『アンが台所にはいってくるのを、マリラはふしぎそうにながめていた。
「小径をあんたときたのは、だれかい?アン」
「ギルバート・ブライスよ」と答えたアンはわれにもなく頬を染めた。「バーリーの丘で会ったの」
「あんたとギルバートが、門のところで三十分も立話をするような仲よしだとは思わなかったが
ね」とマリラはひやかすようにほほえんだ。
「いままではそうだったけど――あたしたち、いままでは敵同士だったのよ。でもこれからは、よ
い友達同士になったほうがいいって二人とも気がついたの。ほんとうに三十分も立ってたかし
ら?ほんの五分ぐらいにしか思えなかったけれど。でも五年間のうめあわせをしなくちゃなら
ないんですもの、マリラ」』 モンゴメリ 「赤毛のアン」
「寒いな……」
おれはベンチに座ってつぶやいた。
風が公園の遊具のすき間を通りぬけて、笛のような音をたてる。
「虎落笛というの――」
「なにが?」
「冬の北風は強いでしょう?……その風を受けて、竹垣やよしずが鳴らす笛のような音を
虎落笛というの……」
前を見つめて、菱石はそう言った。
……どこかで雀が鳴いている。
そのさえずりを聞いて、おれはあの白い鳩を捜した。
「どうしたの?」
「――いや、なんでもない。悪かったな、無理言って……仕事、忙しいんだろ?」
「そうでもないよ……お正月だもの。仕事はもう、お休み……」
手袋をしているので、菱石は缶のプルがうまく引けないらしい。
「貸してみろよ――ほら」
「……遅いね、アニタちゃん」
「…………そうだな……」
――…………二連敗かな……?。
おれは携帯を見てつぶやいた。
すると菱石は悪戯っぽく笑いながら、『そうかもね』と言った。
今日は砂場であそぶ子供の姿もなく、公園のあちこちにはまだ雪のなごりがあった。
「――だけど、徹ちゃんがそんな事するなんて思わなかったな。らしくないっていうか……うう
ん、やっぱり徹ちゃんらしいのかな?……わたしの気持ちを知ってるくせに、ひどいよ――」
『ひどいよ』と言うわりに菱石のやつは笑っていて、おれはなんだかその顔に違和感を覚え
た。
――……ねえ、いっそのこと、……わたしたちもしちゃおうか?――。
『や〜いお茶』を間違えて気管に入れてしまい、おれは激しく咳き込んだ。
「…………冗談言うなよ」
おれはダッフルの袖でくちもとをぬぐうと、情けない声で菱石にそう言った――。
「――な、なに言ってんだよ……止めろよ、や、め……」
わたしは岡原を抱きしめてキスをした。
舌をさしいれてくちびるの内側をなぞると、岡原はくちを開いた。
舌先が、ふれる……。
目を開けると、あいつは目をつむっていた。
だからわたしも目をつむる。
……んっ……んっ……んっ……。
わたしたちは心ゆくまでお互いの舌をからめ、唾液を交換しあった。
あいつが舌を突きだしてきたので、わたしはくちをすぼめてその舌を吸った。
突きだしたその岡原の舌をわたしがなめると、あたりにぴちゃ、ぴちゃという音が響く。
岡原のジーンズの前を、下から右手でなぞる――。
「……んふぅッ……」
すると岡原はぶるっと震えた。
そこはとてもかたくて、そして暖かかった。
岡原のくちをちゅうと吸ってから、わたしはその場にひざをついた。
「……駄目だ……駄目だよ……」
ベルトの金具を外して、ジッパーを下げる。
……それを引っ張りだすのは下着に引っかかって少し大変だった。
「熱いんだね……」
……お風呂のせいか、あまり匂いはしなかった。
「お、おい!……ちょっと待っ、て」
わたしがそれをはむ、とくわえると、岡原は声をあげた。
岡原は、なんだかくすぐったさに懸命に耐えている子供のようだった。
「…………ろお、ひもひいい?」
くちに含んだまま、それにちろちろと舌を這わす。
……さきのほうにある、かさのようなでっぱりが舌先にふれる。
「や……め……」
岡原の腰が、ぶるぶると震えた。
