仲間たちの全員が一人残らずウェンディを訪問し終わると音楽が一度ストップされる。
そこから先は旋律がなくドラムのリズムパートだけが強調された音楽が続く。
ステージと会場全体に響くのは原始的で野性的とでも言えそうな荒々しいビート音の連続だけ。
ここから先がウェンディのソロパートの最後の山場だった。
ステージの照明がウェンディの周りを残して落とされ、床の上に伏せ腰を高く上げた姿勢のままのウェンディの姿がたった一人で浮かび上がる。ショーのためのものというよりは、ショーケースの中をくまなく照らす照明のように感じられるその均質な冷たい光の中で、ウェンディの裸身はまるで陳列された商品、ショーウインドウの中に飾られた半裸の人形のようにも見える。
その照明の光の下、ウェンディの姿は壇下からも隅々まで良く見えた。
白いカチューシャを金髪の頭に付け、エプロンドレスを身体の下に着けただけの白い背中や、くびれた腰、床に膝を突き大きく広げた両脚で高々と上げられた臀部の裂け目まで。
ただ一つその金髪の前髪の向こうの彷徨う開かれたままのウェンディの青い瞳の色、紅潮した顔の表情、激しい運動の後の身体の火照りを示す白い吐息だけが、ステージ上のそれが人形ではなく、うごめく柔らかい肌をした激しい息遣いのまるで小動物か何かを連想させる、そんな恰好の生き物であることを壇下の観客たちに示している。
その旋律が止まり緊迫した雰囲気の中、下がり始めていた腰を再び高く上げ直して天井へと突き出しウェンディは体勢を整えた。
開始されたビート音だけが響き渡る中、ウェンディは以前のソロパートと同じように頭の中でリズムを取る。
その頭もいまや幾分かもうろうとした状態だったのだが・・・
あふぅっ・・・!はあっ・・・!あふぅっ・・・!はあっ・・・!
あふぅっ・・・!はあっ・・・!あふぅっ・・・!はあっ・・・!
ウェンディはその今までより強めのビート音に合わせて強く腰を振りはじめる。
ビートのテンポが次第に早くなってウェンディの頭の中のリズムもまた加速されていく。
あふっ!はあっ!あふっ!はあっ!あふっ!はあっ!あふっ!はあっ!
あふっ!はあっ!あふっ!はあっ!あふっ!はあっ!あふっ!はあっ!
ウェンディはもはや自分がどこに居るのかも解らなくなってきていた。
ただ規則的に身体ごと突き上げられるような腰の動きを無意識のうちに加速していくだけ。
頭の中でリズムをとっていただけの筈の声が嬌声に似た喘ぎ声となって外に出してしまっている事にもその時には気がつかなかった。
あふ!はっ!あふ!はっ!、あふ!はっ!あふ!はっ!
あふ!はっ!あふ!はっ!、あふ!はっ!あふ!はっ!
あふぅっ・・・!
あふ!はっ!あふ!はっ!、あふ!はっ!あふ!はっ!
刻まれるビートのテンポが極限まで速められた。ウェンディはそれに合わせてエプロンドレスのフリルの付いた両肩が前に押し出されるような勢いで身体全体を前後に揺する。
紅潮した顔をふちどる金髪がその動きのたびにむき出しの肩の上でゆれて突き上げられる動きに腰が高く上がっていくのと反対に、床にしがみつくようにしている上半身が胸ごと乳房ごと床に強く擦り付けられ、その胸から伝わる冷たい床の感触に抗おうと背中をそらせ身体をよじり起こすと、今度は握った両手の上で横顔を伏せて金髪とカチューシャを揺らし嫌々をするように左右に振っていたウェンディの顔が正面の観客たちを向くことになる。
壇下の観客たちを目の前に感じてウェンディは目をつぶり、小さく口をあけて鳴き声をあげる。
「あふうううっ(泣)」
・・・でもでもっ!
