FEB.10, 2XXX
危険だと言い聞かせたにもかかわらず、シエルがダークエルフ反応の調査に行くと言って譲らない。
あまりに強情なので、少しペナルティを与えておくことにする。
***
降り積もる雪が周囲の音を吸い込んでいた。
不気味なほど静まり返った荒野に、ただ雪を踏みしめる音だけがまばらに響く。
それ以外には、自分たちの発する足音を除いては、辺りには一切気配がなかった。
この道が都市間の連絡路として利用されていたのは数世紀も前の話だから、当然のことだ。
記録にないほど昔に廃され、手入れされずに放置されて、いまではもうかろうじて道の面影を残しているだけだった。
積雪が殺すのは、音だけではなかった。
重たく雲を纏わりつかせた空も、吐き出される呼気も、何もかもが白く染められている。
打ち捨てられ亀裂だらけになっているだろう道路も氷雪に埋め尽くされ、鮮烈なまでの白を曝すばかりである。
世界に一体しかいないはずのダーク・エルフ。それと全く同じ反応を纏って墜落してきた宇宙船。その実態を調査すべく、シエルたちは雪原に足を運んでいた。
先頭を歩くゼロ、その後ろにシエルと、彼女の前後を守るように囲んでいるレジスタンスが二人。
手薄なように思えるが、ゼロ一人がいるだけで相当の戦力になるので、武装したレジスタンスは丸腰のシエルを守るための保険のようなものだった。
深い雪に足を取られそうになりながら、シエルは前を進むゼロの背中を見やる。
色彩を欠いた世界の中で唯一、燃えるような赤の装甲だけが白に同化せず、孤高を保つように浮き上がっている。
断続的に続く降雪で、周囲の視界ははっきりしない。そのためか、黙黙と歩を進める彼を見つめるシエルの視線が不自然に怯えを孕んでいることにも、
彼女の頬が寒さのせいだと言い訳するにはあまりに赤すぎることにも、誰も気づく気配はなかった。
「静かだな…」
しんがりを努めていたレジスタンスが、ふいに呟いた。殺風景すぎる景観もあいまって、とうとう沈黙に耐えかねたらしい。
無理もない。ベースを出てから取り交わされた会話と言えば、地図情報や安全の確認などの最低限のものくらいで、あとは黙って歩き続けるだけだったのだから。
もともと極端に口数が少ないゼロは会話に参加すること自体が稀であり、レジスタンス達も自分から私語をするのは控える傾向にある。
この中で立場として一番発話しやすく、会話の応酬にも慣れているのはシエルだが、今日の彼女はどういうわけか終始口をつぐんでいた。
「最近、ネオ・アルカディアからの攻撃もほとんどないし……まったく、平和になったもんだ」
控え目に言葉を発した彼は、微妙な小康状態に対して間延びしたような感を否めないようだった。
一時は根絶やしにするといわんばかりに熾烈だったアルカディアからの襲撃は、ここ最近どういうわけかぷっつり途絶えている。
身の安全を守るために活動しているのだから喜ばしい限りではあるが、度重なる猛攻に耐えるように警戒を強化してきた身としては、いささか拍子抜けしてしまうのだろう。
「シエルさんが研究していた新エネルギーもついに完成したし」
しんがりが口にした平和という言葉に反応してか、今度はシエルの前を行くレジスタンスが口を開いた。
「これでエネルギー不足が解消したら、ネオ・アルカディアも俺たちと戦う理由がなくなるってもんだよな」
話題に上った自分の名前にシエルは少なからず焦燥を感じた。
自分の研究を評価してくれる彼にくすぐったい思いを感じたし、それに関する進展を伝えたい思いもあった。
だが、いま伝えるのか?―――今のこの状態で? 様子がおかしいことを悟られかねないのではないか。
……いや。むしろ何も言わないままでいることのほうが妙だと感じさせてしまうだろう。
そう判断し、上ずりそうになる声を抑えて、切り出す。
「……実は…ね…」
おそるおそる発した第一声はそこそこ普通に聞こえた。
ほっと胸をなでおろす。これなら多少話しても大丈夫だろう。少し我慢すればいいだけだ。
安堵し、続けて口を開く。
が……
「新エネルギー、システマ・シエルのこと…… ネオ・アルカディアに伝えてみ――――ッ…!!!」
シエルが必死に言葉を紡いでいるまさにその時に、彼女の体の中に埋まっていた”それ”が激しく振動した。
「シエルさん?」
思わず引き連れた息を漏らしてふらつく少女を、レジスタンス達は不思議そうに見つめる。
「な、なんでもな……んッ…!」
「シエルさん?」
「…、…っ……!」
慌てて体勢を正すが、胎内のそれは尚も暴れ続けている。口元から漏れそうになる声を堪えるのに必死で呼びかけに答えることもできない。
コートの裾を掴んで震える体をやりすごす。
いや……こんなときに。 ...
止まって。おねがい――――止めて。
永遠にも感じる数秒ののち、ようやくものの震動が弱まった。
「大丈夫ですか?」
「ぁ……へ、平気…… ちょっと、雪で滑りそうになっただけだから…」
「ああ。 この道はひどいですよね。 手を貸しましょうか」
「……ありがとう。 でも大丈夫だから……本当に」
シエルは、コートの襟を引っ張って余計に赤くなる顔を隠した。荒くなった息を口元に押し込める。
本気で泣きそうになるが、幸いレジスタンス二人は不審がることはなかった。
「そうですか? でも、気を付けてくださいね。 このへん、何が落ちてるかわかりませんから」
「え、ええ……あ、さっきの続き―――」
「……作戦行動中だ…黙って……歩け……」
低いがよく通る声が、その場を取り繕おうとしたシエルを制した。
それまで無言を貫いていたゼロが不用心な私語を窘めたのだ。レジスタンスたちは慌てて居住まいを正し、シエルもまた体を強張らせた。
が、再びゼロの方を向いた彼女の顔には、苦虫をかみつぶしたような色が浮かんでいた。
「…ごめんな…さ……い……」
苦言を呈したゼロは、引き続き何食わぬ顔で雪道を進んでいく。
シエルは規則正しく振られる彼の右手に意識を向ける。
恐らくその拳の中には赤外線式の小さなリモコンが握られているだろう――――今自分の体を犯しているバイブを操作するそれが。
「…っ、…!」
シエルの考えを裏付けるがごとく、じわじわとバイブの動きが強められる。
再びこみ上げる嬌声を殺しながら、シエルは涙で霞む視界の中ただ赤い背中を追いかけた。
そこからは何の感情も見いだせない。今日の朝、無理やりバイブを突っ込んできた時も一貫して無表情で、何を考えているのかまるで分らなかった。
―――よしんば面と向っていても、自分の考えを読ませくれるような性質ではなかったが。
ただ、少なくとも、ゼロが今のこの状況を楽しみ、好んでシエルをいたぶっていることだけは間違いない。
――――未通だったシエルの体を強引に奪い、散々快楽と恥辱を与えてきたのはこの男だったのだから。
「――――」
責め苦は激しくなっていき、前を進むゼロとの距離は開いていく。
強すぎる快感に震えが止まらない。揺れそうになる腰が浅ましくてたまらない。
理性は、保てる。心では堕ちることを拒んでいられる、でも体は―――――
ままならない。何もかもままならない。
耐え切れずに一筋零れ落ちた涙が、少女の赤い頬を伝った。
(続?)