岡原はわたしの頭を両手でつかんで……そしてどうすればよいのか困っているようすだった。
わたしはそれをくちから放して、そのさきをちろちろとなめまわした。
――ちょうどアイスをなめる要領で。
ちろちろ……ちろちろ……ちろちろ。
……あそこがなんだかあつくなって、ひくひくする。
するとふともものうちがわを、あついものがひとすじつうとたれた。
「っあ……も、う出ちゃうってっ……」
身体をくねらせながら、岡原の腰はぶるぶると震える。
わたしはそれをもう一度くちに含み、全体をなめまわした……。
手をさしいれて、指先でくすぐるように下のふくろをやわやわともむ――。
うずらの卵のようなものが指先にふれる……。
「もう……駄目っ、んあッ、あー―ッ……あ、あっ……」
岡原の身体がきゅうに弛緩したと思ったら、熱いものがびゅるびゅるとくちのなかに飛びだして
きた……。
のどの奥までそのにがいものが満ちたので、わたしはむせて咳きこんだ。
「けほ、けほ……けほ、――うえ、飲んじゃった。……不味いね」
「……馬鹿やろ、不味いってどんな味なんだよ……」
くちもとや肩甲骨のあたりにのこった飛沫を手のひらにすくってなめてみる。
「青臭くて……卵の白身みたいかな」
――へへー―っ、ごちそうさま……。
わたしは笑う。
岡原はわたしを抱きしめて、そしてキスをする。
「……本当にいいのか?……おれで」
わたしがうなずくと、岡原の額がこつんと当たった――。
「まだ生えてないんだな……ここ」
ベッドにあお向けになって、わたしは岡原の前であそこをひろげて見せた。
「あ……その、うえのッ、ほうのポツンとふくらんでいる、のがあッ……クリ、トリスっていう、のッ」
岡原のゆびが、わたしの敏感なところをかるくなぞる。
わたしのあそこは熱いお湯でとろとろだった……。
「その下の、ちいさなあなが……おしっこの、んうッ、あ、な……あとはァ、ほ、ら……そお、その
あながッ、あー―ッ……、おちん、ちんのあ、あッ……、あー―ッ……、あー―ッ……」
岡原はなかゆびをわたしのそこに出し入れした。
「あ……ご、ごめん……痛かったか?」
「……ううん、大丈夫……うッ――」
岡原はわたしの両手を除けて、自分であそこを押しひろげた。
にちっといういやらしい音がして、――わたしは心臓がどきどきした。
恥かしいな……。
……熱があるのかもしれない、なんだか頭がぽー―っとする。
岡原はそこをしばらく見つめて、やがてわたしのあそこに舌先を押しあてた。
「あ……ッ」
わたしのこしはひとりでに浮きあがった。
――あッあッ あッ あッ…… あー―ッ あー―ッ あー―ッ……
きれいにしたけど……大丈夫かな。
なま暖かい舌先があそこを這いまわる感触に、わたしはわれを忘れて叫ぶ。
すごい……すごいよう――。
自分でするのなんか、問題じゃない――。
おかはらぁ……いいよう……そこ……いいよう……。
岡原は黙々と、わたしのあそこに舌を泳がせつづける……。
――やー―ッ あー―ッ あー―ッ いいッ いい ようッ いッ…… いいッ……
岡原の舌先は、おちんちんのあなから溢れてくるお湯をたんねんになめ取って……やがてあ
そこの敏感なところを舌先で弾いた。
するとせなかに電気がはしって、わたしはなにもわからなくなった。
頭のなかがまっ白になってくらくらする。
わたしのこしがひとりでにおどる。
くねくね、くねくね。
わたしは、こしを、ふりつづける。
おかはらの、あたまをつかんで、わたしはくびを、さゆうにふった。
――あー―ッ あー―ッ そ こ そこぉ もっとぉ お お願い ひッ ひあー―ッ……
おかはらは執拗にそこだけを舌のさきで刺激する。
舌さきではじくくらいに強く……、はじいて……、はじいて……、はじいて……。
ときおり、その周囲にまるく円をえがくようにする。
するとわたしのこしが、ぶるぶる震えながら持ちあがった。