我慢して・・・ちゃんと・・・振り付けしないとっ・・・
これはショー・・・大事な任務なんだからっ・・・
観客たちの眼前で、ウェンディはカチューシャを付けた金髪の下の青い瞳に僅かに涙を滲ませ、少し虚ろがかったもう何も見えていないかのようなそんな瞳をして、引き開いた小さな口から間断ない鳴き声のような喘ぎをもらし続け、それでも汗に濡れ白く光る腰となだらかな曲線を描く身体を、ビートに合わせ前後に揺すって見せながら、背中から来る痛みに耐えながらそう考えていた。
だが・・・
あは!あは!あは!あは、!あは!あは!あは!あは!
はふ!はふ!はふ!はふ!、はふ!はふ!はふ!はふ!
・・・・・・・・・・・・
あふぅっ・・・!あふぅっ・・・!あふぅっ・・・!
規則的なリズムの中に変則的にひときわ大きなビートが混ぜられてきて、そのたびにステージの上の
ウェンディの白い裸身全体が大きく跳ね上がり、伝えられる感覚に耐えかねたように頭と顔が傾げられて
その碧眼を見開いているウェンディの姿が見える。
そして最後に3度大きくビートが刻まれ、そこからその大きなビートが連続して打ち鳴らされ続けるようになると・・・
・・・それがウェンディの限界だった。
「あふっ!あふっ!あふっ!あふっ!あふっ!あふっ!あふっ!
あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!」
ウェンディはそれまでとは明らかに様子の違う、もはや観客たちへの配慮を失った高い声で続けざまに鳴き続けはじめた。
ステージ上の広々とした空間にそのウェンディの立て続けの高い声の鳴き声が響き渡る。
青い瞳を見開いたまま握った両手で床にしがみつき、白いカチューシャを載せた金髪の頭だけを反らせたまま胸を床にこすり付けるようにして、揃えた両手の上の金髪の掛かったむき出しの肩を前に向けて連続して揺り動かしたままそれでも高く天井に向かって突き出された白く光る臀部は激しく前後に揺り動かしながら・・・
ウェンディは鳴き声を上げ続ける。
そして・・・
「あ・・・あ・・・あ・・・あぁ・・・あ・・・はぁっ・・・!?」
もう駄目っ・・・抑えきれない・・・
そう考えてしまい、これまで必死に抑え込んできた背中の痙攣への意識の集中を
一度途切らせて解放してしまうと身体がそれ以上耐えられなかった。
顔を上げ、前を見つめたままのウェンディの動きが止まり、床に押しつけられた身体の白く光る背中が
何かそれまで我慢していたものを解き放ったかのようにぶるっと一度痙攣する。
「ふ・・・ぅっ・・・(泣)」
・・・最後が近くなって本当の本当に我慢できなくなったら・・・
その極限状態のウェンディの脳裏に先輩の最後の指示の言葉が響いた。
・・・その時がきたら・・・顔を上げてそのままお客さんたちの顔を見渡してみせるのよ、ウェンディ。
壇上から目の前のお客さんの顔を一人づつ、順番にじっと見てみせるの(笑)。
そうすればそれですぐに・・・とにかくやれば解るわ(笑)。
ちゃんとやるのよ、ウェンディ。わかったわね(笑)。
白いカチューシャをつけた金髪の下の、大きく見開いた青い瞳に正面の観客たちを映した姿のまま
