「ちょっと!そこから一歩でも入ってきたら、タダじゃおかないわよ!」
そう怒鳴っても、さして驚きもせずに素直に部屋から出て行く彼。本当にわたしを気づかってくれてるのかしら。
こんなこと本当はいいたくないのに。全部スバル君が悪いのよ。わたしというものがありながら、あんな女といちゃいちゃと……。
あの時のスバル君の顔を思い出すだけで腹がたってくる。何よデレデレしちゃって、私の前ではいつも仏頂面なくせに。
…………全く、こんなんじゃ何のために旅行に来たのか分からないわ。本当は、今すぐにでも彼の元に行きたいんだけど、
彼が、キチンと謝りに来てくれるまでは、ここで我慢することにしましょ。安い女と思われたくないもの。
あの女とのことを、謝りに来るスバル君。わたしは、こころよくスバル君を許すの。ちょっと、彼に甘えてみるのもいいかも。
そうすれば、彼もわたしの魅力に気付いて、もう他の女に目移りしたりしないわ。あのミソラにだって。
こない……もう夜じゃない……せっかく旅行に来たっていうのに、何やってるのよ、わたし。さみしい、何だか家に一人ぼっちで居る時みたい。
「スバル君のバーカ!」
ガチャ
き、来た!慌てて鏡をチェックして表情を作り直す。もう、怒った顔しないといけないのに、口元のにやけが収まらな……
「……委員長」
「な、なによぉ!?」
「い、いやなんでもないよ」
「もう寝るんだから、入ってこないでよね!」
「わかってるって」
「え?」
まさか、このまま引き下がっちゃうつもりなの?
「ん?」
「ア、アナタなんかね、ソファで寝ちゃえばいいのよ!」
言っちゃった。本当はこんなこと言いたくないのに。
「わかったよ……それに、ベットはあと二つしかないみたいだしね」
あ、行っちゃう……!何とかして引き止めなきゃ。
「どこに行くのよ」
「え?ソファで寝ろって、委員長が行ったんじゃないか」
「わ、わたしはこの部屋のソファで寝ろと言ったのよ」
「それはまずいんじゃ……」
「わたしの言うことが、聞けないっていうの?」
「わ、わかったよ……」
や、やったわ!スバル君と一緒の部屋で眠れるなんて。フフ、フフフフ。あ、ヨダレが出てきちゃった……。
スバル君に見られてないわよね。星空に夢中だわ。本当に星が好きなのね。
「わたしと星空どっちが綺麗?なんて。フフッ」
「……い、いいんちょう」
「な、なによ!まさかアナタ、今の言葉聞いてないでしょうね?」
「い、いや、よく聞こえなかったよ。……えっとさ、さっきの事謝りたくて」
「フン!謝ったって許してあげないわよ。他の女の子にデレデレしちゃうスバル君なんか!」
あれ?許してあげようと思ってたのに、思わずすねちゃった。条件反射ってやつかしら。
「デレデレはしてなかったと思うけど……」
「してたわよ、あんなマヌケな顔してるアナタ、初めて見たわ」
「そ、そうかな」
「大体アナタは、誰にでもいい顔をしすぎだわ。男の子が大切にするのは、好きな女の子だけでいいのよ」
「ス、スキな女の子って、そんなの僕にはまだ早いよ」
「わ、わたしのことは?」
「……え?」
「わたしのこと、どう思ってるのか聞いてるの!」
「そんなこと、急に言われても……」
「急にも何も、アナタの本心を言えばいいだけよ!」
「さあ、言ってみなさい!」
「う、うわぁっ!」
スバル君がソファから転げ落ちた。そのまま這ってどこかにいこうとする素振りを見せたスバル君の襟をつまんで、立たせてあげる。
「ちょっと!はっきり言いなさい!わたしのこと好きなの!?」
「ス、スキです!だから手を離して……」
………つ、ついに。ついに、スバル君がわたしに好きと言ってくれたわ!これで、相思相愛の仲になったのね。