わたしのしりを両手で下からささえて、おかはらはいよいよ冷静にわたしのそこを刺激する。
わたしのくちもとから、よだれがひとすじ糸をひいてたれた――。
おかはらは両手でそこをひろげて、その敏感なところに鼻の先があたるようにして、ゆっくりと
下から上になめあげた。
わたしのこしが、びくりと跳ねる。
……まるで、下半身がとろけるようだ。
だからわたしはおおきくのけ反り、なんども……なんども叫びごえをあげた。
ぶるぶるとこしが震えて、わたしはおかはらのなまえを呼んだ――。
――やッ…… あッ あッ あー―ッ なっ ちゃうー―ッ なっちゃうよおー―ッ。
おかしくー―ッ なっ ちゃうー―ッ。
あー―ッ、あー―ッ、あー―ッ、あー―ッ、あー―ッ、あー―ッ、あー―ッ、あー―ッ、
あー―ッ、あー―ッ、あー―ッ、あー―ッ、あー―ッ……。
……わたしは叫ぶ。
――お 岡原あ…… あー―ッ あー―ッ。
い いいよ…… あッ もう……。
あー―ッ あー―ッ お願い だからぁ……。
あー―ッ あー―ッ そっ…… そこにぃ。
あー―ッ あたしの そこ にッ いれてよー―ッ…… いれてー―ッ……。
わたしがそう叫ぶと、おかはらの動きはとまる――。
……こわくはなかった。
だって――ずっと、夢みていたのだから。
……岡原は『後悔しないか?』とわたしに聞いた。
「しないよ。……わたしが勝手にあげたいんだから、貰ってよ……」
すると岡原は、『おれのことが、好きなのか?』と聞いた。
「……大ッ嫌い!!」
わたしがそういうと岡原は困ったように笑った。
「――馬鹿……そういう科白は久ちゃんに言いなさいよ。ホラ、来てよ……岡原」
あいつの太ももは脱力していて、とても柔らかかった。
そこをゆっくり両手でひろげると、その奥にあるあそこがひくひくと震えた。
下腹部があいつのあそこに密着する――。
おれはあいつのあそこにその先をあてがい、その落ち着く先を探った。
……アニタのそこは、まるでおもらしをしたようだった。
おれはゆっくりと腰を進めた……。
「んー―……はぁ、はぁ――大丈夫か?おい……大丈夫なら、動きたいんだけど……」
アニタのなかは、思っていたよりもずっと熱くて……。
痛いのか、あいつはきゅうとあそこを窄めて、おれを絞めつけてきた。
「……うん、ちょっと痺れるけど平気……岡原の『はじめて』はわたしが奪っちゃったんだね」
「馬鹿……つまらねえこと言うな……――動くぞ」
――はあッ…… ん んんッ ああ あ あ あ あ あ あッ あ あッ あッ……
とろけてしまいそうな快美感が下半身にひろがる。
……『――もっとゆっくり動いて』とアニタがうわごとのように言った。
しりのあなが窄まって……どうしても腰がはやく動いてしまう。
……だめ、……だめ、……だめ、とアニタが泣き声を、あげた。
おれの下でアニタは、苦痛に、堪える、ように、眉を、しかめて、首を、左右に、振った、腰
を、くねらせ、ながら、おれを、絞り、あげて、きて、絞って、絞って、あいつも、腰を、使った。
熱い、まとわり、つく、アニタの、裂け目の、おくに、おれの、さきが、なんども、おくに、当たっ
た、おくに、なんども、おくに、当たる、当たる、当たる、当たる、当たる、当たる……。
――はぁ はッ あぁ はぁ ぁッ は あ は いッ いッ いいッ あ あ そッ そ こッ そッ
射精しそうになるのを、必死にこらえながらアニタのくちびるを吸う。
あいつの暖かい唾液の味を、顔に吹きかかる、息の熱さを……間近に感じながら……あい
つの赤い頬と……潤んだひとみを見つめ……ながらおれは……だっ だめ だ でッ…… で
…… でちゃ っ た……。
射精する――。
――はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ……。
『……気持ち、よく、なれた、か?』
