風は少しあるが、問題ない。  
 私はじぶんにそう言い聞かせて窓を閉めた。  
 場所はこの公共住宅しか考えられない。  
 ここ一ヶ月ほど、狙点を確保するための調査に費やした。  
 それにしても笑える。  
 私は訪問販売員として一ヶ月の間、この住宅に日参を繰り返した。  
 契約など、むろん取れはしなかったが。  
 それはそうだ……取れたらそれこそ困るではないか。  
 私は声をあげて笑う。  
 ……ここから標的まで250m、正面からはやや右にずれる。  
 最良とは言えないが仕方ない。  
 階下にならんだポストから、予備のキーを見つけた結果なのだから。  
 それは幸運だが、僥倖ではない。  
 捜したから見つけた、それだけの話だ。  
 腕時計を見る。  
 ……あと一時間。  
 少し指をほぐした方がいいだろうか?  
 風はあるが、問題はないだろう。  
 私がこの距離で外したことはないのだから。  
 ……この仕事に依頼人はいない。  
 私はじぶん自身のために、この仕事をする。  
 私は愛するものを、その毒手から守るために仕事をする。  
 ……あと三〇分。  
 目的のために、手段は常に正当化される。  
 ……私は冷静だ。  
 冷静だと確約できる。  
 窓を開けてバルコニーに出て、外の空気をすう。  
 ……時はきた。  
 
 ……時はきた。  
 まばらな人影のなかに標的の姿を認めて、私は身震いをする。  
 左肩を壁にもたせて、スタンディングで得物をかまえる。  
 私は弓を満月のように引き絞る。  
 まだ……。  
 まだ……。  
 ……いまだ。  
 私はひょう、と射る。  
   
 校門の前では、岡原が倒れている。  
   
 ミシェールは、すばやく目撃者の有無を確認して居間にもどる。  
 全く問題ない。  
 うでをひと振りすると弓は消えうせ、あたりには紙が舞う。  
 瞬くうちに彼女はいつもの白い戦闘服から、この住宅ではもうすっかりお馴染みになった、  
どこかぬけている訪問販売員の姿に変わる。  
 いつもの笑顔をつくって、ミシェールは外へ出た。  
   
 黄昏時、階上からはピアノの音がもれる。  
   
≪後日談≫  
 
アニタ:「ミー姉だ……」  
マギー:「……絶対だ……」  
ミシェール:「何のことかしら〜〜」  
ほほほのほ〜〜  
 

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