「あー……憂鬱だなー……」
登校途中の道程を、アニタは空を見上げながら歩いていた。
昨日、迂闊にも晒し者にされてしまった自分の"恥ずかしい話"は、ムキになって
反応すればするだけねねねの思う壺なのが判ってきた。からかわれても反応せずに、
ここは一つ自分がオトナになって、そういう環境に適応しなければいけないのだ。
「でもなぁ……ヒサちゃんにはなんて言やいいんだろ……」
あれはタイミングが悪すぎたと思った。ただでさえ免疫のなさそうな久美に、あんな場面を見せてしまうとは。
頭をぶんぶんと振り、気まずい空気にだけはしないよう心がけてみる。と、
「お早う! アニタちゃん」
いつもの声と、いつもの笑顔。前と変わらない久美の様子に、アニタは少し安心した。
「うん、お早うヒサちゃん。……あのさ、その……昨日はゴメンね?」
どうにか謝罪の言葉は出たものの、苦笑い以外の表情が出せそうにない。
「ううん、しょうがないよ。あたしこそ、急に帰っちゃったりしてゴメンね」
見れば表情こそ普段の久美と変わりないものの、僅かに頬が紅い気がする。
やはり恥ずかしい思いをしたのだと思うとアニタはやりきれない気持ちで一杯になったが、
本人も気にしてないと言うので、その時はその話題がそれ以上続くことはなかった。
時は流れ放課後。アニタは学校の図書館にいた。
図書委員も兼任の図書クラブメンバー、久美の仕事終わりを待つのである。
本来ならアニタも司書としての仕事をどこかで受け持っているはずなのだが、最初から
幽霊部員になるつもりだったアニタが一人でカウンターに立った例はなかった。
「もうすぐ終わる時間だねー」
時計は四時五十分を指し、カーテンの向こうに夕日が沈んでいくのがわかる。
やがて五時になれば久美の図書委員の仕事も終わり、ようやく下校が許される。
アニタはそれを心待ちにしていた。
今、図書館の利用者は誰もいない。ただ勤務時間のノルマを消費するためだけに、久美と
アニタはカウンターの中にいるのだ。
「じゃああたし、本を棚に戻してくる」
「んー」
久美が数冊の本を抱え、棚の間を行ったり来たりする。整理番号を確認し、
全ての本を棚の中に戻すと、久美はふと図書館の外に出て、またすぐ戻ってきた。
あとは時間まで利用者が現れないことを祈るのみ。久美もアニタの隣の席に座り、終了を待つ。
「あのさぁアニタちゃん……」
「ん、なーに?」
カウンターに顎を乗せて脱力したまま答える。頭をひねって隣を見ると、
頬を赤らめた久美の顔が見えた。
「私が菫川先生の本が好きな理由、まだ言ったことないよね」
「そーいや、そだね。アタシは"真夜中の解放区"しか読んだことないからアレだけど、
ねね姐の本ってそんな面白いの?」
「うん、人それぞれだと思うけど……私は西園さんのお姉さんの本よりは、好きかな」
二人の軽い笑いが図書館に響く。
「フフ、でもねアニタちゃん。私が先生の本が好きな理由っていうのは別にあって……」
一瞬の沈黙。頬を赤らめ、口ごもりながら続ける。
「一冊しか読んでないアニタちゃんは知らないけれど、先生の小説って、作中に必ず一回は
その、女の人同士の『濡れ場』が出てくるの」
おいおい……としかめっ面のアニタ。そういえば自分が読んだ本にもそんな場面があったが、
そこだけ斜め読みですっ飛ばしていた事を思い出した。
(……あんの性悪オンナ、人を散々からかっておいてテメェは仕事にそんなコダワリ持つのかよ。
どんな顔して書いてるのか、今度仕事中に忍び込んで見てやろうか……)
そんなことを考えている横で、久美が話を続ける。
「でね、その描写がすごくいやらしくて、素敵で、そのページだけ何度も何度も読み返しちゃうの」
「ちょっ……マジ?」
「読むたびに胸がきゅっとアツくなって、どうしようもなくなっちゃって……」
何かがおかしい。アニタがようやくその違和感に気付いたのは、友人の表情に特殊なものを
感じ取った時だった。もしかして、自分は何かとんでもない思い違いをしていたのではないか――?