『うん……っ、いっ、ちゃった……』
おれたちはキスをする――。
アニタは枕元から一枚の紙を取り出し、紙の蝶を手ばやく折ると両手でふわりと押しだし
た。
すると、その紙の蝶はまるで生命あるもののように、部屋のなかをぱたぱたと羽ばたいた。
「…………紙使い?」
「そう……運命なんだね、きっと……」
――だから、わたしたちは本を読むの。
……本を読み……本を愛し……本と共に生きる。
……まるで、気の利いたおとぎ話だ。
いや、気が利かないのかな――。
「……それで、お前は幸せなのか?」
「わかんない……正直、いやで堪らないころもあったけど、いまはお姉たちがいるし……」
「そうか……おれ、そろそろ帰らなくちゃ」
おれは携帯を見てつぶやいた。
「そろそろ……?」
「ああ、そろそろ」
「お姉たちも帰ってくるし……」
「おれは母ちゃんに怒られるしな……お前もはやく服を着ろよ」
服を着て階段をおりると、アニタも一緒について来る。
お前は寝ていろ、とは言わなかった。
アニタのやつに……送り出して貰いたかったから。
「これで最後なのか?」
「そうだね……久ちゃんもいるし」
「おれは、菱石とは……」
「わかってるよ……でも、好きなんでしょう?」
「ああ……」
「それに、わたしヘンだしさ。――だから駄目なんだよ、わたしたち」
それは違うと思った――。
……だけど、おれは何も言えなかった。
「だからさ……せめて、いままでみたいにケンカできる仲でいようよ。それならいいでしょう?」
黙っておれはうなずいた。
「それじゃ、さよなら!!」
「ああ、それじゃな――」
ドアが閉まると、アニタの顔は見えなくなった。
……そのドアを、おれはじっと見つめる――。
部屋にもどって、わたしはベッドに倒れこみ、ひたいを押さえて長いうめき声を上げた。
う〜〜〜〜…………。
…………頭がくらくらするよ。
でも大丈夫……。
だって、こんなに嬉しいんだもの。
壁に止まっている紙の蝶を見つけて、わたしはふと微笑んだ。
「お疲れさま。……こちらにおいで」
わたしがそうつぶやくと、蝶は一枚の紙になり、わたしの手元にはらりと落ちた。
……箒、箒、お前は箒だったのだ――。
『……やってみるんだ』
昼食のあとでマギーさんは、わたしを近くの空き地に連れ出して、『紙技』の練習をさせた。
『……いいか、≪鳥になる≫とほんとうに思うんだ。……この上なしの、突きつめた気持ちでそ
う思うんだ。……ほかの雑念はみんな捨てて……いいか、本気にだぞ。……この上なしの、
とことんの、本気にだ……』
『――はい!』
わたしは目を閉じて、手元の紙に≪鳥になれ≫と命じた。
ところが現われたのは、身体ばかり大きくて、みょうに羽の小さな鳥だった。
『それじゃ駄目だ……』
地面に落ちてもがくだけのかわいそうな鳥は消えうせて、地面にはただ紙だけが残った。
『すみません……だけど、どこがいけないんでしょうか?』
『それはお前の気持ちが凝らないからだ。……もう一度やってごらん?いいかい……真剣に、
かけ値なしの真剣になって……≪鳥になる、鳥になる≫と思うんだ。≪鳥になる≫という気
持ちだけになって……≪自分≫というものが消えてしまえばいいんだ。――……どうした、ア
ニタ……?』
わたしはふうとため息をついて、マギーさんに訊いた。
『……マギーさん。悲しいときは、どうすればいいんでしょうか?』
するとマギーさんは、こちらが心配するくらい考えてからひと言、『泣けばいいんだ』と言った。
『悲しいときには泣けばいいし……嬉しいときは笑えばいい』
『……単純ですね』
『……駄目かな?』
マギーさんは困ったような顔をした。
わたしはその顔を見て、『――ああ、この人はいい人だ』と思った。
……だから、わたしは嬉しくて泣きそうになった。
「――全く、こんなに歩くとは思わなかったわ……あ〜〜疲れた」
