「おいしい? アニタちゃん」
並べられているのは、豪華な食器に食べたことも無いご馳走。
しかし、アニタの手にしたスプーンはカタカタと震え、冷めかけたスープもこぼれてしまう。
おいしいどころか、胃がキリキリと絞られている。
ここはジョン・スミスの街。
街中が舞台。全ての人が役者。
「もうおなかいっぱいなんですね」
「無理して食べる事もないさ」
何でこんな奴らにつかまっちゃったんだろう。
紙の力を使わなくても、こいつらから逃げる事なんて簡単な筈。
「おじいさん、コーヒー入れますから、アニタちゃんと居間にね」
「ああ、そうだったな…」
老人たちの顔が、醜くひずむ。
「…一緒にポルノビデオを観るんだったね」
「ひっ」
身体中の産毛が総毛立った。
老爺はアニタの肩に手をやると、居間へ連れていき、革のソファーに座らせる。
小柄なアニタの瞬発力ならば、連れ込まれたこの老人たちの家から逃げだす事など造作もない事。
例え、老夫婦がメイクをした屈強な男だったとしてもだ。
「ミー姉…マー姉えぇぇ…」
しかし「ポルノビデオ」という呪文に縛られたアニタは、身体が萎縮して動く事が出来なかった。
そこにいるのは、紙使いのアニタではない。
コバルト小説すら読んだことの無い、中学一年の少女なのだ。
「やだぁ…やだよおぉ」
「おじいさん、難しいビデオはアニタちゃん嫌ですって」
二人分のコーヒーとホットミルクを入れてきた老婆が、涙目になっているアニタの隣に座る。
「ああ、だったらこれが良い」
真っ白いケースの背に、汚いシールで見慣れない手書き文字が書かれたビデオを掲げる。
「アニタちゃんくらいの歳の子が出てるビデオだよ」
「え…ええっ?」
「確か、学校の帰り道に車で誘拐する所から始まってましたよね」
「どこの国の子かは知らんが…まあキャンキャン泣いてるだけだから言葉が解らなくても大丈夫さ」
セックス…!
あたしくらいの歳の子が、誘拐されて無理やりセックスさせられちゃうポルノビデオ…!
「最後はどうなりましたっけねえ?」
「このビデオは1巻目だが、ええと…ああ、この3巻目で死んでしまうんだよ」
「そうでした。クスリの打ち過ぎでしたね」
「ふあ…あああっ」
緊張と恐怖が限界に達し、白い光がアニタの脳髄で炸裂する。
ちゃ…。
「あれ?」
隣に座っていた老婆が、自分の尻に生暖かいものを感じた。
ちーーーーーー…。
ぱた…ぱたぱたぱた…。
「はやああぁぁああーん…ああぁん、あはあぁぁぁん」
ぽろぽろと溢れる涙と共に、湯気をたてて革のソファーから滴り落ちる液体。
アニタは失禁した。
「ふあぁーん、たすけてぇ…もうやだよおぉ」
「気にしないで良いのよ、ポルノビデオ観れば、もっとねばねばしたおしっこも出るからね」
「では、3巻まで続けて観るかな」
「ねね姉ぇ…帰りたいよおぉ…ふあぁん、あぁああん」
カシャン、とビデオテープが吸い込まれる。
アニタにはそれが、二度と出られない牢獄の錠の音に聞こえた。