「私、アニタちゃんが転校してくる前はね、このカウンターに一人で座ってたの。それで、先生の
本を読んでたら我慢できなくなっちゃって。何度も何度も、ここで一人で、見つからないように……」
アニタの中で疑念が確信に変わった。いや、もっと早くに気が付くべきだった。
「昨日アニタちゃんの家に遊びに行ったときもね。あのお姉さんの姿見て、私すごく興奮してたの」
「……ヒサちゃん?」
何故、彼女はこんな話を自分にしているのか。何故、彼女はそんなに潤んだ瞳でこっちを見るのか。
何故、彼女の吐息に熱がこもっているのか。何故、彼女はカウンターの出口を塞ぐように立っているのか。
すでに最終下校時刻も間近で、生徒はほとんど残っていない。図書館の窓はカーテンがみんな
閉め切ってあり、たった今、久美がスイッチで照明を落としたせいで、明かりは薄暗い夕日だけ。
その僅かな光でも、久美の顔が紅潮してるのは見紛えようもない。さっきから、いや、もしかしたら
今朝からずっと――――彼女のそれは羞恥ではなく、劣情を示すものに違いなかったのだ。
「も、もう終わる時間だよ? ホラ早く帰ろうよ……」
「そうだね。この時間はみんな帰っちゃうから、もう図書館へは誰も来ない……」
――ヤバい、と思った時はもう遅かった。
どんな魔法を使ったものか、運動神経抜群のはずのアニタがカウンターを飛び越えるより先に、
久美の手はその腕をしっかりと掴み、捕らえ、次の瞬間にはアニタを後ろから抱きすくめていた。
「……!」
そのまま、首筋にキス。
艶やかな黒髪がアニタのうなじと耳をかすめ、思わず声が出そうになるのを必死で押さえ込む。
直後、声を押し殺したことを後悔した。一瞬の隙を突いて久美の左手の指が咥え込まされ、
器用に舌を愛撫し始める。
「んっ……あ、はっ……ぅあっ」
顎から力が抜け、それに伴って全身に力が入らなくなる。そのままカウンターに突っ伏する形になっても、
アニタは久美を振り払うことが出来なかった。
「本で読んだから、えっちなこといっぱい知ってるんだよ」
顎の手で顔を振り向かされ、今度は唇を直に吸われた。姉と昔していたような軽い挨拶のキスではなく、
普段の久美からは思いもよらないほどの情熱と行動力がその口づけから伝わってくる。
「……アニタちゃんと、ファーストキスだね」
たっぷりと唾液を吸い、また流し込んでから、充分な余韻とともに久美は顔を上げた。
束縛も緩み口元を蹂躙していた左手も放されているのに、アニタには抵抗する気力も、大声で助けを呼び
明確な拒否の意を告げる言葉も持ち合わせてはいなかった。
(今の、が……初めて……? ……嘘……)
吐息とともに頭に霞でも吹き込まれたようで、起き上がることが出来ない。
恋愛経験の希薄なアニタにも、先のキスが尋常ではないものであることは理解できる。
一息ごとに思考力が奪われていくような、魂を吸い尽くそうとするような、到底ただの中学生がするなどとは想像も及ばないほど強烈なものだった。淫魔というものがいるとしたら、こんなキスをするのかもしれない。
「……ヒサ、ちゃ……。なんで……こんな……」
呼吸は音速を超え、鼓動が光速に近付いていくような気がした。
自分も、だんだん尋常じゃない次元に引き上げられていってる――
「え? だって、アニタちゃん可愛いんだもん♪」
そう明るく笑った久美は、いつもと何ら変わりのない、純朴で魅力的な笑顔だった。
しかし、息をつく暇も余裕もなく彼女の猛攻が再開される。
「んひゃあっ!」
「やっぱり、まだブラジャー着けてないんだね」
信じられない。左手で口を蹂躙している時に、同時進行で空いた片手が制服のボタンを外していたのか。
開いたブラウスの中に久美の右手がすべり、肌着の上からアニタの胸に掌を添える。
「んふ、アツいよ……アニタちゃん」
心臓の真上、年相応のなだらかな丘にそびえる先端を指が這う。まるで大切な本のページを繰るように。
「ひぁっ……ん、はっ……ちゃん、もう、やめっ……あぁぁっ!」
幼い身体には強烈過ぎる快感に、アニタはカウンターのふちを握り締めて堪える他なかった。
久美の右腕が制服の中で胸を、左腕が服の裾から入って腹部やわき腹を攻める。その間にも、久美の
長い脚がアニタの太ももを擦り続け、耳や頬には痺れるようなキスを繰り出し続ける。
アニタは、全身を使った久美の愛撫にただ嬌声を上げることしか出来なかった。そして、自分の動作に
敏感に反応して喘ぐアニタを見て、久美も更なる興奮の極地へと高まっていく。
「そんなに、キモチイイの? アニタちゃんって結構えっちなんだね、お姉さんのこと悪く言えないよ……」
そう言いながら、臍(へそ)をまさぐっていた左手の位置をゆっくりと下に降ろす。
アニタ自身もそれが何のためなのかを悟るが、もはや抗おうともしない。
「手……入れるよ?」