わずかに残った理性の光を瞳の奥に残した虚ろがかった瞳のまま、白く光る背中と掲げた腰を震わせたままで、ウェンディは頭をなんとか持ち上げその姿勢のままで、痙攣しかかった背中の痛みをこらえ
先輩スタッフに言われたとおりに自分の眼前の観客たちの姿を見渡してみせる。
「あ・・・・・・」
鳴き声が一言、その青い瞳の下の引き結ばれたウェンディの口から漏れた。
会場のその場の全員が壇上のウェンディに注目している姿がウェンディの瞳に映ったのである。
極限状態の身体のまま、ウェンディは瞳の中に最後に残った理性の光と追いつめられきった瞳の色で
目の前の観客たちに向けまるで逃げ場を探すように次々と視線を宙に泳がせていく。
両脚を使って高く天井に向かって腰を突き上げ白く光る背中を苦しそうにさらし
震える青い瞳で追いつめられた様子で何かを探し求めるようにカチューシャを着けた金髪の頭をめぐらすウェンディ。
ウェンディのそんな様子は均質で硬質な照明の光の中で、壇下の観客たちからも
手にとるようにはっきりと見て取ることができた。
「あ・・・あ・・・あ・・・・・・」
この人も・・・この人も・・・この人もっ・・・
みんな・・・・・・
そのウェンディの口から声にならない声が漏れる。
ウェンディの姿に注目するその観客たちの目の全てに露骨な期待心が映っていた。
それは明らかに極限状態のウェンディの身体にもうすぐ最後の状態が来ることを理解し、その瞬間がきたら
いったいウェンディはどんな風に振る舞うのか、ウェンディがいったい最後にどんな風になってしまうのか
それを期待して待ちかまえている、そんな目だった。
・・・・・・(泣)
わ、わたしはっ、こんなのじゃ・・・負けませんっ!(泣)
痙攣を抑えきれそうにない、限界直前の身体でありながら、
八の字に眉をひそめ、口をまっすぐに引き結んでくぐもった響きの喘ぎ声をもらし続けながら、
そんな表情の閉じかける瞳の瞳孔に壇下で見守る観客たちの姿を映しながら、
微かに香る汗に濡れところどころ白く光る褐色の肌の柔らかい裸身をステージの上でうごめかしながら
ウェンディはここにきてまだ、その先に訪れるはずの自分の宿命にあらがってみせた。
思い詰めた表情を観客たちにさらしながら、唇を噛んで口を真っ直ぐに引き結び、背中の痙攣を無理にでも抑え込む。
それが普段の姿からは想像がつかないウェンディの性格の清冽さ、芯の強さだった。
両脚が大きく開いて下がりかかっていた臀部を再び高くかかげ直し、その恰好でカチューシャを着けた金髪をもたげてそんな身体の状態でありながら微笑んで見せるウェンディの姿は健気さを通り越して凛々しくさえ見える。
今、ステージの上で身体を濡らし半裸で喘ぎながらウェンディはその自分の姿と
かつて偉人殲滅作戦で大英図書館工作部の司令室に颯爽として控えていた制服の自分の姿とを重ねる。
ショーへの出演が決まった時の
「それは・・・人一倍頑張らないといけませんね。そうでなければ困りますよ」
と自分に告げた上司の言葉が脳裏に浮かぶ。
そうよ・・・これは大英図書館の任務。
大事な・・・任務なんだから!
・・・・・・
変な・・・変な目で、見ないでっ!