もう、他の女の子に取られたりする心配をしなくて済むわ。
よ、よし。今度は私の番ね。
「そ、そう。じつはわたしも、アナタのことが、す、好きなの!」
「…………」
恥ずかしくて横に向けていた視線を正面に戻すと、肩を抱いてガタガタ震えてるスバル君がいた。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「ぼ、僕もう寝るから。お、おやすみ」
そう言って、スバル君は、またソファに向かって歩いていく。体が震えているせいでうまく歩けないみたい。
どうしてそんなに震えているのかしら。あ、きっと風邪を引いているんだわ。慣れない雪遊びで体を冷やしてしまったのね。
「スバル君、アナタ体調が悪いみたいね。こっちのベッドを使いなさい」
「え、わ、悪いよ。そ、それに体調が悪いわけじゃないよ」
「強がってないで、さっさとベッドに入りなさい。大丈夫、一晩ベッドで休めば大分楽になるはずよ」
「わ、わかりました……」
かわいそうなスバル君。子猫みたいにプルプル震えてちゃって……か、かわいい……。
「ちょ、ちょっと、委員長!」
「なに?」
「なんで、委員長もベッドに入ってくるのさ?」
「はあ?アナタ、何の為のダブルベッドだと思ってるの?」
「ダ、ダメだよ、こんなの」
また逃げる気ね。案の定、布団を跳ね除けてベッドから飛び出ようとしたスバル君に抱きついて、ベッドの中に無理やり引きずり込む。
「ほら、こんなに震えてるんだから、おとなしくベッドで寝なさいよ。風邪だからってなめてると、死んじゃうんだからね!」
そう。アナタには、健康でいてもらわないと将来困る。家族計画的な意味で。
「は、はい……」
ようやく、おとなしく寝る気になったみたいね……あ、あら、わたしったらいつの間にスバル君を抱き寄せてるのかしら。
急にドキドキしてきたわ。きっとスバル君も――寒気でそれどころじゃないみたいね。
まだプルプルしてる。フフ、仕方ないから今日は一晩中こうしていましょ。私の体温で彼を暖めてあげるの。風邪が私に移っても、構わない。
いや、むしろ歓迎だわ。一度スバル君の体内に入ったウィルスが、私の体にも入ってくるなんて、とてもロマンチックじゃない?フフ、フフフフ……。
ん、まぶしい……。目を開けると窓から朝日が差し込んでいた。昨夜のことを思い出して急激に脳が覚醒する。
この腕の中にあるはずのぬくもりがない。スバル君はどこにいったのかしら。
ベッドにはいないみたいだし。まさか、ベッドから落ちたのかしら。うーん、床にもいないわねえ。ベッドの下に潜りこんだとか。
上から頭を下ろして、ベッドの下を見る。……いるわけないか。その時、ドアがノックされた。
スバル君、先に起きてトイレに行ってたのかしら。この部屋トイレないものね。わざわざノックなんてしなくていいのに。
私はいつでも準備OKよ!早く来てスバル君!……いけないいけない。妄想が変な方向に進んじゃった。
多分、私に出迎えてもらいたいからノックしてるのね。じゃ、早く開けてあげましょ。
ドアを開けようとした瞬間、ふと、昨日の情事が思い起こされる。一刻も早く彼に会いたい、彼を抱きしめたい。
衝動は止められなかった。ドアを勢いよく開いて、目の前の彼に思い切り抱きついた。
……あれ、スバル君ってこんなに小さかったっけ?
「ちょ、ちょっと委員長、何するんですか?」
キ、キザマロ?あれ、スバル君は?
「スバル君なら、ゴン太君と先にスキーしにいきましたよ。アイちゃんを待たせるわけにもいかないし」
「……そう、分かったわ。分かったから、さっさと出て行きなさい!」
ドンガラガッシャーン
「ひいっ!し、失礼しましたー!」
……もう、スバル君なんて知らないっ!