「……ずいぶん積もりましたねえ。せっかく出版社の方がホテルを用意をしてくれたんですか
ら、先生だけでもお泊りになればよかったのに――」
「いーのよ、あんなとこに独りでいても仕様がないでしょ。……わたしはウチが一番落ち着くわ
――アニタの様子どうだった?」
「熱下がってないです……」
「あちゃー―……じゃあ、夜間診療かねえ……でもこの雪でやってるかな?」
「そうですねえ……先に電話して確認したほうがいいかもしれませんね」
「あ、あのー―……でも大丈夫じゃないかと……」
「何でよ?」
「……なんだか寝顔が、すごく嬉しそうですから……」
気持ちよかったな……。
なんというか、こうして一人で部屋にいても、言葉では言い表せない充実感がある。
さきほど起こったことを、おれはベッドの上で回想する。
あいつの身体は柔らかくて、とてもいい匂いがした。
あいつの中は熱くて、おれの下半身はとろけそうだった。
そのことを思い出すと、おれは恥かしいやら嬉しいやらで――。
……だけど、帰りぎわにあいつが言ったことが、なんだか少しだけ気になった。
時間が経つにつれ、その違和感がおれのなかで少しずつ大きくなっていった。
ベッドの上で、おれは寝返りを繰り返した。
……目が冴えてしまって眠れない。
おれはそのとき、違うと思ったんだ。
だけどそれが言えなかった。
……どうして言えなかったのか。
おれはベッドからがばと跳び起きて、机の上の携帯を開いた。
携帯を持つ手が震える――。
やはり電話をするのはためらわれる。
だけどやっぱり、これはしなくちゃいけないことだ。
……おれはふうと深呼吸をした。
「…………もしもし、菱石か…………」
朝の公園にはまだ誰も居ない。
う〜〜さむ……。
……なんだよ、あいつ来てないじゃん。
『すぐ来い』って言ったクセに、――全く。
風邪がぶり返したらどうするんだよ。
自転車の音がしたと思ったら、金網の向こう側で岡原がすごい勢いですっ転んだ。
……馬鹿。
まっすぐ走れないのかよ。
道路がすっかり凍ってしまって、徒歩でも危ないというのに、自転車では自殺行為だろう。
やがて岡原は起き上がり、存外たしかな足どりでこっちに向かって歩いてきた。
あいつがいつになく真剣な顔をしているので、わたしはおもわず笑ってしまった。
「ふふ、何よ……痛い顔ができないんでしょ。……バカ原、こんな日に自転車なんか使うから
よ……」
岡原は真剣な顔でわたしを見つめて、なにやらぶつぶつとつぶやいた。
「…………そういうふうにできてるんだよ」
「あんだって……?」
「……世界はそういうふうにできている、って言ったんだ」
……頭でも打ったかな。
「大丈夫?……どこかぶつけなかった?」
「――昨日のことを、菱石に話した」
「!?……なっ、何でっ!!」
「そうしなきゃいけないんだよ……おれたちは」
「馬鹿ッ!!何で、何でそんな……ひどいよッ!!わたし、もう……久ちゃんに逢えないじゃ
ない!!」
わたしは岡原の胸ぐらをつかんで引き寄せた。
「……何でよっ!!……何でそんなことするのよ!!」
岡原を殴った――。
わたしは泣いていた。
「……言わなくちゃ駄目なんだよ」
「……ひどいよ!!……ひどいよ!!」
わたしは泣きながら岡原の顔を殴った――殴り続けた。
……やがて岡原は、わたしの両手をつかむと、大声で言った。
「言わなくっちゃ、駄目なんだ!!」
岡原はわたしを睨んで、深呼吸をした。
「いいか、一度しか言わねえぞ!!おれは、お前のことが
「…………で?」
イスを回して、わたしはアニタに聞いた。
「どうすんのよ返事……時間、もう過ぎてるわよ。――待ってるんでしょ?公園で」
見ればアニタはトマトのような面をして、犬のような弱々しいうなり声を上げている。
「……………………つったろ……」
「?……あんだって?」
「ヽ(`Д´)ノ 書くなっつったろぉぉぉおお゛お゛ー―っ!!相談に乗って欲しいとは言ったけどっ!