だがそれは結局のところ無駄で意味のない努力だった。
ウェンディは壇上で濡れた身体を震わせたまま、ふたたびその宙に浮かんだ視線をさまよわせ
再度目の前の壇下の観客たちに視線を移していく。
観客たちの中には普段一緒の職場で働く工作部の上級スタッフたちの姿も見えた。
正装した来客たちのこちらをじっと見つめている顔、それからそれに入り交じって金髪の上司の顔、
普段一緒の職場で働き顔を合わせている男性や女性の同僚たちの顔。
ウェンディは彼らを見つけると、追い詰められ逃げ場をさがし、救いを求めるような瞳で次々と同僚たちの顔に視線を走らせ続ける。彼らは自分の仲間で重要な任務遂行中のウェンディを励ましてくれるはずに違いなかった。
だが壇下のそこに見えたもの、それは・・・
「あ・・・(泣)。あ・・・(泣)。あ・・・(泣)。」
同じ。お客さんたちと同じっ・・・
ウェンディはうるんだ瞳で視線を壇下に走らせながらあきらめの響きを含んだ鳴き声を漏らす。
工作部の同僚たちを含めた壇下の観客たちの・・・全ての・・・全ての自分への視線が同じ内容の視線だったのである。
「うぁぁ・・・(泣)」
自分以外のこの会場の人間のすべてが・・・
その目の前の観客たちの表情のどれもがすべて・・・次に来るはずのウェンディの状態、ウェンディの最後の状態を待ちかまえていること、それへの期待を露骨に示しているのを理解して・・・それから・・・
ウェンディの虚ろがかった開ききったその瞳の色が、
閉じかけの寄り目がちに自分の身体の奥の奥の状態を探るような色に変わっていく。
握った床の両手の上の金髪の頭をもたげ、床に伏せたその姿勢で自分に出来るかぎり背中を反らせて一声、
どこか悲しげに聞こえる長く長く引っ張った鳴き声をあげてウェンディは身体を震わせた。
白い背中の筋肉を伝わる痙攣が目に見える形でその背中から括れたウエスト、高く掲げられたままの臀部へと伝わっていき最後に汗に濡れて光るその双丘が小刻みに前後に揺れる。
みんな・・・みんな・・・わたしを見てるっ・・・
壇下の観客たちの姿を見開いた青い瞳に映しながらそう考えたとたん、痙攣がそれまでの臀部からその裏側、両脚の中央、脚の付け根の周りの太股の、内側のあたりで始まるのをウェンディは感じていた。
そしてその今の自分の身体の状態が・・・壇上の自分のうごめくように震える臀部の様子、
見開かれたあきらめを宿した瞳の色、そうした全てから観客たちの全員に伝わっていることを理解して・・・
ウェンディはもはや自分ではその痙攣を押しとどめることができないのを悟っていた。
さらに連続するドラムビートが容赦なくそのウェンディに追い打ちをかける。
「っ・・・・・・」
観客たちの視線に見守られ、最後の覚悟を決めたウェンディはそこから強引に最後の腰の動きを開始した。
もう自分に後はない、そんな激しい腰の振り方で床に立てた両膝を使って激しく身体全体を前後にゆらし続ける。
宙に浮いているウェンディの臀部が前後に激しく揺れ、上半身が押し潰されるように床に押しつけられる。
その激しい腰の動きに観客たちが圧倒されたようにざわめいた様子を見せる。
「あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!」
その前後動する激しい臀部の動きにあわせて、観客たちの脊髄に響くようなウェンディの高い鳴き声が
ウェンディの小さな口から漏れ続けた。
そしてそのウェンディの身体の動きが突然止まり、その白く光る臀部が天井を向いて細かく震え・・・・
ウェンディは八の字に眉を寄せて瞳を閉じ、引き開いた小さな口から観客たちやその場の全員から待ち望まれている鳴き声、ウェンディの身体が最後の状態に達した事を、その場の会場の全員に告げる長い長い鳴き声を上げはじめた。
顔を真っ直ぐ正面に向け、むき出しの胸を床にこすりつけ、全身を硬直させて高く掲げた白い臀部を突き上げその開かれて震えたままの瞳孔に目の前の観客たちの姿を映しながら・・・
