感触に耐えられず、思わず相手の顔を押しのけてしまった。  
アイスは涙目でエレキを睨むが、あまり効果は見られないようだ。  
「―お前が招いた結果だ」  
この唇が悪い、そう暗喩させて指を這わせる。  
「だぁ…って…ぇ、」  
…こんな時でも申し訳なさそうな顔をするか。そんなもの、男のケモノの部分を呼び覚ましてしまうだけだ。  
「…責任を取ってもらうぞ、アイス」  
困りながらも、ふわりと見つめ返された碧い眼。それが何故だか、ふと心地よさを感じたエレキだった。  
 
「あいつも意外と悪趣味だな………」  
エレキは乳房の赤い跡を撫でながらボソリとつぶやいた。  
「……あまり、見………ふあぁんっ!」  
見ないで、と言いたかったのに。言えなかったのは、エレキの指が突起をくにくにと刺激した為だった。  
行ったり来たり、こそこそとくすぐられる。その度にアイスは高く啼く。  
その上、ちゅっ、ちゅぅっ、と吸われているのは…先程の跡ではないだろうか。  
「……悪いが、俺の趣味も良くないらしい」  
「やん、や…ぁんん!ボク、も…ぅ…っ」  
大きさは手に余るものの、今まで触れた事の無い柔らかい感触がたまらない。  
自然に手で包むように動かすと、さっきよりも大きな嬌声が響いた。同時に下の方から、くちゅり…と湿った音を耳にする。  
(………感じているのか?)  
やけに足元がごそごそすると思ったら―。こすり合わせたアイスの太股が、自分の中心あたりに当たっている。  
そこにいくつもの筋をえがく、ねっとりとした液体…指先ですくってみると、長い糸が絡み付いてきた。  
(こんなに濡れるものなのか………)  
「っ!あぁ…ん、嫌ぁ、そこは…っ!」  
太股の下から左手を差込み、もう片方を添えてみると…アイスの抵抗する言葉。だが、足はあっけなく開かれた。  
「…すごい………」  
思わず声が出てしまった事も、気付かなかった。――これが、”女”の。  
「やだ…恥ずかしい………っ!」  
小さく呻いたアイスの声も、耳に入らなかった。ただそのねっとりとした果実に、目を奪われていた。  
「もぅ、ゃあ…エレキ……そんなに、見ないで…」  
とろけそうな桃色、そこから溢れる愛液。その光景が、無条件で男の肉欲に火をつけないわけがない。  
そうしてケモノの舌は、一心不乱に蜜を求めた。  
 
苦しそうにしているクリトリスを舌先で慰め、ついでに味わうように転がす。  
「ああぁん!やっ、ひあぁ…っ!」  
暗闇さえ割れてしまいそうな甘い声。アイスの小尻に、また一筋の線がひかった。  
そして、想像したよりもずっと小さい…それなのに、未だ甘い蜜をこぷりと湧き出し続ける―この泉。  
指でかき混ぜると、落ち着きの無いアイスの腰が、いっそう大きく揺れた。  
一本、…二本。少し慣れたら、三本。泉の源を探り当てる指を、内壁にそって抜き差しする。  
時に早めに、あるいはゆっくりと。指を動かす度に嬌声は響く。しばらくして、ある所だけ一段とオクターヴが高くなることを発見する。  
グチュ、グチュと集中的に、三本の指をバラバラに動かしてみた。  
「ふぁ…!そこ、そこぉ…ダメ…んっ」  
眉を寄せ、懸命に快感に耐えようとする。  
(…………この、顔が…っ)  
きっとその気になれば、街全体を冷凍庫に出来るほどの力を持っているはずだ。なのに―  
(…本当に、これがアイスの姿か?くそ…っ、調子が…狂う……!)  
いやいやとふる首も、薄いピンクの肌も。  
(―――――…っ)  
「エ、レキ…、ボク…もぅおかしくなっちゃうよ…っ」  
自分を求める濡れた瞳も。  
「…俺も……おかしくなりそうだ」  
(…嫌いでは、ない―――――)  
親指で軽く顎を押さえ、そっと――口付けをした。  
 
