「アニタちゃーん、先生が今週のお願いって」
「うえ〜、またぁ?」
鞄をベッドに放り投げ、机の上を見ると「女の子の秘密(仮)その3」と書かれたワープロ原稿。
苦々しい顔でそれを手に取ると、アニタは制服も着替えずに部屋を出る。
「どこいくの?」
「トイレで読むよ」
「あんまり長い事ダメよ」
「そんな必死に読みゃしないって」
ミシェールは読んでいた本を閉じると、ぴらぴらと手を振って可愛い妹を見送った。
時は1ヶ月前に遡る。
「性教育の小説ぅ?」
「そぉーなんです、先生っ」
昼食後、ねねねの機嫌が良い時を見はからって、ミシェールとマギーは切り出した。
「ほらあの子、ご本読まないでしょ? だからそっち方面って凄く疎いんです」
「情報とかだったら、テレビがあるだろが」
「それなんですっ!」
ドン! と机を叩き、こぼれるお茶も気にせずに、まくしたてるミシェール。
「私たち、日本のテレビを観て驚きました。援助交際とか幼女にイタズラとか、もうそんなのばっかりで」
「多かれ少なかれ、どこの国でもあるんじゃない?」
「いーえっ、それだけじゃありません。チャンネルを回すと、一日中せっ…セックスしてるのまであるじゃないですかっ」
「あれを…アニタが観たら…」
「あちゃー」
しまった。
衛星放送を入れた時、ねねねは面倒だったので何も考えずに有料放送総てに加入してしまったのだ。
その中の成人向けチャンネルを見られたらしい。
「その点、本は違います! 即物的な刺激ではなくて、ロマン溢れる乙女の心を育ててくれますし
その中から、想像力と共に清く正しい性への知識が生まれるんです!」
「まあ、テレビの件はアレだけどぉ、性教育とか何とかあんたらの仕事でしょうが」
「アニタ…逃げてしまう…」
寂しそうなマギーの顔。
「ええ、ちゃんとお話ししようとするんですが、難しい年頃で…」
「それであたしに、性教育小説書かせて読ませようってーの? でも大体あのちびっ子は…」
「…先生のなら…読むんです」
「え?」
机の下から大事そうにマギーが出したのは、「真夜中の解放区」だった。
「それは…」
「参観日の時の…。あれ以来、時々先生の本を読んでるみたいで…」
「お願いしますぅ。些少ですけどギャラも払いますしぃ」」
「うーん…」
…悔しいけど、アニタには助けられている。
事件の時だけじゃない。
読子の行方が知れなくなり、荒れ気味になっていた生活の中に飛び込んで来たこの三姉妹。
特にアニタには、自分が精神的に相当依存しているのを感じている。
…悔しいなぁ。
この、ねねね様が、毛も生えてない様なちびっ子に…。
毛も生えてない…何も知らない…?
ねねねの口元がかすかに上がる。
しかしそれは、何やらスケベ親父のそれに酷似していた。
「先生?」
「んっ…ああ、まあそんなに頼むんなら…書いてやっても良いかな」
「わあっ、ありがとうございますっ!」
「か、感謝します…先生」
「とりあえず設定としては、中一コースとか学習雑誌の性教育小説って事にしておいてぇ
同じ年頃のアニタに、その草稿を読ませてチェックを入れてもらうと。
あんたらは読んじゃダメよ。一人分の特注小説だから、読むんならギャラ3倍よ。
まあちびっ子には、小銭渡してアルバイトって事にしときゃ嫌がらないでしょ。それに…」
能天気な姉と、鈍い姉は、急に饒舌になったねねねの企みを見抜くことは出来なかった。
トイレに入ったアニタは鍵をかけた事を何度も確かめ、蓋をしたまま便座に座った。
読む前から頭がぼーっとして、個室に響く自分の荒い息が、とてもいやらしく感じる。
(ひ…久ちゃんも、ねね姉の小説みたいなスゴイ事してるの…かなぁ)
先週のはジュウカンとかいう、ペットの犬と女の子がエッチしちゃう話だった。
(こんなのを学習雑誌で教えてるなんて…日本って…スゴイ国だっ!)
大きく深呼吸をすると、アニタはその表紙をめくった。
今週の話は…。