「あ・・・・・・あぁぁぁ・・・あ・・・・・・(泣)」
長く長く引っ張った切なく悲しげな鳴き声が会場に響きわたる。
反った背中、肩に揺れる金髪、
もたげられた白いカチューシャを載せた金髪の頭、
前髪の向こうの開いたまま固定された青い瞳、
そしてその向こうのなまめかしく震える白い腰、がくがくと前後動する臀部が見える。
ウェンディは握った両手で床にしがみついたその姿勢のまま、小さな頭を激しく左右に振りながら鳴き声を上げ続け、自分では押さえきれないその全身の大きな痙攣を3度ほど繰り返して見せたあと、その掲げた腰だけを小刻みに震わせ続ける。
そして・・・壇下の観客たち、ステージの同僚たちの耳に可愛らしく響いて聞こえる小さな弱々しい鳴き声。
それが最後だった。
「はぅうう・・・ん・・・・・・(泣)」
それはウェンディが最後まで守り続けてきた出してはいけない声、何か人として聞いてはいけない声であるかのようにこの大英図書館の会場に集まった全ての観客たち、見守るステージの全員の耳に響く。
鳴き声を上げたウェンディは大きく腰を回して、後ろから何かを外されたようにかくんと腰全体を床に落とし力尽きた様子で脚を広げたその恰好のままで、へたりこむようにペタンと床の上に倒れ込んだ。
ウェンディ自身の耳にその最後の鳴き声の余韻を残しながら・・・
「あ・・・ふぅっ・・・あ・・・ふぅっ・・・」
ウェンディは床の上で白く見える吐息をハァハァと継ぎながら、引き起こされていた自分では制御できない身体の痙攣の余韻に茫然自失の様子で床に身を投げていた。
両手は握ったまま前に投げ出されていて、その腕の間で横顔を床に押しつけたまま髪をステージの床の上に散らせている。
床の上で斜めに投げ出された身体と露出し汗に濡れたままの乳房をさらして、それでもエプロンの前掛けで
見られてはいけない場所を隠しながら、乱れた髪と床に押しつけられているウェンディの床の上の放心状態の横顔。
その瞳は思いがけず自分が限界に達してしまった今のステージでの自分の姿を少しだけ後悔しているような瞳の色にも見える。
そして気がつくと今度もそれまで流れていたステージの音楽は停止していた。
・・・ウェンディは自分の最期のソロパートを無事に踊り終えたのだった。
壇下ではそのウェンディの様子にそれまで迫力に気圧されていたかのように沈黙して見守っていた観客たちがパラパラと拍手を送り始め、やがてそれが喝采になった。
ウェンディコールも混じっている。
ステージの上では音楽が再開され壇上の仲間達が舞うようにウェンディを取り囲む。
ウェンディはステージの上でへたりこんでしまっていて、褐色の裸身を覆う白いエプロンドレスの布地も汗で濡れてよじれて申し訳程度に身体にまとわりついているだけの状態で、襟首のリボンや金髪の頭につけた白いフリルのカチューシャもよれよれの精魂尽き果てた女の子といった状況ではあったのだが・・・
ウェンディを引き起こしよしよしと頭を撫でるアクションをしてみせる仲間達に囲まれて・・・
ウェンディはそのとき幸せな気持ちで一杯だった。
やった・・・やったわ・・・やったのよウェンディ・・・
すべてっ!最後までっ!完璧にっ!やり遂げた・・・
身体はまだ動かすことができるし全然大丈夫・・・
あとはフィニッシュだけ・・・
ステージの上で他の仲間達と最後の決めポーズを決めたときにはウェンディは安堵の思いと感動でその場で泣き出してしまいそうだった。
泣き顔まじりの、それでも幾分晴れやかな笑顔を観客たちに振りまきながらウェンディは心の中で叫んだ。
やったわウェンディっ!
あなたは下着無しで最後まで踊りとおすというこのウェンディ史上最大の試練に見事打ち勝ったのよ!
あなたはやればできるのよ!
私は・・・私は・・・この実績を胸に明日からを強く生きていこうっ!