とろけていきそうな自分の心。それに反比例して、己の欲望だけは硬く膨れ上がっていた。  
(―、もう我慢が…出来ない…っ!)  
かつて、こんなに身体中を一度にかけまわる熱を感じた事があっただろうか。  
その熱に耐え切れず、エレキもついにスーツを脱いでしまった。  
圧迫から開放されたそれは、はちきれんばかりに真っ直ぐ上を向いている。  
「っアイス………!」  
先走りでテラテラと光るそれを、入り口をあてがう。  
「ひっ…ぁ、な……?」  
「―――すまない、」  
ヒクヒクとした蜜壷の熱…ぬるりとした感触…、もう止めることは出来ない。アイスの中に、入れたい………っ!!!  
「え、エレ…あ…ふあぁぁっ!!!!!!」  
目をつぶり、下からじわじわと全身を襲う快感に身を任せながら…一気に挿入してしまった。  
 
逃げそうな腰を掴み、アイスの中に自身を打ち突ける。何度も何度も眩暈がするのを抑えながら。  
「あん、あンっ、あ、ふぁぁ、ぁんっ、エレ、キぃ、あぁんっ!」  
突く度に吐かれる喘ぎ声が、いっそうエレキ自身を大きくしてしまう。  
グプッ、ぐちゅっ…ぐちゅぅ、愛液は洪水のように噴き出し、エレキの太股にも伝っていく。  
しかしそれも気付かない、もう何も考えられない。まるで全身が肉欲で麻痺してしまったかのよう。  
ただひたすらに、アイスを求める事しか出来なかった。  
「い、やぁんっ…エレキっ、エレ、キぃ…っ!何か、変な…あんんっ」  
息をするのに精一杯で、アイスにも全く余裕が無い。無意識に涙がこぼれた。  
そうしていつからか滲み出てきた、自分を、この身をが違うところに飛ばされてしまいそうな感覚……  
「やぁっ!…な、に!?」  
よく分からない、だけど、全く知らない”それ”が怖くて仕方が無い…!その恐怖から、つい思いきりエレキにしがみついた。  
「こ、わい…っ、何か、頭がっ、おかしく…なっちゃうっ、大きい、のが…きちゃうぅ…っ!!」  
密接した身体、お互いの汗がぶつかり合う。吐息すら絡み合い、その熱はじわじわとエレキをも追いやっていく。  
「あんっあ、や、ぁ!ん、あぁぁ……もう、ダ…メ…だよぉ……っ!!」  
「…ふぅ……つっ…く…ぅっっ!!!」  
ピストン運動の速さは最高となる。エレキもまた無意識に、アイスの身体を思いきり抱きしめていた。  
 
「エレキ、エレキ…!!だめ、イッちゃう………っ!!!!  
もう、もう―限界が、そこに。  
『っあぁぁぁぁ――――――――っ!!!!』  
『――――――――くっ…あぁ…っ!!!!』  
最後の一度を打ち付けたとき、エレキの肉欲の全てが、アイスの中に爆発した。  
 
 
 
 
「―――それでね、」  
絡ませた指が、何とも温かい。自分の胸にもたれかかったアイスの体重も、じんわりと心地よかった。  
「もっと”女の子らしかったら”……って。プラムちゃんって、いるじゃない?」  
「あぁ」  
あの口うるさいテレビレポーターの娘のことか。  
「ライト博士に、お願いしようかな…。せめて、防寒服だけでももっと…」  
「しなくてもいい」  
え?と見上げてくる碧い瞳。一度見つめ合ってしまえば、自然とまた、触れたくなってくる。  
「………んん…」  
ふさふさとした睫毛が、頬にくすぐったい。  
ちゅ、ちゅ……角度を変えて、しばらく唇を啄ばみ合う。  
 
 
「……そのままで、いい」  
少し考えて、エレキはつぶやいた。  
「どう、して………?」  
「………、…俺が困る」  
碧い瞳が大きくなり、アイスの顔は紅く染まった。  
「…っ、それ、って…ね、エレキ………あの、ボク…」  
 
 
今更何を言わせるのか、ここまで人をまき込んでおいて?  
エレキは無言で後ろから強く抱き締めた。それが答えとなって、伝わっていればいいのだが。  
 
 
 
 
小さな身体の、氷の少女。その少女の力は、怜悧と呼ばれた一人の男を―イレクトロリシス―電気分解―させたのだった。  
男の方はというと、後にまた色々と気苦労を重ねる事になるのだが………それはまた、別の話である。  
 

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