ここまできて初めて、久美から断りの言葉が出るが、返答はほんの一瞬も待たれなかった。
スカートの中に手が突っ込まれ、、優しく下腹部を撫でる。一抹の不安にアニタが身をよじるが、
そんなことではこの侵略に何の影響も及ぼさない。ただ、享受するのみ。
彼女の魔性の指がそこに到達すると、脱力していたアニタの身体がビクリとはねた。その反応と指先の
感触に、久美も思わず嬉しそうな声を上げる。
「うわぁ……アニタちゃん、もうパンツ湿ってるんだ……ウフフ、気持ちよかったんだね?」
そう耳元で囁かれてアニタは一瞬何かを言おうとしたが、自分には何も言えないことに気がついて止めた。
キスをされた時点で既に、下腹部に熱い滾りを感じていたのは確かだ。親友のあまりにも蟲惑的な愛撫の
せいなのだが、そんなことは理由にならない。唇を奪われ、全身をまさぐられ、されるがままに喘いで下着を濡らしているのは他ならぬ自分なのだ。
現に今だって、快感の濁流に打ち負けてこの華奢な友人を跳ね飛ばすことが出来ないのだから。
「アニタちゃんも、自分でこういうことするんだ?」
股の布を優しく撫でながら、指先の感触を確かめる。全身が汗ばんではいるが、これだけは汗ではない。
アニタが限界まで昂ぶっているのは、このことだけでも充分にわかる。
と、不意に久美の動きが止まった。
股布を触る左手も、胸を揉む右手も、耳を噛む口元も、まるで歯車に異物でも挟まったかのように静止。
「どうなの? アニタちゃん。こういうこと、してるの?」
優しく、耳元で問い掛けてみる。その質問の真意を感じ取ったアニタは、再び顔面が熱くなった。
前日の激しい羞恥が脳裏をよぎり、口に出すことを躊躇わせる。ここまで蹂躙されて、今さらではあるが。
「……し……て、るぅ」
冷めない体温と艶のある荒い吐息、そして嬌声。それでもこれ以上の静寂は恐ろしいと、渇ききった喉から
搾り出した微かな声だった。何も言わずほくそ笑む久美。動き出す歯車。
アニタのスカートから左手が抜かれ、安堵する暇もなくそのまま直に下着の中へ。
「……! ちょっ、待っ、ふひゃあぁあっ!!」
今度は容赦がなかった。先ほどまでの攻めが霞むような、激しい指の動き。そして行く先。
あふれ出す粘液を絡めとるような動作が二、三度繰り返され、その度にアニタは全身を震わせてしまう。
右手と左手、両の手の指紋が敏感な部分を研ぎ澄まし、彼女を追い詰めていく。そして――
「もう、ダメぇっ……あぁっあ!」
背骨から全身に電流が走り、アニタが身体を大きく痙攣させた。今までに経験したことのないような、
絶頂のさらに上を行く快感。少なくとも、自分でここまで昇りつめたことはなかった。
その様子を確認して、覆いかぶさっていた久美が身を離す。衝撃に強張っていた体が脱力すれば、
今度は膝に力が入らない。机のふちを握り締めたまま、その体勢を維持するのがやっとだった。
(……さっきのは一体なんだったんだろ……)
いつもの帰り道での買い食い。コンビニの前のゴミ箱に寄りかかりながら、アニタは肉まんを頬張った。
横を見れば久美があんまんの餡を吹いて冷ましている。今日の肉まんは彼女の奢りだ。
見られていることに気付いた久美が軽く笑顔を作ると、アニタは再び肉まんを口にねじ込む。
「ねぇ、ヒサちゃん?」
「え、なぁに」
「さっきのさ、図書館の……なんで、あんなコトしたの?」
気温は日が落ちれば少しは肌寒く感じるものの、せっかく冷めた心地も思い出してまた熱くなる。
結論から言えば、アニタは久美に犯された。誰もいない放課後の図書館で、その手と指と唇だけで、
好き放題にされるだけされてしまったのだ。
「えー? だってアニタちゃんが可愛かったからー♪」
好意が終わった時、久美はアニタに優しいキスを一度だけした。辱められた気分だったアニタも、それで
かなり救われたような気がした。
その後、言われるままに服装を整えて図書館を共に出たわけだが、扉を開けるときに久美がドアの錠を
外したのには驚いた。一度外に出た時に"閉館"の札を出したのはまだ想像がついたが、中から扉に鍵を
掛けていた事にはそこを出るまで気付かなかったのだ。侮れない、とアニタは思った。
「じゃあアニタちゃん、また来週、学校でねー!」
手を振って見送る。週末の学校帰りは気が抜けるものだが、今日のそれは一段とひどかった。
体力の消耗もさることながら、精神的な面での負担も大きい。少なくとも、自分の中で解決するなり
踏ん切りをつけるなりするべき問題がいくつか出来てしまったが、すでにアニタは限界にきていた。
(いーや……今日はもう疲れた……早く帰ってフロ入って休も……)
またねね姉にからかわれるかもとも思ったが、もはやそんなことはどうでもいい。
難しいことは土日の連休にでもゆっくりと考えよう。そう決意して帰路に着くアニタだった。
to be continued