・・・だが・・・思えば・・・その考えが大甘だった。
「あっ!?・・・ぎゃふっ!」
ステージでの演目を努め切って安心しきっていたウェンディは、舞台の袖に退場しようとして
壇上の自分用の円形のステージから出るときにその段差、普通の人なら何も無いところと呼ぶ場所を踏み外してそのまま物の見事にコケてしまったのである。
それはまさにウェンディらしい、ウェンディにしかできない、ウェンディの職人芸ともいえる見事なコケっぷりだった。
イテテテテテといった感じで打った頭をさすりながら上半身を起こしたウェンディは、目を開けた直後に
自分が会場の参加者達の視線を一身に受けていることに気付いた。
そしてその後で、自分が壇上で腰を突き膝を立て大股開きで座り込んでしまっている事に気付いたのだが・・・
瞳を見開いて観客を見つめたまま、それが何を意味するか思い当たった瞬間、頭に血が上って顔が熱くなるほど紅潮するのを感じた事が・・・今でも忘れられない・・・
「ご・・・ごくり」
ウェンディは頭に白いカチューシャを付けたままのその顔を、壇上でゆっくりと回して静まりかえった様子の壇下の観客達の顔を見回した。
座り込んだ自分の姿には退場の時のスポットライトが当てられたままで、身に付けた白いエプロンドレスの反射がまぶしく、観客達の表情は読めない。
肩に白いフリルが付いたエプロンが、片側肩からずり落ちて再び胸が露出してしまっていて
それはどうでもよいのだが、その下の尻餅をついて・・・
脚を広げている今のその場所の状態は・・・
ウェンディはごくりと唾を飲み込むと、意を決してゆっくりと視線を観客から自分の身体へと落としていった。
胸元から・・・M字に膝を立てて観客に向けて開かれた自分の両脚の中心へと目を移す。
エプロンの前掛けで覆い隠されていることを期待したその場所は・・・
白いエプロンの前掛けがまくれ上がってしまっていてすっかり露出してしまっていた。
「う・・・・・・」
ステージの上で両脚を大きくM字に開脚したままで、ウェンディは硬直したまま再び視線を観客へと戻した。
頭の中を自分の今の状態が駆けめぐった。激しかったソロパートの振り付けの為に自分が今、全身汗で濡れてしまっているのが解る。
ウェンディはすっかりパニックになってしまっていて、
今自分がしなければならない事が、まずその開いた脚を閉じることだということに思いが至らなかった。
そのかわりに頭に浮かんだのは、自分の今の状態についてのとりとめもない考えだけだったのである。
汗だらけだから・・・下半身も汗で光っていて・・・
ええと・・・そのぉ・・・茂みなんかも汗ですっかり濡れて見えていて・・・
・・・そこから大事なところに雫がたれていたりなんかしてっ(笑)
あはっ、あはっ、あはははははははあっ(笑)・・・・・・
沈黙する観客を見つめながら余りに局部に意識を集中したためだろう・・・ウェンディは緊張の余り、
観客の前に露出しきっている、その自分の女の子として大切なところに痙攣が走ってしまっているのを感じた。
ヒクッ・・・ヒクッ・・・ヒクッ・・・
一回・・・二回・・・三回・・・
引きつる筋肉の動きに合わせて大事なところが開口してる・・・
ウェンディにはそう感じられた。
これってまるでなんだか挨拶してるみたいよね・・・
ウェンディはその瞬間そんな馬鹿げた事しか頭に思い浮かばなかった。
英国のみなさんコンニチハー、コンニチハー、コンニチハー・・・
こちらウェンディの女の子の大事なところですっ!よろしくお願いしますっ!