!文章に起こす必要があるのかっ!?――だいたい何なんだ、その科白ッ!!そんな恥か
しい声、わたしゼッタイ出してないからっ!!」
「いやまあ小説家の性というか……中途ハンパは嫌いだ」
「消してやる!!消去してやるっ!!――ソコ退けえっ!!」
「おおっ?やる気か、ちびっ子!?――世帯主に手を上げて、ただで済むと――」
するとドアが勢いよく開いてミシェールが――あきらかに発情したミシェールが部屋に入ってきた。
「ア、アニタちゃん、人という字はお互いが支えあって、ハァハァ……あひぃいん!!」
ハイキック一閃。
美しい蹴りであった――。
その蹴りは、わたしがこれまでに見たもののなかで最も美しい弧を描き、ミシェールのこめか
みへと吸い寄せられていった。
……闘いのなかに、こういう光景があるのだ。
めったに見られるものではない。
「聞いてたのか!?――聞いてたんだろー―ッ!!……殺す……全員殺すッ!!全員
殺して、わたしも死ぬぅうう゛ー―っ!!」
「…………ムヒャ……」
「あんたはあんたでなに泣いてるのよ?」
「……アニタに、先を……越された……」
「……アンタ等……ホントおもしろ姉妹だねえ……」
「殺すぅうー―っ!!殺しきるぅうう゛ー―っ!!」
そのときドアの隙間から、ジュニアの顔がちらりとのぞいた。
「おや、いらっしゃいジュニアくん。……帰ってきたの?」
「こんにちは……あ、あのー―お取り込み中ですか?」
ジュニアは床に昏倒しているミシェールと、マギーにはがい締めにされているアニタを、おそるお
そるながめて言った。
「あー―大丈夫よ、気にしないで」
「そうですか……これ、お土産です。ナンシーさんが……母がよろしくって」
ジュニアはわたしのところに来ると、おずおずと紅葉屋の『五家寶』を差し出した。
「ありがとう。いや、ちょうどよかったわ……お正月はこっちに居るの?」
「はい……そのつもりです。母は……読子さんの処にご挨拶に……」
「ああ、そうなの……それでさ、ジュニアくん。アニタがね……いま、そこの公園で岡原くんたちと
待ち合わせしてるんだけど、いっしょに行ってあげてくれるかな?」
「え、ええ……いいですよ……」
ジュニアは頬をあからめて言った。
「……わたしヤダっ!!絶対に行かないからね!!」
「ならどうすんのよ。学校にも行かず、引き篭もりにでもなる?……それもいいかもね。決める
のはアンタの自由よ……」
「…………そんなの、分かんないよ……」
「べつに分かる必要もないわ。問題はあんたがどうしたいのか、よ。……ひとつだけ言わせても
らえばね、たとえそれが『Yes』であれ、『No』であれ、人生には必ず答えをださなきゃならない
場面があるのよ」
「……………………」
「もちろん態度保留も立派な答えよ。……だけど、やっぱりアンタの口から直接、相手に伝え
なければならないわ。……でないとアンタ、一生引き篭もりよ」
「……………………」
「――さあ、どうするちびっ子!?」
「…………分かったよ!!……行けばいいんだろっ!!」
「よっしゃ!!それじゃアニタ、さっさと着替えなさい……そうね、わたしを篭絡しようとしたとき
の、あの格好なんていいかもね……」
わたしは邪悪に、にやりと笑う。
――…………先生……鬼だ。
身をくねらせて抵抗するアニタを押さえ込みながら、マギーがそうつぶやいた。
けほん、けほん、けほん、けほ、けほ……。
おれは肺が痛くなるほど咳き込んだ。
公園のどこかで雀がちち、と鳴いている。
……なんだか目眩がする。
――…………冗談言うなよ。
おれは熱に浮かされたようにつぶやいた。
我ながら情けない声だ。
「そう?――責任を……いろいろな意味で責任を取らなきゃいけないと思うんだけど……
徹ちゃん……男の子なんだし」
おれは背中にいやな汗をかいて、ふと思ったことを口にした。
「菱石、もしかしてお前……こうなると分かってて、おれを行かせたんじゃないのか?」
菱石は答えなかった――。
「……来たみたいよ」
公園の入り口を見ると、ジュニアがこちらに手を振っていた。
アニタのやつは、なんだか似合わない格好をしてその後ろに佇んでいる。
ひらひらの付いた白いブラウスに、黒のワンピ−ス。
頭の上には、赤い大きなリボンを付けて――。
――似合わねえな。
全然似合っていないのに、……だけどおれは笑わなかった。
あいつはうつむきがちに、目を潤ませて、耳まで真っ赤な顔をしていて――。
……これが、あいつかよ――。
「……神は天にあり、世はすべてよし」
ベンチに腰掛けたまま、おれの横で菱石はそうつぶやいた。
≪おわり≫