って・・・・・・って・・・・・・うう・・・・・・う・・・・・・う・・・・・・
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!(号泣)」
ウェンディは跳ね起きると脱兎のように舞台の袖に駆け込んだ。だが全ては後の祭りだった・・・
背後から巻き起こった会場の失笑混じりの大爆笑がその時のウェンディの悲惨な気持ちに追い打ちをかけた。
こうしてウェンディの3回目のショーは当人にとっては見るも無惨な・・・
悲惨きわまりない結果に終わったのである・・・
このウェンディにとって忘れることのできない3回目のショーの話にはさらに後日談があった。
すべてが終わってしまった後に泣きながら舞台の袖に引っ込んで、
「マ・・・マリアンヌ先輩っ!非道いですっ。非道いですっ。あんまりですっ(泣)」
と泣きじゃくるウェンディを彼女の先輩たちは笑って
「まあまあ(笑)。アナタにしては良くやったわ(笑)」
となだめて、ご褒美に、と言って先輩の仲間達や付き合いのある男子職員達と一緒に
馴染みのこじんまりとしたパブに連れて行ってくれてそこで好きなだけ奢ってあげると言ってくれた。
ラッキーと思わないでもなかったのだが・・・その先の事は思い出したくもなかった。
ウェンディはそれを自分の青春の過ちの1ページとして記憶のかなたに封じ込めることに決めていた。
年明け後の彼女の職場ではうわさ話のなかで、「ウェンディのあれ・・・」、「ウェンディのあれが・・・」、
「あんなにふさふさしてるなんて・・・」、といった会話が聞こえてくることもあった。
彼女は努めてそれを無視し、それもまた記憶のかなたに封印することにしていた。
NewYearパーティのあの後、ウェンディは何故だか上司から懲戒を受けた。
色々難しい言い回しであったが要は大英図書館に相応しくない下品な踊りを披露したという理由でである。
振り付けをつけた先輩たちはなぜだか罪に問われなかった。不公平ですっ、と一応抗議はしてみたのだが・・・
だが今となっては・・・それもどうでもよかった。
ただ唯一の問題は・・・
ジェントルメンがその話を聞きつけて彼女が使う純銀メッキ製のお盆に’ウェンディ専用’の銘を刻ませた事にあった。
ウェンディは彼女の日常業務であるお茶汲みでそれを使わざるを得なかったのである。
彼女がそのお盆の上に紅茶を淹れたポットとカップを載せ、彼女の上司達にそれを届け、カップに紅茶を注いだあとそのお盆を胸に両手で抱きかかえたまま、今日の首尾はどうだったかお茶をすする上司達の様子を上目づかいで窺っていると・・・
上司たちはそのウェンディの胸のお盆の’ウェンディ専用’の銘を目にして、クスッ、と一瞬笑うことがあった。
その上司たちの脳裏にはあの会場でのウェンディの失態が眼前にあるように蘇っているに違いなかった。
ウェンディはそうされると両手でお盆を抱きかかえたまま立っているその姿で赤面してうつむいているしかなかった。
じっとそのままの恰好で自分がどんな風に見えていたかを思い知らされる事になったのである。
噂などと違いその場から逃げ出すことも忘れ去られるのを待つこともできない。
あの日の出来事は、まさにウェンディ一世一代の大失態になってしまったのであった・・・・・・
・・・・・・・・・・
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
銃撃戦の最中に、何やら長い回想に入ったかと思うと今まで聞いたことのない声音で突然すっとんきょうな叫び声を上げ始めたウェンディを仲間のエージェント達は奇異な目で見つめた。
そんな調子の、本来の昔のウェンディの声を聞いたことがなかったのである。
結局・・・全部・・・全部思い出してしまった・・・
最後の、最後の最後にコケるのが私の宿命だなんて・・・そんなのはありえない!
こんな記憶、こんな記憶っ、ぜんぶ無くなってしまえば良いのにっ!
机の向こうの読子はといえば、
そんなウェンディの様子には一切お構いなしでまだNewYearパーティの話を続けている。
「とにかく、あのウエンディさんの踊りにはわたし、感動しました。
あれは全世界の支部に中継されて動画配信されたんですよね。
たしか・・・こうです・・・」
読子はあろうことかいつものロングコート姿でそのままその場で踊り始めた。
「こうやって・・・後ろを向いて脚を大きく開いて立って・・・こうですね・・・
ウエストの辺りに置いた両手と腰や肩を揺すりながらリズムを取って・・・
それで片手を真っ直ぐ伸ばして・・・腰を振りながらそのままゆっくりと振り返って・・・
伸ばした手の先でVサインを作って・・・それから正面から傾げた顔でウインクしてみせれば完璧です。
そして決めセリフ・・・
さあ、ウェンディさんも一緒にやりましょう。ウェンディさんは昔に帰るんです。
こうやって・・・こうやって・・・こうやって・・・
Vサイン作って・・・ウインクして・・・最後に決めセリフ・・・
さあ一緒に・・・
ニホン・ノ・ミナサン・コンニチ・ハー
ニホン・ノ・ミナサン・コンニチ・ハー
さあウエンディさんも御一緒にっ!さあ早くっ!
早くっ!早くっ!おねがいですっ!
・・・・・・・・・・・・
あううっ・・・何をいったい・・・・・・あひんっ!?」
一発の乾いた銃声の音と同時に読子のメガネ顔の眉間に丸く銃弾の穴が空いた。
片手を前に伸ばしVサインを作り、もう一方の手でダンスの振りを付けていた読子はその状況では紙を出す余裕もなく銃撃を前にひとたまりもなかった。そのロングコート姿がまるで漫画のようにバッタリと後ろに倒れる。
ウェンディはスカイブルーのスーツの伸ばした腕の先に、硝煙の上がる拳銃をまだ掲げたままで
荒ぶる呼吸を懸命に抑さえようとしていた。
「っ・・・。馬鹿が!」
ウェンディはそう吐き捨てる様に呟くと腕を下ろし、自分の足元の負傷したジョーカーをうながし隣の部屋へと脱出させた。
さっきまで遠くから聞こえていた脱出用ヘリのローター音が、今では轟音のように聞こえてきている。
そう・・・ジョーカーさんも私も今はまだ倒れる訳にはいかない・・・
わたしには成し遂げなければならない野望があるのだから・・・・・・
ウェンディは床に倒れ今ではただの屍となった読子、かつての大英図書館が誇る史上最強の紙使い、The・ペーパーに向けて静かに心の中で呟いた。
英国を復興し必ず大英図書館を復活させる事。
そこで新しく作られる特殊工作部の中で、自分はより年長の女性職員となって
今度はこの自分が・・・このウェンディ・イアハートが・・・NewYearパーティの余興で踊る新入りを指名するのだ。
それは・・・その野望だけは・・・誰にも邪魔はさせない!
そのウェンディの脳裏に不思議なことにジュニアの顔が浮かぶ。
そうよ・・・別に女の子じゃなくたってかまわない。
あの子にやらせても・・・それが新時代というものだわ・・・
徹底的に自分が覚えている振り付けをそのままジュニアに教え込んで、
それから・・・もしもメイド衣装の下のモノが不適切な状態になって踊りの邪魔になるようだったら・・・
舞台袖で直前にいつものようにわたしが処理してあげても良いし、たくさん居る筈の女の子たちみんなに
処理させてそれから舞台の上へ、観客たちの前へ、送り出してもいい・・・
ウェンディにはその時のジュニアの気持ちが容易に想像できた。
あの子なら素直にわたしの言うことを聞いてくれるはず・・・
最後の時が近づいてきていた。
ウェンディは動きを妨げる邪魔っけな青いスーツのタイトスカートのスリットを手で裂いて広げ、それから
ジョーカーに続いて窓から身を翻すと、ヘリから下ろされた縄ばしごを掴んでそのまま今まで居たビルから脱出した。
轟音とローターの風に身を打たれながら遠ざかる夜のビルを眺める。
耳の奥に夜の風が遠くから運んでくるファンファーレ、
シンバルの響きに続くティンパニーのマーチが聞こえてくるような気がする。
それは式典に使われる大英図書館のテーマ。
今となっては何もかもが懐かしいあの、全ての叡智を英国へ、のテーマだった・・・
「そうよ・・・今度こそ・・・今度こそ・・・ドジらずに最後まで成し遂げて見せるっ!」
ウェンディは縄ばしごを掴んだまま何故だか自分の意志に反して震えるその手を握りしめ心の中で叫んだ。
「ジョーカー・・・さんと一緒に・・・
何度でも・・・何度でも・・・挑戦してみせるんだからっ!」
ウェンディは最後にそうつぶやくと身体を冷たく蝕む夜の風、そしてジョーカーと共にその場を去った。
その野望の行方は誰も知らない。最終第26話がTV地上波で全話放送されるまで。
その可能性は・・・ただ紙のみが知っているだけだった。
(終わり)